Distance
するすると裸にされて、いつの間にそんなことになったのかと思うようななめらかさで、承太郎が重なってくる。
なんてことをしてるんだろうと思いながら、ごく自然に脚が開いている。その間に承太郎を抱き込んで、どこまで近く触れ合えるかと試すように、足裏で、承太郎の脚の裏側辺りを探っている。
花京院は、声を殺すためだというふりで、承太郎の首筋に噛みついた。
承太郎が花京院に触れる時はいつも、まるで全身の骨の数を数えているようだった。知らない間に、また骨の1本くらい失くなっているかもしれないからと、そう言いたげに、全身に、承太郎の指が這う。
熱意のこもったその動きに、花京院はそそのかされたように、我を忘れることを、次第に自分に許し始める。
承太郎の指が入り込んでくる頃には、羞恥も、少しばかり薄れて、愉しむことはまだできないけれど、全身を委ねて、これから先のことに期待できる程度にはなった。
まだ内側を探るようではなく、ただ、後でなるべくつらくないようにと、出し入れの感覚をなめらかにするためだけに、指先がわずかに動くだけだ。
べったりとベッドにうつ伏せになって、承太郎がそうしやすいように軽く腰を上げて、不快とも快感とも見極めのつかない感触に、ほんの少し眉を寄せる。
何の隔てもなく、こんなに近くなってしまえば、皮膚の上を走るかすかなさざなみさえ、互いにはじかに伝わって、だから花京院がゆっくりと息を吐くその動きが、中に入り込んだ承太郎の指先からすべて曝かれているのだと、花京院は気づかない。
穏やかにドアを叩くように、指が深く沈んでくる。決して中を傷つけないように束ねられた指が、濡れた舌先と一緒に侵入してくる。花京院は、シーツを噛んで声を殺した。
どこをどうしているのか、よく見えるようにという動きで、承太郎の大きな掌が腰を覆って滑る。開かれて、晒されて、生暖かい湿った呼吸が触れるのに、肩が縮む。自力で見ることはかなわない小さな筋肉の入り口は、今はすっかり承太郎のもので、その本来の狭さと目的にも関らず、承太郎の太くて長い指---けれど、形はとても良い---が入り込んで、後でもっと深く長く入り込めるように、束ねた指が花京院の内側で開く。
外から空気が入り込んでくる感覚は、ほんとうに奇妙だ。体の部分の中で、そこが常に正しく体温を保っているのだと思えば、体温よりも温度の低い空気に晒されて、ふっと腕や首の後ろに粟が立つ。
寒いというよりも、武者震いのように、額には熱い汗を浮かべて、膚はざらりと悪寒のしるしを示す。
花京院は、また声を上げた。
入り口を湿すように舐めながら、指がゆっくりと動く。壊さないように、傷つけないように、用心しながら、時間を掛けて、けれど目的のために、奇妙な熱意を込めて。
開かれて、さらに奥を広げられて、承太郎が見て触れているのは、まさに内臓の内側だ。承太郎にそうされて体温が上がれば、皮膚と同じにそこも色づく。けれどそれを、花京院は知らない。上がった血の色をもっと誘うように、承太郎の舌先が舐めて、動く指と一緒に、中にも入り込む。
その執拗さに抗議するためではなくて、むしろ賛同のために、腰はいつの間にか、さっきよりも高く持ち上がっていて、承太郎にそう促されるまでもなく、無意識に脚は開かれていた。
不意に、ぴしりと、冷たくて硬くて、けれどしなやかな感触が、腿の真ん中辺りに巻きついた。承太郎のベルトだ。見なくてもわかる。かちゃかちゃと金具の触れ合う音がして、上がっていた体温が、一瞬そこだけさっと下がる。血の巡りを損なわない程度に、けれどもがけない程度にはしっかりときつく、いつも巻かれるのはまとめた手首だったから、花京院は肩越しに、いつもとは違う承太郎の行動を盗み見た。
