昼休みは部活メンバー同士、机をくっ付けてそれぞれの弁当を突付きあう。
 最初は照れ臭かったが魅音や圭一に遊ばれ、いつしか自然と他の人の弁当にも箸を伸ばせるようになっていた。
 聞けば圭一も最初は俺と同じだったらしい。おい。
「お! 浩二の伊達巻卵いただき!」
「む! それなら俺は圭一のウインナーを貰うぞ!!」
「このから揚げ美味しいね〜。梨花ちゃんが作ったのかな、かな♪」
「それは沙都子なのですよ。頑張ったのです、にぱ〜」
「そ、そろそろ新しいことにも挑戦しないといけませんものね!」
「はぅ〜〜! 浩二君のタコさんウインナーかぁいい〜♪ お持ち帰り〜〜!!!」
「いやー、レナの弁当が美味しいのは相変わらずとして、なかなかどうして浩ちゃんの弁当も美味しいじゃない!
 やっぱ作ってるのは母親?」
「いや、自分でだけど」
 俺はさらりと答えたが、何故か途端今までの騒がしさが嘘のように静まり返った。
 水を打ったような静けさってこう言うことを言うのかなぁ。
「え、何? なんで皆急に黙るの?」
「いや、だってさ・・・」
 言葉を濁す魅音。
「いや、まぁ確かに男が料理できるっておかしいかも知れないな・・・・・・」
 もぐもぐとミートボールを頬張りながら答える。
「ああいや、そうじゃないよ! あまりにも美味しく作れているから驚いただけで」
 魅音はそう言ってフォローする。

 俺が料理上手なのは詰まるところ簡単な話だ。
 父親が離婚したばかりの頃、俺はまだ小学5年生だった。
 仕事が忙しく、満足に家事も出来ない父に代わってただもくもくと炊事、洗濯、料理をこなしていったんだ。
 高校に上がる頃にはもうそんじょそこらの主婦顔負けになるほどの腕前になっていた。
 その数ヶ月後に父は今の母親と再婚し、ひかりと出会うわけだが。

 ―――そして放課後、いつものように部活の時間となったのだが・・・。

「え、今日の部活は休み?」
 俺は今日の部活は何をするのか楽しみで仕方無かったのだが、魅音からいきなり中止と言われて少しだけヘコんでしまった。
 勿論、ひかりが早く皆と馴染めるようにと言う目的もあるのだが。
「ごめんねー。おじさん、今日バイトあるから」
「ボクも奉納演舞の練習があるからどのみち部活は無理なのですよ」
 魅音だけかと思ったら、梨花ちゃんも用事があるようだ。
 そう言い残し、二人は教室から出て行ってしまった。
「しょうがない・・・。流石に4人でやるってのもあれだし、今日は帰るか」
「あ!それじゃレナのとっておきの場所に案内しようかな、かな♪」
 レナがぽんと両手を叩きながら、弾んだ声で言った。
「とっておきの場所って、あそこか? レナ」
 圭一がなんだがあきれたような声で言ってるが・・・
「とっておきの場所って、どこだ?」
 少なくとも俺の好奇心の蝋燭に火がついたみたいだ。
「それはついてからの御楽しみだよ〜。ひかりちゃんもどうかな、かな?」
「・・・・・・・・・いきます」
 ひかりはそれだけ言うとすぐに目線をレナから反らしてしまった。
 しかしレナは然程気にする素振りも無く、教室の扉へと向かう。
 俺たちはレナに着いて行くことにした。彼女の言う、とっておきの場所へと行くために。


