Pulp Fiction



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 社会科の資料室のドアは、中から鍵がかかる。
 どちらが先に誘ったとも見極めのつかない曖昧さで、人目を忍んで承太郎の手を取り、花京院は伏せ目のままそこへ足を踏み入れた。
 放課後だ。外はまだ明るいけれど、生徒たちのほとんどは下校し、教師たちは今頃、職員室で一分も早く帰宅しようと、ばたばたと荷物をまとめている最中に違いない。
 調べ物をするための細長い机のそばへ承太郎を導いて、花京院は、承太郎をまっすぐに見ることができずに、ただその広い肩に向かって精一杯背伸びをする。届こうと思えば、パンプスの爪先が痛んで、支えきれない体は、ごく自然に承太郎の胸に寄りかかる形になる。
 花京院は、承太郎の首に両腕を回した。
 仕掛けて来たのは承太郎の方が先だ。花京院への興味を隠さずに、高校生らしい、どこか切羽詰ったような熱心さで、けれど先に誘ったのは花京院だと、承太郎は主張する。そうなるように仕向けたのはそっちだと、真顔で言う。うそではないのだろうと、花京院は思う。
 承太郎だけを、特に挑発するような態度を取ったわけではない。こうすれば、女と見れば触れたがる、服を脱がせることばかり考えているこの年頃の少年---というには、もう大人に近すぎるけれど---たちが反応してくると、わかりきった行動を取っただけだ。ただ、教え子たちの中で、承太郎が特に好ましかったのだという事実は否めない。
 どこへいても頭ひとつ、ふたつ分背の高い、アメリカ人との混血だという承太郎は、女生徒たちが騒がずにはいられない端正な顔立ちをしていて、そのくせ彼女らに興味を示すこともせず、改造学生服に身を包み、誰に対しても反抗的な態度は、りっぱな不良のそれだ。
 古臭い言い方をすれば、いわゆる硬派と言うのだろう。花京院から見れば、やはり子どもでしかない他の生徒と違って、肩も胸も当然のように日本人離れしてぶ厚い承太郎は、すでに大人の男の匂いをさせていた。
 花京院の、遠回しな挑発に、乗るだけの度胸があったのが承太郎だけだったと言うべきなのか、それとも知らずに、承太郎にだけわかるそんな態度を、花京院が取っていたのだろうか。
 教え子を誘惑したということになるのか、それとも、承太郎が花京院に乱暴を働いたということになるのか。
 見つからなければ、どちらと決めつける必要はない。
 ふたりとも、ばれればただではすまないと、承知の上で互いの手を取ったのだ。後はもう、愉しむだけだ。
 ふっくらと肉の厚い、やわらかな唇に、自分の唇を重ねてやる。口紅が取れてしまうけれど仕方がない。むしろそうやって、承太郎の上に自分の跡---汚れ---を残すことに、花京院は背中がぞくぞくするような快感を覚えた。
 わざと合わせた唇をずらして、端の方にかすれた紅い跡を残して、そこを、花京院は濡れた舌先で舐める。
 花京院にされるまま、やや肩の位置を落としてはいるものの、両手はズボンのポケットに入れたままだった承太郎が、そうされて、初めて動いた。
 不意に花京院の両手を取って、細い手首を背中でひとまとめにする。女物の小さな時計が強く骨に押しつけられて、花京院は思わず唇を外してうめいた。
 「痛い。」
 言った途端に、承太郎の手がゆるむ。その素直な反応を、年上の女の余裕を持って好ましいと思いながら、大丈夫だという笑みを浮かべて見せる。
 どうやら、自分の力の加減がわからないらしい。この外見だから、女と寝たことがあるに違いない---だから、花京院の誘いのサインを見逃さなかった---と思っていたけれど、こんな力で抱きすくめられたら、肋骨が折れかねない。案外と、まだ経験はないのかもと、ほどかれた両手をまた承太郎の首筋に添えながら、花京院は口紅の剥げかけた下唇を舐める。
 本棚だらけの埃くさい薄暗い部屋で、学帽の下の承太郎の深緑の瞳が、わずかに光ったのが見えた。
 またやわらかく唇を重ねると、今度は舌を差し出してくる。そうしながら、長い両腕が、花京院の細い腰をくるんだ。
