#ボトムズ版深夜の真剣お絵描き60分一本勝負
2016/7/7開催 お題: ボトムズの夏
* ザキについては小説準拠
Red Hot, Frosty Blue
零下200度と言う、数字の凄まじさからその実態は想像の域を軽く飛び越えて、その寒気はまさしく氷のギロチンのように地上に落ちて来た。集まって組めと怒鳴るバーコフの声、それにつられて動き、慌てて分隊のATはその場に、自分たちを取り囲む大量の敵に背を向ける形に集まって、ごく自然に鉄の指先を互いに差し出し合っていた。
キリコだけをその場に欠いた、反目し合うのが常のその4人は、その時だけはこの場を生き延びるのだと言う同じ希望で、小さな円を作って精一杯自分の身を守ろうとした。
冷気はやすやすとATのすべてを凍らせ、ザキは寒いを通り越して全身に熱さの衝撃を感じて、知らず目を閉じてしまっていた。
どれだけ幾層に覆っても、素肌は瞬時に凍りつく。血管の中の血も凍り、肺を行き来する酸素も二酸化炭素も凍る。人が凍るのに、数秒と掛からなかった。
中に凍ったパイロットを抱え込んで鉄の棺桶が凍りつき、氷の棺桶に変わり、氷原に動かず立ち尽くす、大量のATの群れ。それ自体が墓標のように、静まり返ったそこは広大な墓地のように見えた。
激烈な寒さが、熱を求めたのか、ザキのまだかすかに反応を残す脳の片隅が、夏を思い出している。汗をかき、水を浴び、こんな、全身を内側から切り刻むようなそんな冷たさを必要とはしない、ただ皮膚を少し赤く焦がすだけの、穏やかな暑さ。
夏だ。思い出せる夏に、この分隊の誰の姿もなく、ザキはなぜか急にそれを淋しく感じて、そこへ誰かの姿を付け加えようとする。そうして、今この場にいないキリコの、青い髪を思い浮かべて、それから夏の暑さからポリマーリンゲル液の焼ける匂いを思い出した。
この寒さと同じくらい、苛烈な熱さ。ATの全身をPR液に浸し、それでも生き延びるのだと、歯を食い縛るようにあの時も思った。
輸送管の中で、爆圧炎に巻き込まれながら、きりもみ状態に流されてゆくATの狭いコックピットの中で、キリコにしがみついたのを覚えている。
発火を呼ぶ高熱。ATが燃え始めるのを感じても、自分を抱き返して来るキリコの腕の、嵩高い耐圧服の内側の体温が、ただ穏やかにザキの恐怖をなだめてくれた。
あの赤熱の中で、なぜかキリコのぬくもりだけは見分けられて、それを感じている間は自分は生きているのだと、ザキは声には出さずにつぶやき続けていた。
人の体温には届かない、夏の暑さ。白い太陽を見上げて、流れ落ちる汗を拭い、それは人の命を奪う温度ではない。そしてそれよりもわずかに高い人の皮膚のぬくもりが、ザキの正気をそこに引き留めている。
なあキリコ、生きて帰れたら、水浴びしようぜ。耐圧服など脱がずに、高い襟の内側に、ホースで直接水を流し込むいたずらを、ザキは意識の飛ぶ直前に冗談のように思いついていた。
キリコが笑っている。滅多と見せない笑顔を、冷たい水を浴びて、頬に淡く浮かべている。
冷たい水──実際のところ、それは水などではなく、全身を覆い尽くした薄い氷の冷たさだった。
「うー、さみぃ!」
唐突にザキは目覚め、今自分を包み込んでいるのが寒さと知って、両手で二の腕を撫でてそれを何とかもうちょっとましにしようとした。
ポリマーリンゲル液の巡り始めたAT──コチャックのおかげだ──は無事に動き、コックピット内の温度は上昇し、冷えて固くなったザキの体へも血がゆっくりと巡り始める。
ザキは右手で拳を作り、それを再び開いて、指が操縦桿を握れるかどうか確かめながら、外でATの走行音を聞いた。
途端深くは考えずにコックピットを開け、そこから飛び出すように体を伸ばして、ザキは声いっぱいに叫ぶ。
「キリコー! 無事だったかー!」
まだあたたかな血の回り切らない頭の中で想像していたのは、真夏の陽射しとそれに照りつけられ陽炎の揺れる地面だったのに、目の前に広がるのは凍って動かない敵ATの大群で、ただ1機その中で動いているキリコ機へ向かって腕を大きく振ってから、ザキは寒気の現実を思い出して全身を震わせて、寒いとぼやいてコックピットを慌てて閉める。
耐圧服の中の素肌がすでに痛い。それでももう操縦桿に手を掛け、ザキはキリコに向かって走り出していた。
他3機がザキに続く。キリコは彼らを待たずにくるりと背を向け、分隊の先陣を切る形で走り出す。
凍りついて動かない敵機の間を、氷の平原を、スコープドッグが走ってゆく。
ザキはキリコの背だけを見て、また生き延びたのだと思った。熱に焼け死なず、寒さに凍え死なず、それは多分、かすかに覚えているキリコの体温のおかげだ。
人が生きている、ぬくもり。キリコのそれを恋しいと想う気持ちに、ザキはまだ名をつけられず、心ではなく脳の細かなひだのどこかで混乱が生じているのを感じていた。
その混乱の理由をまだ知らず、ザキはキリコの後ろを走る。振り向かないキリコの後を、ザキはもう黙って走り続けている。