Obedience



 革のベルトが、胸に食い込む。先に目隠しをしたのは、一体これが何か、見られたくなかったかららしい。先に見ていたら、承諾などしなかっただろうと思いながら、胸が反るほど高く縛られた、背中の両手首を、無駄と知りつつ、動かそうとしてみる。
 両の腿にはすでに、幅の広いベルトがそれぞれ掛けられていて、胸を横切るベルトに、それが繋がれようとしているところだった。
 開いた膝を胸に引き寄せる形に整えられた躯は、無防備に、ソファの上で、承太郎の目の前にあった。
 「自分で・・・やればいいじゃないか。」
 どこにいるのか、正確にはわからない承太郎に向かって、花京院が、少し不貞腐れた声で言った。
 開いた膝に、承太郎の手が触れる。何もかも晒しているのだと思うと、ごく自然に顔を背けて、見えもしない目を伏せた。
 「胸にベルトが回らねえ。」
 あっさりと言い返されて、何かひどい言葉でも投げてやろうと思うけれど、腿の内側を撫でる冷たい空気に、そんな気も殺がれてしまう。
 確かに、胸囲1mを楽に越える承太郎には、サイズが合わない代物だろう。けれどそれが、これを手に入れた理由と、試したいのが花京院だという理由にはならない。ちょっと試してみたいだけだというそのちょっとが、一体どれほどのものか、最初にきっちり話をつけておくべきだったと、承太郎相手にはつい甘くなる自分を、罵りたくなる。
 「跡が残ったら、撲るぞ。」
 せいぜい凄んだ声を出してみても、承太郎が、それを鼻先で笑い飛ばした気配が伝わってくるだけだ。
 散々もがいてみた後で、自力では何もどこも外せないことを悟ると、花京院はあきらめたように、ソファの背に背中をもたせかけた。少しでも隠せないかと、丸めていた背を伸ばして、胸や下腹を全部承太郎に晒して、それでも顔だけは、向こうに背けたままでいる。
 拘束されて、それを眺められているというのは、それだけで妙な気分になる。
 ふさがれた視界が、触覚を敏感にするのか、承太郎が肩や腕に触れるだけで、息が上がる。声を殺すのに、血の出るほどきつく唇を噛んで、そして、たまにあごの辺りへ来る承太郎の肩や首筋に、お返しにと、歯を立てた。
 食い込んだ歯列をゆるめるように、承太郎が、花京院の唇を舐める。そうしながら、すでに血の色の上がった胸元に触れて、
 「ひとりで気分出してんじゃねえ。」
と、からかうように言った。
 上半身だけ裸の承太郎は、わざと花京院の胸や腹に自分の肌をこすりつけて、掌を脚に這わせる。まだ肝心なところには一向に触れもせずに、けれど、見下ろせば、そんな必要もあまりなさそうだった。
 脚の付け根に、際どく触れる。花京院が、息を止める。
 チェリーのピアスが、ひどく揺れる耳元へ唇を近づけて、いきなり舌先を差し込んだ。
 わ、と声が上がって、思わず逃げようと肩を傾けた花京院を腕の中に抱き込んで、耳を全部、唇の中へ閉じ込めた。
 ピアスごと、耳朶を舌に乗せて、わざと金具を噛んで音を立てる。耳の流線を舌先でなぞると、うなじの辺りを粟立てて、花京院が大きく震える。
 耳の後ろで、濡れた唇が音を立てた。
 物欲しそうに、軽く開いている唇に口づけると、待っていたように舌先が絡んでくる。喉の奥に誘い込まれたのは承太郎の方だった。
 腕が使えずに、承太郎に抱きつけず、唯一自由になる膝から下をむやみに動かして、承太郎の背中を引き寄せようとしていた。
 ソファに脚を開いて坐らされて、ろくに触れてももらえず、躯が焦れ切っている。いつもなら、余裕を失くして花京院にしがみついてくるのは承太郎の方なのに、今は花京院の方が、切羽詰っていた。
