* みの字のコプヤンさんには「神様は不公平だ」で始まり、「きっとそれを幸せって呼ぶんだね」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば12ツイート(1680字)以内でお願いします。
幸福の形
神様は不公平だ。目の前の男の顔を両手に抱え、指先で撫でながらヤンは思う。大理石の中から飛び出したような、鋭角的なくせにまろやかさの隠せない骨の線、深い眼窩に嵌った、何万年も前の自然の生み出した宝石のような瞳、尖った鼻先と頬とあごの作り出す、完璧な横顔の輪郭、瞳の色と揃いの髪はその美々しい造作を縁取って、天に昇る雲の感触はこんなものかと思う柔らかさでヤンの指に触れ、そこだけは少し子どもっぽく丸い閉じたまぶたは、煙るまつ毛に覆われて、小さな美しい、太古の丘と森のようだ。
人と言う存在が、こんな風に完璧に美を表せるのだと言うことを、ヤンはシェーンコップに出逢うまで知りもしなかった。
ここまでたっぷりと神の加護を、頭のてっぺんから足の爪の先までふんだんに浴びて、そうしてこの男は、そのことを多少は謙遜するかと言えばそんなことはなく、自分の美々しさをはっきりと自覚して、だから何だとうそぶく態度を決して忘れない。
ここまで不遜にされれば、その美々しさに毒気さえ感じる周囲は黙って唇を尖らせるしかない。
近づいて、その存外柔らかな唇に触れれば、この男の中身が、見せる態度ほど硬質でも尊大でもなく、刃を滑らせればきちんと裂けて血を流す皮膚と同じほどに傷つきやすいのだと知れる。
美しさを求めて寄って来る誰彼に、それを弱みと受け取られて傷つけられるのを避けるための、彼のこの傲岸とも取れる態度なのだと、ヤンはじき悟った。
生来の美しさと言うのも、案外面倒なものだと、ヤンはシェーンコップから学んだ。好きも嫌いもなく、人はあちらから寄って来る。そして好き勝手にシェーンコップを評価し──主に、その外見の美しさだけを──、判断し、この男をこれこれこのような人物だと決めつける。
鬱陶しく、窮屈で面倒なことだろうと、ヤンは思う。
シェーンコップとは対極の外見で、凡庸が服を着たようなヤンが人からは向けられるのは常に無関心で、そのおかげで人の視線に縛られない自由を享受していると、ヤン自身は自覚して、世界が自分の動く通りに揺れ動くシェーンコップのような男を、実のところ羨ましいとはちっとも思わなかった。
自分とは違う存在として、興味を持ちはしても、それ以上でもなくそれ以下でもなく、それでもこうして触れることを許されてみれば、その美術品のような華麗さに、千年も前の、傷ひとつない豪奢な壺を胸の中に抱きしめるような、そんな恍惚を感じはするのだった。
シェーンコップの美しさに、それなりに関心は湧いても、けれどヤンの魅かれたのは結局のところ、そのまばゆさの内側にある、血にまみれた、何度も近づいた死から逃れた、傷だらけの魂だったのかもしれない。
皮膚と肉を剥げば誰も同じ髑髏だとシェーンコップは言うけれど、それでもきっと、シェーンコップのそれは、ひと際白く輝いて美しいのではないかとヤンは思う。そして自分のそれの、奇妙に薄汚れたような、灰色に震える脳みその容れ物に過ぎない頭蓋骨は、眼球を失った空の眼窩でシェーンコップの頭蓋骨をそうとは見分けても、もう伸ばす腕もなく、見失った魂を惜しんで、けれど泣くための目ももうないのだった。
皮膚によって保たれた人の形。柔らかくヤンを迎えてくれる、シェーンコップの人の体。その膚の見せる美しさは、ヤンにとってどれほどの意味があるのか、ヤン自身にもいまだ分からず、魂が触れ合うためにはむしろ邪魔なこの人の皮膚と言うものを、けれどこれがなければ人は人と見分けがつかないのだと言う矛盾ごと、ヤンは抱きしめる以外にない。
本を抱えるように、ヤンはシェーンコップを抱きしめる。本を開くと同じ手つきでシェーンコップに触れ、ページを繰る指先でシェーンコップを探る。
自分には、本を読む目とそれを抱えて開く腕と手指があればいいのだと、そう思いながらシェーンコップを抱いて、本の装丁にはそれほど心魅かれないヤンは、開いた本の中からあふれ出して来る、文字の海へただ溺れてゆくのだった。
シェーンコップは確かに、芸術品のように美しい本だろう。けれどその表紙の取り去られ、字の印刷されたページだけが残されたとしても、ヤンはこの本を変わらず愛し続けるだろう。
活字の印刷されたページに掌を乗せ、指をいっぱいに開き、かすかなインクの盛り上がりを指の腹に感じて、ヤンはうっとりと目を閉じた。
字を読み理解して愉しみ、そうしてそれを愛することのできる自分を、幸福だとヤンは思った。
指を滑らせるシェーンコップの皮膚から、彼の魂の綴る文字を読み取って、時折現れる血で書かれた文字へは痛ましげに目を細めて、ヤンはうなじからシェーンコップの後ろ髪へ指先をもぐり込ませる。
汗に濡れた皮膚が、新しい文字を降りこぼして来るのを余さず受け取りながら、熱さの生み出す端麗な文章を、心の中でだけ、声に出して読んでいる。シェーンコップの声の深みと発声の美しさにはかなわない、それでもヤン自身の声──声の円みにごまかされる、舌鋒の鋭さをシェーンコップがどれほど気に入っているか自覚はない──で、紡ぎ続けられるそれを読み、ヤンは別の声のために、喉をいっぱいに反らした。
読みたいもののあり続けること、きっとそれを幸せって呼ぶんだね、そうシェーンコップの耳元でつぶやいたつもりだったけれど、届いたかどうかは定かではなかった。