隣室から、スタンドの気配が伝わって来る。
少しばかりの苛立ちと、わずかばかりの言い合い、深刻なものではないけれど、やや抑えた声は、周囲をはばかっているに違いなかった。
もっとも、はばかっている方の声が、一方的に、もう一方を言い負かしているようで、片方の声はほとんど聞こえない。
花京院とポルナレフだ。
今日はみんな揃って怪我をして、こんな時には重傷でない限り、手当ては花京院と、なぜだか決まっている。決まっていると言うよりも、いつの間にかそうなっていたと言う方が、きっとより正解に近い。
自分のことよりも仲間のことを先に心配し、手当ても他の誰よりも丁寧だったから、いつの間にか、手当ての必要な怪我をしたら、花京院に見せるようになってしまっていた。
花京院が包帯を巻いてくれると、翌朝起きた時も、ゆるんだりしていないと、ジョセフが嬉しそうに言ったのが最初だったか。確かに、承太郎が自分で巻いたのも、ポルナレフがアブドゥルに巻いたのも、半日どころか数時間待たずにほどけてしまっていたから、なぜか不思議ときっちり巻かれてそのまま留まっている花京院の包帯は、ポルナレフ辺りには魔法のように見えたらしい。
おめー看護婦にでもなったらどうだ。
ポルナレフが茶化して言うと、わざと消毒液を多めに注いで、痛い目に遭わせることも忘れない。まったく、緑の学生服を着た、天使面の悪魔だ。
すぐに戻るとそう言って、ポルナレフの手当てをしに隣りの部屋へ行って、すでに30分近い。傷がひどいのではなくて、単に痛いのを嫌がって逃げ回るポルナレフをおとなしくさせるのに、余計な時間がかかるだけだ。
最初の10分は穏やかに、言葉だけで、次の5分で少し苛立ちが見えるようになって、その次にはハイエロファントグリーンが出て来る。触手に巻かれて、傷も痣も構わずに、ぎゅうぎゅう締め上げられる。毎度同じことを繰り返しているというのに、学習する様子のないポルナレフは、案外そうやって、わかっていて花京院をからかっているのかもしれない。
花京院はと言えば、ポルナレフにだけ---意外に子どもっぽいその性格のせいかもしれない---は、妙に声を荒げて、同じレベルで口争いをする辺りが、あれは案外と素の高校生の貌(かお)なのかもしれない。
ポルナレフに対してだけ見せる花京院のその貌を、承太郎は実は気に入っていて、それを自分には見せないことを、実は少しばかり気にしている。
なぜ気になるのかと突き詰めた時に、ようするにわかりやすいヤキモチなのだと気づいてから、突然すとんと胸の底に小さな石ころでも落ちて来たように、あらゆることがストレートに理解できた、と思った。
花京院をひとり占めしたいという、子どもっぽい独占欲だ。ありとあらゆる花京院を見てみたいという、幼稚な願望だ。好きだと言う気持ちが重なっているのに、それだけに満足できない自分の欲深さは、生まれて初めての発見だった。
ポルナレフにしか見せない花京院の幼さ---当然の---と、自分の強欲さと、すべてを知っていると思うのは自惚れだと、こんな時に思い知る。それを面白いと思えるほどはまだ大人ではなくて、歳よりも大人びていると言われ続けた自分のそんな稚なさもまた、新たな発見だった。
ポルナレフの、小さな悲鳴が聞こえて、何か諭すように花京院が言って、急いでいるらしい足音が聞こえた。ハイエロファントグリーンの気配はそのまま、部屋のドアが開いたのに、承太郎は肩越しに、自分のベッドの端から振り返る。
「すまない、思ったよりも手間取った。」
芯からすまなさそうに言って、花京院が承太郎のそばへやって来る。
「なんだ、まだシャワーを浴びてなかったのか。」
承太郎が、埃だらけの制服のままなのを見て、形の良い眉を寄せた。それを斜めに見上げて、この表情がいちばん気に入っているのだということを、承太郎は考えている。
救急箱を両手で抱えて、バスルームを見やりながら、そちらを示すようにあごをしゃくる。
「体を洗って、先に傷を確かめた方がいい。君のは多分、打ち身ばっかりだ。」
きっとそうだろう。肩や腕が剥き出しのポルナレフは、いつだってだらだらと派手に血の流れる怪我ばかりだ。それを見るたびに、怒った表情を浮かべるくせに、花京院の手つきはとても心配そうだ。袖も裾も長くて、おかげで怪我は打ち身ばかりですむ自分の制服を、承太郎は少しだけ、ほんの少しだけ、つまらないと思う。
先にシャワーを、とまた花京院が言った。