 開いた唇は閉じる暇もなく、遠ざかろうとする承太郎の舌を離さない。ソファから背を浮かせて、欲しいのはけれどせわしない接吻ではなくて、もっと確かな触れ方だった。
 早く、同じように乱れてくれないかと、承太郎の唇を軽く噛んで、見せつけるように腰を浮かせていることに気づかず、妙なふうに腕を動かした承太郎が、そのままその手を、花京院の胸に添えた。
 小さな振動音と、冷たくて固い感触。それが、すでに尖り始めていた胸の突起を、なぶるように動く。
 首を振って、脚を跳ね上げ、ベルトの金具が、かちゃかちゃと耳障りに鳴った。
 冷たかったそれは、じきに花京院の体温でぬくまって、もう片方の突起にも、同じようにあてがわれた。
 「や、めろ・・・変なもの、使うな、よッ。」
 丸みを帯びた、小さなプラスティックか何か、ろくでもない玩具の類いだと、感触で察して、けれど湧く嫌悪は、細かな振動に粉々になる。
 胸と腹の筋肉が張りつめて、与えられる振動に合わせて、わずかに震えていた。
 「やめろ、承太郎・・・やめろ・・・」
 切れ切れに言う言葉に、真実味はなく、承太郎がにやりと笑った気配が皮膚を伝わってきて、ようやく玩具はどこかへ去った。
 尖りきった突起に、承太郎が歯を立てる。形をなぞるように、舌先でつついて、花京院は湿った熱さに、また声を上げた。
 胸のベルトが引っ張られ、空いたすきまに、するりと何かが入り込んでくる。何か細い紐状のものだと思って、それからまたさっきのプラスティックの感触が、みぞおちの辺りに触れた。
 承太郎は、さっきの玩具を、胸のベルトに引っ掛けて、コントローラーと繋がったコードが、ちょうど胸の突起に引っ掛かるように、そして、楕円の、振動する部分が、花京院の腹の傷跡に当たるようにすると、そっとスイッチを入れた。
 見かけは可愛らしい、その卑猥な玩具が、花京院の腹に残るひきつれの上で動き始める。振動は、コードにも伝わって、花京院は、じわじわと肌をなぶられる感触に、喉を伸ばして声を放った。
 ひどく敏感になっている腹の薄い皮膚が、そこだけいっそう濃く、血の色に染まる。
 そこへ届きそうに反り返っているそれに、承太郎は、初めて指先を添えた。
 やめろという声が、次第にかすれて、間遠になる。あえぎばかりになったのを確かめてから、承太郎は、花京院を喉の奥まで飲み込んだ。
 花京院が口の中であっさりと果ててしまっても、まだ承太郎はそこから離れずに、白く濡れて汚れたそれの先端に、みぞおちで震えていた玩具を当ててやる。掌の中に、確かな手応えが戻ってくるのを確かめてから、脚をばたつかせている花京院を押さえつけて、顔の近くへ乗り上げた。
 「・・・突っ込んで欲しかったら、そう言え。」
 わざと下品な物言いで、上向かせた花京院の濡れた唇を、親指の腹でこする。
 そうしながら、ジーンズの前を開いて、取り出したそれを、花京院のみぞおちの辺り---傷跡の、近く---にすりつけた。
 「そうしたがってるのは君の方だろう。とっととやれよ。」
 「てめーがそう言え。」
 腰を押し付けて、熱とぬめりが、そこで混ざる。わざと花京院を煽るように手を動かして、息苦しさにあえいだ喉に、噛みついた。
 「早く言え。」
 「言う、もん、かッ。」
 叫んだ花京院の顔をつかんで、あごから頬へ舌を滑らせると、目隠しの上から、眼球の丸みをなぞった。そうして、まぶたの辺りに軽く歯を立てて、そのまままるで食むように、花京院の顔の輪郭を歯列でたどる。
