Foolish



 両手は背中で縛られていて、目隠しをされて、全裸だった。
 床に正座で坐って、軽く開いた膝に、花京院の爪先が触れている。
 花京院は目の前のソファに坐って、やけに楽しそうに、床にいる承太郎を見下ろしていた。
 口を利くなと言われていたから、承太郎は無言でいる。本気でいやなら、スタープラチナを出せばすむことだ。もっとも、こういう時にはスタンドは使わないと、ふたりで決めているから、さてどうするかと、承太郎は、目隠しの下で、花京院の爪先の動きを、瞳で追った。
 腿に触れた、少し厚い靴下の足裏が、今度はみぞおちにやって来る。そのまま、承太郎を蹴るような仕草をして、花京院が喉の奥で低く笑う。
 そんなことではびくともせずに、伸びた足の位置を探って、前に体を倒そうとした承太郎の肩を、花京院は今度は少し強く蹴った。
 動くなと、そういうことと悟って、承太郎は体を伸ばしてあごを引く。ちょっとだけ斜めに頭を傾けて、この遊びを愉しんでいるという振りを見せた。
 みぞおちへ戻った花京院の爪先が、そこから下へ滑ってゆく。腹筋の下辺りで、まるでその固さを確かめるように、数瞬だけとどまった後で、さらにゆっくりと降りてゆく。
 わざとそこを避けて、腿の付け根を通って、それから、爪先が触れた。
 そうされる前に、ゆるく勃ち上がっていたそれが、触れられて、さらに硬さを増す。腹筋にも、思わず力が入った。
 今は花京院から見えている裏側を、上から下へ、つつっと爪先がなぞって行った。
 喉の奥に声を飲んで、承太郎は舌を噛む。声を出さないという、これはゲームだ。勝てばどうなると、約束したわけでもないけれど、きっと何かあるのだろうと、花京院の心の内を読もうとして、また触れられて、肩が揺れた。
 少しざらつく生地に包まれた花京院の爪先が、わざと触れて来る。輪郭を乱雑になぞって、時々蹴るような仕草をしながら、承太郎が声を殺しているのを、腹筋の動きに確かめて、花京院がまた低く笑う。
 口が開いて、うっかり出そうになった声を、息を吸い込んで止めた時に、不意に花京院の足が遠のいた。
 承太郎に触れていた爪先を、足を組む手前のように片方の膝に乗せて、花京院が、見えないのに承太郎に見せつけるように、眉をしかめる。
 「君のせいで、靴下が汚れちゃったじゃないか。」
 靴下を脱ぐ動きで、空気が揺れる。承太郎の目の前で空気がさらに揺れ、そして今度は、花京院の素足の爪先が触れた。
 小さな足指が、順に触れる。手指よりも不器用に動くそれが、先端に触れて、そこへ入り込めないことを残念がるように、何度も何度も確かめた後で、次の指に順番を譲る。承太郎は、何度も何度も息を止めた。
 今では、踏みつけるような動きを時折混ぜて、花京院が愉しそうに承太郎に触れている。あたたかな素足の足裏が、あまり馴染みのない弾力で、承太郎を、限界に追い詰めようとする。
 花京院の爪先は、承太郎の重なった折り重ねた足の間や、両脚の間の奥へ入り込んで、承太郎が思わず腰を浮かしかけると、焦らすように遠のいた。いつの間にか、膝が大きく開き始めている。
 「また汚れたじゃないか。」
 花京院が言った。言葉とは裏腹に、面白がっているような声で、その汚れたという爪先が、承太郎のあごに触れる。
 「きれいにしてくれよ、承太郎。」
 花京院が言う通り、確かに、爪先と足裏に、ぬるりと触れるものがある。わずかに顔を背けた後で、承太郎は、舌を先に差し出しながら、うっすらと口を開いた。
 思ったよりも柔らかい爪先を、口の中に噛む。そうして、舌を滑らせて、唇の広さいっぱいに、花京院の爪先を誘い込んだ。
