第7話「綿流し祭・八凶爆闘」





 § § §

 どうしてこの二人が祭具殿に来たのか、それ事態は羽入は疑問に思わなかった。
 鷹野は祭具殿に入りたがっている。恐らく、その下準備に来たのだろう。
 否、早く入りたくて待ちきれなくて、つい来てしまっただけなのかも知れない。
 羽入は鷹野が苦手だ。
 嫌いと言うわけではない。ただ、鷹野がオヤシロ様やその崇りを曲解し、捻じ曲げて語るのが嫌いだった。
 その所為で、圭一や、詩音が、狂気に走ってしまったのではないか。
 また、別の世界で鷹野のありもしない言動に心揺さぶられ、狂気に走る人物が出るかも知れない。
 それはもしかしたら、大石か、レナかも知れない。
 ここに長居すると、きっと戻れなくなる。だから羽入は会釈をしてすぐにそこから去った。

 明日は楽しい綿流しなのです。あんな奴等に構ってられないのです。
 羽入は、どうしたんだろうね?と言う表情をする富竹と、口元を奇妙に歪めて笑う鷹野を無視して、神社に戻った。









 いよいよ、綿流しの日となった。
 オヤシロ様に感謝し、祀り、「綿流し」の名の通り布団の綿を流して供養するこのお祭りは村中の人が参加してるだけあって大賑わいだ。
 中には興宮から来ている人達もいる。
 老人達の間には綿流しに参加しない村人にはオヤシロ様の崇りがあると伝えられているが、羽入はそれを否定したい気持ちでいっぱいである。
 羽入は昨日鷹野と富竹と会ったことを思い出したがすぐに頭(かぶり)を振った。
 今日は楽しいお祭りなのだ。それも、皆と参加出来る初めてのお祭りなのだ。楽しまなくては損ではないか!
「それにしても、ひかりと浩二まで来てくれるとは思わなかったのですよ♪」
 羽入が一番楽しみにしてたのは、ひかりや浩二とも一緒に祭りを見て周れることだった。
「ああ、興宮に引っ越す前に、綿流しに行きたいってひかりがダダ捏ねてな」
「ちょ、誰もダダなんか捏ねてないじゃない! 私はただ・・・お兄ちゃんや羽入ちゃんや、他の皆と一緒に行きたいだけで・・・」
「ボク達は『他の人』扱いなのですよ。みぃ・・・」
「まぁ良いじゃないか! 雛見沢での思い出を興宮に持っていく土産が出来るんだからな」
「あら、珍しく圭一さんが良い事を言ってますわ」
「圭ちゃんにしてはクサすぎる台詞かなぁ、あっはっは!」
「でも、圭一くんの言ってること、レナも賛成だよ、だよ♪」

 皆が、笑っている。
 前の世界では叶わなかった、いや、どの世界でも叶わなかった、この時間。

「よぉし! それじゃさっそく行こうかね!! えーっと、ひぃふぅみぃ・・・綿流し祭、八凶爆闘だ」
「いえ、八凶ではなく九凶ですよ、お姉♪」
「そ、その声は・・・・・詩音んんんんんんんんんーーーっ!!??」
 魅音の背後から、彼女の言葉を遮るかのようにひょっこりと姿を現す詩音。
「あ、詩ぃちゃん、こんばんわー」
「はい、皆さんこんばんわです」
「詩音、どうしてここに来たですか?」
 羽入はそんな疑問をぶつけてみる。
「ええ、実は圭ちゃんに用がありましてね。ちょっと圭ちゃんを借りたいんですが、お姉良いですか?」
「どーして圭ちゃん借りるのに私の許可がいるわけぇ? 駄目だけど!」
 全員、「駄目なのかよ!」と心の中でツッコミを入れた。
「おい、俺を借りるとかそんな物みたいに扱わないでくれよ・・・・・・」
「兎に角駄目なものは駄目なのー! 詩音、用が無いなら・・・帰れーーーー!!」
「魅ぃが子供みたいなのですよ☆」
 梨花が茶化す。
「魅音さん、本当に詩音さんが苦手なんだね」
「全くだ」
 ひかりが笑い、浩二が頷く。
「詩音さんも祭りに参加すれば宜しいのではなくて? きっともっと盛り上がりますわー!」
 沙都子の提案に、誰も異議を唱えるものは・・・一人を除いて・・・誰もいなかった。
「いえいえ、私まで参加しちゃうとお姉の立場が危うくなっちゃいますので。私はこれで失礼しますね♪」
 そう言ってぺろっと舌を出して笑った後、魅音の罵声を無視して詩音は去って行った。


