30 - Doing something hot / 18禁的なことをする
こっちへ来いと目配せされ、キリコはそっとその場を離れる。先に立ったゴダンの3歩後ろを黙って歩いて、一体どうやってこんな人気のない場所を見つけるのか、AT格納庫の傍の、仮眠室へゴダンの大きな背中が滑り込んでゆく。この男も、ひとりの時間が必要な性質(たち)で、行く先々で邪魔の入らない場所を探す癖でもあるのかもしれない。キリコは静かにドアを閉め、ゴダンがわずかに点けた明かりに目が馴れるのをそこで待つ。
衣擦れの音は、ゴダンがもうシャツを脱ぎ始めているからだ。
「来い。」
自分を手招く腕の動きに逆らわず、人の出入りなど滅多となさそうな埃っぽい部屋のさらに奥にあるドアへ、ゴダンがまた先に立って歩き出すのに、キリコはおとなしく後へ続いた。
シャワーしかないのにやけに床の広さの目立つバスルームは、妙に白々として、落としたベルトの金具がタイルに当たった音がひどく寒々しく響く。この白っぽさは清潔さよりも薄寒さばかり見せて、キリコはゴダンと同じように服を脱いで裸になりながら、実際の室温よりも低く感じる空気に、ぞっと二の腕の裏に鳥肌を立てる。
ゴダンが、器用に片腕でキリコを抱き寄せながら、もう一方の手で、シャワーの蛇口を開けた。すぐには温まらない湯が、まだ水のまま足裏を流れてゆく。それを避けると、自然にゴダンの方へ近寄ることになって、そのことを少しだけ気にして眉が寄ったのを、ゴダンには見られないようにすぐまた開き直し、キリコは、ゴダンの長い腕が輪を縮めて自分の体を抱くのに、逆に遠ざかるように腰を引く。逆らうつもりも避けるつもりもなく、それでも体はそう自然に動いていた。
熱い湯がゴダンの背に掛かる。肩から弾けてキリコの顔に掛かる水飛沫が、次第に前髪を濡らして重くする。その髪をゴダンの大きな指先がかき上げて、じっとキリコの目を覗き込んで来る。キリコの頬に流れる水を、ゴダンが長い舌を伸ばして舐めた。
首筋へ舌が這う。鎖骨のくぼみにたまった水でもすするように、唇が水の流れを追い、胸を伝い落ちてゆくシャワーの水流と一緒に、ゴダンの体がゆっくりと降りてゆく。筋肉の盛り上がった背中が自分の腹の辺りへ丸まるのを、キリコは滴る水の間から見ている。
そこへ膝をついたゴダンの掌が、キリコの骨張った足首に触れ、ふくらはぎを撫で上げ、腿の裏側をさまよう。後ろから差し込まれた指先が、腿の内側の、薄い皮膚へ押し付けられるのと同時に、ゴダンの唇が、水の流れとは逆の方向へ滑った。
いつもそうするのはキリコの方だ。求められると言うよりは、無理強いすると言う方が近いやり方で、ゴダンはいつもキリコ──多分、キリコだけではなく──の肩を押しやって、それをほとんどねじ込むように差し入れて来る。口を開くのも舌を差し出すのも、機械的な動作でやり過ごして、それでも時折喉の奥へ触れるその先端の湿りと熱さが、ふっとキリコの心をどこかへ押し流して行きそうにもなる。
今は、ゴダンがキリコに、そうして触れていた。
今ではゴダンの髪もすっかり濡れ、そのせいで湯気でぼやける視界の中でも、普段はごわごわと固そうな濃い茶色の髪が、触れればいかにも柔らかそうに艶を増して見える。それはゴダンの、常に爆発寸前の怒りを湛えているような表情にも変化を与えて、湯気越しのゴダンは、今日はやけに穏やか気に見えた。
キリコ以上に不慣れな動きで、それでもゴダンの舌が口の中でキリコのそれを舐め上げ、次第に硬く張り詰める輪郭をなぞる丁寧さが、キリコにはまったく予想外だった。
唾液で濡れるそれが、唾液だけではなく湿りを帯びて、シャワーの水音と混じる、けれどまったく別の水音が、ゴダンの喉の奥にこもり始めていた。
腹筋が動く。息を殺すのが、いつもよりも辛い。キリコは歯を食い縛ることもできずに、シャワーにうなじの辺りを叩かれながら、ゴダンの頭の上に、いつの間にか上体を折り畳むような姿勢になっている。ゴダンの頭を抱え込みそうになっていることに、自分で気づいていなかった。
一度唇が外れ、軽く開いていた腿の内側へゴダンが歯を立て、ぎりっと痕の残りそうに噛まれてから我に返り、キリコの背筋が伸びると、またゴダンの口の中へ、それは再び取り込まれた。
湿った音が、さっきよりいっそう高い。自分の脚を撫でるゴダンの手を止めるつもりだったのか、それとも何かの気まぐれで、ゴダンの髪を撫でる気にでもなったものか、キリコの指先が迷うように動いた後でゴダンの首筋から耳へ掛けてに滑り上がり、そうしてキリコのその手を追って、ゴダンの掌がキリコの迷い続けた指先を捉え、握り締めた。
長さの違う指先が絡み合い、指と指の間に互い違いに入り込み、まるで恋人同士の交歓の最中のように、ふたりの掌がぴたりと合わさる。一瞬、ふたりは自分の行いに同時に別々に戸惑って、けれど重なった手をほどくことはしない。