ベッドの端に腰掛けたまま、花京院を見上げて、眺め下ろして、それから、自分のそれと同じように長い上着のその裾を、手が動くまま、承太郎は指先につかんでいた。
「なんだい、どこか痛むのかい?」
ちょっと肩を竦めながら眉尻を下げ、茶化すような、しかし声音には気遣うような響きを含ませて、花京院は承太郎の緑の瞳を見下ろした。
彼のトレードマークの帽子が、上手に表情を隠す。
その時彼の全ての瞳の色を見る事が叶ったならば、内に宿る純粋な、でもどこまでも濁ってしまいそうな情欲の海を見つける事が出来たかもしれないのに。
俺もまだまだ青いと、承太郎は心の内に言葉を潜ませながら、視線を地面に落とした。
「どうしたんだい、承太郎?本当にどこか痛むのか?」
声に勢いが無くなって、花京院はベッドに座る承太郎の前に跪く様に膝を折る。
心配そうに承太郎の腕に触れ、首を傾げ、茶色の瞳をゆらゆらと波打たせる姿を見る事で微かに生まれる満足感に一番驚いているのは承太郎自身だった。
黙ったまま何も言わない承太郎に、もしかしから何か怒っているのかも、などと少女の様な不安な気持ちになっていく様は、隠し切れない翠の明滅する光で、主人の心を表してくれていた。
まずは一通りの満足を得てしまった承太郎は心の中でひとり、呟く。
解りやすい独占欲ほど、満たしにくいものは無いのだと。
「ようやく、そのツラ見せやがったな」
「は?なに…」
続きは承太郎の瞳に射られて紡げなくなった。
距離は変わっていない筈なのに、耳元で囁かれているような、錯覚だった。
「俺とふたりの時は、そういう顔してろ」
「…?…!――っっ…!」
何を言われたか理解した花京院は、わかりやすく頬から耳までを真っ赤にした。
名残惜しいのはこの部屋の照明が薄暗く、色づく様を鮮明に見る事が出来なかった事だろうか。
「承太郎!からかわないでくれ、本気で心配しただろうっ!!」
すっと立ち上がり、自身の法皇を激しく点滅させて騒ぐ姿ですら承太郎には好ましく、子供らしい敵意とはいえ花京院の興味が自分に向く事がこんなにも心地良い。
「ああもう!ポルナレフと言い君といい、どうしてそんな子供っぽいんだい!?」
「高校生だからな、俺は」
「そっ、そういう事じゃない!」
ぎゃあぎゃあとはやし立てる花京院も、それをあしらう承太郎も、周りから見れば年相応の少年に見えるのに、自覚していないのは彼らだけだろう。
しばらくじーっと睨み合っていたふたりだったが、それを破ったのは花京院だった。
「言い争ってても仕方が無い。そんなに元気なら、僕が先にシャワーを浴びてくる、君は横にでもなって休んでいたら良いよ」
棘のある言葉選びに、砕けた緊張を知らず織り込む会話は心地よかった。
二人は永い時を経た友人ではない。数奇な運命のまま敵として知り合い、理由は違ったが、共通の目的を持ち、旅を続ける仲間となっていた。
知り合ってから、まだ数えるほどしか同じ時間を共有していない。それでも、それにもかかわらず、二人は幼い頃からの親友であったかのように、やがて無駄口を叩きあっては笑い、友情と、ささやかな思慕のなかで互いを見つめてきた。
視線は、それだけで言葉を発する。強く見つめればそれに気がつき、どちらからとでもなく微笑み合った事も、一度や二度ではない。
微笑みは誰にでも向けられるような表情であったかもしれないが、視線だけは違っていた。「どうした?」と訴えるような、体調を気遣うような。
それでいて、互いの後姿を追っては、この視線の意味に気付いて欲しいと、気付かれたくは無いと、心の奥に眠るもう一つの感情の矛盾を押し込めてきたのだ。
花京院が宣言通りに、あっさりと承太郎に背を向けて、バスルームへ消えていこうとするのを
「・・・っ」
引きとめようと、言葉を発したつもりが上手く舌は回らず、咽喉の奥だけで空しく呼吸が乱れたのを、承太郎自身、今までにない事だと、気付かずにはいれなかった。
遠のく背にほんの少しだけ右手が動いていた。
これは未練だ。執着だ。何故?・・・これは友人に抱く感情なのだろうか。
ぎゅ、とその手はシーツを掴んだが、そこには花京院の滑らかそうな白い肌も、柔らかく揺れる髪もなく、ただごわついた布の感触のみであった。
つまらねぇな、と、呟く。
自身の子供っぽさに。触れ合う事をしてみても、友情だと誤魔化そうとする感情に。
すでにバスルームへと彼は消えている。そこへ声が届くとは思わなかったが
