第１１話

第１１話「二人のオヤシロ様」

　そこは、俺が閉じ込められていた場所とは、違っていた。
　喩えるならば、俺が先刻(さっき)までいた場所があまり設備の整っていない古臭く狭い部屋ならば、ここはまるで、最新設備の整った超有名病院と言っても言い過ぎでは無いほどだった。
　その部屋の中心、白いベッドの上に、ひかりが眠っている。
　ひかりは死んだように動かない。点滴が動いている。本当に死んでいるわけではなさそうだ。
「答えろ。どうしてひかりにあんな事をする？」
　鷹野は俺を見下ろすと、カツカツと音を立てながらひかりの方へと向かう。
　目の前に立ち、ひかりの頬に指を這わせる鷹野。
「良いわ、教えてあげましょう。理由は一つ。彼女が、オヤシロ様のもう一人の生まれ変わりだからよ」
「――――――オヤシロ様？」
　確か、村の守り神だってことを、魅音かレナに聞いた事がある。
「そうね、オヤシロ様の説明の前に、雛見沢村からしましょうか。
　その昔、雛見沢村は鬼ヶ淵村と呼ばれていたわ。村の人間は外界との接触を嫌い、閉鎖的な、排他的な生活を送っていた」
　鷹野が、ひかりの足元へと移動する。
「彼らは、仙人として敬われると同時に、鬼として恐れられた。彼らは鬼、　･･････人喰い鬼だったからよ」
　足音を立てながら、鷹野がひかりが寝ているベッドの周りを一周する。
「鬼？」
「ええ。鬼達は、時に狩をし、人間を襲った。それを鬼隠し。鬼達はさらった人間を、食した。それが綿流し」
　一息。
「でもね、鬼達は無差別に人を襲ったわけじゃないの。村の守り神の神託を受けた時だけだった。その守り神の存在は、鬼達も人間達ですらも、絶対的だった」
　鷹野は口元を歪め、笑みを作る。その笑みは、見ている浩二にとっては不愉快でしかない。
「それがオヤシロ様。我々の存在を超越した、絶対的な神なのよ！」
　両手を大きく広げ、声高らかに宣言するかのように叫ぶ。
「後原くん。綿流しって、日ごろお世話になっているオヤシロ様を信仰するお祭りと思っていないかしら？」
「違うのか？」
「綿流し――――。さっき私が言ったわよね？　鬼達はさらった人間を、食したと。どうして布団を鍬で裂いて中の綿を取り除くのかしら？　それはね、布団は、生きている人間。綿は臓物、即ち腸だからよ。生きている人間の腹を鍬や鉈で切り裂き、中の臓物を取り出して鬼達が喰らう。こうすることで、食物連鎖に置ける優位を示していたのよ」

　浩二の頭上に雷が落ちた。
　それくらいの衝撃が、彼にはあったのだ。
　
「はは、何をばかな」
「本当よ。綿流しって言うのはね、楽しい楽しいお祭りでは無く、オヤシロ様を信仰するわけでもなく、ただ、自分達の存在が上であることを知らしめるための儀式」
　
　浩二の全身に、厭な汗が流れ込む。
　この女の言っていることは嘘だ。嘘だ。嘘だ。
　この、楽しくて、心地いい雛見沢村が、昔はそんな、惨劇に満ちていただなんて。

「私は古手神社の祭具殿に入った時、私の仮説を裏付ける物が沢山あったわ。数々の拷問器具。村人はそれを使い、オヤシロ様の怒りを鎮めるべく生贄を捧げていたのよ」
　鷹野は再び浩二の目の前にやってくると、彼の腕に縛られていたロープを切る。
　何のつもりだと見上げる浩二は、しかし鷹野の不気味な瞳の色に動けない。
　背筋に、悪寒が走った。

