第12話「絶望の未来」







 § § §




 魅音の立てた作戦は至ってシンプルだった。
 まずは、興宮病院の地下へと通じる隠し通路を見つけ出し、そこから侵入する。
 見張りがいるだろうが、相手が人を呼ぶ前に決めなければならない。
 次に、無事内部に侵入したとしても、闇雲に捜しては時間が掛かり、また見つかる可能性も大きくなる。
 だがそこは流石園崎家と言うべきか。病院の間取図を見事手に入れていた。
「流石魅音だぜ」
「や、それ監督が持ってたから貰ってきた」
 魅音は圭一の関心した言葉にあっけらかんと答えた。
「監督も、無事に浩二とひかりを助け出してくれることを願っている。特にひかりには時間が無いからね」
「うん、早く助けてあげて病院に連れて行ってあげないと、ひかりちゃんが・・・・・・」
 レナが不安な声を漏らす。
「ですが、いくら私達が最強と言えど、相手の数や位置の配置、力量が解らないことには、少し対応が難しいかも知れませんですわ」
「前衛は圭一、レナ、魅音、後方はボクと沙都子、そして羽入と言う構図になるのです」
「ああ、俺達の背中は、お前等に預けるぜ!」
 圭一がぐっと握り拳を作る。
 後方支援三人組は、深く頷く。
 沙都子は足元に置いてあった金属バットを持つと、圭一にずいっと差し出した。
 圭一は、てっきりそのバットは沙都子が使うと思っていたため、少々面を食らった。
「沙都子・・・それは?」
「私のにーにーが使っていたバットですわ。圭一さんに使って欲しいのです」
「にーにー?」
「北条悟史。沙都子の兄なのです」
「そんな大事な物・・・俺が使っていいのか、沙都子?」
「当然ですわ! いいえ、圭一さんだからこそ使って欲しいのですわ」
 沙都子は、微笑んだ。
 圭一は頷くと、がしっとバットを握る。
「ああ、解った! よし、お前も一緒だぜ悟史!! 俺に、否。俺達に力を貸してくれ!!」
「レナは後でお家から鉈とか持ってるね♪」
「おいおい、流石に殺人はまずいだろっ」
「大丈夫だよ、だよ。峰で叩くから♪」
 なんか、笑顔で言われると余計に恐ろしい・・・。そう思う圭一であった。
「で、作戦の続き。中に突入したらこの地図に従って最短ルートで地下へと向かう。沙都子、あんたにはそこに辿り着く前に罠を仕掛けて欲しい」
「なるほど、逃げる時に相手の意表をかいたり俺達が逃げ易くするためにか」
「そう言うこと♪」
「でもでも、逆に私達が罠に掛からないかな、かな?」
「その辺は大丈夫でしてよレナさん♪ 私が合図をしたらそこにトラップがある証拠ですから、私について走ってくださいませ」
「そっか、解った♪」


「梨花・・・僕は今、とってもとっても感動しているのです」
「羽入・・・?」
「皆、ひかりと浩二を助けようと必死なのです。でも僕は、もうひかりは死んだと決め付けて、諦めていたのです、そんな自分がとってもとっても・・・恥ずか しいのです」
 梨花は羽入にぽんと頭に手をやる。
「羽入。過去を悔やむなら、現在(いま)を進みなさい。過去は変えることは出来ない。だけど、自分自身の未来(いし)は変えることが出来るはずよ」
「梨花ぁ・・・・・・」
「だから頑張りましょう。今度こそ、羽入の手でひかりを助け出すのよ」
 梨花の言葉に、しかし羽入は「あうあう」と声を漏らす。
「でもでも・・・僕には皆のように闘う力も、何も無いのですよ。一緒に行っても足手まといになるだけ」
「羽入」
 梨花は、羽入の弱音を厳しい口調で遮った。
「あなたは、何も出来ないわけじゃないわ。ひかりを助け出せるのはあなたじゃないと駄目なんだから」

 羽入、あなたはこの世界で願ったはずよ。

 ”浩二とひかりを、助けたい”って。

 そして梨花は羽入に2本の注射器を手渡した。

「あなた自身の願いを叶えるのよ。いいわね、羽入」
「梨花、これは?」
「それは人間の神経を一時的に麻痺させる薬を投与させる注射器よ。針にも塗ってあるから刺しただけで効果が出るわ」
「梨花、ありがとなのです♪」

梨花と羽入以外、全員「どうして梨花ちゃんがそんな物持っているんだろう?」と少しの疑問と、大きな恐怖が襲った。

「と、兎に角! 時間が無いね。そろそろ行こう。皆、準備は良い?」
 全員一致で頷く。
 立ち上がると全員部屋から出て自転車に乗り、興宮病院へと向かった。

 因みに場所は魅音の実家、園崎家の大広間である。




 


 § § §







 身体は最早、ボロボロだった。
 肩に受けた銃痕が痛む。出血は止まらず、右手は紅く染まっている。
 更には、周りにいる「山狗」とか言う連中にぼこぼこに殴られる始末だ。
 身体は、ボロボロだ。
 けれど、心はまだ、生きている。
 傷一つ負わず、何言にも揺れ動かされる事も無く。
 俺は再び縛られ、隅っこに転がされていた。
 近くにいるのに、目の前にいるのに、ひかりを助け出せない・・・。
 だけど俺は信じている。
 仲間がきっと、来てくれることを!






