拮抗
* 閲覧注意 *
☆ R18
☆ やってるだけエロ(通常運行)
☆ SMまがいに、異物挿入と微拘束描写
☆ 首絞め
ゴダンが吐き出して、キリコの全身になすりつけるようにしたそれは、頬や首筋の辺りへもその跡を残して、その奇妙な味を感じるのがいやで、キリコは自分の乾いた唇さえ舐めて湿せずにいる。
ゴダンもさすがに疲れ果てたように、放り出したキリコの傍らに長い手足を投げ出して、息の整うのを待っているらしかった。
ふたりには狭い簡易ベッドはシーツも毛布もめちゃくちゃになり、元々膨らみのない枕は、体の下に何度も何度もあてがわれて、今はベッドの足下の方へ、死んだ軟体動物のように転がっている。
ゴダンが執拗に責めて、飽きるほど──そして、決して飽きはしないらしい──出入りを繰り返したキリコのそこは、もう痛みも通り越えて今は鈍く疼くだけだった。
異物感は消えず、それでも怪我をさせられなかったことには心の隅で感謝して、体をこれ以上痛めないようにそっと起き上がって脱がされた服を探さなければと、キリコの意識は次第にはっきりして来る。
仰向けから寝返りを打ち、ゴダンに背を向ける形で、自分の視界を塞ぐ灰色の壁に、今やっと気づいたように心の中でだけ舌を打ち、キリコは、ベッドの鉄枠と隣りに長々寝そべっているゴダンの体と、どちらの方が乗り越えやすいか、数瞬眉を寄せて考えた。
キリコがようやく、ベッドの足下の方から降りようと決めて体を起こすと、すかさずゴダンがキリコの腕を掴み、
「どこに行く。」
かすれて疲れで間延びした、それでも低めて凄んだ声で訊く。
「もう用は済んだろう。部屋に戻る。」
腕を取られたまま平たい声で答えると、ゴダンも体を起こして来て、キリコの首へ空いた方の腕を回して来た。
「やめろ。」
うんざりした色を浮かべて、壁の方へ瞳を動かして、キリコはもうたくさんだと思う気持ちを声音に隠さない。
髪にも爪の先にもべたべたと残るゴダンのそれを、さっさとシャワーを浴びて洗い流してしまいたかったし、何よりこの狭い部屋の狭いベッドで、空気の入る隙間もないほど近く皮膚を寄せてこすり合っていた息苦しさから、キリコは一刻も早く逃れたいと思った。
誰かと分け合う空気は、必然的に薄くなる。はやくひとりになって、自由に呼吸がしたい。気の滅入る部屋の薄暗さも、ふたりが混ぜた汗の匂いをただそこに閉じ込めて、ふたりのいる空間をじわじわと狭めて行くようにキリコには思えた。
「待てよ。まあそう急ぐな。」
ゴダンが、キリコの声の平坦さを軽く流すように、茶化した声でまたキリコの首を自分の方へ引き寄せながら、
「放せ。」
またさらに平たく言うキリコの声を塞ぐためにか、強引に唇を合わせに来る。
「やめろ。」
顔の位置をずらし、唇を外して、またキリコはきっぱりと言う。自分がそうしたいと思えば、多少の強引さなど気にもせずそれを押し通すゴダンには、キリコのこの拒絶の態度は結局火に油を注ぐ結果にしかならず、そうと分かっていても、自分がいやなことはいやだと、こうして言い続けるしかないキリコだった。
ここでゴダンと殴り合いでもやれば、営倉入りでゴダンと少しの間離れられるかと、そんな計算も一瞬の内に働いて、そう考えながら、こうして体中にゴダンの痕跡を残されて、それを結局拒みはしない自分の性根の底を、うっかり覗き込む前に、キリコは自分の心の目をぎゅっと力をこめて閉じる。
ゴダンが、キリコの手をそこへ導いて、ひどく下卑た笑みを浮かべた。無理に手の中に触れさせられたそれは、けれどただ力なく萎えたまま、キリコの手指に期待したような反応を返しては来ない。
「・・・無理のようだな。」
