貴方の色
これは何だこれは何だ
覗き込んだ万華鏡のように 視界の中に狂ったように色が溢れ 物狂おしさに呼吸さえままならない 喉の奥に詰め込まれた色の欠片が息を塞いで喘ぐのに この苦しさのまま死んでもいいと思うのはなぜだ この幼稚な想い 行き着く先も、行き着く果てもない 戻ることもままならない、ただひたすらに幼稚な想い 息苦しくてたまらない 胸をかきむしる痛みは、けれど想う胸の痛みよりはましだ 伸ばしても届かない手と知っているから そちらではなくあちらへ伸ばす 視線をそらして、何も見ていないという振りをする これは何だったか 憶えのある、懐かしい痛み もう二度と味わうこともないだろうと思っていた 味わうなら、もう痛みにはならないだろうと思っていた ただ秘めて こっそりと舐めしゃぶる舌の上の小さな飴玉のように その甘さだけを味わって、静かに消え果るものと思っていた 喉を刺す痛み 胸を塞ぐ痛み 涙をこらえる目の奥の痛み 貴方を好きと思う、心の痛み 一方通行 行き止まり 右折も左折も禁止 どこにも行けない、行き着かない 想うだけでは苦し過ぎて 欲しがる自分が薄気味悪く いっそ殺せないかと、鏡に向かって手を伸ばす 貴方を好きだと、知りたくなどなかった 知らずにはしゃいでいた時には戻れず ひとりきり塞いだ胸を抱えて どうしようもなく両腕を持て余す 貴方を抱きしめられはしないし 貴方に抱きしめてはもらえない 自分の愚かさと稚なさと 何もかも粉々に砕いて なかったことにしてしまいたい 一片残さず消え去って 跡形もなく失せてしまいたい 誰にも知らせず、何も言わず、出会ったことも忘れたい 忘れてそしてけれど 貴方は憶えていてくれるだろうか 顔も名もない、貴方に向かえば不器用に浮かべた微笑みだけのぼんやりとした輪郭を 貴方は憶え続けていてくれるだろうか 生まれたことすら忘れ去りたいけれど それでも貴方には憶えていて欲しいというわがままだけが 醜く湧き上がり続けて止まらない 今だけ 今日だけ 明日にはきっとけろりと何もかも忘れて また綺麗な振りができるだろう 世界は美しく、魅力に溢れていて この世を去るなど考えたこともないという振りをして 貴方ではなく、どこか虚空に向かって微笑もう 誰にも惜しまれず、誰の記憶にも残らず そんな自分の最期を想像しながら 貴方は存分に愛されて惜しまれて それに相応しくいつも美しくあらんことを 美しい貴方が世界にふりまく色を 目を細めて味わいながら その色に突き刺される痛みすら甘い自分の愚かさを いつかはいとおしく思えるようになるかと 愚か者の愚かしさは世界の果てですら消え果ない 消え果たいと思う時に 美しい貴方を想う 美しい貴方が紡ぐ色の溢れるこの世界の片隅に 自分の居場所があるとは多分一生思えないまま 今この瞬間、最期の時を望んでいる 貴方を好きと想う気持ちが 世界に色を与えてくれた その溢れる色に突き刺されながら、幸せに息絶えてゆこう 美しい貴方の指先から溢れる美しい色に、殺されてゆこう そうして、死の苦しみなど、素知らぬ振りをしよう 貴方に忘れ去られるという死、それを恐れて 息絶える死になど構わず 喉と胸を塞ぐ溢れる色で呼吸をしよう 貴方はただ、貴方のままに 貴方の色に死んで、貴方の色になりたい 幼稚で愚かで、ささやかな願い 灰色の世界の端で思う、小さな希(ねが)い 戻る |