「花京院」
名を呼び、大股でその後を追っていた。
ドアを開けると、花京院が承太郎に背中を向けて、ノズルに手を掛けようとしている。
「花京院。」
屈みこむ背中に声を掛けると、花京院は弾かれたように身体を起こして振り返った。
「何だ、君。やっぱり先に風呂に入るのかい?」
『気紛れだなぁ』と呑気に言って、彼が眉尻を下げて笑う。
承太郎は何となく、追いかけた後の自分の行動など、何も考えていなかったことに気付き、笑う花京院に曖昧な笑みを返す。
所在無げに立ち尽くす、その態度も、承太郎ではそうは見えないのだろう、花京院は気にすることなく再び浴槽へ顔を向けると、ノズルに手をかけて、背中ごしに語りかけた。
「待ってくれよ。先に湯をはっておくから。君、シャワーよりも湯船に浸かる方が―――。」
けれど勢いよく出た水は浴槽ではなく、花京院の頭を濡らして滴り落ちた。
放水の設定が蛇口ではなく、シャワーになっていたのだ。
「・・・・・・・・・。」
しばし無言でシャワーに打たれたまま固まる花京院の制服が、みるみる濃い翠に染まっていく。
顰め面のまま項垂れているだろう花京院を、顔をみるまでもなく想像でき、承太郎は思わず、堪えきれずに噴出していた。
「おめぇ・・・案外―――。」
「・・・なんだよ。」
振り向くことなく、低い声で花京院が遮る。
シャワーから勢いよく出る水は徐々に温度を上げて、湯から煙が湧き出し始める。花京院は無言でシャワーに打たれながらも、ノズルを器用に捻って温度の調節をすると、調度良い具合に温まった湯から、ようやっと身体を起こして逃れた。
「承太郎。」
「・・・おう。」
聞きなれない、緊張を含んだ声色に、承太郎もまた、声を低くする。
まさか、これくらいで本気になって怒ることはないだろうと思いつつ、身構える承太郎に、花京院はシャワーヘッドを引っ掴むと、振り向きざまに承太郎目掛けて湯を注ぎ掛けた。
花京院の顔を認める間もなく、目の前を水に遮られ、ぼやけた視界と急に堰き止められた呼吸に承太郎は狼狽する。
「てめ・・・ッ」
「僕を笑った罰だッ」
何処となく、上ずった声が間髪居れずに降り注ぎ、小気味良い笑い声に混じって、花京院が『いい男が台無しだな』とからかってくる。
突然の花京院の逆襲にしばしうろたえて何もできずに湯を浴びせられていた承太郎も、わけのわからぬ高揚感と、上ずった感情のままに喉を震わせて笑うと、手を伸ばして笑い続ける花京院の腕を引っ掴んだ。
「何だよ離せよ承太郎。」
ケラケラ笑いながら、花京院が、引き寄せられるまま、承太郎の胸へ肩をぶつけて来る。それを受け止めて、承太郎も大きく破顔していた。
普段の様子に似ない子どもっぽさで、狭いバスルームでふたり、体をぶつけ合いながら、濡れた髪や服に、ごく自然に触れる。承太郎は、濡れた顔を花京院の制服の背中で拭いてやろうと、抱きすくめた腕の輪を締め、花京院はそうさせまいと、声を立てて逃げようとする。
「やめろ!承太郎!」
「やかましい! 動くなッ!」
承太郎の帽子も少し濡れて、今では床のどこかに転がっている。床に落ちたそれをうっかり蹴ったのは花京院だったけれど、今はそれに構うこともせず、ふたりは、濡れた服がふたり分の体温にぬくめられてゆくのに、いつの間にか、笑い声を低めていた。
承太郎の腕の中で、承太郎がそう促したのに素直に従って、あるいは、花京院がそう望んで、回した体が正面に向き合う。承太郎のぶ厚い肩越しに、洗面台の鏡が見えて、濡れた髪の張りついた自分の顔が、薄赤く染まっているのから、花京院はそっと目をそらす。
「花京院。」
ひそめた笑い声さえ、もう聞こえなくなっていた。
あごを、硬い襟元に引きつけて、承太郎が頬に伸ばして来る指先にはまだ素直にそそのかされず、花京院は頬を染めたまま、目を伏せた。
不意に湧いた恥ずかしさに、体を固くして、自分を抱く承太郎の腕の中にはおとなしく収まっていたけれど、承太郎の求める先と自分の求める先が同じことを悟って、突然逃げ出したくなる。何度そうしても、そうされても、まだ口づけることにさえ慣れない。
濡れた服が冷たいはずなのに、体が熱かった。
「花京院。」
承太郎が、また呼ぶ。同時に、頬に触れていた指先に、力がこもった。
それ以上は避けられず---もう、待てなかったから---に、目は伏せたまま、あごだけ、承太郎へ向かって持ち上げた。
「・・・いやか。」