「えー、邪魔が入ったけど改めて・・・・・・綿流し祭、八凶爆闘、行ってみようか!!!」





「おおおおおおお!!!!」





「まずは定番、タコ焼きだね! 最初に一番早く、熱々のタコ焼きを食べた者が勝利!!!」
 皆それぞれ口々にタコ焼きを喉へと流し込む。しかし、かなり熱いのでなかなか飲み込めず、皆四苦八苦だ。
「ひかりは無理しないで良いよ。自分のペースで良いからね」
 魅音がそっと、羽入に聞こえないよう小声でひかりに囁きかける。
「ぁぅぁぅ、熱いのですよ〜」
 そんな二人のやり取りに気付かない羽入は、タコ焼きを食べるのに精一杯だった。
「はっはっは! タコ焼きを一つ一つ食べるから時間がかかるんだ!! こうやって一気に・・・あちゃちゃちゃあぢぢぃ!?」
 あろうことは圭一はタコ焼き7個分を串団子のように刺し、一気に口に入れた。
「圭一さん、馬鹿ですわね」
「愛すべきおばかさん、なのですよ♪」
「羽入ちゃん、大丈夫?」
 いまだ悪戦苦闘している羽入を心配するように、ひかりが訪ねた。
 羽入はどうも熱いのが苦手なのか、未だにたこ焼きを冷まそうとふーふーしている。
「ぁぅぁぅぁぅ、大丈夫なのですよ。 こうなったら圭一みたいに一気に――――」
「それだけはやらないでね、お願いだから」
 羽入ちゃんまで馬鹿なことはしないで欲しい、そう思うひかりであった。
 いや、羽入があんなことすれば、あまりの熱さに失神しかねないからだ。


 こうしてタコ焼き早食い勝負はなんだかんだで圭一が一位になった。口に少し火傷を負ったが、怪我の勲章と言うやつだろうか。

「ぁぅぁぅ、結局ビリだったのですよ」
「罰ゲームは無いから安心しなよ。さて次は・・・・・・ここはやはりヤキソバだね!」
 次に部活メンバーが向かったのは、香ばしいソースの匂いが漂ってくるヤキソバ屋台だった。
 じゅ〜〜と言う鉄板の音と、その匂いが、否応なしに食欲をそそる!
「また早食いか、魅音?」
「いやいや、ここはそうだねぇ・・・・・・皆それぞれ食べた感想を言って、屋台のおっちゃんの心を一番がしっとキャッチアンドリリースした者が勝利!!」
 逃がすのかよ、と言うツッコミはさておき。
「なんか、口先の魔術師である圭一さんが有利なような気がしますですわ」
 沙都子の不安に、皆も同じ気持ちだったようだ。
 確かに圭一の口先マジックならば、屋台のおっちゃんどころか全国のヤキソバ職人の心をアイアンクローするくらい、訳無いだろう。
「そう、だから圭ちゃんには少し条件をつけてもらうことにするよ」
「別に良いぜ! それくらいあった方が面白いだろうしな!! それで、条件って何だ魅音?」
「喋るな」
「は?」
「だから、喋っちゃ駄目。これが圭ちゃんの条件」
「おいちょっと待て魅音! 流石にそれは難しいぞぉぉ!!!」
「つまり、表情や仕草だけで美味しさを伝えろってことか、魅音?」
 浩二の問いに、圭一は「マジか?」と言う顔をした。
「そう言うこと、頑張ってね圭ちゃん♪」
「よ、よおおおし! やってやろうじゃねぇかぁーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
 圭一の叫びが合図となったのか、皆それぞれヤキソバを食べ始めた。
 「喋るな」と言う条件か、圭一はさっきから無言でヤキソバを食べている。
 なんと言うか、普段騒がしい人物がこうも静かだとどうにも不気味だなぁ・・・と、みんな思った。