そんな言い方が、どれだけそのことを鼻に掛ける男のプライドを挫くか知っていて、あえてキリコはそう言って、ゴダンから手を離そうとする。ゴダンはその手を逃さずに、
「他に、いくらでもやりようはあるんだぜ。」
キリコの言い方に傷ついたのかどうか、ゴダンは声をさらに低めて、そしてキリコの無知さをわざと嘲笑うような口調で、突然威嚇するように大きく動くと、キリコをベッドの下へ引きずり下ろした。
無防備になった首に、ゴダンの手が掛かる。大きな片手はそれだけで十分に酸素の供給を遮り、顎の線に沿って指の形がはっきりと残るほど、ゴダンは容赦なくキリコの首を絞め上げた。
その手を緩めさせて息をしようとキリコが必死でもがくのを、20秒近く眺めた後で、ゴダンはやっとキリコの首から手を放し、その代わりに体を丸めて咳込むキリコを無雑作にうつ伏せにすると、背中で素早く手首をまとめ、手近にあったシャツで縛った。
続けて、掴んだ足首を、今度は脱ぎ捨てた耐圧服から素早く引き抜いたベルトで、ベッドの脚へ縛りつけ、そうして、まだ苦しげに咳込み続けているキリコの体を起こし、唯一自由な方の足首を軽く蹴るようにして、脚を開いたままにするために、キリコの腿の内側を踏みつけて来る。
見上げるゴダンの躯は、そうしてもまだ相変わらず萎えたまま、いき尽くした後から回復してはいないのに、ゴダンは奇妙に堂々とキリコの前に自分のそんな裸を晒して、ぶ厚い胸をいっそう大きく張っているように見えた。
そして、ゆっくりとキリコの両脚の間へしゃがみ込んで来て、片脚へは自分の体重を掛けたまま、
「口の聞き方に気をつけろって、パパやママが教えてくれなかったか?」
17、8ですでに曹長のAT乗りなど、まずまともに家族などいるはずもないと知っていて、ゴダンがひどく意地の悪い声で言う。
顎を持ち上げられながら、キリコはゴダンを睨みつけた。
「いいツラだ。」
本気でそそられたように、ゴダンがちょっと声の端を湿らせる。
それから、キリコに見せつけるように殊更ゆっくりと動きながら、さっきベルトを取った自分の耐圧服の、今度は銃の方を取り上げて、念入りに安全装置の掛かっていることを確かめると、その銃口の辺りに指先を這わせる。
撃つ気がないわけではないと、脅しているつもりかと、キリコは唇を結ぶ。額へ突きつけられたところで、今更湧く恐怖もない。その間に、背中の後ろで縛られた手首を何とか自由にできないかと、ゴダンに見つからないようにもがいている方に必死だった。
そして、ゴダンが、わざとらしい所作で軍支給のコンドームをその銃にかぶせた時に、キリコはやっとゴダンの意図を悟り、自分が縛られていることも忘れて、肩を揺らして暴れ出す。
「やめろ!」
今はもう、年嵩のゴダンをたしなめるような声音ではなく、本気でゴダンを止めるために、キリコは声を張り上げた。
「暴れるな。じっとしてりゃすぐ入る。俺に抱えられて部屋に戻りたくねえんだろ?」
にやにや笑うゴダンの大きな体に押さえ込まれて、さっき散々抜き差しされたそこへ、ゼリーにまみれたゴムの膜に覆われた銃口があてがわれる。ゴダンの言う通り、まだ開いたままのキリコの躯は、丸みはないその先端を抵抗を与えながらも受け入れて、それでも、自然に粘膜に添って来る穏やかな硬さなどないそれは、無機的にキリコの中へ押し入って来る。
ゴダンの指の跡の残る喉を、キリコは薄汚れた天井へ向かって伸ばした。
「役に立たねえ俺のよりいいだろ?な?」
引き金の手前まで、ゴダンは銃身を容赦なくキリコの中へ埋め込んで、内腿の筋肉を引き攣らせながらキリコが何とかそれを受け入れるのを、半ば面白がり半ば驚嘆し、そこへじっと視線を当てている。
知らず、ごくっと、ゴダンの喉が鳴った。