 むやみに動くだけのその舌を、自分の口の中に導いてやってから、そこで玩ぶように動かした。承太郎は、花京院の思うままに導かれて、あたたかい頬の裏や唾液のたまり始めた唇の裏を、必死に舌先で探っている。
 長い腕が伸びて、足に触れる。ふと指先が戸惑ったのは、ストッキングの感触のせいだろう。つるつるとしたナイロンの手触りは、けれど長い爪を拒む。幸いに、引っ掛かるような爪はしていないのか、腿の裏側から、スカートをたくし上げようとする手を、花京院はまた止めた。
 「・・・ちょっと、待って。」
 また阻まれて、承太郎の瞳が、わずかに怒気を含む。その色を見取って、本気になれば花京院の細い首くらい、いくらでもひねり潰せそうなその大きな掌に、花京院はほんの少し怯えて、承太郎から体を離しながら、まるで自分の身をかばうように、ブラウスの胸元を片手で掴む。
 「ちょっと待って。」
 怯えを悟られないように、無理矢理に微笑みを浮かべて承太郎を見上げると、承太郎がいつも腰にゆるく巻いている派手な数本のベルトの1本を、手早く外して取り去った。
 承太郎の腹の辺りに、わざと胸を密着させながら、自分の胸元を、承太郎がちゃんと下目に見ているのを、見上げて確かめながら、花京院は精一杯笑みを保って、承太郎の背中にベルトを持った手を回す。そうして、承太郎の大きな両手を取ると、さっき承太郎が花京院にそうしようとしたように、重ねさせた手首を、手探りでベルトで縛る。
 少なくとも、すぐには手は使えないから、やや安全だという気安めにはなる。花京院はゆっくりと体を離して、ブラウスのボタンをひとつふたつ外しながら、後ろへ下がった。
 花京院の、骨の細い指の長い手の動きから、承太郎は目をそらさない。そらすことが、できるはずもない。
 造りのちゃちな、足の細い細長い机---むしろ、テーブルという形状に近い---の端にたどり着いて、花京院は、承太郎に視線を据えたまま、その上に、斜めに体を傾けながら腰をずり上げる。たくし上がったスカートの中の、腿の線に、素早く承太郎の視線が走ったのを見逃さない。
 爪先をふらふらと遊ばせながら、花京院は、承太郎に向かって手を伸ばした。
 淡い真珠色に塗られた、形のいい爪の指先だけで、手招く。糸に引かれたように、承太郎が近づいて来る。近づいて来る承太郎の、そこだけはやけに薄い腹の辺りを、爪先でつつく。裾の長い、見るからに重そうな制服の上着---前を合わせているところなど、見たこともない---の前から、両方の爪先を差し込んで、そうして、両足の中に引き寄せる。
 机に腰掛けても、承太郎とは背の高さが合わず、胸に張りついてくっきりと筋肉の形を現しているシャツを今すぐ脱がせてやりたいと思ったけれど、まだ手は出さない。両足の中に抱き込んで、見上げて、花京院は下唇を舐めた。
 「床に、坐って。」
 開いた腿の間で、承太郎が、制服の裾をわずかになびかせて、なめらかに肩の位置を落とす。太い首を挟み込むように、承太郎のぶ厚い広い肩に、花京院はそのまま自分の足を乗せた。
 承太郎は花京院を見上げて、まるで自分にそう強いているように、いっそう薄暗いスカートの中は見ない。その承太郎の強がりが、いっそう花京院を昂ぶらせる。承太郎から足を取り去りながら後ろに腰を滑らせて、もっと机に深く腰掛けた。
 机の上に、膝を合わせて、スカートの中が見えないように注意しながら、両脚を持ち上げる。うっかりそうなったと言うように、爪先で、承太郎の学帽のつばを蹴る。何を考えているのかわからない瞳が、ずれた帽子のつばの陰からあらわになる。
 文字通り火遊びだと、その瞳の色の強さに、花京院は怯えたように思った。気をつけないと、火傷をする。そのぎりぎりを見極めるのが、何にも増してスリルだ。
 無言のままの承太郎から、からかうように帽子を取り去って、花京院はつばを後ろ向きにして、自分の頭にそれを乗せた。
 重さに、思わず頭が後ろに反る。思いがけずに伸びた喉と胸の動きが、承太郎の目の前で、膝を崩す羽目になる。もちろんそれも、計算し尽くした動きではあるけれど、当の花京院はそのことに気づかない風に、慌てた素振りで膝を合わせ直した。