 「強情なヤローだ。」
 耳の傍で、揶揄するように言うと、花京院が怒ったように肩を揺する。
 承太郎は、胸のベルトに引っ掛けていた玩具を乱暴に外すと、また花京院の脚の間に顔を埋めて、今度は、その玩具の丸い先端を、奥の方へ滑らせた。
 承太郎の意図に気がついて、体を引こうとした時には、すでにそれは、花京院の内側へ埋め込まれていた。
 「承太郎!」
 すぐに細かく振動し始めたそれは、深くではなく、浅い位置にとどまると、もどかしい動きで花京院を責め立てる。
 「・・・出せ! そんなもの、いや、だ。」
 隠す術もなく開かれた脚の間が、ひどく卑猥な眺めだった。いつもは自分と繋がるはずのその狭い筋肉の入り口が、たかが指先程度の小さな異物を飲み込んで、けれどそれに耐え切れないように、悲鳴を上げているように見えた。
 爪先を足裏に巻き込んで、ソファの上で、花京院が不様に跳ねる。叫ぶ合間に、何度も承太郎を呼んで、そして、物欲しげなのか、苦しいのか、どちらとも取れる仕草で、腰を揺すっていた。
 「じ・・・承太郎、もうッ・・・早くッ・・・」
 もっと焦らすべきだったと思いながら、それ以上は自分が我慢できずに、承太郎は、花京院をソファの上に押し倒すと、折った脚ごと抱きすくめるように、その上にのし掛かった。
 柔らかな粘膜に傷をつけるとか、そんな気遣いさえできない性急さで、まだ振動している玩具を引き抜くと、代わりに自分が押し入った。
 花京院が、潰れた声をこぼす。
 中はひどく熱くて、いつもよりもすんなりと受け入れたくせに、収まってしまえば、狭く拒んでくる。痛いほど締めつけられて、思わずあえいだ。
 まだらに赤く染まった白い肌と、縦横に走る革の黒と、ひどく即物的な色合いが痛々しく見えて、けれどそれが、よけいに承太郎を煽る。
 いつもよりも確実に乱れている花京院の表情が見たくて、承太郎は、手を伸ばして目隠しをずらした。半分だけ開いた、色の薄い茶色の瞳が、ひどく潤んでいる。躯の内側の熱さと、それは繋がっているのだと、そう思ってまた、花京院を揺すぶり上げた。
 奇妙な形に折りたたまれたまま、花京院は承太郎の下で、無意識に承太郎を逃すまいと、内側の熱を全身にあふれさせていた。いつもよりも深く入り込ませて、絡みついて、自由の利かない手足の痛みに耐えながら、けれどその痛みが、自分の中にいる承太郎を、ひどく意識させることに気づいている。
 繋がって、粘膜をこすり上げられて、脳まで響きそうに満たされて、いつも以上の余裕のなさで、最奥へ届こうとする承太郎の動きが、奇妙に愛しかった。
 こんなやり方は好きではない。それでも、どこかたがが外れたように、淫らな姿勢に折りたたまれた躯を承太郎の好きにさせながら、夢中になっているのは一体どちらだろうかと、ふと冷静に思う。
 花京院の視線に気づいたのか、承太郎が、目元を覆おうとしたのか、手を伸ばしてきた。けれどその手は口元に止まって、そして、大きな指先が、唇と歯列を割り込んでくる。喉の奥へ入り込もうとするその指先を、花京院は従順に舐めた。
 動く舌と、自分の躯を連動させて、縛られた自分の上で、承太郎のぶ厚い肩が揺れるのを見ている。
 承太郎は、蕩けるほど熱い花京院の内側で、誘い込まれる動きに、素直に負けた。食われたのは自分の方だったのだと、まだ自分の指を舐めている花京院の唇に、恭順の意を示して、そのまま自分の唇を重ねてゆく。


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