* みの字のコプヤンさんには「それは人魚の恋に似ていた」で始まり、「優しいのはあなたです」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば10ツイート(1400字)以内でお願いします。
人魚の恋
それは、人魚の恋に似ていた──。酒に酔って、ヤンは傍らで、自分よりはずっとゆっくりと酒を飲むシェーンコップの肩へ頭をもたせ掛け、思考には今は役立たずの脳の中で、想像の海藻をゆらゆら好き放題に揺らしてみる。
自分たちふたり。海水と空気に隔てられて、見つめ合って水際で手を触れ合う。ふたりでとどまることはできずに、それぞれの世界に戻ってゆくしかない。
似ている姿形を仔細に見れば、あれこれ違いが目に入って来て、ああ一緒にはいられないのだと思う。それでも、繋いだ手を離せない。絡めた指をそのまま、互いに触れ合う指先の形と動きに違いはないじゃないかと、額と鼻先をこすり合わせる。
人魚の恋の結末は、悲劇しか想像させない。水と空気に引き裂かれるか、強引に一緒にいて、片方が窒息死か溺死か。生まれ変わったら、今度は同じ場所で一緒にいられるようにと、祈りながら離れてゆく指先を、最後まで伸ばし切ったままで。
生まれ変わって、と思ってヤンは、酒の酔いに任せた戯れ言を、そのまま口にした。
「わたしが死にたいと言ったら、一緒に死んでくれるかい。」
目は合わせずに言ったから、そう聞いた瞬間、シェーンコップがどんな表情を浮かべたか、ヤンは見損ねてしまった。
「それは構いませんが、貴方はどんな死に方をお望みですか。」
至って普通の声で、シェーンコップが訊き返して来る。シェーンコップも酔ってるのかなと、ヤンはとろけた頭の中で考える。
死に方まで考えたいたはずもない。それでもヤンは髪と同じ色の眉を丸くして、うーんと考え込む。
「君なら、わたしくらい即死させられるだろう。トマホークで首でも切り落としてくれたらいいよ。」
「おや、一緒に死のうとおっしゃって、私を置き去りにするおつもりですか。それではまったく話になりませんな。」
ふむ、とヤンはまた考え直した。確かにそうだ。ヤンは心中を持ち掛けているのに、自分が死ぬことしか考えていない。確かにそれでは話が違う。ヤンは反省して、また考えた。
「でも、わたしじゃあ君を殺せないよ。ブラスターを構えたって、心臓や頭に当たる保証がないんだから。」
「貴方と言う人は、ほんとうに軍人の風上にも置けませんな。」
上官に対してとはとても思えない言い草の後で、少々過ごし過ぎていると思ったのか、シェーンコップがヤンの手からそっとグラスを取り上げる。わずかに残っていた酒はシェーンコップが飲み干し、空にしたグラスは、ヤンの手の届かない自分の側へ置いた。
ヤンは空いた両手を膝の間に放り出し、シェーンコップの固い肩に頬を置いて、もう半ば眠気に引きずられている。沈んでゆく先は海底のように、ああやはり自分はシェーンコップとは一緒にいられないのかと、海水にひたって、小さな魚たちにつつかれ食われ穴だらけになった脳が、まともな思考も結ばない。
「・・・一緒に、毒を飲もうか。」
今、一緒に酒を飲んでいるみたいに。ヤンは、眠気の霧に巻かれながら、はっきりしない声で言った。
「ええ、いいですとも。」
こちらは、これ以上ないような明瞭な声がためらいもなく応えて来る。
シェーンコップは、ヤンが倒れ込んで来ないように、首筋でヤンの頭を支えるように体の位置をずらし、自由になった腕をヤンの肩へ回した。
寄り掛かかれる面積が増え、ヤンはいっそう体の重みを遠慮なくシェーンコップへ移しながら、この眠気が、毒のせいの昏迷なのだと思い込み始めている。酒に毒を入れたっけな、どうだったかな。もう夢の中へ入り込み掛けているせいなのか、恐怖も不安もなく、それは恐らく、体に伝わるシェーンコップのぬくもりのせいもあったろう。
様々のことに隔てられてはいても、ヤンは孤(ひと)りではなかったから。
シェーンコップの、深い柔らかな声が、子守唄のように耳に流れ込んで来る。
「用意した毒を、睡眠薬にすり替えましょう。それを飲んで眠ってしまった貴方を連れて、誰もいない、誰も追って来ない、宇宙の端辺りの星にでも行きましょう。目覚めた貴方には、死んで生まれ変わったんだと言えばいい。寝起きの貴方なら、きっとそれを信じてしまいますよ。」
「どこかで聞いたような話だなあ・・・。」
シェーンコップは、時々、本でも読むようにヤンの脳の中を読む。肌を重ねると言うのは、思考まで繋いで分け合ってしまうことなのか、ヤンは自分を人魚だと思ったけれど、案外シェーンコップは、自分こそ人魚だと思っているのかもしれない。そんなことは説明せず──できる状態ではないし──に、ヤンはぐりぐり額をシェーンコップの肩口にこすりつけて、
「うん──それがいい、睡眠薬なら、君は死なずに済む・・・。」
「私は150まで生きると言ったでしょう。死ぬ気はありませんよ。貴方も死なせはしませんよ、ヤン提督。」
シェーンコップの掌に、かすかに力がこもった。ヤンはもう眠っている。漂う夢の中で、ヤンは思ったままを口にしていた。
「君は優しいな、シェーンコップ。」
シェーンコップが口元に刷いた笑みを、ヤンは夢の中では見ないまま、けれどその後に続いた声は、水の中で聞く人魚の歌のように、まろやかに耳に届いた。
「優しいのはあなたです。」
その声の満ちた巨大な空気の泡の中で、シェーンコップとゆらゆら抱き合っている、ヤンが見ていたのはそんな夢だった。