あの目
"RS入隊前のリンチで掘られてるとは思いますが
リンチの一身モブがキリコに睨まれてその目が忘れられないってなって
そのまま32年後に赫い撹乱の時に
巡礼者として参加していて巻き込まれて死ぬというお話"
tweeted by @ksgy_CO2
背は伸び掛けの、ひょろりと長い手足にはまだ筋肉が追いつかず、首筋や背中の線の子どもめいた薄さが、古参の兵たちの乱暴な手を怯ませるかと言えば、そんなことは一向にないまま、獲物は殴る蹴るされながら、四方八方から伸びる腕の間をよろよろと渡るばかりだ。
きちんと手加減はしている。戦意を失わせて、ちょっとばかり気力を挫けば十分だったから、みぞおちへ、あくまで軽く軍靴の先を蹴り込んで、内臓でも全部吐き出しそうに獲物が呻いたのを合図に、体を丸めてうずくまる獲物を抱え上げて、そうして、それが始まった。
手触りが良さそうなら、多少面倒でも裸にするに限る。そうやって無防備になると、ほんとうに赤剥けに皮を剥がれた獣さながら、抵抗は大抵最低限になる。丸裸で、食料庫の奥の暗がりから、照明に煌々と照らされた廊下へ逃げ出す勇気など、大抵の奴は持ち合わせてはいないし、嵩張る耐圧服の中で、薄い体が泳いでいるような少年兵なら尚更だ。
傷つきやすい体を晒され、押さえつけられ、黙って言う通りにすれば、それ以上は怪我はさせずに──多分──終わらせてやると、下卑たにやにや笑いが告げる。こんなことには慣れ切っている荒くれどもに囲まれて、今日の獲物は絶体絶命を悟っても、自分を押さえ込む腕に逆らうのをやめなかった。
「随分とイキのいいガキじゃねえか。」
愉しそうに、誰かが濁み声で言う。続けて、下品な笑いがさざなみのように薄闇の空気を隠微に揺する。
男は、獲物を押さえ込む腕から、少しだけ離れて立っていた。新入りを囲む輪から何となく弾き出された形で、仲間たちが、少年の体を無遠慮に撫でて、卑猥な言葉を投げつけるのを、手持ち無沙汰に眺めている。
小麦粉か何かの大きな麻袋が積み上げられた上に、少年をうつ伏せにし、肉づきの足りない脚を無理矢理に開いて、何となく決まっている順番で、まずはさっきの濁み声の持ち主が自分の躯をそこに滑り込ませてゆく。
軍支給のコンドームを使うのは、何も獲物のためではなく、他の奴らと分け合わなければならないこの躯経由で、ろくでもない病気を伝染(うつ)されるのを避けるためだ。
彼らは、恐ろしいほど自分勝手な理屈と理由で、少年兵の躯を使う。彼らにとって、これは娯楽であり、死と隣り合わせの現実からの逃避であり、人殺しではない形の暴力をこうして表現して、自分がまだそこまでは落ちてはいないと安堵するための術だ。
ここにいる奴らの少なくとも半分は、以前は自分たちが獲物だった記憶があるはずだった。今この新兵がされているように、殴られ、裸にされ、数人掛かりで強姦され、その痛みと恥の記憶を、今はこの子どもじみた躯に叩き込んで、そこに焼き付けるために、そうして、自分の痛みを薄めて自分が救われるために、彼らは憐れな獲物を嬲って辱めて痛めつけることを選ぶ。
彼らは、耐圧服の下からそっと取り出したそれを、自分の手の中で、いかにも大事そうに扱った後で、少年の体のあちこちへこすりつけ始める。中へ押し入って次をやりやすくするのは、一番手の役目だ。女の体だって、何の準備もなければ互いに痛い思いをするだけなのに、そのためでない少年の躯を押し開くのが容易なはずもない。
濁み声は、自分の強引さに、少年が派手に呻いたのに、満足げな笑みを浮かべた。
口には脱がせたシャツが詰め込んである。声は漏れないし、聞こえたところで、またかと、警備の兵たちもにやにや笑って放置するだけだ。監視カメラの向こうで、このショーを面白そうに見物しているに違いない、勤務中の誰かを顔を、男は思い浮かべた。
少年だけが、今この基地内で、自分の不運を真剣に嘆いていることだろう。誰も、獲物を救いになどやって来ない。獲物はただ食い散らかされ、終わった後には放り出されるだけだ。
獲物の、柔らかい肉に、皆が牙を立てる。鋭く牙を食い込ませ、肉を食いちぎり、一緒に熱い血をすする。殺しさえなければ、獲物の体はいつまでも柔らかくあたたかい。その獲物の躯を、皆がよってたかって押し開き、押し込み、内臓の内側の粘膜を踏み荒らして、それ以上奥へは入り込めないのが残念だとでも言うように、名残り惜しげに躯を引く。
