#ボトムズ版深夜の真剣お絵描き60分一本勝負
2016/10/8開催 お題: 赤
* 幻影後のいつか。
交じる赤
キリコが、背中を見せて長々と横たわっていた。もう眠るつもりかどうか、枕を抱え込むようにしてそこに顔を埋め、さっき出した声の大きさなど忘れ切ったように、無防備な裸の背中を晒している。シャッコはそれを足の方から眺めて、背骨の数を数えるように、皮膚の隆起を視線でたどっていた。
汗はもう引いていた。そこに重ねた胸の間で、空気と一緒にぬるく交じった汗のぬめりとごまかして、唇が滑った振りで、肩口を噛んだ。それほどひどく歯を立てたつもりなかったし、キリコもそれには声を立てなかったから、平気だろうと思っていたのに、今見るとわずかに歯列の跡が分かる。朝には消えているだろう。それでも、少しだけ自分の振る舞いを反省して、そうしながら、またキリコを噛みたいとシャッコは思った。
首の後ろ。耳朶。睨まれたら、きっと怯んでしまうから、もっと別の場所と視線を移して、あれこれと考え続ける。
二の腕の内側は、皮膚が薄すぎて、ちょっと加減を間違えると噛みちぎってしまいそうに思える。腿の内側もそうだ。脚や腰の辺りは、噛みながら見える視界が不埒過ぎる。今は噛みたいだけだ、それ以上はない。
噛んで、何をしていると睨まれても、少し距離のあるところ、そうして視線がもっと下へ降りて、かかとへ達してから、シャッコは波打ったシーツの上で静かに腰を滑らせ、キリコの足裏へ掌を乗せた。
膝裏の、奇妙に複雑な陰影と凹凸へじっと目を凝らしながら、なだらかに筋肉の形を晒すふくらはぎへ、唇を寄せる。皮膚の靭さは申し分なく、顎にこたえる骨の感触も遠いそこへ、シャッコはそっと歯を立てた。
なんだ、と思った通りにキリコの声が頭上へ降って来た。不審に尖って、けれど眠気のせいか、それともさっきまで合わせていた躯の熱の名残りのせいか、その声の先端はどこか円(まる)く、自分の足を押さえて噛んでいるシャッコへ、本気ではない制止を形だけ、体のねじり具合に示して、おい、とキリコがまた声を掛けて来る。
シャッコはそれを聞き流して、キリコのもう一方の脚の裏を撫で上げながら、いっそう強く歯列を食い込ませた。
唇の間で弾みを返して来る、皮膚と筋肉。触れて、特に何か感じると言うわけでもないだろうそこで、不快ではない痛みを探りながら、シャッコはキリコを噛み続ける。キリコは上体を浮かせて反らしてシャッコの方を見て、取られた足を振り払うでもない。
噛むなとは言わず、それ以上声も立てず、キリコはシャッコがぎりぎりと歯を食い込ませて来るのに、まるでゲームのように耐えて、ただの戯れのような、あるいはそうではなく何か意味でもあるような、噛みながら噛まれながら、互いの腹を探り合っている。
どこまで許されるのか、どこまで許すべきなのか、血の吹き出すまで皮膚を食い破りでもするべきかと、シャッコは頭の片隅で半ば本気で考えていた。キリコが耐えるまで、食い込んだ歯を外さないつもりで、そうして血が流れば、自分はそれをためらわずに舐めてすするだろうとも思った。
赤い血。何度か見たことのある、キリコの血。キリコのために流した、自分の血もある。そうやって、互いを支え合って来たふたりだった。
今は、決して深刻にはならずに、こんな、見た目は少々殺伐とした遊びをすることもできる。
これは紛れもなくただの戯れだったけれど、こうなるために、見えない傷をいくつも重ねて来たふたりだった。
流れた血は目に見えるそれだけではなく、むしろ皮膚と肉を裂いた傷よりも、心に受けた傷の方がずっと深かったのだと、シャッコは執拗にキリコのふくらはぎを噛み続けながら、自分の胸の内を覗き込んでいた。
その傷の痛みを、キリコに写そうとしているのだろうかと、自分の真意に気づいて、ふとシャッコの唇がゆるむ。力の抜けたシャッコの歯列の間から、するりとキリコの足が逃げて、キリコはそのまま体を返した。
「・・・痛かったな・・・。」
まるで他人のことのように、キリコがそんな風に言いながら近づいて来る。シャッコに這い寄り、すっかり目覚めた瞳で、思わず体を引き掛けたシャッコの喉笛へ、けもののように食らいついて来た。
急所へ触れた歯先は、けれどそれだけで滑り去り、その後を唇が覆って、代わりに皮膚を吸い立てる。痛いと思った時には、そこに真っ赤な跡を残して、キリコの唇は外れてしまっていた。
シャッコにはまだ見えなかったけれど、その真っ赤な跡は、喉に開いた傷口のようだった。
シャッコの頭を抱え込み、唇を開いて、キリコがのし掛かって来る。開いた唇の中が、血の色のように真っ赤だ。血を流すことをやめた代わりに、ふたりは血の色をした熱を分け合う。キリコと同じように唇を開いて、シャッコも自分の赤い口の中を晒した。
唇の間で呼吸も赤く染まったように思って、シャッコはキリコを抱き返しながら、長い腕を伸ばしてキリコの足にも触れた。自分が噛んだ跡らしい感触を指先に探って、その不自然な凹みが、朝には消えてしまうことを、少しだけ淋しく思った。
シャッコの喉の跡は、きっともう少し長く残るだろう。隠せない場所だけれど、キリコがつけたのだからずっと消えなくてもいいとも思う。
その時キリコが、絡ませていた舌の先を少しだけ強く噛んだ。交じった唾液に、わずかに鉄の匂いを感じて、それを舐め取るキリコの舌とどちらかより赤いだろうと考えながら、シャッコは喉の跡を熱っぽく疼かせている。
ふたりの、赤みを増した唇の間で唾液が長く糸を引き、それが途切れてシャッコの視界は赤く染まり、今はそこで紫色にぼやけたキリコの青い髪が、再び透明な汗を滴らせながらゆっくりと揺れ始めていた。