視線をそらしたままの花京院に、承太郎が訊く。ひどく優しい声が甘く聞こえて、花京院は耳まで赤く染めた。
「・・・いやなら、とっくに逃げてる。」
不機嫌な口調になるのは、照れ隠しだ。それをわかって、承太郎が、うっすら微笑んだ。
求めていると知られるのがいやで、わざと顔を背けて、けれど、爪先が伸びて、体は承太郎の腕の中で、この背高い体にとっくに添っていた。
紅いふっくらとした唇が、まだ水の湿りを帯びたままで、花京院のそれに、そっと重なって来る。
ノズルから出るお湯がお互いの足元を濡らして、流れていく。
承太郎の黒髪から滴り落ちる水滴が、花京院の額を、鼻筋を伝い、少し開いた唇に吸い込まれた。
まだ慣れない口付けの距離を埋める様に、たどたどしくもはっきりとした意思で身体を寄せた花京院の行動にすこし驚いて承太郎は思わず唇を離してしまう。
「…そんなに、見るな…っ…!」
「いや…」
逸らそうとしても絡み合ってしまう視線の距離がやたら気恥ずかしい。
「お前、無意識なのか」
「は?なっ、何が」
「いや、別に、良い」
「なんだよそれ、すっごく気になるだろ…!!」
じんわりと耳元から頬、首筋まで染まる頬、伝う水滴がそこを撫でていくのですら嫉妬してしまう。
未だしっかりと閉ざされている襟元の先を見てみたい。
無意識に承太郎の欲望を煽る目の前の、もう友人とは呼べない一線を越えてしまった彼は、睫毛すらきらきらと濡らしながら、じっと承太郎を見上げている。
「花京院」
「…何だよ」
耳元に囁く、低く、でもやさしく。
「どうなっても、知らねえぞ」
「えっ、ちょっ…―っっ…んッ…」
このまま飲み込まれそう、頭の中でそう叫んだ様な気がする程、彼から酸素も何もかも奪い、与える口付けは乱暴だった。
真っ白になりそうな己の思考の手綱をとり、承太郎はその味を吸い尽くす。
転がったシャワーノズルを蹴飛ばして、自分に比べれば幾分か頼りない身体をバスルームの壁に押し付けながら輝く青い分身にノズルを拾わせ、外側は冷たくなっていくお互いの身体を熱いシャワーで包み込んだ。
溺れそうなお湯に打たれながら、承太郎は花京院の襟元をゆっくりと寛げて、どうしようも無い感情の熱さと共に、花京院の白い胸元に、それを流した。
熱いお湯がダイレクトに胸を伝っていく。制服を着たままだというのにびしょ濡れになった体は、それ以上に熱い。
花京院を拘束して離さない目の前の男は何故か、少しだけつらそうな目で、彼を見下ろしていた。
「離して、下さい」
掠れるように声は震え
「・・・、・・・ぁ・・・っ」
その抵抗は無駄だといわんばかりに再び唇を塞がれた。
滑る舌と、滴る湯が、花京院の口の中に容赦無く入り込み、掻き乱す。
脳の奥に走る柔らかな感覚に肩は震え、思わず承太郎にしがみついていた。
意外にも早く唇を解放してくれた承太郎は、普段見慣れないほどの熱っぽい視線を花京院に浴びせてから軽く額と額を押し付けるようにし、
「幻滅するか?」
とだけ、声を発した。友人であったはずの男の裏切りと、罵られるか。
「・・・・・・承太郎」
思ったより花京院の声が小さかったのは戸惑いがあったからかもしれない。その声が承太郎に届いたのか、または唇の動きを見たか、震える彼を見下ろした。
「ぼくも」
黒い制服の肩に、指を食い込ませて
「ぼくも同じ気持ちだ」
困ったように微笑んでいた。
濡れそぼった男の形良い輪郭をなぞると、少し背伸びをして自ら唇を重ねる。恥じらいなのか、すぐにそれは離れたが
「友人の振りをしてきてごめん。・・・本当は、きみと、すごくしたかったんだ」
素直な、けれど照れを含んだ花京院の物言いに、承太郎は微笑み返すほど大人でも、場慣れしているわけもなく、ただ彼の肩に食い込んだ花京院の指先が、小さく震えているのに緊張を汲み取って、ぶつけるように額に額を重ねた。
「・・・謝ることなんぞ、ありゃしねぇ。」
『お互い様だ』と呟けば、花京院も喉の奥で『うん』と返す。
シャワーの音が沈黙した彼らの間を包んで、それは心地よく、むずむずと湧き上がりかける感情や情動に、からかいを含んでいるように聞こえる。
ゆっくりと目を開ければまだ目を閉じたままの花京院の唇が、すぐ目の前にあって、今まで何度か口付けてきたのにも関わらず、今は妙にくっきりと映える赤が、承太郎に焦りにも似た感情を呼び起こす。