濁み声が終わると、すぐに別の誰かが、まだ開いたままの新入りの中へ侵入して行く。
獲物は呻き続け、時折、まだ光を失わない瞳で、ぎろりと皆を睨めつけた。
男は、獲物の諦めの悪さに、ちょっと驚いて、そして怯む自分を感じた。
この世に生み出されてから10数年の、まだ赤ん坊のそれと変わらない柔らかい髪を、誰かが乱暴に掴む。節くれ立った太い指に絡め取られると、髪色の青さがいっそう際立つ。
あごを引き寄せられて、喉を痛いほど伸ばして、そこに声変わりの証拠の喉仏があるのが、不思議に見えるほど、獲物はまだ幼い。
少年の瞳が、じろりと右へ動いた。確かに自分を見たその瞳の、髪よりは幾分緑に寄ったその色に、不意に男は、昔母親が大事にしていた指輪の、小さな宝石の色を思い出す。掌の中に、宝物のように大事に抱えて、溶けるように微笑んでいた母親のイメージが、男の視界を一瞬で塗り潰して行った。
途端に、男の手の中で、張りつめ掛けていたそれが、冬眠中の小リスのように、頼りなくぐにゃりと萎えた。
獲物の口から、唾液を吸って色の変わったシャツを抜き取っていた奴が、それを見て、軽蔑の笑みを眉間のしわに表す。
「おい、戦闘中に弾切れかぁ?」
男は恥ずかしさに顔を赤くし、けれど焦れば焦るほどそれは手の中で力を失くして、男の言うことなど聞く気はさらさらないようだった。
「親不孝な息子だな、ちいっと厳しくしつけてやれ。」
誰かが檄を飛ばす。男に向かって、皆が一斉に笑った。
「おい、おまえに譲ってやるよ、使えよ。」
少年のあごから手を外しながら、男へ場所を譲るように、彼らの作る輪がゆるんで、空間を広げる。男は手招きされ、仕方なくそこへ立ち、仲間たちの視線に励まされながら、獲物のあごへ指を伸ばす。
「歯なんか立ててみろ、脳天ブチ抜いてやる。」
仲間のひとりが、新入りのこめかみに銃口を押しつけて、これみよがしに引き金に指を掛けて見せた。
「役立たずの新兵なんざ、どこかで死体で見つかったところで、誰も気にしやしねえ。」
半分は脅しで、半分はほんとうのことだった。
新入りは相変わらずの目で銃身を睨み、そして目の前の男の、自分の口元へ差し出される萎えたままのそれにも、同じほど強い視線を当てた。
親指を差し入れると、獲物は案外と素直に口を開き、代わりに薄目になると、見えなければ多少はましだとでも言うように、唇に押しつけられたくたりとした肉片を、嫌悪も露わに舌の上に載せた。
あたたかい唾液と粘膜に触れても、男のそれは一向に兆す様子を見せず、開かされた両脚の間で、そちらを愉しむ動きが再開すると、少年は呻く声を喉にこもらせて、その振動が先端に伝わるのに、男は萎えたまま、下唇を噛んで、耐えた。
そして、男が喉を伸ばして天井へ向かって快の声を思わず漏らした時、男の柔らかな、驚くほど傷つきやすいその肉に、少年が突然力を込めて歯を立てた。
男は、声を限りに叫んだ。にやにや銃を構えていた奴は、ほんとうに少年のこめかみ目掛けて引き金を引いた。
脳を弾丸が貫いた衝撃で、獲物の歯はさらに強力に噛み合わされ、男のそれは、血塗れの肉片と化して、少年の口の中に取り残される。
男は、自分の傷ついた体を抱え込むようにしながら冷たい床をのたうち回り、そして、こめかみと唇から血を流しながら嫌悪と軽蔑だけを込めて自分を睨みつけ続ける獲物のあの目を、確かに見た。
その後の騒ぎの概要を、男は病院のベッドの上で報告された。
あの少年兵は、頭を撃たれたにも関わらず、弾丸は角度のせいかどうか、頭蓋骨を滑る形で皮膚の下だけを削り取って抜け、輪姦も含む私刑による怪我の方が結局重傷だった、と言う結果になり、男に対する暴力行為は治療後の営巣入りと言う形で罰せられ、その後事件をうやむやにするためか、さっさと他の基地へ移送された
失神した──あの場では、即死と判断された──少年の口内から、噛み切られた肉片を取り出すのに手間取り、そして男自身の傷口からの止血の処置を最優先したため、それを元通りに繋ぎ合せる手術は間に合わなかったと、意識が戻ってしばらくしてから知らされた時、男はまるで他人事(ひとごと)のようにそれを聞き、自分の失ったものが、一片の肉だけではなかったことを思い知ったのはもっと後になってからだった。