 さて、蝋燭の火と言うものはふっと息を吹きかけるだけで消えてしまうが・・・。
 俺は今まさに、自分の好奇心を蝋燭と喩えたのが正しかったことを痛感した。
 レナに案内された「とっておきの場所」とは、見た目も何もかもゴミの山だった。
 彼女が言うには宝の山らしいが、とてもそうは見えない。
 彼女は時々ここでかぁいいものを見つけてはお持ち帰りするそうな。
「それでねそれでね、この前圭一君がケンタ君人形を掘り出してくれたんだよ、はぅ〜」
 レナはゴミ山をあちこち周りながら楽しそうに喋っている。
「かなり深く埋まってたからなぁ。結構大変だったんだぞ」
 二人は思い出話(といってもほんの数日前らしいが)に華を咲かせている。
 なんか、ここがゴミ山だと言うのを忘れているくらいに。
 いや、実際そうなのかも知れない。
 喩え他の人が見たらガラクタでも、本人には宝物に見えるものもある。
 それは決して恥ずべきことじゃないし、寧ろ誇ってもいいくらいだ。
 俺には「宝物」と呼べるものがないから、なんだかレナが羨ましく思えた。







 とても、いやな気分だ。
 元々私は他の人と仲良くしたり話したりするのが嫌い。
 だって、他人が他人にやさしくするのは偽善でしか無い。
 皆が皆、兄とは違う、違う。
 こんな汚らしいゴミ山のどこが宝の山だと言うのか。
 竜宮レナ・・・・・・他の人を巻き込むのは良いが、兄を巻き込むのはやめて欲しいものだ。
 
 どうして兄は、私をこうまでして彼等と関わらせようとするのだろう。
 否・・・・・・理由は解っている。兄は優しいから、優しすぎるから。
 私だって、兄の期待に応えたくない訳じゃない。

 昔・・・そう、私と兄が最初に会った時は私はほとんど懐かなかった。
 思い出すだけでも後悔してくる。


「ひかり、ひかり?」
 兄が私の名前を呼ぶ。血の繋がってない、だけど私にとっては大切な人が。
「ごめん、何?」
「いや、ぼーっとしてるからどうしたのかな〜と」
「ちょっとね」
 私は微笑すると取り敢えず誤魔化しておいた。
「ひかりちゃん大丈夫?」
 レナが心配してそうな顔を作りながら私の様子を伺う。
 余計なお世話だが、余計なお世話などと口走れば兄に迷惑が掛かるかも知れない。
「大丈夫です」
 私はなんとかそれだけ言うとすぐに視線にそらす。
 なかなか馴染めてない雰囲気を出していれば相手の気分を害することもない。転校生で人見知りと言う設定が幸いした。
 
 元々私は人見知りではない。
 周りが勝手にそう思っているだけ。だって、自分から人見知りなんて言った覚え無いし。
 人見知りと言う設定を使っているのも、こうする方が便利だからだ。
 もっとも、兄に対してだけは普通に接している。

「まだ雛見沢に慣れてないのかな、かな?」
 ウザい、お前たちに心配される筋合いは無い。
「大丈夫だって! すぐに俺達と仲良くなれるさ。な、ひかり!」
 圭一が私の肩に慣れ慣れしく手をおく。
 やめろ、なんだお前は。
 お前なんかが私を名前で呼んで良い権利など無い。
 私を名前で呼んで良いのは家族だけだ。
 触るな。触るな。触るな。触るな。
「触らないで!!!!」

 ――――しまった。
 と、思った時にはもう遅かった。
 今からでも誤魔化せばなんとかなるとか考えたが、正直、私はもう限界だ。

「結構ですから。もう私に関わらないで下さい・・・」
 3人が呆然としている脇を突っ切って私はゴミ山を後にした。
 ごめんね、お兄ちゃん。
 だけど、もう我慢の限界。これ以上耐えられない。
 
「ひかり、おい待てよ!!」
「あっ」
 兄は私の手を掴むと強引に私を正面に向かせた。
 お兄ちゃん、意外に足速かったんだ。ちょっとびっくり。
「どうしたんだよ、一体」
 私には解る。これは偽善などではなく、本気で心配しているのだ。そして、少しだけ・・・ううん、多分物凄く怒ってる。
「別に・・・何も」
「何もって・・・・・・取り敢えず、圭一に謝れ」
 なんで? どうして私がこんな奴に謝らないといけないの?
「いや、俺は気にしてないからさ。と言うか俺ってどうもデリカシーないらしくてさ。俺の方に非があるのかも知れないし」
 そう、非があるのはあなたの方。
「圭一・・・しかしだな」
 お兄ちゃん、そんな奴庇う必要なんか無いのに。
「お兄ちゃん、話は家で聞くから」
 私は兄の手を解くと小走りに駆け出した。
「あ! おいひかり! ったくあいつは・・・どうしたってんだよ」




