シェーンコップ×ヤン
* みの字のコプヤンさんには「永遠なんてない」で始まり、「月が綺麗ですね」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば3ツイート(420字)以上でお願いします。

月光

 永遠なんてない。星は消える。月は欠ける。太陽さえいつか燃え尽きる。
 べったりと塗り潰されたただ漆黒の夜空に、今夜は何も見えず、大方雨が近いのだろうと、ヤンは痛む左脚をさすりながら思う。
 どこかに瞬く星はないかと、未練がましく夜空を見上げて、自分は今は何か人工物ではないものが見たいのだと、闇に沈んだ風景の、黒の濃淡で浮かび上がるものの形を見極めようと、闇と同じ色の目を細めた。
 少し肌寒い。持って出た紅茶のカップを両手で包んで、まだゆるく立つ湯気に鼻先を埋めるように、疼く傷跡の痛み──もう、塞がっているはずなのに──から気をそらして、それでも痛みは神経を突き刺し続けて、ヤンは不機嫌にぎゅっと眉を寄せた。
 こんな時には、何か美しいものを眺めて、心のとろけるような気分になるのがいちばんだ。
 止めることもできず、じわじわと広がってゆく痛みが神経を蝕むのに、ヤンはどこかで神経のスイッチを切ろうと、あるとも知れなそんなものを、自分の胸の中に探っている。
 本を読むか、熱いシャワーを浴びるか、何か音楽でもいいし、あるいはただただ圧倒されるように美しい風景か、酒は酔えずに飲み過ぎてしまうから、リストから外して、ヤンはまだ諦めずに夜空を見上げて、永遠なんてない、この痛みだって待てばいずれ終わる、耐えるために噛んだ奥歯の内側で、忌々しく自分に言い聞かせた。
 「紅茶のお代わりはいかがですか、閣下。」
 美声とは違うかもしれない、けれど耳に心地好い声が、ヤンの耳を不意にくすぐって来る。
 ゆったりとした足音とともに、視界に入って来る、彫刻のような男。ヤンの目の前に立ったシェーンコップの皓い貌(かお)が、満月には少し足りない月のように見えた。
 月の輝かない夜に、時間を間違えて空に現れてしまった太陽のような、そうだこの男は闇を跳ね返すように美しいんだったと、ヤンはたった今気づいたように目を見開いて、そうして、傷跡の疼きが確かに止まって、ヤンは思わずそこに掌を押し当てた。
 シェーンコップの与えてくれる熱が、傷跡の存在さえ忘れさせてくれるだろう。それを期待しながら、ヤンはシェーンコップへ向かって手を伸ばす。
 「手を貸してくれ、脚が痛むんだ。」
 シェーンコップはヤンの手からティーカップを取り上げ、それから自分の腕を差し出して来た。その腕に体重を預けるようにして、ヤンは脚を少し引きずって数歩前へ進む。
 シェーンコップはヤンの見ていた真っ暗な空を見上げもせずに、ヤンが家の中に戻るのを助けながら、ヤンの横顔へ向かってささやく。
 「月が綺麗ですね──。」
 月よりも美しい声が、ヤンの皮膚を月光の色に染めた。永遠を手に入れたふたりは揃わない肩を並べて、ヤンはもう痛みの止まった脚を、まだ引きずって歩いていた。

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