承太郎の骨張った膝の間に、花京院の揃えた足が取り込まれて、色と形の微妙に違う脚が4本、きれいに並んだ。
最初は、高く腰を抱え上がられて、何度かこすりつけるだけの動きをして、それからようやく、承太郎が繋がってくる。
後ろからの時は、いきなりではなくて、とてもゆっくりとだ。それ自体で慣らすように、花京院の気配をうかがいながら、無理なら何度でも引いて、けれど諦めずに、皮膚よりも薄いゴムの膜に隔てられていることを、ほんの少しだけ不満に思いながら、けれど数瞬後には、そんなことはどうでもよくなる。
ふうっと、承太郎が息を吐いた。
その呼吸の求めるところを読み取って、花京院はもっと背中を反らすけれど、承太郎のために脚を開くことができずに、焦れたように腰が揺れた。
縛られることを、求めた覚えもないし、求められた覚えもない。一体いつからそんなことが始まったのか、いつもよりも花京院の狭さが拒むのに、承太郎がもう一度息を吐く。腕を伸ばせば、腿を束ねたベルトは外せるけれど、そうしない方がいいのだろうと、花京院は両手にシーツを握り込む。
いつもよりも時間を掛けて、ようやく承太郎が全身を収めてきた。
押し込まれて、背中がきしむ。限界のようにたわんだ腰の辺りが、折れそうに痛む。
縛ると、反応が変わるのだと、承太郎が言った。どこがどうと、具体的に訊くようなことでもなかったから、花京院は頬を染めただけにしておいた。自分の躯だというのに、自分ではわからない動き方をして、承太郎を受け入れている。そこにある熱さや湿り方をきちんと感じられるのは、他人である承太郎だというおかしさに、笑おうとした声が、喉でとがる。
承太郎が、全部入ってくる。確かめているのだ。いつもと違う反応を花京院がしているから、まだそれには飲み込まれないように用心しながら、こんな恥知らずな姿勢だというのに、承太郎の動きはまだ慎ましやかだ。
そこだけ特に肉づきの薄い脇腹を、承太郎の掌が滑る。数の足りない花京院の肋骨に、けれどそれ以上は減ってはいないようにと願いでもしているように、長い指を沿わせて、手を這わせるついでのように、自分の方へ引き寄せる。
突き上げられると、内臓全部が喉元へ押し寄せてきて、花京院はひずんだ声を出した。
熱い。ちゃんと時間を掛けて開いた躯を、わざと狭く閉じて、無理に広げられる入り口が、ひどく熱い。そうして、内側は、にもかかわらず開ききろうと、勝手にもがいている。
脚はきちんと閉じられたまま、けれど熱に潤んだ肉を押し広げようと、承太郎がこすり上げる。掌が這う。花京院は背骨を折って、それに応えようとする。
中は、承太郎を欲しがっている。押し入るそれが粘膜をこするのに、そこから溶けてしまいそうで、躯が開いているのだと、ちゃんと承太郎に示すために、花京院は脚を開きたいと思った。
恥知らずに、腰を高く上げて、脚を開いて、受け入れているという恭順の姿勢を晒して、それに承太郎が煽られると知っているから、溺れるために、痴態を示したいと、そう思う。
ひとりで乱れるのは、不公平だ。淫らな格好で、ふたりで一緒にでなくては、意味がない。猥褻を制限されて、そのことにはきちんと欲情しながら、それでも、無邪気を装って内臓の内側まで見せ合うような形を、花京院は欲している。
体の位置を落としてきた承太郎が、花京院の肩に、心づけの口づけを滑らせた。そのまま胸を重ねてくるのかと、反らせた背中に力を入れた時に、するりと承太郎が躯を外した。
思わず抗議するように、肩越しに振り返った花京院を、承太郎が腹からすくい上げて裏返す。束ねたままの脚を胸の前に抱え込むと、それごと、花京院をふたつに折りたたんだ。
