Killer is Me
無事に、任務を終えて戻って来る。血まみれなのは装甲服と戦斧だけで、怪我はないのかにやっと笑うのがいかにも満足気だ。ああ、作戦がうまく行ったのだと、その笑みを見てヤンは安堵し、そして同時に、彼──シェーンコップと彼の部下たちの築いただろう屍の山へ向けて、胸の中でひそかに弔いのためのような言葉を思い浮かべる。
戦闘の汚れを落として、報告のために自分に会いにやって来るシェーンコップへ、労いと感謝の言葉を伝えれば、彼はふっと兵士からただの男──自称はヤンの飼い犬だ──の貌(かお)へ戻り、広げた両腕の中へ入り込んで来る。
ヤンは、シェーンコップを抱きしめて、髪を撫でた。その自称の通りに、柔らかな髪へ何度も鼻先を埋めるようにして、犬がそうすれば喜ぶと思われるやり方で、彼の髪を撫で続ける。
もう、自分の犬と言う彼の自称を、ヤンは否定もしない。
首筋からかすかに立つ血の匂いに、顔をしかめることはなく、以前は戦闘の後には必ず強いコロンの香りがしたものだったけれど、今ではもうシェーンコップは、自分にまといついて決して消えない血の匂いを、無理に消し去ろうとはしなくなっていた。
血の匂いの表す自己への憎悪を、ヤンが消してくれるからだ。人殺しの自分を、ヤンが受け止めてくれるからだ。
虐殺者の自覚を抱き込んだまま、ヤンは、人殺しのシェーンコップを抱きしめる。抱いたシェーンコップが、自分を抱き返して来るのに、さらに腕の輪を縮めて、髪へもっと深く指を差し入れ、誰かを抱きしめるのは自分も抱きしめられたいからだと、そのことも自覚しながら、ヤンはシェーンコップを抱きしめる。
積み重なる屍の、その高さも広さも違う人殺しがふたり、共にした殺人を悔いることは許されずに、ただそれを受け入れるしかなく、殺した数の多さだけ平和に近づけるのだと、そんな嘘を信じられるはずもなかった。
できるだけ殺さないように、できるだけ死なせないように、できるだけ速やかに殺せるように、できるだけ苦しめないように、そんな暗黙の了解を目配せで交わし合って、後悔も自己憎悪も何もかも、あらゆる感情を、言葉にはせずにふたりは分け合う。
戦斧を握り、振り下ろすシェーンコップの手、それに自分の手を重ねて、ヤンは一緒に血を浴びる。失われてゆく血液と体温、そして命、ヤンは目の前にはないそれを、シェーンコップ越しに見て、自分の皮膚に感じる。
ふたりは共に人を殺す。ヤンの殺した数に、出撃のたびに近づけるのだと、シェーンコップはひそかに昏い喜びを深めては、同時に自分への憎悪をいっそう激しくさせて、それはもうひとりでは抱え切れずに、ヤンにこうして分けなければ神経のどこかが今にも焼き切れそうだった。
そうして、人殺しだからこそヤンに抱きしめてももらえることを知っていて、ローゼンリッターの隊員になったことを、心の何処かで感謝もしていた。
人殺し同士でなければ、出逢えもしなかった。口にすることもない、認め合うこともしない、ふたりの共通点。殺した数だけ確実に賞賛が与えられ、大量殺戮が叶えば英雄と称される、そんな世界にふたりはいる。その世界で、ふたりは人を殺し続ける。
ヤンのために、シェーンコップは人を殺す。シェーンコップの殺した数を、ヤンはその肩に受け止める。
血まみれで戻って来る犬を、ヤンは褒め、撫でる。犬は喜び、また人殺しに出掛けてゆく。無事に戻ると保証もないことにも構わないように、犬は飛び出し、目の前の喉笛に食らいつく。
ふたりは共に、人を殺し続ける。
ヤンはシェーンコップを抱きしめ、髪を撫で続けていた。ヤンの胸に額をこすりつけるようにして、シェーンコップが無防備に喉を伸ばす。その伸びた喉へ、いつか誰かが戦斧を振り下ろすかもしれなかった。それは明日かもしれないと、ふたりは同時に別々に考えている。
人殺しのふたりは、その明日を後悔しないために互いを抱きしめる腕に力を込めて、かすかな血の匂いの中でやるせなく微笑み合った。