　§　§　§

「みんなの力を、私に貸してほしいの」
　開口一番。梨花は、梨花語ではなく、本来の自分の口調で部活メンバーにそう告げた。
　ここは雛見沢村分校。ただ一つしかない教室である。
　放課後。圭一、レナ、魅音、沙都子が集まり、いざ部活となった時、真面目な顔つきで梨花がそう告げたため、全員一瞬固まってしまった。
　魅音は、部活の思考から瞬時に違う思考へと切り替える。それは他の部活メンバーも同じだった。
「梨花ちゃん、一体どうしたんだ？」
　圭一が、普段のふざけた印象の無い、まっすぐな顔と目で梨花を見る。
「羽入、あなたから説明しなさい」
　梨花は一歩後ろに下がると、羽入に話を促した。
　羽入は、静かに頷くと梨花と逆で一歩前に進み、口を開く。
「皆に、お願いがあるのです。浩二とひかりを捜す手伝いをしてほしいのです！」
「浩二と、ひかりを？」魅音が訊く。
「はいなのです。あの二人は、きっと生きているのです。だけど、僕と梨花だけではどうにもならないのです。だから、皆の力を貸してほしいのです！」

　―――羽入は、学校に来る前に梨花から頼まれていた。否、命令と言っていいかも知れない。
　皆に相談する。そしてそれは、あなたがやりなさいと。
　
「そう言うと思ってたよ」
　魅音は不適に笑うとそう言った。梨花と羽入は二人して首を傾げる。
「実はね、もう魅ぃちゃん動いていたんだよ」
「ああ。園崎家の力で極秘にな。全く、魅音も素早いぜ！」
「流石は、園崎家の次期頭首ですわね！」

　梨花と羽入は、ただただ驚いていた。
　そして、改めて思い知った。ああ、これが私の仲間なんだと。

「それで、場所は解っているのね？」
「うん。葛西が調べてくれたからね。あの二人は･･････興宮病院に捕えられている。残念ながら閉じ込められている詳しい部屋の場所までは解らなかったそうだけどね」
「そこまで解っているなら話は早い！　早速救出しに行こうぜ！！」
　勢い勇んで教室から駆けて行こうとする圭一を、沙都子が足を引っ掛けて止めた･･･元い、転ばせた。
「いってぇー！！　何しやがるさとこぉーーーー！！！」
「落ち着きなさいませ圭一さん！　あなたのその熱くなる所は、長所であり逆に短所ですのよ！」
「う･･････」
「一人で突っ走っても何にもなりませんわ。私達が協力してこそ、力を発揮するのでございますわ」
「沙都子･･････。へへ、そうだよな。悪ぃ、ちょっと熱くなり過ぎちまってたぜ。俺はどうも熱くなりすぎるところがある。だけど、皆がそんな俺の熱い炎を丁度良い温度に調整してくれるんだ。助かるぜ」
「逆に私達は、圭一くんから炎を分けてもらっているんだよ、だよ♪」
「そう、互いが互いをフォローし合い、バランス良く組み合わさっている。私達は個として最強！　集まれば究極無敵の部活メンバー！！」
「さあ、梨花ちゃん。羽入ちゃん」
　レナが、手を伸ばす。
「皆で考えよう！　浩二くんとひかりちゃんを助け出す、最高で素敵な方法を！！」
「ええ、そうね！」
「はいなのです♪」
　梨花と羽入が同時に手を伸ばす。それを掴むレナ、魅音、圭一、沙都子。
　
　―――羽入は、もう迷わない。悩まない。絶望しない。達観しない。
　きっと奇跡は起こる。いや、絶対に、起こさせる！！

「浩二＆ひかり、救出作戦開始！！」

「「おおおおーーーーーーーーーーーーーー！！！！！」」

　§　§　§

「オヤシロ様のことは解った。だが、それとひかりと何の関係がある？　ひかりがオヤシロ様のもう一人の生まれ変わりって、どう言う意味だ」
「言葉どおりの意味･･･と言っても解らないわよね。浩二くん、貴方の妹の旧姓である『岡崎』はね、元は雛見沢村･･･いいえ、鬼ヶ淵村の出身なのよ」
「な――――に？」
　浩二の顔が、疑へと変わる。
「岡崎家は鬼ヶ淵村時代、オヤシロ様の神託を受けていたわ。いいえ、岡崎が率先して鬼達を支配させていた。そう、岡崎家こそが、本来のオヤシロ様と言っても過言では無いはずなのよ」
「過言では無いはず･･･と言うことは、それはあんたの妄想か」
「『岡崎』は鬼ヶ淵村時代、『鬼ヶ碕』だった。そう、現在の雛見沢村の御三家である、『園崎家』、『古手家』、『公由家』にならぶ筆頭だった。だけど、鬼ヶ碕家は明治４年に鬼ヶ淵村が雛見沢村へと名前が変わった時、村を去って東京へと渡った。そして鬼の名を捨て、『岡崎』へと改めたのよ」
「つまり、その娘であるひかりが、現在のオヤシロ様の生まれ変わりだと？　それなら梨花はどうなる。彼女も村人から、オヤシロ様の生まれ変わりだって言われているぞ」
「ええ、それは間違いないわ。古手家には、八代続いて第一子が女子ならば、八代目のその娘はオヤシロ様の生まれ変わりとされているわ」
　だけど、と鷹野は付け足す。
「私はこう考えた。人々の中にオヤシロ様がいたように、鬼達の中にも、オヤシロ様がいたのでは無いか、と」

