第6話「惨劇の幕開人」




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 綿流しまで、後一日となった。
 梨花は祭の時に披露する奉納演舞の最後の調整に入っていた。
 とは言っても、何百回と同じことをやっているのでもう身体が覚えてしまい、練習なんてしなくても良いのだが。
 羽入は羽入で古手神社の境内でのんびりと夕涼みをしていた。

 昨日、彼女は梨花から検査の結果を聞かされた。
 二人は雛見沢症候群には罹っておらず、また、興宮市に引っ越すことも決まったらしい。
 全ては・・・順調なのです。
 そう、全ては羽入の願い通りに進んでいた。いつ興宮に行くのかはまだはっきりしていないが、梨花の口ぶりだとどうもすぐらしい。
 これであの兄妹は、大災害に巻き込まれなくて済むのだから。
 
 しかし、あまりに上手く行き過ぎて、またどこかで壊れるのでは無いか、と言う不安もある。
 今までの世界がそうだった。どんなに上手く事が運んでいたとしても、結果的に最後に梨花は殺される。
 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。
 だから僕は、もう何も期待しなくなったのではないですか?

 羽入は境内の周りを歩く。明日の祭の準備が着々と進んでいることを彼女は実感する。
(そう言えば、前の世界では結局綿流しは出来なかったのです。)
 そう考えると、羽入の気分はなんだかわくわくしてきた。
 この世界では、皆と一緒にお祭りが楽しめる。色々な屋台を巡ることが出来るのだ。
(大丈夫なのです。少しくらいは期待しても、罰は当たらないのです)
 羽入は皆の邪魔をしないように神社を離れ、奥にある祭具殿へと向かった。






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 ほんの、1時間くらい前に遡る。
 梨花は皆に事情を説明することにした。勿論、知恵先生や校長を含めた学校の皆にだ。
「まさか、後原さんがそんな病気に罹っているなんて・・・」
「ち、知恵君、しっかりしたまえ!」
 ふらっと立ち眩みを起こした知恵先生を校長が抱きとめた。
 クラスの皆もショックらしく、皆口々にひかりのことを心配するような言葉を出す。
 事実、心配しているのだ。
 この学校の生徒は、偽善や同情だけで仲間を心配するようなクラスじゃない。
 皆、本気でひかりのことを心配してくれている。梨花は長い間のループでそれを悟っていた。

 そしてそれを特に強く認識できるのは、部活メンバー達だ。

「まだこのことは羽入には話していないのです。そこで、皆にお願いがあるのです」
「解ってる。ひかりの病気のことを伏せて置く、でしょ?」
 流石は魅音。私の言いたいことを理解してくれている。
「はいなのです。羽入には病気は大したことでは無い、そして、あの二人は興宮に引っ越すことになった、と」
「羽入が、引っ越す理由を訊いてきたらどうする?」
 圭一が問う。
 訊いて、来るのだろうか?
 羽入の願いはあの二人がこの世界での惨劇に巻き込まれないこと。
 興宮に引っ越してしまえば、それで願いは叶う。 けれど、万が一羽入が質問して来たら・・・・・・。
「適当に誤魔化せばOKなのですよ。 家の都合とでも言えば、羽入は信じてそれ以上は詮索して来なくなるのです」
「先生は、嘘は関心しませんよ」
 どうやら持ち直したらしい知恵先生が、厳しい顔つきで梨花を見た。
 知恵先生は正義感の強い教師だ。ましてや、嘘など見逃すわけが無いだろう。
「私は、羽入さんにも正直に話すべきだと思います。今嘘を吐いて騙して、先生はそんなの我慢出来ません」
「知恵」
 梨花は知恵先生の言葉を遮るように言う。
「知恵は、羽入の性格を理解していないから、そんなことが言えるのですよ」
「羽入さんの・・・・・・性格?」
 知恵先生が、怪訝な表情で梨花を見る。半ば睨んでいる、と言ってもいいだろう。
 先生を呼び捨てにしたことに対してか、それとも、まるで彼女を馬鹿にしているかのような口ぶりだからか。
「あの子は、本当にひかりが好きなのよ。まるでずっと昔から一緒だったみたいに。あの子、ここ最近話す内容ひかりのことばっかりなのよね」
 梨花は、苦笑する。
 知恵先生は、黙って聞いていた。他の生徒達も同じだった。
「知恵は、嘘はいけないように言ってるけど、全ての嘘が相手を不幸にするとでも思うかしら?」
「あ、当たり前です! どんな嘘でも、人を不幸にするだけです!」
「けど、人を不幸にする真実もあるわ。 だけど、嘘を吐くことによって幸せに出来る嘘もある。羽入に真実を話せば、きっとあの子は取り乱す。そして、何か とんでもない行動をしかねない」
 一息。
「けれど、嘘を吐くことによって少なくともあの子が安心するなら、それに越したことは無いの」
 