キリコは、無意識に足を開き、腰を突き出すようにして、少しでも楽な姿勢を取ろうとしていた。ただ硬いだけの銃を押し込まれて、無惨に押し開かれた自分の躯が、それでもそれへ沿おうと動くのは、単なる防御本能だと知りながら、もしかしてそれだけではないのではないかと、また自分の内側を覗き込みたがる自分の心の目を感じている。
銃身がすっかり収まると、ゴダンはキリコの内腿を奇妙に優しく撫でながら、ゆっくりと抽送を始めた。
「やめろ、動かすな。」
ゴダンはにやにや笑いを止めずに、いっそう執拗に、歪んだ優しさを込めて、キリコを銃で侵し続ける。
銃の、生身では有り得ない凹凸が、粘膜をひっかいてゆく。金属の冷たさが包み込まれた体温でぬくまるのか、異物の感触に粟立っていたキリコの皮膚の裏側は今は鎮まって、体温の確かな上昇を感じながら、それを見て取ったゴダンが、キリコのまだらに赤く染まったみぞおちの、筋肉の動きを凝視している。
ゴダンは、いつの間にか乾いてひりついている喉に気づき、唇を舐めて、そして何か思い煩うような表情で、下唇を何度か噛む。
「自分だけ気分出してんじゃねえ。」
銃から手を放し、動きを止めたそれにやっと息をついたキリコの、一瞬の安堵の間を突き崩すように、ゴダンは立ち上がるとキリコの顎を両手で引き寄せ、その唇に、自分の、まだ萎えているそれを押しつけた。
噛みつこうと言う咄嗟の反射で、キリコは驚くほどあっさりと口を開き、もちろん歯を立てることなどせずに、ゴダンに押し込まれるまま、おとなしくそれを舌に乗せる。柔らかいままのそれは、張り詰めている時よりも扱いが難しく、キリコはゴダンが自分に向かって躯を動かすのを、ほとんど痴呆のように、ただ口を開いて受け入れていた。
粗悪なゴムの匂い、吐き気を誘うそれに耐えながら、舌の上にたまった唾液にゴダンのそれがなめらかに滑り、そして次第に育ってゆくのに、キリコは、近づく終わりだけを期待している。
ベッドの鉄枠に当たる肩や腕が痛む。まだ銃の押し込まれたままの躯も痛む。硬さを増しつつあるゴダンのそれが出し入れされている唇も、こぼれた唾液に汚れた無理に伸ばした首も、痛みだけが波のように押し寄せ続けていた。
ようやくぬるりとキリコの唇から引き抜かれたそれは、どうやら形を保てる程度には硬さを取り戻し、ゴダンはキリコの体を床に引きずり倒すと、埋め込んだままの銃を乱暴に引き抜き、代わりに自分を押し込んでゆく。
銃身の形に開いたキリコのそこは、唾液の湿りにも助けられて、硬さの足りないゴダンのそれをあっさりと飲み込み、金属の感触よりはよほどましだと、まるでゴダンを引きずり込むように、奥深くがキリコの意志とは反対にうねりを増していた。
ゴダンが、額に汗を浮べて、キリコの中に埋没しながら、短く息を切っている。内側の粘膜が熱っぽく自分に絡みついて来るのに、躯は思うように反応しなくて、焦りから怒りへ気分が移り変わってゆくのが、見上げているキリコの焦点の怪しい目に、ゴダンのこめかみに浮く青筋になってはっきりと見えた。
もっと荒っぽくキリコの中へ押し込みながら、ゴダンはまたキリコの首へ手を掛けた。今度は両掌だ。何となく重なる位置の親指が喉に食い込み、肉のつぶれるような嫌な音を立てて、キリコが苦しさに喘ぐ。そうやって酸素の足りなくなる脳は、体へ奇妙な信号を送り、キリコの意思とは無関係に、ゴダンへ向かって動き出す。ゴダンがそう求めるように、うねり、締め付け、飲み込む深さを増して、ゴダンは耐え切れずに大きく口を開け、そこでぶ厚い舌をうごめかせた。
不意に、ドアの傍の内線連絡機が鳴る。
警報のような不粋で無遠慮な音に、ゴダンはさっと血の気を引かせて、思わずキリコの首から手を浮かせていた。