ゴダンが、逃がさないためと言う風に、ぎゅっとキリコの指の間で力をこめて来た。そうしながら、唇と舌はキリコのそれからぬるりと遠ざかり、ゴダンの丈高い体が、ゆっくりと伸び上がって来る。
片手だけは握り合ったまま、もう一方の腕は互いの体のどこかへ回して、全身をこすりつけ合う。ゴダンのそれがキリコの腹へごつごつと当たって、水に──だけではなく──濡れて滑る。
いつもとは違う触れ方をされて、とっくに兆しているキリコの焦りを見抜かないはずはなく、ゴダンはそれなのにわざとかキリコへ直接触れることはせずに、ただ自分の全身をキリコにこすりつけるだけだ。
軽い不満が、キリコの、唇を噛む仕草に出た。それを下目に見つけて、ゴダンはずっと握っていたキリコの手から自分の指を外すと、代わりのように、自分のそれへ導いてゆく。
肩を押されずに、ゴダンの方へいっそう近く引き寄せられてから、キリコはゴダンの意図を悟って、いつもの冷静さを忘れたようにさっと困惑の色を頬へ刷く。
「ほれ。」
からかうように、いつもの意地悪さを表へ出して、ゴダンが躯を、キリコへ向かって揺する。
「・・・無理だ。」
「──欲しくねえのか?」
低く吐く言い方が、けれど語尾に、奇妙な情の深さを引きずって消えた。
欲しがるように仕向けるのは、自分が欲しいからだ。人を人とも思わないこの男も、触れる他人の膚のぬくもりに、心の端を溶かすこともあるのだろうか。さっき繋がった掌の、その間へ積もって行ったぬくもりを思い出しながら、キリコは素直に引かれるままゴダンへ体を寄せ、今ではすっかり熱い湯にぬくまったタイルの床へ腰を下ろすゴダンを、大きく開いた膝の間にまたいだ。
ゴダンの掌が、キリコの動きのぎこちなさを助けた。そうして繋げる躯の、いつもと角度も深さも違うのが、ふたりには負担にしかならないのに、協力しながら無茶な姿勢を互いに保つのが、作戦の時の息の合い方を思い出させる。キリコの息の吐き方へ、ゴダンが聞き入り、いつもなら短気にキリコのいつまで経っても馴染まない躯を強引に開きに掛かるくせに、今はできるだけキリコの躯を痛めないように──そうすれば、ゴダン自身も多少楽ではある──そっと入り込むタイミングを、辛抱強く探している。
ゴダンへ向かって、上から繋がって、キリコは無理に開いた両脚の筋肉の引き攣るのに、舌打ちしたい気分で閉口しながら、それでもゴダンの取らせた姿勢を崩そうとはしない。
なぜか必死に、ふたりは互いの躯をできるだけ近寄せようとしていた。こんな形である必要はないのに。ゴダンを見下ろす珍しい位置で、キリコは自分自身のことも不思議に思いながら、苦しげに眉を寄せているゴダンの半開きの唇へ、無意識に指先を伸ばしている。
何とか繋がった躯と一緒に、末端の同じような粘膜のぬくもりをそこにも見つけて、キリコはゴダンの唇の間へ自分の親指を差し込んだ。素直に、ゴダンの舌がキリコの指を舐めた。
ゴダンの、赤い舌が動くのが見える。そうして舐められた感触を別のところへ思い出して、こすり上げられる粘膜と一緒に、キリコの体温が一気に上がる。みぞおちをまだらに赤く染めて、キリコは声を殺すのをやめた。
喘ぐ声が、タイルの壁を叩いて響く。ゴダンの荒い息も混じる。動く躯のあちこちこすれ合う音が、水音の合間に卑猥にうねる。
欲しかったわけではなかった。それでも、奥深く重ねる躯同士の間で、交わされるのは体温と体液だけではなくて、こうすることで生まれる親(ちか)しさが、今たしかにゴダンとキリコを近づけている。
キリコはゴダンの熱さを感じて、ゴダンはキリコの躯の内側の波打ちを感じて、奪うつもりで与えているゴダンに、奪われているつもりでキリコは与えられて、何かが行き来する互いの間で、それを名づける術も語彙も持たない、殺し合いしか知らないふたりだった。
ゴダンの掌が、キリコの下腹へ乗る。自分を慰めるその手指の動きに、キリコは知らず躯を大きく揺さぶって、喉の裂けたように高い声を上げた。
その声の高さに自分で驚いて、キリコは自分の唇を塞ぐのに、さっき自分の指をおとなしく舐めたゴダンの唇と舌へ向かって、顔を近づけてゆく。
鼻先が触れる。唇の先が触れる。舌を伸ばして来たのは、ゴダンの方だった。それを引き寄せるように、自分の舌先へ絡め取り、キリコは、ひどく不様に、ゴダンの唇へ自分の唇をこすり合わせた。
触れる躯が確かに熱い。喉の奥へ、火でも点いたように、交わす呼吸にふたりで酔う。
ゴダンの両腕が、キリコの腰へ巻きついた。少年を抜け出たばかりの薄い腹が、ゴダンの長い腕の中で余る。ゴダンは腕の輪を縮めながらキリコへ躯を寄せ、また角度が変わって痛みを増すのにも構わず、そのままキリコを抱き寄せた。
こすり合わせる躯と、こすり合わせる舌と唇と、呼吸と声がそこで絡む。熱く吐く息が、キリコと呼ぶ低い声が、もう隠すこともできない何かの激情を湛えて、キリコの中へ注ぎ込まれてゆく。
ゴダンと、返そうとしたキリコの声は、ゴダンの舌がすべて吸い取って、ふたりの胸と腹の間で、滑る水の音だけが途切れず鳴り続けている。