其の間にもシャワーの湯は彼らを濡らして、頬を伝う水がその真赤に染まる唇を濡らすたび、『はやく、はやく』と急かしているようにも見え、承太郎は溜まらずに、薄く開かれたまま動かずにいる花京院の唇に、彼の下にもぐりこむようにして口付けた。
「・・・んっ」
どん、と音をたてて、花京院が壁に背中をぶつける。
肩に添えていた彼の指が弾いて、宙を彷徨う。
二人額を寄せ合っていた時には頭を濡らしていたはずのシャワーは、今は承太郎の項を濡らし、彷徨ったまま落ち着きの無い花京院の手をとって壁に縫いつけようとすれば、彼は承太郎の手を振り切って、首に腕を廻してくる。
きっと承太郎以上に、覚悟を決めているのかもしれない、証拠に花京院の躰はもう震えていなかった。
余裕のないのはむしろ承太郎の方で、口付けた後に差し込んだ舌が、せわしなく花京院の口内を撫でて、奥深くに忍び込む度、花京院の歯列が甘く舌に噛み付いてくる。
彼を壁に押さえつけるのに失敗した腕は、襟元だけをくつろげた花京院の頬を、首を撫でて、胸元に流れようとして、また首元に戻る。
またドン、と音を立てて、今度は承太郎が踏み込んだ時に膝を壁にうちつけ、花京院の脚の間に割って入る。
こすり付けるようにして重なる腿と腿が、まるでその先の、素肌の擦れ合いを期待するように小さく震えた。
「承―――っ」
乱れ始めた息の合間に、花京院が切羽詰ったように声を挙げる。
「な―――んだ・・・。」
何度も角度を変えて口付けながら、未だに躊躇していた承太郎が花京院の声を皮切りにして、やっと胸元へ伸びる。
ボタンを外すたびにぷつ、ぷつと音を立てる胸元が激しく上下している。
「いたい・・・。」
消え入るように続けられた花京院の声に顔を離すと、何時の間にできていたのか、唇から、うっすらと血の色が滲んでいた。
承太郎本人も気付かないうちに、花京院の唇を噛みきっていたのだ。
血の垂れる唇に驚いて、承太郎は、似合わない狼狽を目元に刷いた。
それから、その緋さに、視線を奪われて、見惚れた一瞬後で、痛みに顔を歪めた花京院に詫びるように、そっとその跡を、自分の唇で包む。舌をそっと触れさせると、痛みなのかそうではないのか、花京院の体が慄えた。
小さく息を吐き出しながら、また唇が重なる。血の匂いに煽られたように、さっきよりも深く。まだ止まらない血がわずかに流れ続け、ふたりの唇を同じ緋
(あか)に染めた。
いつの間にか、体を押しつけ合うように、両腕が肩や首や腰に回り、しっかりと抱き合っている。服越しの体温がもどかしくて、その下へ手先を差し入れられる場所を、ふたりはこっそりと探っていた。
承太郎は、目を閉じて夢中になっているらしい花京院を下目に盗み見て、いつもの、厳しい線のすっかりゆるんだその頬に浮かぶ表情に、ぎりぎりと細くなっていた理性の糸が切れるのを、止めなかった。
「・・・この野郎・・・。」
息継ぎの振りをして、一瞬だけ外した唇の間でつぶやいてから、花京院をいきなり抱え上げる。
「な、なんだ!」
突然の動きに、とっさに逆らおうとした花京院を、そのまま洗面台の上に運び、そこに坐らせる形に、自分の前に抱き込んだ。
体を引こうとするのを許さずに、唇の傷を傷めるかもしれないのを承知で、ぶつけるように唇を重ねて、花京院を抱きすくめる。大きく開かせた両脚の間に、自分の体を押しつけて、承太郎は、その間に、花京院の上着の中に、両腕を滑り込ませていた。
苦しげに、花京院が、喉の奥で声を立てる。それを、吸い取らずに、唇を外して、承太郎は、自分の唇に移った花京院の血を、大きな動きで舐めた。
「承太郎・・・。」
目を閉じたまま、熱に浮かされたように、花京院がつぶやく。
花京院の肩に額をこすりつけて、承太郎は、そのまま、胸に顔を埋めた。
濡れたシャツの張りついた素肌が、透けて見える。シャツの上から、唇で触れると、また、花京院の体が慄えた。
ボタンをかちかちと音を立てて噛み、その音に花京院が肩を縮めようとするのを許さずに、少し下へ、そのまま唇を滑らせる。もう少し右へ移動して、そうして、平らな胸の、そこだけは素直に、皮膚の下の感覚を表している小さな突起に、承太郎は、やわらかく歯を立てた。
喉を伸ばして、花京院が歯を食い縛る。
小さなその形を、舌先でなぞる。花京院が、また声を殺す。薄いシャツの下で、承太郎の柔らかな唇を押し返すように、はっきりと硬さを増して来る。
花京院の熱に誘われて、背骨のつけ根辺りににじんだ自分の熱に負けて、承太郎は、よろけそうになる体を爪先で支えた。