 ぬるぬるしているのが、自分の唾液か自分のそれか、よくわからないまま、差し出された花京院の爪先と足裏を、舌を伸ばして舐める。ふっくらとした部分には歯を立てて、肉付きの薄い部分は口の中に取り込んで、足が時折もがくように動くのは、くすぐったいのではなくて、別の感覚に耐えようとしているのだと、速くなる花京院の呼吸でわかる。
 承太郎に足を差し出して、その伸びた自分の脚を撫で上げながら、花京院は、承太郎には見えないことに安心して、下腹へ掌を滑らせていた。
 まだ前をくつろげることはせずに、自分の足を舐める承太郎の濡れた舌の動きと、それ以上はないほど上向いている承太郎のそれを交互に見ながら、花京院はジーンズの上から自分のそれをこすり上げている。空いた手は、指先を唇に差し入れて、声を耐えるために噛んでいる。
 承太郎が首を伸ばして、足首の方へ触れて来る。花京院は承太郎の肩に足を乗せて、承太郎がそうしやすいように、くるぶしや足の甲を、承太郎の唇近くに差し出した。
 声を出すなと、言ったのは承太郎にだけだ。だから、自分が声を出すのはかまわないはずだと、そう思うけれど、耐えることが愉しくて、花京院はいっそう強く自分の指を噛む。
 承太郎の舌が大きく動いて、花京院の足を舐めている。それだけだというのに、全裸の上に目隠しのせいか、承太郎の口元が、ひどく卑猥に見えた。
 足を引き、立ち上がる。花京院が遠のいたので、承太郎がどこだと言うふうに顔を動かして、花京院の位置を探ろうとしている。そのあごを、花京院は片手ですくい上げた。
 「君は動かなくていいよ。」
 花京院がそう言うと、眼下で承太郎が濃い眉をひそめる。何のことだと音は出さずに動いた唇の間に、花京院は自分の指先を差し込んだ。
 すぐに伸びて来た承太郎の舌が、その指先を口の中へ引き込んで舐め始める。ほんの数秒、承太郎の好きにさせた後で、
 「それじゃないよ。」
 引き抜いた指の形に開いたままの唇へ、片手で取り出したそれをあてがう。
 「ほら。」
 なまあたたかな感触に、驚いたように、承太郎があごを振って、避けようとした。本気で抵抗したわけではない。一方的に好き勝手されるのは好きではないと、そう伝えたかっただけだった。
 いつもは、承太郎が自分から唇を寄せるそれを、花京院は、わざと乱暴に、承太郎の口の中へねじ込むように差し入れてゆく。
 承太郎の頬へ両手を添えて、上向かせたそこへ、花京院は容赦せずに奥まで入り込んだ。
 頬の裏側よりも、いっそう温かい舌の奥、喉の入り口へ、触れる。触れて、今度こそ耐えられずに、花京院は声をこぼした。
 喉をふさがれて、苦しさに首の辺りが引きつるのを、花京院は無視したまま、承太郎の喉奥へ、遠慮なく動き始める。動きながら、承太郎の顔も、合わせて動かす。首筋まで真っ赤に染まっているのを見られることのない安心感から、花京院は口元をゆるめて、舌の奥を喘がせていた。
 まるで、発情期の犬だ。乾いた唇を舐めながら思う。苦しそうな承太郎を見下ろして、完全には見えない承太郎の表情にさらにそそられて、その隠された目の辺りを指先でそっとなぞる。瞬きをした動きが指先に伝わって、花京院は息を止めた。
 承太郎のふっくらとした唇が、唾液---多分それだけではない---に濡れて、花京院が動くたびにわずかにめくれる。入り込む時には、内側に巻き込まれるように見えるのが、その紅さと相まって、ひどく生々しく花京院の目には映る。
 短く息を吐きながら、ふと思いついて、片足を承太郎の脚の間に滑り込ませた。触れた途端に、承太郎の胸が反る。喉の奥が、叫んだように、大きく開いた。
 そのまま触れている足を動かさずにいると、承太郎がわずかに腰を近寄せて、ジーンズの固い布地にこすりつけ始める。伝わるはずもないのに、厚い布越しに、承太郎のそれが、ひどく熱いような気がした。