 § § §




「なぁ、一つ訊きたいんだが?」
 浩二は横に寝転んだような姿勢のまま首を鷹野が座っている所に向け、そう言った。
「何かしら?」
 鷹野は足を組み直す。
「どうして、俺をさらった?」
「理由は簡単。一人が死に、一人が消えると言うオヤシロ様の崇りを再現しただけよ」
「それなら俺を殺せばよかったんじゃないか? 何故今俺を殺さない」
「あら、殺されたいのかしら? くすくすくす」
 浩二は「冗談」と呟くと、鷹野は残念そうに瞳を伏せた。
「狂ってるとしか言えないな。あんた、子供の頃友達いなかっただろ?」
「さあ、どうかしら? くすくすくす」



 § § §



 同時刻


 興宮病院の前の路地裏の角に、圭一、レナ、魅音、沙都子、梨花、羽入が集まっていた。
 それぞれ武器を手に持ち、出撃の出方を伺っている。

 状況はなんと言うか、病院の前には見張りも誰もいなかった。
 だったらこのまま突入すれば、と言いたいのだが、そこをすかさず梨花が看破する。
「見張りがいないと言う状況は、逆に相手に油断を与えてしまうのです。どこかに隠れてて、堂々と侵入した所に背後から襲ってくるのが基本なのですよ」
「だったらどうするのでございますの? このまま見ているだけなんてことは・・・」
「なっはっは、ご安心ください。病院の周りには誰もいませんよ」
 皆の背後に野太い声がした。
 全員驚いて一斉に後ろを振り返る。
 そこには、額の汗を拭う大石の姿があった。
「お・・・大石・・・どうしてここに?」
 梨花が驚きの色を混ぜた質問をする。
「いやね、ちょいとした気まぐれですよ。んっふっふっふ」

 実は、園崎屋敷で作戦を伝え終えた後、魅音がこっそりと大石に電話をしていた。
 園崎家の真実を話すと言う交換条件で、私達の友達を助けて欲しいと。
 誘拐事件と聞くと大石はすぐに調査を開始。興宮病院の周りに部下を向かわせ、調べさせていた。

「大石さん。病院の中も念のため調べましたが、やはり誰もいませんでした」
「ご苦労様です熊ちゃん。それじゃあ皆さん、参りましょうかな。んっふっふ」
 警察と言う強力な協力者を得て、部活メンバーは病院の中へと侵入した。



 魅音の持っている内部の地図によると地下への入り口は院長室の隣にあるらしい。
 因みに隠し部屋と言うわけではなく、重い患者などが入れられる部屋だ。
 重い患者を地下へ送る。まるで地獄に落とすかのようですなぁ、と大石は皮肉った。
 院長室は入り口をまっすぐ歩いてナースセンターを横切り、右の角を曲がって直進し、さらに左に行った所にあった。
 沙都子は途中、簡単な罠を仕掛けながら進む。
 地下への扉はなるほど、確かに院長室の横、正確には右隣にあった。
 地下は2階まであり、恐らくそのどちらかに、もしくはどちらか1階ずつに、別々に捕まっている可能性が高い。
 虱潰しに捜すのもあれだ。大石はまずは1階から捜すことを提案する。





 何故か、未だに誰とも遭遇しない。
 大石はそれが逆に気持ち悪く感じていた。




「大石さん、見事に誰とも会いませんね。もしかして1階は外れでしょうか?」
 圭一が、前を歩いていた大石に聞いた。
「いや〜まだ解りませんよ〜。案外、目的地に辿り着いた瞬間一斉に、と言うパターンもありますからねぇ〜」
 大石は振り返らずに答えた。
 ですが、最初から最後まで油断しないよう、と注意すると圭一は頷いた。

 