水のまつわりつく感触に、一瞬だけ我に返って、そっと呼び出したスタープラチナに、やっとシャワーを止めさせる。
承太郎の舌の熱さにとらわれて、花京院は、そんなことにも気づいていないようだった。
人間の舌は、こんなにも柔らかくてアツイ。
肌をさらけ出し、貪り喰うように花京院の肌の上から、理性を少しずつ剥がして、脱がせて。
心も身体も産まれたままの姿に、変えていく。
唇から漏れる嬌声に耳を犯されて、承太郎は体内を揺さぶられ、ぐるぐると回る思考に飲み込まれそうになる。
普段は発せられることの無い、花京院の甘い声に正直に身体は反応した。
「あッ、じょう…承太郎…」
「…どうした」
もどかしく言葉を重ね、まとわりつくシャツを一生懸命脱ごうとしながら、花京院は思わず視線を泳がせた。
承太郎の身体が自らの熱に擦り付けられ、頭がどうにかなりそう。
「言ってみろ」
「言える訳無い…っあ…」
血と唾液が混じる液体が首を伝っていく。
「どうして欲しい…花京院」
首を横に振りながら、達しそうになるのを耐える姿がこんなにも艶かしいなんて、想像もしなかった。
愛しく思っていた彼の前で、果てそうになるのがこんなにも恥ずかしいなんて。
気持ちよくして、そう女の人の様に可愛く綺麗に言えたらどんなに楽だろう。このまま最後の理性を取り去って、全てを忘れてしまうには、ふたりはまだ幼かった。
限界が、近い。
承太郎はそれに気がついている。
身体を味わう動作を一旦止めて、彼は花京院の身体から少しだけ離れる。
ひや、と冷えた肌の感覚に寂しそうに眉根を寄せる花京院の髪を優しく撫でたのは、承太郎の最後の理性がさせたやさしさだった。
肩を掴み、乱暴に身体の向きを変える。
洗面台の大きな鏡に、自らのあられもない姿が映し出されて、ぶわっと全身の血が遡り、耐えていた熱が爆発しそうになったその時、承太郎の大きな手のひらがスボンの前を外し、一瞬戸惑いながらも、花京院の情欲に、そっと手を添えた。
「あ…ッ…承太郎…!!駄目だ…っ…あああ…!」
「見えるか、花京院…我慢なんざ、することなんかねえ」
「んん…っ…」
「もっと、見せてくれ」
そして、もっと、もっとこちらをその瞳で見てくれ、そう願いながら、承太郎は花京院が自らの手の中でしどけなく踊る様を、鏡と自らの瞳でじっと見据えた。
必死に手を突く愛欲の、細い指の形に鏡は曇り、きりりと悲鳴をあげた。
初めて誰かに最も敏感な体の一部分を刺激され、恥かしくも花京院は心の奥底で、彼の強い手を期待していた。駄目だとは言っても、体はそうじゃあない。寧ろ心だって快楽を望むあまり、舌先だけがせめて理性を保とうと、望みとは裏腹な事を言ってのけた。
承太郎はそれが面白くなく、直接性器を嬲るより、焦らしてやろうと、無防備な白い背に唇を這わせた。
背骨の流れをつらつらと舌先でいじられ、花京院の体が跳ねる。
冷ややかな洗面台に両手を付き、予想とは裏腹の愛撫に驚くと、正面の鏡に額を押し付けていた。
前に進もうと逃げ場などないのに、背中のざわめきは一層彼を追い立てた。もがけば緩んだズボンは少しずつ落下し、下着越しに感じる洗面台の感触は冷たすぎる。
自分の中央の火照りとは、全く違う感覚に悲鳴を溢しそうになった。
恥かしそうに唇を噛んで耐える自分の表情は、悲しくなるほど情けない。
赤い頬、潤んだ目、乱れて顔に貼り付いた湿った髪の毛は、何処から見ても欲に飢え、刺激を欲しがっている雌そのもの。
こんな自分は見るに耐えがたく、目を反らそうとして、後ろから鏡越しに見つめてくる承太郎の表情を盗み見ると、背中越しに今度は花京院の耳を後ろから甘く齧っていた。
硬い黒髪が花京院と同じように顔に張り付き、同じように欲情の目をこちらに向けている。
捕食者のような鋭い緑が鏡に映り、花京院はそして、同時に覚悟を決めなければならなかった。
この人に食べられてしまうという覚悟を。
彼が、食べるようにしてこの体を欲しがっているという事を受け入れる覚悟を。
洗面台に押し付けた体の緊張をゆっくりと解し、承太郎が花京院の剥き出しの下着に手をかけたのを合図に、そっと、足を開いて誘う。
後ろの割れ目に指が宛がわれたのを感じると、背中が自然とぴんと伸びていた。
声を出すほどの感覚ではない。けれど呼吸が一瞬止まるほどの衝撃。
「承太郎・・・」
「言えよ」