 承太郎は何も言わない。ただ、焼き殺しそうな目で、花京院を見ているだけだ。
 制止を振り切って触れれば、それは自分の負けだと、そんなことにこだわっているかのよう---それこそが、承太郎がまだ子どもであるという証拠だ---に、しっかりと奥歯を噛んで、うかうかと花京院の挑発には乗らないと、意志を固めているな表情で、そんな自分の様子が、この場をもっと隠微にするだけだとは、気づくはずもない承太郎の幼さだ。
 花京院は、ゆっくりとスカートをたくし上げ始めた。
 先のゆるくすぼまったタイトスカートを、腰を持ち上げながら、上へずらしてゆく。腿の中ほどを過ぎた辺りで現れたガーターベルトの留め金に、承太郎の目が、はっきりと大きくなる。
 花京院は、血の上がってゆく頬や首筋に、承太郎が気づいていないらしいことに感謝しながら、下着があらわになったところで、また膝を胸元に引き寄せ、そうして、爪先からゆっくりと足を開いた。
 かろうじて覆っているだけの、小さな布は、腰の両脇で、ひもで結ばれていて、その形といかがわしさ---覆われているからこそ---に、承太郎が驚いているのが、見えなくても気配でわかる。
 こんな姿を、息のかかりそうな近さに晒しているのだという羞恥に、花京院は、全身が熱くなった。
 膝で承太郎の頬をつついて、促す。触れてもいいという合図だ。
 承太郎は、それを正しく読み取って、けれどわざとのように、まずは花京院の膝に噛みつく仕草をした。それから、ストッキングに触れて、ガーターベルトの留め金の方へ進んでくる。ようやく、そこにわずかに剥き出しになっている花京院の素肌に触れて、けれどストッキングを、無駄と知りながら剥ぎ取ろうとしているかのように、歯で留め金を噛み、ストッキングの内側に舌を差し入れ、そこから先へは、まだ進もうとはしない。
 やわらかな、腿の内側の皮膚に、承太郎の歯列が触れる。甘く噛まれて、舌が触れて濡らして、薄赤く、跡が残る。
 さっきまでの、年上ぶった余裕はどこへ行ったのか、じかに触れられて、花京院は隠しもせずに息を弾ませている。
 手を使えない承太郎が、舌と唇で、花京院の肌をなぞっている。
 開いたブラウスの胸元に、自分で掌を差し込んでいた。つるつると滑る生地の内側へ、指先を差し入れかけてから、そうしてはいけないのだということを思い出す。自分の好きにしていい躯ではないのだということを、いやというほど叩き込まれたくせに、快感を注ぎ込まれて、それにコントロールされることに慣れてしまった躯が、さっさとその中へ溺れ込もうとする。
 両手を縛られて、自由を奪われたいと思いながら、この場のコントロールを取り戻すために、自分の腿に顔を埋めたままでいる承太郎に、やっと声を掛けた。
 「・・・ほどいて、口で。」
 膝を下ろして体をひねり、さらにスカートをたくし上げる。小さな布をかろうじて躯に引き止めている控え目な結び目を、承太郎の方へ差し出した。承太郎がそうしやすいようにと、スカートを片手で押さえたまま腰の片側を突き出すよう、そうすれば、後ろは布どころか、ただひもでしかない下着の卑猥なつくりがもっとあらわになる。
 驚きなのか軽蔑なのか、それとも、今では余裕を失った花京院を、もっと焦らそうとしているだけなのか、承太郎は、そんな花京院をまた無言で見つめたまま、すぐには動こうとはしない。
 腰を覆うガーターベルトの上の部分と、わずかな大きさの下着との間の、花京院の肌の白さに目を細めて、承太郎は、その皓い肌の下、肉色の粘膜が濡れて光る内臓の中に、埋まり込んでゆく自分を想像したけれど、かろうじて表情には出さない。
 「お願い、早く、お願い。」
 懇願するような声が、甘く濡れていた。
 花京院が躯を揺する。淫猥な眺めには似ない、可愛らしい結び目が、小さなボールのように、花京院の肌の上で跳ねる。
 背中の後ろで拳を握って、承太郎は、ようやくその結び目に唇を近づけて行った。


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