「それじゃ、そろそろ感想言ってみようかね。 まずは・・・・・・トップバッターとしておじさん行かせてもらうよ!!」
 ヤキソバを食べ終えた魅音が屋台のおじさんの方に向く。
「おう、魅音ちゃん! どうだったでぇ? 俺のヤキソバの味は!!」
「そうだねぇ・・・ソースと麺のバランス、焼き加減、青海苔、全てが上手く組み合わさってとてもよかった! 園崎家の方で全国にチェーン店を設けたいくら いだねぇ!!」
「園崎の次期頭首様にそう言われるなんて・・・・・・ヤキソバ焼いて40年、こんなに嬉しいことはねぇ!!!」
 おじさん、マジ泣きしてるよ・・・・・・。
「さ、さすが魅音さん・・・」
 ひかりがごくりと喉を鳴らした。
「さて次は誰が行く?」
「私が」
 すっとひかりが右手を上げて挙手した。
「よしひかり! 行っといで!!」
「魅音さんには負けないですよ。庶民には庶民の誉め言葉と言うのがあるのですから」
 魅音はそんな、ひかりの「シャイン・ブレーン」の瞳を見逃さなかった。く!一体どんな言葉を使おうと言うのか!?
「屋台のおじさん、ヤキソバとても美味しく頂きました」
「おお、ありがとよ嬢ちゃん。で、味はどうだったでぇ?」
「そうですね・・・・・・正直、とても売り物になりません」
「な、なんだって?」
 見る見る屋台のおじさんの表情が険に変わる。しかしひかりは動じる事無く話を続けた。
「売り物にはならないと言ったのは、あまりの美味しさに独り占めしたい、って意味なんです。こんな美味しいヤキソバを屋台で売るなんて勿体無いです。おじ さま、私の為だけにヤキソバを焼いてくださいません?」
 胸に両手を当て、トドメとばかりに上目遣いで見つめるひかり。
 その仕草は、生まれてこの方58歳のヤキソバ屋台のおっさんのハートに何か熱い物が込み上げてくるようだった。
 流石は「光の頭脳」を持つ女。恐るべし!!
「くぅ・・・・・・ああ、いいともいいとも! おじさん、お嬢ちゃんのためだったらいつでも焼いてやるぞぉ!!!」
「ありがとうございます、おじ様♪」

 
 そして残りの皆もそれぞれ口々にヤキソバの感想を口にした。どれもこれも屋台の親父の心をがっちりキャッチする台詞ばかりだった。
 だが、まだ油断は出来ない。最後の一人―――前原圭一が残っているのだら。


「最後は圭一くんだね」
「まぁどうせ言葉にしては駄目なのですから、今更どうしようもありませんですわ。おーっほっほっほ!」
 圭一、ずいっと前に出る。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 圭一、無言。
「おう、前原屋敷の坊ちゃんか。どうした? 黙ってちゃ何も伝わらないぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 圭一、無言。
「おい、なんとか言ったらどうなんでぇ!?」
 親父はイラつきながら言った。勿論、圭一が喋ってはいけない、と言う条件を背負わされているのは知っている。言わばこれは場を盛り上げるための演技だっ た。
 圭一は右手拳を前に差し出すと、次の瞬間、びしっと親指を立てた。表情は、これでもか!って言うくらいの、清々しい笑顔で。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・坊主、ありがとよ!」
 親父もなんと、圭一と同じようにびしっと親指を立てた。
「え、何何? どう言うことかな・・・かな?」
 レナが全く意味が解らないと言った感じでおろおろしている。
 魅音は、そんな二人のやり取りの意味を感じ取ったのか、参ったね・・・と言った顔だった。
「美味しさってのは、何も言葉で伝えるだけじゃない。圭ちゃんはね、心でおじさんにヤキソバがどれだけ美味しかったか伝えたのさ」
 魅音が語る。
「心で・・・・・・」
 魅音の台詞の一部分を、ひかりは反芻した。
「圭一は、たとえ言葉を封じられようとも、口先の魔術師だったってことだね」
 浩二がひかりの頭をなでながら、そう呟いた。






 § § §








 そうして、楽しい祭りの時間はあっという間に過ぎていった。
 梨花は奉納演舞を舞い、浩二とひかりは初めて見る梨花の姿に目を奪われていた。
 最後は綿流しのメインイベントである布団を供養する儀式だ。
 奉納演舞で取り出した綿を千切り、「オヤシロ様ありがとう」とお祈りして綿を流せばお終いとなる。