 今までと違う梨花の口調に、教室中の誰もが言葉を無くしていた。
 圭一、レナ、魅音、知恵先生、校長、クラスの子、そして梨花の無二の親友である沙都子すらも。

「レナは、確かに嘘はいけないと思う。だけど、何も本当のことを話す必要は無いと思うんだ。だって、ひかりちゃんがまだ死ぬって決まったわけじゃないで しょ? だからね、今は黙っておいてひかりちゃんが退院した時初めて羽入ちゃんに本当のことを話した方が良いと思うんだ」
「あっはっはっは! ある意味ドッキリだね。レナの言うとおりだよ。何も、本当のことを話さなくても良いと、おじさんも思うな」
「ああ、俺もレナや魅音と同じだ。仲間同士はなんでもかんでも打ち明けなければ仲間同士じゃない、なんてそんな決まり無いものな! 逆に、仲間を不安にさ せるようなことをして、何が仲間かってんだ!!」
「取り敢えず、万が一と言うこともありますから浩二さんとひかりさんにも、話を合わせた方が宜しいのでは無くて?」
 部活メンバーは全員一致で羽入には真実を隠すことと決めた。
 知恵先生は少し溜息を吐いた後、もう諦めたような表情をし、梨花達に向かって言う。
「解りました。皆さんがそこまで仰るなら先生はもう、何も言いません」
 そのまま踵を返し、教室を出て行った。校長もそれに続く。
 ――――と、校長はドアの前で振り返った。
「確かに、嘘には人を幸せにする嘘もある。じゃがな、結果的に『真実』がある『嘘』は、結局は、人を不幸にするだけなのだよ」
 校長は、結局嘘をついたところで、痛いしっぺ返しを喰らうだけだ、と言いたいのだろうか。
 そんなことは無い。そんなこと・・・・・・あるもんか。
 梨花は校長が去った後の教室の扉を忌々しげに睨みつけた。
 ―――――ああ、そんなこと、あるわけないじゃない!
 一体何を言っているのかあの禿爺は。何を解りきったことを言いやがるのか!!
 
 けれど、それならどうして私は反論しなかった・・・・・・?
 違う、そんなことない、心の中で否定しても、それなら何故、「だけど」なんて言葉が付くのか。
 くだらない! くだらない! くだらない!

 梨花は、教室を後にした。
 取り敢えずは、羽入に二人のことを伝えなければ。



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 そして、現在に至る。
 羽入は梨花の「嘘」に何の疑問も抱かず、また、引っ越すと知った時、さほど詮索はしなかった。それどころか、彼女は、笑っていた。
 どうして羽入がそこまでして後原兄妹、特にひかりに拘るのか。
「やっぱ、以前いた世界が関係しているのかしら・・・・・・」
 ここは、影曝しの世界で間違いはないだろう。
 だけれど、前いた「影曝し」の世界とは、どこか違っていた。
 第一に、ひかりが人を信じられている。これは良いことだろう。部活メンバーとも楽しく遊べているし、願っても無いことだ。
 第二に、このまま何も起こらなければ、影曝しの世界ではできなかった綿流しが出来ると言うことだ。
「大体、大災害って何なのかしら」
 羽入は、後原兄妹は大災害に巻き込まれて死ぬ、と言った。
 そして、それを防ぐためにこの世界を選んだ。自分の姿が梨花以外にも見えるよう、願いを掛けて。
 そんなこと、可能なのか。
 いや、100年以上生きている魔女(わたし)が言うのもおかしな話だ。
 だって現に、何度も何度も同じ世界を繰り返している時点で、非現実的なのだから。


 梨花は羽入の姿を探した。
 境内をうろちょろしていたところまでは見ていたが、途中で老人達に捕まってしまい、見失ってしまったのだ。
「ま、お腹空いたら戻ってくるでしょ」
 梨花は大して気にも止めず、再び老人達の話相手(と言うか信仰相手)になってあげることにした。





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「相変わらず、ここは静かなのです」
 僕は祭具殿の扉の前の少ない階段のところに座り、のんびりと空を眺めていた。
 ひぐらしが鳴いている。
 途端、物音がした。
 僕はびくっと身を震わせて辺りを見回した。
「あらごめんなさい。驚かせたかしら?」
「おや、見ない顔だね? 巫女服を着てるってことはここの関係者かい?」

 何故、どうして・・・・・・どうしてこんなタイミングで現れるのですか――――。
 



 鷹野三四と、富竹ジロウ。
 惨劇の幕開人とも言うべきキャラクターの登場に、僕はただ、ぁぅぁぅと言うしかなかった・・・・・・。