シェーンコップ×ヤン
* みの字のコプヤンさんには「ずっと子供でいたかった」で始まり、「それが少しくすぐったかった」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば6ツイート(840字)以上でお願いします。

Inner Child

 ずっと子どもでいたかった。両親から引き離されて、6歳で無理矢理に成長させられて以来、自分が抱きしめてくれとねだっても、びくともしない体を求めていたのかもしれなかった。
 これは夢だ。ヤンの膝へ這い寄って、紅茶を楽しんでいる彼の腰へ両手を回して、そうしてしがみつく自分の髪をそっと撫でてくれるなど、現実にありえるはずもない。ヤンの指先が時々耳に触れ、そこから髪を梳き上げて、紅茶の香りのする唇を寄せて来さえする。
 シェーンコップは目を閉じて、ヤンの、軍服越しの鼓動を聞いた。
 時折紅茶のカップを口元へ傾ける彼の、かすかに喉の鳴る音が伝わって来る。胃へ落ちてゆく、香り高い、赤みがかった──ちょうど、時折シェーンコップの瞳がそんな色になるような──琥珀色の液体が、ヤンの喉を潤し、舌をなごませ、そして胃の腑をぬくめてゆく。そのぬくもりを、シェーンコップも腕の中に味わっている。
 ヤンの手指が、またシェーンコップの髪を撫でる。ちょうど、懐く犬にそうするような手付きで、なだめるように、憩わせるように、あるいは、愛でるように、ヤンの手がただ穏やかにシェーンコップの髪に触れる。
 シェーンコップは、ヤンの腰に巻いた腕の輪を縮めた。
 こんな風に誰かにしがみついて、自分のそれ以外の心臓の音を聞きながら、眠った夜の記憶が遠過ぎる。思い出すために、より近くヤンに体を寄せて、石鹸の匂いすらしない彼の、今は軍服に遮られた膚のなめらかさを、今彼が手にしているティーカップの陶器の肌に重ねて、シェーンコップは6歳以前の自分を思い浮かべようとしていた。
 ヤンは時折体を動かして、シェーンコップに這い込まれた膝を、居心地悪そうにわずかに移動させて、自分の体の大きさを理解しない犬──子犬だった頃だけを憶えている──の飼い主のように、困惑を混ぜた苦笑を口元に刷いている。
 シェーンコップを追い払おうとはせず、明らかに身動きできない不自由を受け入れたまま、また紅茶をひと口飲んだ。揺れた紅茶が、カップから香りを立てる。それへ、シェーンコップも目を細めた。
 ひとりで眠る夜に、嫌な夢を見て泣きながら目覚めて、抱きしめてくれる誰も傍にはいなかった、7歳になる前の自分。帝国を離れ、同盟にたどり着き、祖父に手を引かれた自分を、明らかに厄介者として見た、同盟の人々の目。あの目に小突き回され、真っ直ぐに顔を上げることさえ生意気と指差された、幼い日々。
 頭を高く上げて歩くために、人殺しにならざるを得なかった。同族殺しの汚名を着せられても、根無し草には痛くも痒くもないと、見せ続けるしかなかった。
 そうして今、子どものように体を丸め、手足を縮め、しがみつく自分をただ安らがせてくれるヤンの、掌のぬくもりへ眠るように目を閉じて、シェーンコップはまたヤンの胸元へ頬をこすりつける。
 ヤンはシェーンコップを撫でながら、あちらを向いてまた紅茶を飲む。
 夢の中で眠り掛けると言う、奇妙なことをしながら、シェーンコップはまだ腕をゆるめずに、シェーンコップ、そろそろ、と、ヤンが言い出すのを待っている。
 耳の後ろを滑るヤンの指先が髪の根にももぐり込んで、くすぐるように動くのに、シェーンコップは肩をすくめた。
 7つになったばかりの子どものように、くつくつ喉の底で声を立てて、いっそう強くヤンにしがみつく。ヤンがそのシェーンコップの、髪と背をまた撫でる。
 残った紅茶が、カップの底で音も立てずに揺れた。
 遠い鼓動が確かにヤンの軍服の胸元を波打たせ、シェーンコップの耳を打つ。この人も俺も生きているのだと思いながら、この夢が醒めないことを祈る自分の、夢の中では不思議ではない幼さ、それが少しくすぐったかった。

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