押し入って来た時と同じ荒々しさで、ゴダンの躯が去ってゆく。キリコは、冷たい空気を思わず喉いっぱいに吸い込んで、今度は体も丸められずにただ咳き込み続けた。
ゴダンは連絡機に飛びつき、何だ、とこれ以上はない不機嫌な声を出した。
「──何だ、アンタか。集合?いつ? すぐ?」
こちらに背を向けて、ゴダンが壁に向かって何か小さくうなずいている。キリコはまだ咳き込みながらそれをぼんやりと眺めて、ゴダンが振り返って、その音が受信部から向こうへ伝わるのを一応気にするように、自分の口元近くを掌で覆った仕草を、何かの冗談のように感じていた。
「分かったよ。すぐ行く。」
不貞腐れたように応えて、ゴダンがキリコの方を向いた。
「今すぐ集合だとよ。」
一応はキリコにも知らせるように、けれどすぐにはキリコを助け起こす様子もなく、ゴダンはまずは床に散らばった自分の服を拾い集め、それからようやくキリコの体を抱き起こして、手首を縛った自分のシャツをほどいて取り上げた。
あちこち自分が痕を残したキリコの体からは視線をそらすように、ゴダンは始終床の辺りばかり見て、キリコの足も自由にした後でコンドームに覆われたままの自分の銃に今さら気づき、少々やり過ぎたかと思ったらしいのが瞳の動きに現われて、キリコはそれを見ながら、眠そうにも見える長い瞬きを2回した。
キリコにはそれ以上何の声も掛けず、ゴダンは服や銃を抱えて、小さなシャワー室へ消えた。水音はそれほど長くは続かず、キリコは痛む体で床に坐り込んだまま、ゴダンの気配に耳を澄ませていた。
身支度を終えて出て来たゴダンは、ドアのところで、
「先行くぜ。」
まだ床に坐り込んだままのキリコへ素っ気なく言い捨てて、もうキリコのことなど関心もないような態度で部屋を出て行く。ひとりになったキリコは、引きずるように体を起こし、痛みを気にしながらようやくそこへ立ち上がり、きちんと声が出るかと確かめるのに、口を開けて舌を伸ばした。
濁点混じりに声がかすれ、そして開いた口の形でゴダンにさっきされたことを思い出して、キリコは無意識に眉を寄せて、それでも考えないようにと自分に言い聞かせるために、そこで短く首を振る。
縛られていた足首には、はっきりとベルトの幅の跡が残っている。そこでやっと、キリコは小さく舌を打った。
ひとり部屋を出た途端、数歩先にバーコフの姿を見つけて、ゴダンはぎょっと足を止めそうになった。
「何してやがる。」
後ろめたさで、自然に声が尖る。バーコフはいつものお調子者の表情で肩を軽くすくめて見せ、
「いつまで経っても戻って来ないから、迎えに来たのさ。」
「ご丁寧なこった。」
吐き捨てるように言うゴダンの前へさりげなく立ち、バーコフは、自分より頭半分高いゴダンの耳の近くへできるだけ顔を近づけるようにして、
「人の趣味にケチつける気はないが──せめて、バレないようにしろ。」
そう言った時には、いつもの冗談めかした声音は消えていた。
「誰にバレて困るんだよ。」
ゴダンはバーコフに突っ掛かり、その肩を押して先に行こうとした。
「誰だっていい、おまえたちがあんまり派手にやると、分隊長のオレが困ることになる。」
「はん、てめーのことなんざ知ったことか。」
あくまで強気にゴダンが言うのに、バーコフはなす術もないように瞳を上へ押し上げて見せ、呆れたと言う表情を作った。
そこへ、ふらりとキリコが出て来て、そこでやり合っているふたりなど目にも入らないように、真っ直ぐ前だけ見て廊下を歩いて来る。
よぉキリコ、とバーコフがいつもの調子で声を掛けようとして、自分を見ないキリコの、顎の付け根についた指の跡に気づき、一瞬で険しく眉を間を狭めて、今度ははっきりと責める視線でゴダンを見た。