　鷹野はつまり、こう解釈する。

　その昔、村に下りてきた鬼達を懲らしめ、人と鬼を共存させたオヤシロ様と、
　戒律を作り、村人に生贄を捧げさせ、また、鬼達の行う腸流しの儀式を黙認し、否、寧ろ協力していたとされるオヤシロ様が。
　古手梨花が、人と鬼を共存させた所謂善のオヤシロ様の生まれ変わりなら、後原ひかりは村人に生贄を捧げさせていた悪のオヤシロ様の生まれ変わりだと言うのだ。

「そこで私は考えたわ。もし彼女、後原ひかりに鬼の血が流れているのならば、それを目覚めさせたらどうなるのか。とても興味が湧くと思わない？　くすくすくす♪」
「そんなの、興味無い」
「あら残念」
「ひかりはひかりだ。オヤシロ様なんかじゃない。それも、人を生贄にさせるような、そんな奴じゃない！　ひかりは俺の妹だ。たった一人のかけがえの無い大切な妹なんだ！！」
　浩二は、力いっぱい叫んだ。そうだ、ひかりがなんであろうとそんなのは関係無い。
　例え悪い血が流れていたって、ひかりは「後原」の娘なんだ。何がオヤシロ様だ。そんなの、関係無い！！
「はは･･･あはは･･･あっ！ははははははは、ははははははははははははははははっ！♪」
　浩二の言葉に、鷹野は腹を抱えて笑い出す。さぞ愉快そうに、侮蔑を込めて。
「ええ、確かにあなたには関係無いわ。でも、私には関係あるの。古手梨花を殺し、オヤシロ様の崇りを再現させた後、後原ひかりをオヤシロ様へと目醒めさせる。そして私はそのオヤシロ様をも総べる、新世界の神となるのよ！！」
　鷹野は両手を広げ、高らかに叫ぶ。
　浩二の視界が、闇に染まる。
　ああ、こいつは･･････どうしようもない馬鹿だ、と。
　人は人だ。どう足掻いたって、天(かみ)には近づけない。
「あんた、バベルの塔って知ってるだろ？　今のあんたはそれと同じだ。あんたは、どんなに野望を口にしようと絶対に天には辿り着けない」
「それは昔の人が愚かだったからよ。だけど私は違う。私は、神になるべくして生まれた人間なんだから。くすくすくす」
「神様ってのはな、止むを得ない理由で崇りを起こしたり、悪い奴を罰するために崇りを起こしたりする。中には自身の養分のために仕方なく人に何かしら影響を与えている神もいる。貧乏神がその例だな。だが、決してあんたみたいに私利私欲で人々を傷つけたり、殺したりはしない。･･･あんた、神様じゃなくて悪魔の方が向いているぜ？」
　その言葉に、鷹野の口が歪む。
「あんたの野望は止める。絶対にな。ひかりをオヤシロ様になんかさせない。梨花も、殺させない」
「あなた一人に何が出来ると言うのかしら？」
　しかし鷹野はまだ余裕があるのか、歪めた口を笑みへと変えた。
「確かに俺一人じゃ何も出来ない。だけどな、部活メンバーが揃えば、きっとお前の企みは崩れ去る！！」
　浩二は、キッと鷹野と、周りの男――山狗達を睨み付ける。
「俺は圭一を、レナを、魅音を、沙都子を、梨花を、そして･･･羽入を信じている！　絶対に仲間を見捨てたりしない！　絶対に俺とひかりを助けに、ここにやってくるってなぁ！！！」

「黙りなさい」

　ダァンと、銃声が聴こえた。

　浩二の身体が、まるでビデオのスロー再生のように宙を待っている。
　弾ける鮮血。彼の肩に、鷹野が放った一発の銃弾が命中した。