 楽しい時間は、あっと言う間に過ぎていく。
 羽入はその長い永い時間の中で、幾度となくそれを体験した。
 だけど、今まで過ごしてきた永遠とも呼べる時間の中で、こんなに楽しかったことが、今まであっただろうか?
 梨花が笑い、ひかりが笑い、皆が笑っている。
 ――――大丈夫、なのです。
 例え梨花が昭和58年6月を乗り越えられないとしても。
 浩二とひかりは、助かるのだ。
 大丈夫、大丈夫。もう何も心配は無い。
 明日からは二人は興宮に引っ越すけれど、会えなくなるわけじゃないんだから。


 ――――僕の願いは、叶うのですよ。







 § § §



 次の日、私は羽入や沙都子と一緒にいつものように学校へと登校した。
 クラスではまだ昨日の祭りの余韻が抜けないのか、楽しそうに談笑している生徒達の姿があった。
 程無くして圭一、魅音、レナらも登校してきた。
 浩二とひかりの姿はもう無い。二人は興宮に引っ越した、ことになっている。
 実際ひかりの入院やらなにやらで本当に引っ越すことにしたそうだ。今まで住んでいた家から興宮の病院まで、結構距離があるらしいから。
 皆、二人がいない寂しさを吹き飛ばすように騒いだ。私も、羽入を不安にさせない為に、笑った。

 昼休み、私は部活メンバーと一緒に弁当の争奪戦を繰り広げていた。
「みー、圭一のタコさんウィンナー、いただきなのですよー」
「あー梨花ー! それは僕が狙っていたのですー!! ぁぅぁぅぁぅ」
「はぅー、あうあうしている羽入ちゃんかぁいいよ〜! お持ち帰り〜〜!!!」
 レナが羽入を抱き締めようとした瞬間、教室の扉が開き、知恵が顔を出した。

 ―――――何、この胸騒ぎは・・・・・・。

「古手さん、お客様が見えてますよ」

 ―――――客? この私に・・・客?

「みぃ、解ったのですよ。すぐに行くのです」

 誰ですか? なんて聞けなかった。 だって、綿流しの次に訊ねてくる人物なんて、決まっているからだ。
 また、富竹と鷹野が殺されたのだろう。解っている、解っている。
 私は無言で教室を出て行き、「そいつ」がいるグラウンドへと向かった。

 しかし私は疑問と安堵に溜息を吐いた。
 どうして私なのか、と言う疑問と、私でよかった、と言う安堵。
 前者はわからない。しかし後者は圭一かレナだと「崇り」のことであること無いこと吹き込まれ、惨劇の引鉄になったかも知れない。
 詩音にもしかしたら話しているかも知れないが、それは後で聞けばいいだろう。

「どうもどうも、古手さん。 んっふっふっふ!」
「何か用ですか、大石?」
 私は回りくどいことは言わずに単刀直入に聞いた。どうせ内容は解っているのだからあまり無駄な時間は取らせないで欲しい。
「なっはっは! いきなりですなぁ。 ここではなんです、車の中で話しませんか?」
「良いからさっさと言いやがれ、なのですよ」
「んっふっふっふ! これはきついですな。 解りました。 言いましょう」
 大石はネクタイを緩めると、額の汗をタオルで拭いながら、その言葉を口にした。



「後原ひかりさんがお亡くなりになりました」




























 

「は?」
 

 なんだ、何を言っているんだこのデブ親父は?
 後原ひかりが死んだ? ちょっとまて。フザケテイル。ああ、あまりにもふざけ過ぎている。なんだ、なんなんだ?
 だって、ひかりは興宮の病院で入院していて、だけど、そんなすぐに死ぬことは無いはずなんだ。
 それどころか、治療を受けて、いつかきっと笑って戻ってくるはずなんだ!!
 それなのに、それなのに・・・ どうしてそんな言葉を口にするのか。

「大石、悪い冗談はやめるのですよ」
 私は大石を睨みつけた。しかし彼は怯む事無く口にする。
「いえ、残念ながら冗談ではありません。これ以上ここで話すのもあれです。車の中で話しませんか?」
 大石が、校門の方に止めてある車を指差した。
 確かに、大石の言葉はどうあれここで話していて羽入の耳に入ったら大変だ。
 私は大石の後に着いて行くように、車へと向かった。



 



 § § §



 この時梨花は気付いていなかった。

 羽入が終始、二人の会話を聞いてきたことを。

 そのまま、学校から逃げ出すように、駆けて行ったことを―――――――――。