 頭上にはパイプのような物が剥き出しになって生えていた。







 § § §




「そう言えば後原くん、仲間が来てくれるって行ったけど、本当に来てくれるかしら?」
 鷹野は、今だ縛られてうつ伏せになっている浩二を見下ろしながら言う。
「来るさ絶対に。俺はあいつらを信じているからな!」
「言い方が悪かったわね。彼らは”ここまで来れるかしら?”」
「――――――何?」
「興宮病院は表向きには地下は2階まであるわ。だけど、裏の部屋としてその実、地下は5階まであるのよ。彼らはその真実に決して気付かないでしょうね。た とえ気づけたとしても、ここまではこれない。だって、彼らはここで死ぬのだから」
 鷹野は懐から一つのボタンのような物を取り出した。
「一酸化炭素中毒って知ってるかしら? 炭火、練炭、燃料用ガス、石油、湯沸かし器やストーブの不完全燃焼、車の排気ガスなどによって発生する、無色、無 味、無臭で強い毒性のあれよ。このボタンを押せば、地下を通っているパイプ管から一酸化炭素が排出されると言う寸法。そう、彼がいる地下1階から2階にか けてね。くすくすくす♪」

 ――――――なんて、ことだ。

 この女はどこまで、卑怯で卑劣で狡猾なんだろう。

 浩二は傷口や殴られた跡の痛みよりも、この女への憎悪の方が勝っていた。
 あのボタンをなんとかしないと。しかし縛られていて動けない。いや、動けないなんて諦めるな! 僅かでも良い、アイツに隙を作らせるんだ!! チャンス なんか待つな、自分でチャンスを作れ!!!

「芋虫ごっこも飽きたでしょう。そろそろ終わりにしましょう」
 鷹野が指を鳴らすと、一人の男が浩二の髪をぐいっと引っ張って持ち上げた。
「しっかり抑えておきなさい、小此木」
「はっ」
 ――――何を、する気だ?
「お」
 浩二が言いかける寸前、鷹野はナイフを取り出すと、おもむろにそれを浩二の喉に刺した。
「がっ」

 ぽた、ぽた、と血が地面に落ちる。
 痛い、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
 ひゅーひゅーと、まるで息が喉の外へと放出されているよう。


 鷹野はナイフを突き刺したまま、さらにそのナイフを下へと這わせた。
 肺の所で止めるとナイフを抜き、今度はさらに右腕を持ち上げて手の甲へナイフを突き刺した。

「――――ぐっ!?」

 喉よりも、衝撃的な痛みが来た。
 喉から肺に掛けてざっくりと切られているのに、血も大量に出ているのに、今だ彼は*なない。
 鷹野は手の甲に刺したナイフを抜く。血飛沫が舞う。
 その血飛沫を顔に浴びながらも、鷹野は笑っていた。
 次に彼女は、彼の左腕の手の甲を突き刺した。次に腹部を突き刺した。次に右足を、次に左足を。
 全身血だらけになりながらも、尚も彼は生きていた。

 ――――――ひ・・・か・・・り・・・・

 カレの目ハ、タだ一点。ベッドで横たわるイモうトだけをミていタ。
 口が、潰される。
 鼻が、潰される。
 左眼が、潰された。
 右眼が・・・・・・潰された。

 モウ何モミえなイ筈ナノニ、カレの眼ニは、イマだ、***ノスガタガウツッテイタ。


 最後の仕上げなのか。
 鷹野はナイフをカレの心の臓へと突き刺した。

 それで、終わり。

 生命器官を絶たれ、薄れ行く意識の中・・・・・・・・・後原浩二は絶命した。


 小此木は彼だった物を無造作に地面に落とした。
 鷹野はスイッチを、何の躊躇いも無く押す。

 部屋中に、彼女の笑い声が響き渡る。

「これで、狙いどおり。後原ひかりは偽装死体で死亡者扱いになる。例え偽装だとバレても、行方不明に変わりない。この世界に、後原ひかりはいないのよ。彼 女は死に、オヤシロ様へと昇華される。彼らには、これから起こる崇りの、最初の犠牲者になってもらうわ。くすくすくすくす♪」



 










 § § §







 がくがくと、まるで頭を思いっきりシェイクされた気分だ。
 あれ、どうして私はここにいるんだろう?
 ちょっと待って。ここは知っている。死んだら必ず来る場所・・・。

 ねぇ、羽入、どう言うこと? 一体どうなったのよ!?

「梨花・・・梨花ぁ・・・あうあうあう、あうあうあうあうあうあう!!」

 あうあうじゃ解らないわ。ちゃんと答えなさい。もしかして・・・私達?

「皆、2階まで来た途端急にぱたぱたっと倒れたのです。僕は何がなんだか解らなくなったのです。そして梨花も倒れて・・・」

 こうなったってわけ・・・どうしてよ・・・どうしてなのよ! 折角上手く行ってた! これから、これからだったのに!!

「ぁぅぁぅぁぅ」

 羽入、あんた途中で諦めてたんじゃないでしょうね?

「・・・・・・・・・・・・・・」
 
 ごめん、言い過ぎたわ。羽入、私どんな風に死んだのか覚えている?