噛み切られてしまったそれがないなら、残った部分で苦しい思いをするだけだと言う、医者たちの有り難くも余計な思いやり深い判断によって、男の下腹はつるりと何もかも取り去られ、ようやく眺めた自分の体のあまりの変わり様に、男はもう湧き立つ感情もないまま、心の片隅で、罰を受けたのだとぼんやり考えていた。
自分が踏みにじって来たもの。殺して来た敵兵たち。その場にたまたまいた、巻き込まれた人々。人殺しよりはましだと自分に言い聞かせるために、ただ慰んだ、女や子どもや少年たち。血まみれのその顔の中から、あの目が男を睨みつけていた。その目に、男は怯え、傷の痛みも何もかもを、その目による咎だと考えて、男はそれきり、ATに乗ることをやめてしまった。
軍を退けば、無気力の男の行く場所などどこにもなく、川の流れに乗った落ち葉のように、男は気づけばマーティアルの信者になっていた。祈れば、現世の罪はいずれ洗い流され、許されると、そう言われたことにすがりついて、男は熱心に祈り続けた。自分の後ろへ積み重なった死体の山へ向かって、男は一心不乱に祈った。
それでも、祈りの合間にふと顔を上げれば、あの目が常に自分を睨み続けていて、男はどうしてもそれから逃れられず、あの目に出会うたび、心臓を直に握り込まれたような、冷たいショックを新たに受け続けた。心に落ちる影は男の傷の治癒を遅らせ、いつまでも消えない痛み──現実に、在るかどうか男自身にも定かではない、肉体の痛み──に苦しみながら、男はただ祈り続けた。男には、それしかできることがなかった。
祈り続け、あの目に怯え続け、男は歳を取ってゆく。時間の流れは男を老いさせたけれど、同時に、傷の痛みとあの目に抱く恐怖を、次第に薄れさせても行った。
あの目は、相変わらず男を睨み続けていた。祈りの言葉の間に、男はあの目の光を見る。自分を射通すその光に、けれど男はもうそれほど痛みも恐ろしさも感じることはなく、信仰の果てに、自分はついに許されつつあるのだと、男は信じ始めていた。
そして、テオ8世の後継者選びの祭礼のために、マーティアルの聖地であるアレギウムへ向かう巡礼者たちの群れの中に、男もいた。今では自身の皮膚のように体に染み付いた祈りの言葉を、ぶつぶつと、今では細く枯れてしまった声でつぶやき続けながら、男はのろのろと歩いていた。
誰も彼も、全身をすっぽり覆う長衣に、まるで己れを隠し込むようにして、衣の色合いのせいか、彼らは人間と言うよりは物言わぬ木々の群れのように見え、地面から根を剥ぎ取って自ら動き出した、枝のこすれ合う音を立ててどこかへ向かう、不気味な森のようだった。
男は、祈りの時にいつもそうするように、ふと顔を上げる。特に意味もないその動作で、人々──あるいは、動き続ける木々──の間から、街並みの色がちらちらと見える。その街並みの色の中に、不意に混じる青があった。
男は思わず足を止めた。左右後ろの巡礼者たちが、流れを止めずに男に軽く体をぶつけながら、先へ通り過ぎてゆく。男はそれでも、そこへ立ち尽くしたままでいる。
あの目だ。あの目が俺を睨んでいる。近頃では、ぼんやりとかすみ、色も淡くなっていたあの目の光が、今、男の目の前に、鮮やかにあった。こちらを突き通すような光の強さは、初めて見た時と同じに、けれどなぜか、色の強烈さに圧倒されながら、男はその目から何の感情も読み取ることができなかった。
嫌悪。軽蔑。忸怩たる思い。そして憎悪。けれど男が今見ている目には、それのどの色合いもない。目は、ただ男を見ている。睨みつける同じ強さで、けれどただ、男を眺めている。
そんなばかなと、男は思った。あの新兵のはずがない。あの少年は、もう50に手の届く初老の男になっているはずだ──もし、生きているなら。
男はその目を見返し続けた。目を離すことができなかった。あの青い髪、少年じみた体、子どもめいた首筋の線、男の記憶よりは幾分大人びて、それでも男を眺めるその目は、せいぜいが20と言うところの、若い男のものだ。
俺を覚えているのか。まさか。
男は思わず長衣のフードの中へ掌を差し入れ、乾いてたるんだ自分の頬を撫でた。皺の刻まれ、張りのなくなった自分の老いさばらえた姿に、あの少年が、あの日の自分を思い起こせるはずがない。
目の光に、男の古傷が突然痛み出す。肉の断ち切られる音、傷口から噴き上がる血、、ごろごろと床を転がる自分の体、血まみれの手、そうしながら見た、自分を睨みつける、獲物の目。すでに死んでいたはずの新入りの、それなのにこちらを絞め殺しそうな恐ろしい光をたたえていた、あの目。