今度こそ、苦しさに息が止まった。
膝から下が、ふらふらと承太郎の肩を打つ。
正面からだというのに、ひどく押し潰されて、喉元で揺すぶられる揃った膝が、鎖骨の辺りを時折叩く。
こすられる入り口は相変わらず狭いまま、不自然に歪められた花京院の躯の中で、承太郎も、違う角度に入り込んで、余裕を失っている。
さっきまでの、花京院を愉しんでいたゆるやかな動きは失せて、無我夢中な表情を隠しもせずに、承太郎はめちゃくちゃに花京院の内側を突いた。
自分の手足も、花京院の手足も、躯を繋げるためには邪魔にしかならないとでも言いたげに、押し入るたびに、目の前でふらふらと揺れる花京院のふくらはぎに、いきなり歯を立てる。ぎりぎりと、歯型を残すことも気にせずに、承太郎は、花京院の足を噛んだ。
躯の内側を突き破られると、本気で体が怯えていた。痛いでも、やめろでもなく、縛られた自分の体が、正しく物であるように思えて、壊れると声に出していたらしい。束ねた脚ごと花京院を抱き込んでいた承太郎が、ようやく我に返ったように、躯の動きを止めた。
汗が、髪を濡らしているのが見えて、花京院はそれに思わず手を伸ばし、承太郎が、その手が頬へ滑るように顔を動かして、唇の端で口づけた。
犬のように、舌を出してあえぎながら、何を思ったのか、承太郎がスタープラチナを出現させる。逃げようにも、まだ両脚は抱え込まれたままだったし、躯も繋がったままだった。ハイエロファントグリーンを呼び出すことは、一瞬思いつけず、薄青い膚の巨人が、けれど穏やかな手つきで、花京院の脚からベルトをほどいた。
足が、ばらりと、右と左に落ちる。承太郎とスタープラチナをその間に挟んで、花京院は、わずかに痛む体でもがきながら、腿の半ばを走るベルトの跡に、じっと目を凝らした。
承太郎は、体の前に両腕を投げ出したまま、躯を外すつもりはないようだったけれど、まだ花京院に触れようとはしない。ややずれて重なった承太郎とスタープラチナに、同じ視線で、開いた足の線を眺め下ろされて、花京院は羞恥に肩を慄わせた。
だらしなく投げ出した手足と、今はまっすぐに伸びた体と、さっきまでの苦しさは消えて、そうやって放り出されれば、痛みすら懐かしくなる。繋がっているだけの躯が、次第に物足りなくなって、花京院は、持ち上げた片足で、スタープラチナの肩を軽く蹴った。
薄青い大きな手が、その足に添えられて、そうして、さっき承太郎が噛んだ歯の跡をそこに認めると、ひと色濃い青の唇が、主の無体を詫びるように、優しく押し当てられる。
承太郎は、それを、黙って見ている。
ひとりと一体を一緒に眺めながら、花京院は、自分の躯が開いているのを感じていた。
今はゆるく承太郎を包み込んで、承太郎が一体どうしたいのかわからなくて、けれどいら立ちもせずに、そっと腰の辺りを波打たせる。さっきまでは、受け入れるだけで精一杯だった内側が、承太郎の形と熱をはかりながら、応えて、そそのかし始める。
スタープラチナの後ろで、承太郎が眉を寄せたのが見えた。
繋がっているのは、承太郎とだ。けれど触れているのは、スタープラチナの方だ。
花京院は、舌先で唇を湿した。そうして、シーツの上で背中をずらすと、繋がった躯をもっと密着させて、そして、投げ出していた足を、硬い筋肉の線の浮いた青い腹から、肩に向かって滑らせると、スタープラチナの首を挟み込むように、足首の位置を整える。
躯を繋げている時は、触れられでもしない限り、滅多と勃ち上がることのない花京院のそれに、スタープラチナの金色の視線が注がれる。まるで、その視線に、じかになぞられたように、内側に誘い込まれたままの承太郎の形を写したように、熱が、ゆっくりと頭をもたげ始めた。
