愛咬
腰だけ高く上げた形に、後ろから繋がると、シェーンコップが動きを止めたところでヤンが大きく息を吐く。わざとのつもりではなくしばらくじっとしていると、ヤンの方が腰を揺すって先を促して来た。折れるほど反った背中に向けて、さらに押し込んで突き上げる動きを始めると、ヤンの背中がいっそう反り、動きに合わせて割れた声が高く上がる。唇はもう開いたまま、出る声を止めることもできずに、ヤンはずっと叫び続けていた。
躯を引く時には喉を伸ばし、その時の方が内側が絡みつくように追いすがって来る。ヤンの声で喉が震え、それが皮膚の上と躯の内側を同時に波立たせて、素早くシェーンコップにも伝わって来た。
シェーンコップの滴る汗にも濡れたヤンの背中が、相変わらず痛々しいほど反って、肉付きの薄さのせいで、こうして眺めていると、一瞬ヤンが自分の上官であることを忘れそうになる。
シェーンコップと皮膚をこすり合わせる時に、ヤンの躯は内も外も世界からきっぱりと隔てられ、脳が一切の思考を停止する。そのために自分と寝ている節があると、ヤンを抱きながら思って、シェーンコップは少し大きく動いてヤンの中へ進んで、その停止の時間をさらに長くしようとした。
シェーンコップの動きに合わせてヤンの声が途切れ途切れ、ほとんど吐息だけになって、それでも喉の震えは止まらずに、窒息し掛けた人間のように、耳朶の下から伸びる線が細かく痙攣しているのが見えた。
苦しいですかと訊こうとして、代わりに頭の上と体の向こうに投げ出されたヤンの手を、自分の掌で包み込む。多分見えはせず聞こえはせず、ヤンに届くのは今は触覚だけだろうと思った。
伸ばした腕の分、倒れた体がヤンの背中や腰に触れて、重なる皮膚の面積が増えると、シェーンコップの方も反応して、ヤンの内側へそれが即伝わる。果てがない奥へ、入り込んで引きずり込まれて、どれだけ深く届いたと思っても、もっととヤンの躯が応えて来る。こんな時のヤンは底なしだ。
シェーンコップの掌へ、ヤンが指先を食い込ませ、突き上げる動きと一緒に、耐えるようにシェーンコップの手を握り返して来て、もう声も出ないのか、それでも開いたままの唇が乾かないのは、あふれて止まらない唾液のせいだ。シーツの染みの大きさにシェーンコップは少しだけ驚いて、知らず苦笑を刷いていた。
時々、歯を食いしばるのか、シーツに噛んだ跡が残っていて、それを見てふとシェーンコップは、ヤンの膚の上に残る自分の歯型を想像する。何があるか分からないから、ヤンの体に跡は残せない。そうしたいのに耐えて、シェーンコップはヤンのうなじへ唇をただ押し当てた。
また突き上げる動きに、ヤンの喉が震えて、唇がさらに大きく開く。中でうごめく舌の赤さに誘われて、シェーンコップはヤンのうなじを舐め上げた。
鼻先をヤンの後ろ髪に埋めて、それから、ヤンの髪を噛んだ。噛み切らないように──したたかな髪に、その心配はなかったけれど──加減しながら、唇の間に挟む。そうして歯列の間へ誘い込んで、きりきり歯を立てた。皮膚とは違う感触の、ざらりとしているくせにつるりとも舌へ滑るヤンの髪を、シェーンコップは噛んで舐める。汗の湿りの上に唾液で濡れ、汗に濡れた膚が照りを増すように、ヤンの黒髪が濡れた艶を増す。体温のない髪は、シェーンコップの口の中でぬくめられて、そうしてシェーンコップは、ヤンの中でぬくまっている。重なる手がひどく熱い。
ヤンの手を握ると、握り返す同じ強さで、躯がシェーンコップを締め付けて来る。ヤンが与えて来る波に何度目かさらわれそうになって、シェーンコップはそれを引き延ばそうと、わずかに躯を引いた。浅く戻ってまたヤンの中をかき回すと、深さが足りないと、ヤンが自分から躯を添わせて来る。反っていた背が少し伸びて、ヤンがシェーンコップの下で、自分で動き始めた。
ヤンの背が大きくうねる。それを見ているだけで果てそうなりながら、ヤンの声の高さが少し変わり、ヤンの方は足りないとそのトーンが伝えて来るのが、シェーンコップの耳にも皮膚にも届いて来る。
シェーンコップの掌の中から、ヤンの手が逃れようと動く。自分の指からすり抜けようとしたのを、シェーンコップは特に考えもせずに引き止めて、ヤンはもどかしげに首を振り、訴えるように焦点の合わない視線をシェーンコップへ投げて来た。
腹の方へ勃ち上がったヤンのそれは、ほとんど触れられないまま、それでもシーツへ別の染みを作って、終わりを求めて今荒れ狂っているのを、シェーンコップはそのままで終わらせようと決めた。
ヤンの両方の手を、それぞれ押さえ込むようにさらに強く握り込んで、全身を押し込むように、ヤンの中へ入る。ヤンの背中が、へし折れそうに反り返り、ひと際高く啼く声が上がる。
シェーンコップの吐く息で湿る一方のヤンの髪を、シェーンコップはまた噛んだ。
壊すかもしれないと思いながら、シェーンコップはヤンの中で暴れた。それでも手加減をしているつもりで、一体ヤンの方はどうなのか、さっき啼いた声で喉が完全にかすれ、息も絶え絶えのように見えた。
きりきり、ヤンの髪へ歯を立て、同じ鋭さでヤンの中へ入り込む。躯を引くと、ずるりと粘膜が熱をあふれさせて来る。角度を探り、ヤンが果てるのを待ちながら、シェーンコップは終わりを促すようにヤンの手をまた握る。ヤンはもう反射だけでシェーンコップの指先に爪を食い込ませて、痛みはもうシェーンコップの脳へは届かない。
繋がる熱さは限界を超えて、シェーンコップはヤンの中に溶け込みながら、自分の躯とヤンの躯の境い目を見失っている。
そうして、何度目か、引こうとした躯を、ヤンが引き止めて、狭さでシェーンコップを絞め殺した。ささやかな仮死の訪れにシェーンコップは息を止め、わずかにずれたタイミングで、ヤンも熱を吐く。シーツを汚して、体の力が抜けても、シェーンコップとまだ繋がった躯はかろうじて持ち上げられたまま、指先と肩と首筋から、ヤンがゆっくりと弛緩してゆく。
躯を外して、背中と胸を重ねて、シェーンコップは改めてヤンを抱き込んだ。まだ髪は噛んだまま、ヤンが首を振るとようやくシェーンコップは歯先をそこから外し、ヤンが腕の中で体を回して来たのを正面から抱き直す。
呼吸が鎮まるのを待ちながら、額と鼻先をこすりつけ、深くはならないように唇の柔らかな尖りだけを触れ合わせた。
淡い口づけまがいでは結局足りずに、シェーンコップは唇をヤンの頬へ滑らせて、まぶたへ唇を押し当てた後、全身を自分に預けているヤンを、力を入れ過ぎずに抱いて、もう一度前髪をそっと噛んだ。
シーツに散ると、それだけでシェーンコップにとっては扇情的な眺めになるその黒髪を、シェーンコップは唇の間に挟んで、ヤンが眠るまで長い間離さなかった。