再び承太郎の手が花京院の前へと移動し、昂ぶったそれをゆっくりとしごいた。
「・・・ア・・・・・・」
唇はわななき
「熱いぜ・・・?」
恥じらいを増長させるその言葉は意地悪で、
「意地悪、するなよ・・・」
わざと強気で言ってみるものの、なお一層上下に擦られ、逃げ出したくて片足を洗面台の上に持ち上げていた。
最も恥らうべき場所が、承太郎の目の前にあらわになり、男は息を飲む。
「いか、せてよ。・・・抱いてよ、ちゃんと、抱いてよ」
痛いほどの声はやがて甲高い声へと変ると
「あ、あぁ・・・っ」
あっけなくその欲を男の手の中に吐き出していた。
激しく息を乱して、俯いたまま、花京院が息を整えようとする。洗面台についた両手が、片足を乗せた所為で露になる局部を隠して、それは露になるよりも卑猥に見えた。
放逐の寸前で震えていた身体は、まだ熱を帯びている。
『抱いて欲しい』といったくせに、独りだけ先に解放を向かえて放心する花京院に、承太郎は舌打ちすると、ゆるゆると撫でていた彼の双丘を鷲づかみにして、花京院の性に濡れた指を差し込んだ。
「ん・・・あッ!」
びくりと花京院の身体が弓なりにしなる。
がくがくと震え出す腕が、また持ち上がって、承太郎から逃げようと、鏡に爪を立てた。
キリキリと音が鳴り響いて、それは耳に纏わりつき、背筋をぶるりと震わせるけれど、口を大きく開いて悲鳴の代わりに息を詰める花京院には聞こえていないらしい、体内に入った指が、中をかき回す度に、面白いように身体がびくり、びくりと揺れている。
目元の赤みも、開きっぱなしの唇から洩れる唾液も、仰け反った所為で露になる胸元も、全て鏡ごしに露になっているのに花京院は恥らう余裕すらみせず、それどころか悲鳴を挙げることを忘れて、承太郎の齎す愛撫に身体を揺らしている。
「じ・・・ッ」
痛みなのか、快感なのかしらず、眉を寄せる花京院の姿は酷く淫猥で、それを鏡ごしに見詰める承太郎の顔も、同じく苦痛に堪えるように歪んでいる。
「じら・・・。」
二人の背と腹の間でしわくちゃになったシャツが、承太郎が指を動かす度にすれて、ひたひたと洗面台を濡らす。
中に埋めた指を増やすと、さっきまで寄っていた眉間の皺が緩んで、今度は眉尻を下げて泣くように。
「も・・・いいか・・・ら・・・ッ。」
根を挙げるように花京院がうわ言を述べると、承太郎は溜まらず指を彼から引き抜いて、自らの前をくつろげようとベルトに手をかけた。
カタカタと金属の音が鳴るくせに、濡れた布は思った以上に纏わり付いて、寛げられない。
気ばっかり焦るのに、指先は上滑りで、其れが一層息を乱して、承太郎は知らず、舌打ちする。
その音が、部屋に響くと、何を勘違いしたのか、花京院の身体がびくりと揺れる。
花京院が思わず振り向こうとして、逸らした肩越しに髪が揺れるのと、ようやっとくつろげた前を露にして、承太郎の身体が、花京院の奥へと宛がわれたのは同時だった。
「ひ・・・っ」
「力、抜いてろ。」
熱の塊のようなそれに、今更になって花京院が戦慄く。
「言っとくが・・・今更後には退けねぇぞ・・・。」
「んん・・・。」
答える代わりぎゅ、と目を瞑って、承太郎に先に進むよう促せば、承太郎は歯をむき出しにしてぎりと食い縛ると、花京院の奥深くに身体を埋めた。
求める熱さとは逆に、狭い筋肉は承太郎を拒もうと動いて、押し込まれる圧迫感に息を止めた花京院の、躯の内側のうねりが、全部承太郎に伝わって来る。
拒まれながら包み込まれて、承太郎も、何度も息を止めた。
できるだけ無理はさせずにと思いながら、進める躯は止められず、喉を反らして小さく悲鳴を上げる花京院をなだめなだめ、躯の内側がきしむ音をはっきりと聞く。
あ、あ、と、花京院が何度もあえいだ。
腰をつかんで押さえ込んで、逃げようとするのを逃がさずに、少しずつ少しずつ、花京院の中へ収まってゆく。
伸びた背や曲げた足やもがく肩や、下目に見る何もかもが、ひどく淫猥に映る。その気はないだろう花京院の、誰も見たことがないはずの媚態だった。
触れる躯だけではなくて、視覚に注ぎ込まれるそれに、承太郎の脳が融けてゆく。
「・・・痛いか。」
洗面台の上で体を支える腕の間に、首を折るようにして、花京院が声は出さずに応える。
「痛いだけか?」
まるで問い詰めるような承太郎の口調に、肩甲骨の間に、みるみるうちに血の色が上がった。そうして、ほんのわずかの逡巡の後で、花京院が小さく首を振る。