スタープラチナのごつごつとした手が、花京院の片方の膝を撫でる。そちら側の足だけをまたシーツの上へ落としながら、広げた脚の間へ、似合わない穏やかさで動く指先を伸ばす。絡みつかれて、花京院は素直に声をもらして、喉を伸ばした。
スタープラチナにそうされている花京院を、承太郎が眺めている。欲情と嫉妬と、優越感と劣等感と、そんなものの入り混じった複雑な表情を浮かべて、けれど承太郎は動かない。
主のそれとは少し違う掌と指で、けれど同じやり方で、スタープラチナが、こすり上げる。いずれ吐き出すための熱をそそのかして、けれど押しとどめて、スタープラチナが手を動かすたびに、花京院は爪先でシーツを蹴った。そうして、中にいる承太郎に、全身の慄えを伝えながら、熱にただれた粘膜が、もっと先を欲しがっていることを教えることは忘れない。
湿りで汚れた指先で、スタープラチナが、承太郎がいつもそうするように、花京院の腹の傷に触れた。そこからさらに掌を滑らせて、胸の上に乗せると、またひとりと一体は、よく似た表情の視線で、花京院を見つめてくる。
花京院は、息苦しさに喉を反らして、視線は外さないまま、あえぐように大きく息を吐いた。
ようやく、承太郎が動く。スタープラチナと重なって、花京院に腕を伸ばしてくる。触れるのはけれど、またスタープラチナだけだ。
片足は肩に乗せたまま、シーツに投げ出していた膝を取り上げて、胸に添うように折り曲げる。半ば押し潰されて、半ば開かれて、けれどスタープラチナも承太郎も、体の重みを預けては来ない。
あえぐ胸と腹が、4つの瞳の前にさらけ出されていた。
承太郎が、ゆっくりと動く。スタープラチナが花京院を抱いて、押し開いた膝を、痛めないように、触れる掌は、あくまで穏やかだ。
どちらを抱き寄せたいと思っているのか、自分でわからずに、花京院は、4つの瞳を必死で追い駆けながら、さり気なく両腕はシーツの腕に投げ出したままにして、承太郎の動きに合わせて、せつなげに息を吐いた。
躯の中を、いっぱいに満たされる。内臓と筋肉と骨の、ありとあらゆるすき間を埋めるように、承太郎が入り込んでくる。
痛めつけるためではなく、吐き出すためだけでもなく、こすり上げる粘膜が、確実に花京院をどこかへ連れてゆくのを確かめるために、そうして、自分もそこへ一緒にたどり着くために、躯を繋げて、重ねて、皮膚の境界を越えて、ひとつになったのだと、悦びとともに錯覚できる形で、限りなく同化に近く、躯を寄せる。
どこが最奥かもわからない内臓の内側で、傷つきやすさをさらけ出して、ふたりは、薄青い巨人を間に置いて、見つめ合っている。
花京院は、腹の中を満たされる苦しさに、あえいで、舌を伸ばしながら、承太郎から目をそらさない。
穏やかに繋がって、けれど抱き合いはせずに、何かを探り合うように、見つめ合っている。
触れるスタープラチナは、ただひたすらに優しさだけを込めて、それに感謝の意を示すために、花京院は、ようやく重い腕を持ち上げて、その青い唇に触れた。口づけには距離がありすぎて、指先に気持ちだけを込めて、乾いた、人の体温はないその唇をなぞる。
突然、その指先を、スタープラチナが噛んだ。骨も爪も砕くほど強く、噛んだ。
噛んでいるのは承太郎の歯列だ。
一度だけ短く叫んで、花京院は、けれどその指先を振り払うことはせず、今度は承太郎の頬を撫でるために、空いた方の手を伸ばす。少し遠すぎて、指先が空回る。
花京院に向かって、承太郎がうっすらと微笑みかける。指を噛まれたまま、今は承太郎だけを見ている花京院は、届かない指先を、それでも伸ばし続けている。
戻る