DNTシェーンコップ×ヤン
* コプヤンさんには「手は届くのに心は遠かった」で始まり、「私はまだ子供だ」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば5ツイート(700字程度)でお願いします。

Kiddo

 手は届くのに心は遠かった。無邪気にぬいぐるみでも抱きしめるようにと、そんな風には行かないものだ。
 ヤンといると、なぜかいつもシェーンコップは祖父のことを思い出した。幼いシェーンコップを連れて、同盟へやって来た祖父の、どんな時も穏やかで、激高したところなど見たことのなかった、そのどこか淋しげな横顔が、茫洋とした風に自分を見せたがる年若の指揮官に重なって、ああ自分は祖父を恋しがっているのだと気づいて、シェーンコップは胸ポケットの中の万年筆を、ひそかに上着の上からそっと押さえる。
 丸く細長いその形を掌に確かめて、祖父の手指が常に触れていたそれに自分の手を重ねて、そうして祖父の思い出に触れるように、シェーンコップはとうの昔にこの世を去った祖父を、言葉にはせずに恋しがっている。
 おじいさま──。
 呼び掛けて応える声はなく、それでもシェーンコップは、祖父の面影に向かってひとり微笑むことをやめられずに、自分のその微笑みが祖父のそれそっくりに、どこか淋しげである自覚もないのだった。
 似たところなどひとつもないのに、なぜヤンを見て自分の祖父を思い出すのか、シェーンコップは分かるような分からないような、あるいはいつかヤンは、年を取って祖父のように、穏やかに淋しげに笑う人になるのだろうと思いついたものか、シェーンコップはごく自然にその傍らに、同じように歳を取った自分を置いている。
 手を伸ばせばそこにいるヤンの、けれど手を取るわけには行かず、抱きしめることはなおできず、自分の手を取った祖父を思い出し、まとめた荷物の中になかった大好きだったぬいぐるみを思い出し、帝国での思い出からいちばん遠いように思えるこの男が、なぜか帝国人だった時の自分を強烈に思い出させるのが、腑に落ちない気持ちに陥りながら、シェーンコップはそうやってヤンから与えられるかすかな動揺を気に入ってもいる。
 よく手入れされた戦斧のように、淀みなく輝き、ひたすら硬く、何もかもを跳ね返し、揺らぎなど微塵も感じさせない、人の見る己れの姿をシェーンコップは自覚して、そのように振る舞い、それが自分の素だと信じて、そうして、ヤンは、シェーンコップである輝く戦斧の刃にするりと映り、すぐに消えてゆく。ちらりと輝きに目を止めて、けれど視線をとらわれることはなく、シェーンコップはすでに消え去ったヤンの姿を再び自分の中へ映したくて、足早にヤンを追ってゆく。
 その手を取ることはできた。けれど振り返るヤンの瞳に映る小さな自分の姿を、覗き込めるほどにはまだ近づけずに、自分を抱きしめてくれた祖父の、もう力の失せた腕の輪の中で、安堵と不安の入り混じった自分の感情の複雑さに戸惑った6歳の記憶を蘇らせて、自分の中に確かに、その子がまだいることを感じている。その子が、ヤンの腕を引き、傍にいさせてくれと言っている。
 どこにも行かないで。おじいさまみたいに、突然消えてしまわないで。
 私はまだ子どもだ。そんなはずはないのに、シェーンコップは奥歯を噛み締めて考える。抱きしめられたい子ども。ぬくもりを欲しがる、ただ幼い子ども。
 置き去りにしてしまったぬいぐるみの代わりに、祖父の腕にしがみつく。不安に苛まれて眠れず、泣きながら誰かを呼び続けた夜に、けれど応えてくれる誰もいなかった。私はまだ、その子どものままだ。
 心を添わせるには、ヤンはまだ遠く、シェーンコップは必死でその背を追いながら、追いつける日は果たして来るのだろうかと、子どもの頃に抱いた不安をまた胸に湧かせて、触れるその胸には祖父の形見の万年筆の細長い丸みがあり、それは、自分の目の前に上がった、ヤンの指を思わせた。
 その手を取ってもよろしいですか、閣下。
 戦斧を握り続けて、固くなってしまった手に、重なるヤンの、恐らくは柔らかい手。銃すら扱いつけないその手は、けれど一気に何十万の死者を出す。
 その手を取っても、よろしいですか、提督。
 シェーンコップの中のヤンは、いいともだめとも言わず、まだ表情も浮かべずに、ただシェーンコップを見つめるだけだ。
 誰かを求めている。あの夜のまま、シェーンコップは抱きしめてくれる誰かを待っている。やって来て、頭を撫で、大丈夫だよと自分を毛布の中にたくし込んで、もし気が向けば子守唄──帝国語のそれでも、同盟共通語のそれでも──のひとつでも歌ってくれそうな、祖父とよく似た笑い方をする誰かを、シェーンコップは子どものまま、待ち望んでいる。
 恥知らずの裏切り者が、死んだ祖父と同じ微笑み方で、自分の中のささやかな願いをぬいぐるみのように抱きしめて、誰にも聞こえない声でつぶやき続ける。私は、まだ、子どもだ──。

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