前髪が震えたのが、鏡に映った。
承太郎が動くのに合わせて、止められずに躯が揺れる。それに合わせて、声が出る。鼻から息の抜けるその声は、自分の声とは気づけない甘さと細さで、花京院は、躯中を承太郎に埋め尽くされる感覚に耐え切れず、冷たい洗面台の上に、上体すべてを落とした。
半開きの唇から、声と一緒に、唾液があふれていた。それが頬やあごを汚すのにかまうことはできず、ただ、後ろから突き上げてくる承太郎の熱に、花京院はただ必死で耐えている。
痛みなのは確かだったけれど、内臓がすべて喉元へせり上がって来るような感覚を、なぜか手放したくないと思って、承太郎の動きに合わせて、不器用に、花京院はもっと近く、躯を寄せようとすらしていた。
自分の腰をつかんだ承太郎の手に、自分の掌を重ねる。欲情だけではなく、もっと別の、心の中のぬくもりのようなものを承太郎に伝えたくて、花京院は、指の長いその手を、そっと撫でていた。
倒れている背中に、承太郎の胸が重なって来て、何もかも壊してしまいそうな激しさで、承太郎が全部、花京院の内側へ入って来た。
呼吸ができずに、ぱくぱくと喉を喘がせた数瞬後(あと)に、承太郎が、長い長い息を、花京院の耳元に吐いた。
体は、承太郎の重みにまだ押し潰されたままだった。内側のそれは、熱を保ったまま、けれど花京院に与える痛みを減らして、承太郎の呼吸に合わせて、かすかに痙攣しているように感じられた。
うなじに、あたたかな唇が、心づけのように触れる。
壊れものを扱うような静かさで、承太郎が躯を引いてゆく。
躯の外れる感触に、びくりと肩を震わせ、花京院は、承太郎の熱の名残りに、まだ心を添わせていた。
ずるずると力の抜けた身体が、熱を持った洗面台から、水が貼った床へと滑り落ちる。
あんなに暖かかったお湯が、もうこんなに冷たくなっていた。それ程、二人は時間を忘れて抱き合い、お互いの欲を喰いあっていたのだ。
慌てて花京院の身体を抱きとめ、地面に座らせ、承太郎はそっと、その濡れた身体を抱き寄せる。
痛いのか、そうでないのか解らない全身の震えを抑える事の出来ない白い身体を包むように、承太郎は慎重にそっと、そっと、彼を抱き上げた。
湯船に静かに横たえると、シャワーから暖かいお湯を出して、花京院の肌をいたわる様に濡らした。
震えは徐々ににおさまり、しばらくすると彼はきもちよさそうに目を細める。
「…制服、びしょ濡れだね」
「すまねえ…」
「ん、良いよ。気にしてない。その…僕も、こうなって良かったって、思ってる、から」
「花京院」
首を傾げる仕草に、もう艶も色も無い。
けれどもあまりにも愛おしくて愛おしくて、承太郎はそっと、キスをした。
頬に手を当てて、愛していると囁く代わりに撫でて、それで伝える。
ゆるゆると流れるお湯は愛欲と、優しさで酷く傷つき、満たされた身体を包み込んで消えていく。
遠くでドンドン、とドアの音がしても、ふたりは動くことなく、唇を離して見つめ合ったままだ。まるでこのまま時が止まってしまえばいいと、願うように。
「出なくて良いのかい、きっとポルナレフだ」
「放っておけ」
「駄目だよ、出てあげてくれ。健全な高校生が眠るにはまだ早すぎるし、もしかしたら包帯とか取れてあせってるかもしれないだろ?」
「…やれやれ、こんな時に包帯の心配か」
「こう見えても、僕は案外タフなんだよ、承太郎」
「…そうみてえだな」
離れる刹那、ふたりはこつり、と額を寄せて確かめた、もう知らないことは無いんだって事を。
浴室のドアを閉め、思いっきり塗れた学ランだけを置いたまま、承太郎は俯いたまま満足げにひとり、こぼれる微笑を耐える事はしなかった。
「おい花京院!お前包帯適当に…!!――…なんだ承太郎、喧嘩でもしたのか?」
訝しげに覗きこむポルナレフですら、今宵は好ましく、そう思えてきて仕方が無い。
「ってかうわっ!お前びしょ濡れじゃねえか!!」
「ああ、壮絶なヤツだな」
「はァ??なんだなんだ?」
「やれやれ」
「気持ちわりィ、ニヤニヤしやがってよ」
そのかみ合わない会話を交わすふたりの微かな声と、船でくすくすと笑う彼の微笑みは、ふわふわ光る翠の分身だけが、じっと慈しむように眺める事が出来る。
そんな、特別な、夜だった。
2008/10/25−10/26
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