 今ではもう、承太郎の頭を抱え込むようにしながら、花京院は自分を引き止めるのに必死になっている。自分へ躯を寄せて来る承太郎の、その熱さをもっと近くに欲しいと思って、背骨のつけ根の辺りに、熱が融けるのを感じた。
 「承太郎・・・。」
 声が知らずにかすれて、もっと耐えるつもりでいたのに、承太郎が全部欲しくなって---手を縛ったのも、目隠しも、自分がしたのに---、花京院は承太郎の唇から躯を外すと、急いでジーンズと下着を下ろし、片足だけ抜き取った。
 そうして、承太郎の上に坐りながら、床に向かって膝を折る。
 首に両腕を回して、突然しがみついて来た花京院に、先を悟った承太郎が、初めて正座を崩して、立てた膝で花京院を自分の方へ引き寄せる。
 胸と腹が触れ、そうして、その間に手を差し込んで来た花京院が、自分のそれに触れてから、承太郎にも指先を伸ばす。掌の中に収めると、承太郎が上体を伸ばして、花京院に向かって上向いた。
 「・・・君は動いちゃ駄目だ。」
 自分に近寄って来た承太郎の唇に向かって、花京院は息を混ぜてささやいた。
 背中から腕を回し、もっと承太郎に躯を寄せて、そうして、触れた承太郎のそれを導こうとする。
 どちらも辛いその姿勢に構わず、花京院は、触れた承太郎に、自分の躯の重みを寄せて行った。
 片足にだけまとわりつくジーンズの重さが煩わしく、それにバランスを崩しながら、片方だけ履いたままの靴下が脱げかけて、床を滑る。その傾く体を、いつもなら支えてくれる承太郎の腕は縛られたまま、花京院は必死で、承太郎の上で背中を真っ直ぐに整えた。
 承太郎の硬さと熱を、自分の躯の内側に飲み込みながら、息と止め、吐いて、自分だけでそうするには少々扱いの厄介な、けれどその不自由さに煽られて、花京院はあらゆることにそそられている。自分の掌の中で、承太郎のそれが、いつもよりも大きく脈打っている気がして、その形が自分の中をすべて満たす感覚を想像して、ぞくっと背中を慄わせた。
 大きく息を吐き出して、まだ完全には納めないままで、花京院は焦りを混ぜて、承太郎の膝の上で動き出す。いろんなことが中途半端だったけれど、何にも構わず、ただ承太郎が全部欲しかった。
 どうしたところで濡れるはずもない躯が、普段よりも無理矢理に承太郎を受け入れて、腰の辺りできしむような音がしていたけれど、花京院はそれを無視して、承太郎にしがみついたまま動き続けている。どうしたら楽になるのか、手足の位置もよくわからず、ただむやみに承太郎に躯を寄せた。
 承太郎の肩にあごを埋めて、荒い息を気にしたのか、承太郎が、まるでなだめるように、花京院のうなじの辺りへ唇を押し当てる。かすかに震えるその皮膚を軽く噛んで、承太郎が、小さな声でささやいた。
 「・・・どっちの勝ちだ・・・?」
 動きを止めて、瞳だけで声のした方を見て、花京院はひと色濃く、頬を赤く染める。
 このまま動き続けても、ちっとも良くならないだろうことを、承太郎に見抜かれている。こんな風に花京院に扱われて、承太郎も、上手くは先へ辿り着けず、辛いばかりだった。
 花京院が、どんな角度で入り込まれて、どんな風に満たされたいのか、よく知っているのは承太郎の方だったから、花京院の答えを急がせるために、承太郎は膝を少し動かして、ほらと言うように、わずかに突き上げて、花京院に鋭い声を上げさせた。
 「・・・き、君が、勝ちで、いい・・・ッ。」
 声だけで、花京院の表情がわかる。
 眉を寄せて、歯を食い縛って、そのうち声を耐えられなくなって、喉を伸ばして叫び始める。その、大きく開いた唇の間に指先を差し込むと、まるで空腹の犬のように、しゃぶりついて来る。手が自由にならない今はそれができず、不意に思いついて、承太郎はひそかにスタープラチナを呼び出した。
 音も気配もさせず---やり方は、花京院のハイエロファントグリーンを真似た---、花京院の後ろへ、薄青い膚のスタンドが現れて、
