ストレス
ストレスがたまらないわけがない。毎日のように、ぼろくずのような死体やら、死体にならなかったのが幸運かどうか決めかねている被害者たちと顔を突き合わせていて、時折発作のように、気が狂ってしまえたらきっと楽だろうと、そう思わずにはいられない。社会学も犯罪学も女性学も心理学も、山のような文献に囲まれて、ありとあらゆることを学びはした。分析はできる。それによって解釈して、何かしらの結論を導き出すということは、けれど現実にある事件を解決するということと、決して同義ではない。
こんな仕事を強いておいて---自ら望んだことでもあるとは言え---、上の連中は、まるで金持ちの気まぐれな施しのように、精神分析医とやらと会って話をしろと言い出す。吐き出して楽になれと、そう言っているつもりなのだろうけれど、よけいなお世話だとしか思えない。
前の時は、確か離婚の話やら、定期的に寝るような相手がいるかとやら、そんな下らない話題を持ち出しやがった。
Munchは、眼鏡を外している眉の辺りを、ひとりでしかめた。
別れた女たちとのことには、できれば触れたくない。悪いことをしたと、そう言うしかないからだ。
女が、残念ながら何の慰めも与えてはくれない、自分も、彼女らには何の慰めも与えられないのだと気がついたのは、一体いつだろうかと、Munchはベッドの端から真ん中へ向かって、そっと寝返りを打った。
目の前に、やや耳障りな寝息を立てている広い背中が、闇に溶け込んでいる。
自分のそれよりも大きくて、厚い背中だ。背骨が埋もれるほど筋肉---と、ほどよい贅肉---が盛り上がって、その背中を抱くのが、Munchはとても好きだった。
それを素直に口にするには、相手が悪すぎて、そして、Munch自身がひねくれすぎていて、躯で語り合う以外には、甘いささやきなどとは、無縁のふたりだった。
Fin、とMunchは、ゆっくりと寝息と揃って上下する肩の辺りに、小さく声を掛けた。
ぐっすりと寝入っているらしいその肩が応えることはなく、失望もせずMunchは、またその肩と背中を見つめる。
今日は、ふたりとも駄目だった。
疲れているせいもあっただろうし、あまりにもひどい1日だったせいでもある。きっと。
妙齢の男の躯というのは、案外と繊細なものだ。
それでも、抱き合うだけで安心できるのは、それはお互いだからだと、裸の体に触れて、ふたりつぶやき合った。
明日の朝また目覚めるだろうことに、深い憂鬱を覚える必要はないのだと、Munchは思う。
視界のすべてが灰色に塗り潰されていたような日々は、Finと出会って終わった。
夜明けまではまだ間があった。もう少し眠ろうと、Finの背中に腕を伸ばす。白い胸を重ねて、Munchは、穏やかな夢を見るために、Finの黒い首筋に、そっと額をこすりつけた。