反射
Finが、駐車場の車の陰で、助手席へ回ろうとした足を止めた。「おい!」
すでにドアを開けて、運転席へ乗り込もうと身をかがめていたMunchは、Finの鋭い声に顔を上げて、何かあったかとすきなく神経を周囲に向ける。
「心配すんな、誰もアンタを撃とうと狙ってなんかいやしねえ。」
Finの、下手をすれば耳障りな、下品に聞こえかねないひしゃげた声に、Munchは隠しもせずに顔をしかめる。
Finは、跳ねるような歩き方で車の前を回ってMunchのそばにやって来ると、せわしげな仕草で、招くように手を動かす。
「そのメガネ、外せ。早く。」
言いながら、落ち着かない様子で辺りを見回すFinに、今度は何のつもりだと、Munchは、ややたるんで下がった口角を、もっと下に曲げた。
Finよりも少し高い目線と、けれどずっと薄い体は、Munchを貧相に見せているけれど、肩の辺りから漂う殺気に近い気配を、Munchはもうずっと自然に身にまとっている。
それに比べれば、あごの辺りに少し肉のついたFinは、その肉と同じくらい削ぎ落とした方が良さそうないかがわしさを、やや薄めの黒い膚の上に、いつでも脱いでしまえる上着のように、全身から漂わせていた。
薄いグレー---Munchの色だ---の入った眼鏡を、Munchが外そうとしないのに焦れて、Finは勝手に手を伸ばしてくる。
「おい、勝手に触るな。」
潔癖症の表情を露骨に浮かべて、MunchはFinの手を払うと、しぶしぶ眼鏡を外してやった。
「なんだ一体。」
何もかも肉厚な印象の、気が合うのか合わないのか微妙な相棒を、Munchはちょっと眉をしかめて見下ろした。
Finは、口からあごをきれいに覆う、薄く切り揃えられたひげを親指で弾くように撫でると、いきなりMunchの顔を大きな掌で挟み込んで、ぐいっと自分の方へ引き寄せた。
薄い、ほとんど肌の色と見分けのつかないMunchの唇に、Finが、黒い膚の中で白っぽく見える、自分の厚い唇を不様に押しつける。ふたりの、広い額が、ごつっと音を立ててぶつかった。
Finが、放り出すようにMunchを離すと、Munchは呆然とした顔で、けれど誰か見ていなかったかと、周りを窺うのを決して忘れない。
「アンタのメガネに映るより、アンタの瞳(め)に、じかに映りたかったんでね。」
ちょっと乱れた黒い革のジャケットを、わざと大仰な仕草で直して、Finはついでに、波打った黒い髪を後ろでまとめたポニーテールを、右手でしごいて、これで身だしなみは完璧だと言わんばかりに、常に服装に一部の隙もないMunchに見せつけるように、厚い胸を張って、ようやく助手席の方のドアへ歩いてゆく。
「なんだアンタ、オレに運転して欲しいのか。」
まだ呆然と、車に乗り込みもせず自分を見ているMunchに、Finがひしゃげた声を張り上げた。
「おまえに運転させるくらいなら、15年前に88で死んだ俺のばーさんを呼び出して運転してもらう方がまだましだな。」
「だったらとっとと乗れよ。」
Finがあごをしゃくる。その唇に視線を奪われて、Munchはぎゅっと目を閉じた後、ようやく外していた眼鏡をかけ直した。