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* 幻影後のいつか。

Shape Of My Heart

 自分の取っている姿勢がどんなものか、もう覚えもないのか、キリコは四つん這いの手の先でシーツを握りしめて、口の中に差し入れられたシャッコの長い指に、声を耐える代わりに軽く噛みついた。
 半開きのまぶたの、キリコの視線がどこにあるのか、シャッコにも分からず、ぬるぬるとあふれる唾液で滑る指の間に舌を挟んで、頬の裏へ指の腹を押し当てたのと同時に、下へも、もう一方の指で触れた。
 後で入り込むために、指でそこを慣らす。口の中を探る指先よりはもう少し穏やかに、差し込むのはあくまでそっとだ。
 キリコの口の中は熱かった。喉の奥へ、吐き気を起こす手前まで指先を届かせて、舌が波打つように動いて、シャッコの指を舐める。噛んで、その後を舌先に追わせて、キリコの唇もシャッコの掌も、垂れた唾液でびしょ濡れだった。
 もう一方の方は、熱の上がり方は同じでも、もちろんそんな風に濡れてあふれるわけもなく、まさしく内臓のそこは、触れれば触れるだけ大きく開くキリコの喉の奥とは違って、入り込んで来る指を拒んでいるのかもっと奥へ誘っているのか、ゆるく全体を締めつけて来る。
 キリコの背中へ半ば覆いかぶさるようにして、体の重みの下へさっさと敷き込んでしまえば、後はもうシャッコの好きにできるけれど、そうはせずに、いつものようにキリコが促すのを辛抱強く待つ。
 今ではシャッコの手首を掴み、キリコは自分でシャッコの指を舐め続け、ぬるぬるとあふれ続ける唾液で濡れたキリコの唇の端やあごへ、シャッコは自分の唇を寄せて行く。
 一方で熱の湿りはあっても、あくまで静かにシャッコの長い指をただ飲み込んでいるだけのそちらは、指を軽く引く時にはまるで追いすがるようにうねって、今は2本に増えた指の数に、キリコの腰が高く上がっていた。
 一度指を外すと、シャッコの指を噛んだまま、キリコが声を立てる。その声がどれだけ淫らか、キリコには自覚はないのだろう。
 改めて、さらに数を増やして束ねた指を挿れて、指先の届くいちばん奥で、ばらりとほどいた。
 キリコの口の中から指を抜き、濡れたその掌で、前へ触れてやる。シーツに顔を伏せ、キリコが耐え切れずに、また叫ぶ。
 そうして同時に触れると、キリコの内側──触れているそこだけではなく、全身すべて──がどんな風に反応しているか、よく分かる。
 内(なか)が開き、狭まり、また開いて、シャッコの指をもっと奥へ飲み込んでゆく。それでも、シャッコがこうして触れられるのはせいぜいが内臓の末端だ。
 心臓へ触れるには、胸を切り開くしかないことを、そこからさらに肋をへし折りでもしない限り、鼓動を撃つ心臓には直に触れられないことを、シャッコはほとんど熱に融けている脳の片隅で考えた。
 だからと言うわけではなかったけれど、もう欲しいのは指ではないと、キリコが背中をうねらせて伝えて来た時、シャッコはキリコの体を裏返して正面から繋がりながら、キリコの左胸へ開いた掌を乗せた。
 腰を引き寄せられて、躯が密着すると、キリコの背が反る。弓形になった上体は、骨組みとそれに沿った筋肉の形を皮膚の下に露わにして、そのどこかに、今入り込んでいる自分の形は見えないかと、シャッコは思わず真下に目を凝らす。
 シャッコの熱に、全身で応えるキリコの、けれどどこにもシャッコのその輪郭は現れず、こうして繋がると言うのは、それだけの些細なことなのだと、シャッコの腹のどこかが、昂ぶった熱を貫くようにひと筋冷える。
 こんなに近く躯を合わせても、それは目には見えはしないし、感じていることは形にはならない。
 こんな風に触れて触れられて、それがふたりの間だけに起こることだとしても、現実にそれは大したことではないのだ。
 また、キリコの体が反る。その腰を、シャッコはもっと近く自分に向かって引き寄せる。
 さっき触れていた口の中と同じほど、こちらも熱い。あふれる何もなく、ただ熱に押し包まれ、こうしなければ触れることはできない内臓の奥の粘膜へ、自分の方からあふれて来た体液をこすりつける。
 こうするのが精一杯だった。欲しいと、互いの全身が叫ぶのを、こうして表すのが精一杯だった。
 腿の内側同士が時々こすれて、自分に向かって平たく開いたキリコの、胸や腹を時折撫でながら、シャッコが果てるより先に、キリコが喉を大きく伸ばす。
 口は開いても声は出ず、代わりに、ひび割れた喘ぎが、反り切った腹筋を震わせた。そのまま腹筋は浅く波打ち続けて、伸び切って薄くなったせいで青みを帯びて見える皮膚を、場違いに、キリコの果てる直前のそれが何度か叩いた。
 シャッコは、自分の動きは止めずに、キリコのそれへ、促すように手を添える。シャッコの大きな掌の中でそれが慄え、シャッコの動きに明らかに同調して、もう一度キリコが体を反らした時、熱がしたたかにシャッコの指先を濡らした。
 同時に、内側がうねる。絞り上げるような動きに、シャッコも耐え切れずにそこで果てた。
 互いに、荒い息に胸を喘がせて、肩や背中に腕を絡ませて、重なった胸の下で、ふとキリコの体が柔らかく鎮まってゆく。
 満たされて、もう今は何も思い煩うこともない表情で、キリコがシャッコを見上げて、額へ唇を押し当てて来た。シャッコの首を抱く手の先が後ろ髪の中へもぐり込み、はっきりと微笑みを見せることは滅多とないキリコの唇の線が、今は確かにわずかにほころんでいる。
 これは些細なことだ。欲しがって、抱き合う。ただそれだけのことだ。
 心の在り処など誰にも分からない。心臓に直接触れても、それは心に触れたことにはならない。
 それでも、小さなことを積み重ねる時間を持つことを許された、今のふたりだった。
 日々を重ねる間に、心もきっと触れ合うのだろう。躯よりももっと近く深く、いずれは、掌に乗せて見せ合える心の形すら見つかるかもしれない。
 躯の表す輪郭とはまた違う、心の形。その端に触れたくて、人は抱き合うのかもしれない。
 キリコの左の胸へ顔を伏せ、シャッコは心臓の音へ耳を澄ませた。自分の心臓も、同じような音と速さできっと鳴っている。
 重なる鼓動の生む旋律は、今だけのものだ。
 その旋律へ、シャッコは自分の声を重ねて、キリコと呼んだ。シャッコと応えるキリコの唇へ、声になる前に自分の唇を重ねて、音を塞ぎ、もっと近く胸を寄せて、大きくなる鼓動の音へさらに近く耳を澄ます。
 キリコの掌が、知ってか知らずか、シャッコの左の胸へ触れた。心臓が大きく跳ねた気がして、ほとんど絞め殺しそうに、シャッコは長い腕の中にキリコを抱きしめた。

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