キリコは、ちらりとそんなバーコフを見たものの、すぐにまた視線を前方に戻し、そのままゆっくりと歩いてゆく。ゴダンは薄気味悪そうに、自分たちを無視しているキリコの背中を見送り、そうして、次の瞬間にはバーコフに肩を小突かれ、
「一体おまえは──!」
抑えた声ではあっても、それは確かに怒りの声だった。
「心配すんな。手加減はしてる。あいつだって満更じゃねえ。」
「そんな問題じゃない。万が一分隊で何かあったら、全部オレの責任──」
「うるせぇ、何でもかんでも責任責任、俺たちゃ死ぬ目に遭ってんだぜ、多少のお遊びくらい目ェつぶりやがれ!」
バーコフの襟首を掴みそうに、ゴダンがぐいと顔を近づける。
キリコは、自分の部屋へ向かって静かに歩きながら、ふたりの荒っぽいやり取りを背中で聞いている。引きずるしかなさそうだった足は、歩くうちに痛みが引いて、疼き続けている異物感も、今は無視できる程度に治まりつつあった。
バーコフは、ゴダンに言いなりの自分を軽蔑したろうかと、特に卑屈になるつもりもなく考えて、湯気で曇った小さな鏡で確かめる間もなかった自分の首の跡へ、キリコはそっと指を伸ばす。
そこだけは、まだずきずきと痛んでいた。痛みは去っても、ゴダンの指の跡はしばらく消えないかもしれない。またザキが目を剥くなと、これも何の感慨もなく考える。
ゴダンが使った銃と、自分の躯にたまった熱と、狭められた気管を通る量の減った呼吸の、ざらざらと舌の奥をこすってゆく感触と、自分はそのどれひとつとして歓迎しているわけではないのだと、キリコは改めて考えなければならなかった。ほんとうにそうかと、自分を問う声からできるだけ遠ざかるために、キリコは背を伸ばして廊下を歩き続ける。
ひとりになりたいと、キリコは思った。ATに乗り込んで、あの中にひとりきりで、自分の体温などすぐに吸い取って冷やしてしまう、あの鉄の棺桶の中で、何も考えず反射と本能だけに頼る時間が、キリコはひどく恋しかった。自分を真空にしてくれる、戦いの時間。そこで、文字通り身をすり減らすのだとしても、こんな風に皮膚を削り取られるよりはましだと、キリコはまた自分の喉へ掌を当てて思った。
長い廊下を、バーコフとゴダンの低く言い争う声が、遠くなりがらまだ伝わり聞こえて来る。キリコは、一度も後ろを振り返らなかった。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
もう、ゴダンとバーコフの言い争う声はとっくに聞こえなくなって、ひとり部屋にたどり着いたキリコは、横開きの自動ドアがスライドする間、中が無人であることをひそかに祈った。
その祈りはそう期待していた通り空しく、こちらに背を向けて、自分のベッドの傍らへ膝を折ってザックへかがみ込んでいるザキの、そうするといかにも少年くさい薄い背の、シャツの上からも骨ばかりが目立つ姿がはっきりと目に入る。
キリコは聞こえずに、小さく舌を打った。
ザキはドアの開いた音に肩越しに振り返り、そこにキリコを認めた途端大きく目を見開いて──輝かせて、と言ってもいい──、口元に笑みを浮かべる。
「キリコ、どこ行ってたんだよ、バーコフが探しに──」
ドアのところへ立ったまま、すぐには動こうとしないキリコを不思議そうに見つめた後で、ようやく中へ足を踏み込ませたキリコの、顔から少し下を凝視して、ザキの表情が固まる。
キリコはできるだけザキから視線を外して、自分のベッドのある側のぎりぎり──ザキからできるだけ遠くなるように──を進む。後ろ斜めを歩いて来るキリコから、ザキは突き刺すような視線を外さない。