 「しがみついてろ。」
 言葉短に花京院に言うと、承太郎は自分の分身に向かって体を倒す。スタープラチナが、承太郎のために花京院の背中を支え、承太郎に不意に動かれて、声を止められずに大きく開いたその口へ、青い太い指先を差し込む。
 「スタンドは、使わない約束、じゃ、ないかッ!」
 スタープラチナの指を噛みながら、はっきりとはしない発音で、花京院が怒鳴る。怒鳴りながら、けれど語調は弱い。
 「・・・やかましい。」
 躯だけを揺らして、花京院の内側を探りながら、承太郎は、耳の近くに息を吹きかけるように、またささやいた。その辺りの肌が、一瞬で熱を上げて、承太郎にしがみつく腕にいっそう力を込めて、ようやく花京院が黙り込む。
 聞こえるのは、スタープラチナの指に唾液の絡む濡れた音と、その隙間から漏れる、荒い吐息だけだった。
 承太郎の動きにつれて、体を起こしたままにできなくなって来て、花京院は、諦めたようにスタープラチナの胸に寄り掛かり、手足の力を抜き、必死でその姿勢を支えていた両足を、好きな方向に伸ばした。承太郎と、もっと近くなれるように、承太郎に、好きな形に自分の躯が添うように、スタープラチナの支えに頼り切って、花京院は、承太郎の躯の揺れに合わせて、自分も動き始める。
 承太郎の息も、そうされて速くなる。
 スタープラチナが、花京院のあごの辺りに触れていた手を、汗に湿ったシャツの裾へ伸ばす。そこからするりと両手とも滑り込ませて、花京院を抱きしめるように、胸とみぞおちに添えた。シャツの下で、指先が迷うように動いて、硬く尖った突起をそっととらえる。途端に、花京院の喉が伸びた。
 知らずに内側がうねって、承太郎が、短く息を切る。
 「・・・てめ・・・ッ!」
 お返しだと、躯を引いて、また強く押し込む。花京院が、声を飲む。
 がくがくと頭が揺れ、だらしなくゆるんだ口元は、こぼした唾液で汚れていた。
 スタープラチナの腕の中で首を折り、肩口の辺りが無防備に晒されて、スタープラチナは、真っ赤に染まった耳朶を、ピアスごと唇だけで噛む。また、花京院の躯がうねる。
 そうして、だらりと床に落ちていた花京院の両腕がのろのろと持ち上がり、承太郎の頬に伸びて来る。
 「・・・いやだ、君じゃないと、いやだ。」
 そんな風につぶやきながら、慌てたように動く指先が、承太郎の目隠しを上にずらし上げる。左目が見えて、それから、右目が現れた。目隠しは承太郎の頭から滑り落ちて、花京院の裸の足のどこかに引っ掛かる。
 ふたり分の熱に融け切ったように、だらりとスタープラチナの胸にもたれ掛かり、そして承太郎の動きに揺れている花京院が、目の前にいた。
 ちくしょう、と小さく、唇の中だけでつぶやいて、承太郎は体をもっと前へ倒す。胸と胸が、きちんと重なるようにスタープラチナの腕はどこかへ去り、承太郎は、喉と喉を一瞬すり合わせて、それから、その躯と同じように開きっ放しの花京院の唇へ、自分の唇を重ねた。
 繋がった躯と同じほど、舌の奥も熱い。あふれる唾液を、自分のそれと交ぜ合せて、またゆっくりと、花京院の躯に向かって動き始める。
 何もかも欲しいのは、お互いさまだ。
 後ろで縛られたままの腕が、耐えられないほど痛み始めていたけれど、抱きしめられない不自由さが、今はなぜかいっそう花京院を親(ちか)しく感じさせている。
 わずかに外れて、唾液が糸を引く唇の間で、息を吐くように、引き分けだ、と承太郎はささやいた。花京院の瞳は動かずに、承太郎に据えられたままだ。
 その熱に潤んだ瞳の中に映る小さな自分の、やけな幸せそうな表情に、承太郎は知らずににっと笑いかけていた。


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