* みの字のコプヤンさんには「都合の良いお伽話に夢を見ていた」で始まり、「わからないままでいいよ」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば6ツイート(840字)以上でお願いします。
Reach Out
都合の良いお伽話に夢を見ていた。惚れ合っているのだと分かれば、後はハッピーエンドだ。それだけだ。そうに違いないと、何の疑いもなく信じていたのに、現実には好き合ったからと言って、何もかもが上手く行くわけではないのだ。
そもそも、とシェーンコップは思う。いつだって自分では動かずに、事態は勝手に動いてくれたし、気に食わない方向へ進むならそこで自分は歩みを止めて、じゃあなと言えばそれで終わりだった。
惚れ合えばハッピーエンド、惚れ合っていなければ、物語はただそこでぶつりと終わる。それだけだ。
それなのに、好きですと言って、ああそう、わたしもだよと返って来て、それきり何もないと言うのは一体どういうことだ。ハッピーエンドのお伽噺は、所詮ただの夢か。
生まれて初めて自分で踏み出した1歩は、あっけなく谷底へ落ちて、シェーンコップはそこでひとり呆然としている。
提督、と呼び掛けても、上からは何の声も返っては来ない。
好きです。ああそう。わたしもかな。うん、多分そうだ。
笑顔でそう言ったくせに、指先にさえ触れさせてはくれない。するりと身をかわし、こんな時だけ、普段ののろさはつるりと忘れたような顔をする。
ずるい人だ。言われて、否定もせずに薄く笑うだけだ。
わたしは、こういうことに向いていなくてね。どうしていいのか分からない。君を失望させたくないし、君だってがっかりなんかしたくはないだろう。
そんなこと、とシェーンコップは吐くように言った。
やってみなければ分からないではありませんか。貴方のお得意の、頭の中で繰り広げる戦闘シュミレーションは、現実とは違いますよ。
そうかもね、と髪をかき混ぜながらヤンがまた微笑む。微笑むくせに、シェーンコップより相変わらず3歩向こうにいる。
そうかもしれない。でもわたしは、傷つくのが下手でね。傷ついた後に立ち直るのはもっと下手でね。だから多分、これはこのままそっとしておくのがいいと思う。
淋しげに言うのに、シェーンコップは食い下がった。
それは貴方の、昔の恋の話ですか。
違うよと、ヤンが即座に言った。恋じゃないよ。恋なんかじゃなかった。あれは、恋ですらなかったんだ。
一体何のことなのか、誰のことなのか、寄せた眉の間を再び開き、ヤンはそれ以上語らない。唇を閉じて、ただシェーンコップを、やるせなげに見つめるだけだ。
好きですよ、提督。うん、わたしも、君が好きだよシェーンコップ。
それだけだ、そこからどこにも行かない。ふたりは腕の届かない距離で見つめ合うきり、そこから右にも左にも上にも下にも行かず、時折重なるのは視線だけだった。
誰のことですか。何のことですか。教えては下さらないのですか。
問い詰めるように、シェーンコップが自分に向かって凝らして来る灰褐色の目を、ヤンは避けはしないのだ。その視線のぬくもりへ、むしろすがりつくように、シェーンコップを見つめ返して、それでもヤンの足はそこから1歩も動かない。
その、宇宙の闇色の目が言う。このままでいいよ。このままにしておこう。君のために。わたしのために。君とわたしの、ふたりのために。
シェーンコップはただ拳を握りしめ、逃げ出すことはせず、そこに佇んでいる。いずれやって来ると確信のない、ヤンが心を開く瞬間を待って、貴方が好きですと言い続ける。
ヤンはそれに応え続ける。ありがとう、わたしも君が好きだよ。でもこのままがいいんだ。このままにしておいてくれ。頼むから。わからないままでいいよ。わたしをこのまま、どうか放っておいてくれ。
その言葉を裏切って、ひと筋の光を確かにたたえる闇色の瞳の底へ、自分の言葉が届く日を願って、シェーンコップはまたゆっくりと唇を開く。貴方が好きです、ヤン提督──。