あの殺意の衝動ではなく、ただただ問い詰めるための視線。それは何だ。どうした。一体何があった。誰がそんなことをした。キリコ自身が、湯気で曇った鏡にきちんと確かめはしなかった、ゴダンの残した、首を絞め上げられた跡。バーコフとザキの、同じような眉のひそめ方に、キリコはその跡が思ったよりもひどいようだと、ぼんやりと考えている。
ザキを見ないまま自分のベッドへ向いてザキへは背を向けて、キリコはシーツのたくれ上がったシーツの、枕の向こう側から、自分のザックを取り上げた。
背中に、焼けるようなザキの視線を感じ続けている。耐圧服の、少しゆるい首回りから見える、ゴダンの長い指の跡。それはぐるりキリコの喉の前面を覆い、後ろには指先の跡が回っている。べったりと張り付いた今は鮮やかなその赤さは、明日にはもっとグロテスクに、おそらく紫がかった赤黒さに変わるだろう。薄い紫から黄色へ変わるのに、1週間は掛かるかと、思わず首に触れそうになる自分の手を、荷物をまとめることに集中させて、キリコは押しとどめていた。
「・・・キリコ。」
喉をざらりとこするような声で、ザキが呼ぶ。
「──なんだ。」
潰されていた喉はすでに元に戻ったのか、キリコの声はいつものように低いだけで、もうかすれてはいなかった。
キリコが答えた後に、少し間が空いた。
「・・・ゴダンか・・・。」
それは問いではなく、確認だった。キリコはザキの方を振り向かず、ただ瞳の位置だけを動かして、荷物をまとめている振りを続ける。そうして、言葉を探し出すより先に、結局は舌が勝手に動き、
「だったら何だ。おまえには関係ない。」
声は、意識せずいつもより冷たく、見なくても、ザキが一瞬で怒りと憤りで頬の辺りを凍りつかせたのが分かる。
そうだ、おまえには関係がない。おまえは、こんなことには無関係でいるべきだ。
キリコの胸の内でだけ、そう言葉が続く。それをザキに伝えることはしないまま、キリコはただ手を動かし続けている。
そのキリコの腕を、ザキが不意に後ろから掴んだ。
「なんで、なんでだよ、なんでゴダンにそんなことさせるんだよ。いやだって言えば、それでいいんだろ? いくらアイツだって──」
言いながら、ゴダンのような男は、抵抗をむしろ愉んであしらおうとするタイプだと思い至ったらしく、ザキがそこで言葉を不自然に切る。
ザキの手をなぜか振り払えず、キリコは動きを止めて、ザキの指先のぬくもりに意識がすべて集中してゆくのに、まるで耐えるように長い瞬きをした。
「そうじゃなかったらまるで──」
ザキの声が、震えながら続いて、そしてまた途切れた。言ってはならないことだと、そう聞こえない語尾が伝えて来る。
まるで、ゴダンとそうするのが、好きみたいじゃないか。
キリコは、今度こそぎゅっと目を閉じた。
即座に否定する声が自分の中で聞こえて、同時に、ほんとうにそうかと、問う声もする。ゴダンに、いいように痛めつけられるのを、ほんとうに自分は嫌がっているのかと、キリコの内側が訊いている。そうだ、いやだ。拒まないのは、ただ面倒だからだ。ゴダンはあれで、確かにキリコを壊さないように手加減はしている。そしてそれは、歪んだゴダンの優しさ──ゴダンに都合の良い──ではあった。
そして、キリコがゴダンを拒めば、ゴダンは他の誰かに同じことをするだけだ。キリコが駄目なら、他に──例えば、キリコよりも体格的にはもっと御しやすそうな、ザキ。
そうさせないために、ゴダンの好きにさせているのだと、ザキが知ったらどうするだろうと、ふとキリコは考える。
自分の腕に触れるザキのぬくもりに、さっきまでゴダンと交わしていた、ただ摩擦で機械的に上がる体温の、ぬるつく汗を呼ぶ熱さを重ねて、ザキのその、キリコを傷つけはしない触れ方に、自分の内側のどこかが揺さぶられるのを、遠くに感じていた。
