* コプヤンさんには「忘れたくなかったのに」で始まり、「優しいのはあなたです」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば10ツイート(1400字程度)でお願いします。
Kind of You
「忘れたくなかったのに。」ヤンが、朝の紅茶を飲みながら唇を尖らせる。コーヒーを片手に、ヤンの不機嫌な表情を、シェーンコップは上機嫌で眺めている。
何か、とてもいい夢を見た、覚えておいて目が覚めてからゆっくり反芻しようと思ったのにと、言ったどころでどうしようもない繰り言だ。
「まったく覚えていないんですか。色とか、温度とか──。」
話すうちに断片くらい思い出すのではないかと、シェーンコップは助けの手を出す。
ヤンは寝癖でぐしゃぐしゃの髪を、もしゃもしゃ手でかき回した。
「何となくあったかかった気がする・・・色は、普通に、普通の風景で、強烈な印象と言うのはなかったかな、多分。」
覚えていないことを何とか思い出そうと、ヤンは遠い目つきで自分の脳の中を探るように、耳の後ろへ揃えた指を差し入れて、そちらへ頭を傾ける仕草をした。
「すごく、何だか、とても幸せだったんだ。ただ街中を歩き回ってるだけだった気がするんだが・・・それだけなのに、どうしてかとても幸せだったんだ。」
具体的な記憶はなくても、それゆえの感情は覚えていて、だからこそ余計に思い出したいのかも知れず、ヤンはまどろっこしいと言う風に唇を尖らせ、どこかにヒントはないかと、部屋のあちこちへむやみに視線をさまよわせた。
「誰かと一緒だったのでは。」
この人なら、手に本を持っているだけで幸せな気分になれるだろうがと、思いながら、シェーンコップが陳腐なことを言ってみる。そこに、自分の願望をごくかすかに滑り込ませて。
「かもね。でも思い出せない。残念だなあ。」
その誰かがシェーンコップだったのだと、誘導には引っ掛からないヤンだった。
シェーンコップはすでに空になっているマグを持ったまま、夢のことを考え続けているヤンを眺め続けている。
覚えてはいない夢の、けれど自分がそこで幸せだったのだと言うことだけは憶えている。それこそ幸せなことではないかと、シェーンコップはコーヒーを飲んでいる振りで考えている。
シェーンコップの憶えている夢と言って、それは大抵誰かと殺し合っているか、素手で抵抗もできない自分がじわじわと殺されてゆくか、普通になら悪夢に分類されるのだろうけれど、現実がより悲惨である場合には、脳はそれを特に悪い夢とは認識しないものだ。
それでも、ヤンと抱き合って眠る夜には、ヤンの体温のせいかどうか、少なくとも血まみれの夢を見ることはなく、夢を見たと言う憶えもないまま朝を迎えることがほとんどだった。
シェーンコップも恐らく、憶えていないだけで、夢の中で幸せを感じているのかもしれない。それはただヤンが自分の傍らにいると言う、それだけの夢なのかもしれない。特別なことは何もない、自分の日常がただ眠りの中へ延長されただけの、幸せな夢。
幸せとはごく平凡であることだと、殺伐ばかりと付き合って来たシェーンコップには驚くような発見だったけれど、その幸せの原因の相手もまた、外見だけなら平凡ここに極まれり、5年前の自分にヤンとのことを告げても、きっと鼻先で笑い飛ばしたろう。
まだ考え込んでいるヤンへ、紅茶のお代わりを淹れるためにそっとその場を離れながら、シェーンコップは、ヤン自身が自分の幸せであることへ、言葉にしたことはない喜びをまた感じて、自分が幾つもの戦場を生き延びたのは、ヤンと言う人と出逢うだめだったのだと、改めて痛感していた。
ヤン・ウェンリーと言う、自分の幸福の具現化が、自分に与えてくれた優しさを返すために、シェーンコップはできるだけ丁寧な手付きで茶葉を扱う。シェーンコップの淹れた紅茶を受け取りながら、ありがとう、君は優しいねと、ヤンが微笑んで言う。
優しいのはあなたです。微笑みを返して、シェーンコップは結んだ唇の奥で、ヤンには聞かせずひとりごちた。