「解らないのですよ。今回はいつもと違ったのです。沙都子が多少の頭痛を訴えた瞬間、ぱたりと倒れたのです。次に駆けつけたレナがぱたりと倒れたのです。 驚いた魅音がぱたりと倒れたのです。大石が」
  
 もういいわ。もう充分。
 毒か何かにやられたって所かしら・・・。それにしても、一体いつのまに。

「もしかしたら、地下全体に仕掛けられていたのかも知れないのです」

 そうか、そう言うこと。
 それで病院内には人が誰もいなかったのね。

 それで羽入、これからどうするの?

「どうするって、なんですか梨花?」

 もう一度あの世界に行くのか行かないのかってことよ。あの世界は羽入が願ったから行けた世界。ならもう一度願えば。
 今度こそ、惨劇を止められるかも知れないじゃない。

「無理なのですよ」

 どうして!?

「願いは、一回だけなのです。これからは、サイコロを振って6回連続で6が出るくらいの確率じゃないと、あの世界には行けないのですよ」

 だったらその確率に賭けようじゃない。そして今度は、あの二人を助けるだけじゃない。私達も、昭和58年6月を生き伸びるのよ。仲間と一緒に。

「今度こそ、今度こそ、梨花はそうやって何回期待して、何回裏切られたか覚えているですか?」

 言ったはずよ羽入。信じるからこそ、期待するからこそ、人はもっともっと頑張れると。

「その度に何度も何度も打ちのめされ、心をすり減らしてでもなのですか? そんなの僕は嫌なのです。もう僕は期待しても報われなくて、嫌な結果に終わるく らいなら、何も期待しない方が良いのです!!!」

 羽入・・・・・・。
 私は、これからも奇跡を信じるわ。いいえ、次こそは絶対に奇跡を起こして見せる。



 ――――羽入は、泣いていた。

 ぽろぽろ、ぽろぽろと、涙を流している。

 私も泣いていた。

 結局私達は、惨劇を回避出来なかったのだ。

 二人の兄妹を救うことが出来なかった。

 それ所か、仲間達すらも*なせてしまった。

 次の世界はどの世界だろうか。
 
 願わくば、惨劇の起こらない、平和な世界でありますように。

 例え惨劇の起こる世界だったとしてもどうか、私にそれを打ち破る奇跡を下さい。




 ―――――――それだけが、100年生きた魔女の、願いです。





















 § § §








 6月未明


 とあるレポートより。

 6月XX日、興宮の病院にて一酸化炭素が排出される事故が発生した。
 一酸化炭素は地下1階と地下2階に掛けて排出され、剥き出しになったパイプからなんらかの原因で漏れたと判断。
 地下には人がおり、死亡者は以下の7名。



 前原圭一
 園崎魅音
 竜宮レナ(礼奈?)
 北条沙都子
 古手梨花
 大石蔵人
 熊谷勝也


 いずれも、一酸化炭素中毒による中毒死と断定。


 また、入り口の方で惨殺死体が発見される。
 検死の結果、死体は後原浩二と断定。凶器は見つかってないが、鋭利な刃物による物と判断。喉から肺に掛けて切開され、腹を切られ、両足と両手の甲を貫か れ、両眼、鼻、口を潰され、心臓を突き刺されている。
 また、入江診療所の所長である入江は後原浩二の義理の妹である後原ひかりの死体は偽者と発表したが、依然として彼女は見つかっていない。



















ひぐらしのく頃に 解







羽堕し編

























TIPS「神同士の会話」



昭和61年 X月XX日


東京 ビルの屋上



「どうかしら? 生まれ変わった後に見る、新世界は」
「悪くないですね。とっても清々しい気分です」
「それは何より。さあ”オヤシロ様”、参りましょう」
「あれから・・・・・・3年ですか。仲間達が死んだと聞いた時は大変にショックを受けました。当然、貴女が殺したことも知っています」
「・・・・・・・・・・・」
「でも、それはもう良いのです。私は、貴女を憎み、そして感謝しているのですから」
「感謝ですか?」
「ええ。 私に、新しい世界の景色を見せてくれたことへの感謝に」
「くすくすくす。あなたはもう、”後原ひかり”でも、”鬼ヶ碕光”でもないわ。雛見沢村の守り神、オヤシロ様なのよ」
「鷹野・・・。村の守り神が、自身の村を滅ぼすと・・・・・・お思いですか?」
「だって、それが『オヤシロ様の崇り』なんですもの」
「そう、でしたね」
「あなたはオヤシロ様に、私は新世界の神となった。3年前に起った雛見沢大災害から、すべては始まったのよ」
「いいえ鷹野。私が雛見沢村に来た時から、全ては始まっていたのかも知れません」
「そうかも知れないわね。くすくすくす♪」