「キリコ、なんで──」
応えないキリコに、ザキの声が小さくなった。
そうするのが好きなのか、それともゴダンがいいのか、ザキの問いの数が増えて来る。そのどれにも答えるわけには行かずに、キリコは自分のザックから手を放し、突然ザキの方へ体を回した。
驚くザキを見た瞬間、キリコの腕は勝手に動き、そのまだ薄い体を胸元に抱き込んで、
「──おまえには、関係のないことだ。」
抱きしめる腕にこもる力と、棒読みの口調がまったくちぐはぐで、ザキは抱きしめられるままキリコの体に腕を回して、ぎゅっと耐圧服のハーネスを握りしめて来る。
耐圧服越しに、ザキの呼吸が近い。小さな生き物ように額をキリコの肩へこすりつけ、絞り出すように、ザキが言った。
「・・・関係なくても・・・オレたち、同じ分隊の仲間だろ。」
そうだ、仲間だから、ゴダンに踏みにじられて欲しくはない。自分のことしか考えないあの男の、得手勝手に、ザキが傷つけられる必要はない。
ザキ、と考える前に、呼んでいた。キリコは、ザキを抱きしめた理由も、抱きしめた先のことも何も思いつかず、耐圧服に遮られた体がふたつ、互いの素の体温のぬくもりに包み込まれるのに、まだ疼く首の傷のことをふと忘れた。
自分へ、逆らわずに体を寄せて来るザキが、軽く背伸びをして、腰のホルスターの銃がこちらに当たって小さな音を立てる。その触れた硬さに、キリコは一瞬で現実に引き戻され、ゴダンにそうして玩具(おもちゃ)にされたのが自分であってザキではなく、あれがゴダンの銃であってキリコ自身の銃ではなかったことを、心底幸いに思った。
「ザキ、おれは──」
やっとキリコが何か言おうとした時、がやがやと外に話し声が聞こえ、はっとふたりが体を離した瞬間、ドアが横滑りに開き、ゴダンを先にバーコフがその後ろに姿を見せる。
まだ何か軽く言い争っているふたりは、中にいるザキとキリコを認めて、まずはゴダンが、
「なんだ、まだいやがったのか。とっとと集まれってアナウンスしてるぜ。」
自分のことはすっかり棚上げして、外へあごをしゃくって見せながら、ふたりに向かって怒鳴って来る。バーコフはその後ろで、まったくと言いたげにゴダンの背に向かって呆れ顔を作り、それから、キリコへ向かって、キリコにだけ分かる、同情のような表情を浮かべて見せた。
キリコはそれに無表情で応え、自分のザックを取り上げてから、ザキのザックも取り上げてザキへ向かって放り、
「行くぞ。」
声を掛けてから歩き出す。ゴダンのことは、視界にも入らないように、無視したままだった。
ザキが慌ててキリコを追って来る。その軽い足音へ向かって振り向き、キリコはザキと肩を並べるために歩調をゆるめて歩幅を狭め、そうして、自分に並んで来たザキへ無表情の横顔を見せて、もうザキには何も質問させない厳しさをそこに浮かべた。
おまえには関係のないことだ。
窺うように自分を見上げて来るザキへ、もう視線も動かさず、キリコは長い廊下を歩き続ける。
さっき自分が、ザキへ向かって何を言おうとしたのか思い出せず、思い出したところで、今さらもう言うつもりもない。キリコは無意識に、腰にある自分の銃に触れ、その冷たさでザキのぬくもりを心から引き剥がして、天井のどこかのスピーカーが、バーコフ分隊はさっさと集合せよとがなり立てる割れた声を、耳の後ろに聞き流している。
ゴダンが傷つけるのは、おれだけでいい。
ふたりの揃ったブーツの先が、同じ音を立てて、今は同じ歩幅で金属の廊下を進んでゆく。さっき触れたぬくもりは、そこへ無音のまま、吸い込まれて消えて行くようにキリコには思えた。