男は、あの日のあの場へ連れ戻されていた。ぬるりと絡みつく唾液、舌の生温かさ、男を、永遠に地獄へ叩き落した、あの歯列の激烈な噛み合わせ。
あれを男は生き延びた。少年も生き延びた。そうして今、男はあの時とは似ても似つかない姿で、あの時のままの少年と対峙している。
これは、罰なのか。俺はまだ、許されてはいないのか。俺は永遠に、救われることはないのか。
絶望が、足元から這い上がって来る。震える体が崩れないように、地面を踏みしめるだけで精一杯だった。
・・・もう、許してくれ。頼む。俺は散々祈り続けた。あれきり、不具の体を誰の目からもひた隠しにして、俺はひとりきり、恐ろしい孤独と罪の意識を抱えて生きて来た。だからもう、許してくれ。いい加減に──
すいと、青年の肩が動く。なめらかに視線が男から外れ、その目ごと、青年の姿は巡礼者の群れの中に溶けるように消えた。
男は呪縛から解けたように、ようやく自由になった足を、周囲の速度に合わせて再び動かし始め、そうして、いつの間にか男の体は、長衣の下で汗びっしょりになっていた。
アレギウムに着いても、男の頭からは青年の視線がまとわりついたまま、だから、突然ATの群れがやって来た時、男はあれはこれの前兆だったのだと、奇妙に冷静に考えていた。
「信者たちに構うな!」
懐かしい怒号。人の命など、土くれほども価値はない、戦闘の場。かつて男がそうして踏みにじって来たように、今は男が踏みにじられようとしている。
マーティアルのATが、男の傍を駆け抜けて、踵の部分に男の長衣の裾を巻き込んで行った。男は足元からすくい上げられるように引きずられて、地面に叩きつけられた時に背骨のどこかを折ったのかどうか、下半身の感覚が一瞬で消え失せ、ATは足元の邪魔者を振り落とすために、もう一方の足で容赦なく男を踏みつけて引き剥がした。
地面に、半ばで折れた体で横たわり、男の頭上には砂煙に薄く覆われた空が見える。むせて、男は口から血を吐いた。
まだ動く腕を空へ伸ばし、そして辺りの騒ぎを物憂く眺めるために、男は首を回す。マーティアルのATに追われるスコープドッグが、時々後ずさりながらも、神殿の中へ入ろうと苦戦していた。
周囲には、自分と同じに、ATに轢き潰された人々が、累々とその屍をさらしている。男と同じに、まだ息のある者もいるだろう。けれど助けが来るはずもない。
男は、またむせて、血を吐いた。
スコープドッグがこちらを見る。自分の行く先に、死体が山ほど転がっていてはうまく移動ができない。ただそれだけを確かめるための、ATの視線だった。
あの目だ。男は思った。あのATに乗っているのは、あの少年だ。巡礼の群れの中で見かけた、あの青年だ。獲物だった、自分が仲間と一緒に玩んだ、その報いを受ける羽目になった、あの少年だ。
死んだ後すら、自分を睨みつけ続けていた、あの少年だ。あの目。こちらを嫌悪し、憎悪し、蔑み切っていた、あの目。
あの目から逃れたいと思って、そう思ってここまで来たのに、俺はまだあの目に囚われ続けるのか。俺の祈りは無駄だったのか。俺は救われないまま、地獄へ落ちるのか。
遠くなってゆく意識の中で、男は、自分の不運を嘆き続けている。
許されたかったのは、少年のためではない。祈りの日々は、ただ男自身のためだった。片輪の体を恨んで、恨み続けて、あの少年への殺意に変わらなかった幸運を、けれど男は思い至らずに、男は今際の際に、あらゆる不運と嘆き、罵りの言葉を頭に思い浮かべていた。
青年の目には、もう軽蔑も嫌悪もなかった。それなのに今、男の目にはそれがあの時のそっくりそのまま浮かび、少年の目に浮かんだあの強烈な感情の色合いは、つまりは男のそれを映したものに過ぎなかったのだと、最後のふた呼吸をかすかに吐き出しながら、男は最期まで気づくことはない。
あの目とともに、触れた少年の体のぬくもりを、男は、不思議な懐かしさでまた思い出して、あの時確かに生きていた自分の、流れる血のあたたかさも、一緒に思い出している。
死にながら、男の狭まる視界に、空の青さだけが広がる。少年の目は、もうどこにもない。少年は男に背を向けて去ってゆき、男はそこでひとりきり、血まみれの呼吸を最期に吐く。
そうして死ねる幸いをもまた知らぬまま、死んだ男の目は、大きく見開かれたままだった。