 



 少しだけ、昔の話をしよう。
 私は都会のとある町に生まれた。
 父と母は仲がよく、生活も順風満帆かと思われた。
 けど、幸せは永遠じゃなかった。
 父は多額の借金を背負わされていたのだ。
 当時小学生だった私はいきなり借金だの言われても私には関係無いと思っていた。
 しかしある日、私にも関係のある話が舞い降りてきた。
『ねえひかり、お父さんとお母さん、どっちと暮らしたい?』
 私はこの時「ああ、別れるんだ」と漠然に思ったものだ。
 そしてほぼ即答で「お母さん」と答えたっけ。
 私は別に父は嫌いではなかった。寧ろ、好きだったくらいだ。
 けど、この時ばかりは母についていって正解だった。

 私が中学に上がる頃、父と母は正式に離婚した。その数日後、父は自殺して帰らぬ人になった。
 父が残したのは多額の借金だけ。
 そう言えば、この頃からかも知れない。
 「家族」でも無い「他人」のことが、信じられなくなったのは。
 
 私は父の残した借金を返すために必死になって働いた。働くしかなかった。
 だって、これ以上お母さんを苦しめたく無いから。
 当時中学生だった私は高校生と偽ってバイトをした。昼は学校があるから夕方から夜に掛けて、夏休みはほぼ毎日。それにしても今思えばよく歳がばれなかっ たものだ。
 そんな、とても裕福とは言えない苦しい生活が2年半余り続いた頃、母が再婚すると言い出した。
 私は当然反対した。だって、また裏切るに決まっている。そんな他人と一緒になるなんてごめんだった。
 けど母は
『それでも私はあの人と一緒になりたいの。同じ境遇だからこそ、助け合いたいのよ』
『同じ境遇・・・?』
 
 母が言うにはその再婚したいと言う男の人も妻と離婚し、男手一つで息子を育ててきたと言うのだ。
 男は普通の会社に勤めるサラリーマンだが、収入はそこそこ良いらしい。
 そんな男と母がどうやって出会ったのか、私は訊いてみることにした。

 母とその男―名前は後原誠十朗と言うらしい。
 出会いは至って普通。母がうっかりハンカチを落としてしまい、それを拾ってくれたのが誠十朗さんだったのだ。
 その時私が「どうせお母さんに近づくために拾ったのよ」と言うと、母は少しだけ笑って
『そうね。でも、私はそれでも嬉しいの。優しさからの行動でも、裏があっての行動でも、それが人間だもの。私はね、裏表の無い人間より裏表のある人間の方 が好きよ・・・・・・』
 この時私はどうしても母の言葉は理解出来なかった。それは今でもだ。
『解らなくてもいいわ。いつかきっと、わかる日が来るから』
 そう言って微笑んだあと、母は続きを話してくれた。

 それから誠十朗さんと母は日に何度か会うようになったそうだ。
 最初はぎこちなかった二人も少しずつ打ち解けあい、そして互いに惹かれあったそうな。
 元々似ている境遇だった所為もあるのだろうが。
 二人はいつしか愛し合うようになり、プロポーズはなんと、母の方からしたそうなのだ。
 いや、これには流石の私も驚いた。だって、てっきり男の方からしたと思ってたから。
 
 で、私は結局母の願いを断ることも出来ず、再婚を許してしまった。
 私ははっきり言って相手の顔も知らない。その息子の顔も知らない。
 私の義理の兄になるらしいが、血が繋がっていないのなら兄でもなんでもない。他人だ。
 他人に、仲良く接する必要の無いと思った私は他所他所しく接しようと決めたのだ。



 そして私は兄と出会う。
 昔は大嫌いだった、けど今は大好きな、後原浩二さんと。