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 大石さんの乗っていた車は少し離れた場所にあった。
 俺は助手席に乗り込むと早速本題に乗り出した。
「それで、富竹さんが無くなったってどう言うことですか?」
「昨日の晩頃の事ですかね・・・・・・」
 大石さんはぱらぱらと刑事手帳をめくりながら話す。
「雛見沢から興宮市へと続く道路の途中で、富竹さんの死体が発見されたんですがね。何者かに襲われた外傷がありました。ですが」
 一息。
「直接的な死因はご自身の爪で喉を掻き毟ったことにあります」
「喉を・・・・・・?」
「ええ。こう、ガリガリと」
 言って、大石さんは自分の爪で自分の喉を掻き毟るような仕草をする。
 俺はとても信じられなかった。いくら何者かに襲われて錯乱していたからって、自分の爪で喉を掻き毟るなんて、正気の沙汰じゃない。
「もしかして、何かの薬で?」
「その可能性も考えられたんですが、検死の結果、薬物の反応は認められませんでした」
 薬の所為ではない・・・。つまり富竹さんは自分の意志で喉を掻き毟ったと言うことなのか。
「とても・・・・・・信じられません」
「でしょうなぁ。んっふっふ。それと、富竹さんと一緒にいた女性は現在行方不明です」
 鷹野さんが・・・・・・行方不明。
「けど、そんなこと、どうして俺に?」
「後原さん。オヤシロ様の崇りって・・・ご存知ですか? ご存知ですよね」
 まさか。
「まさか大石さん。富竹さんが亡くなったのは崇りと関係あるからとか?」
 しかし大石さんはかぶりを振ると、驚くべき言葉を放った。
「いいえ、これはれっきとした殺人事件です。しかも、村ぐるみで行われている可能性が高いのです」
「な、なんですって!?」
「後原さん。連続怪死事件・・・俗に言うオヤシロ様の崇りですがね、共通点があることは・・・?」
「えっと・・・」
「1年目はダム工事現場の監督。2年目はダム賛成派。3年目にしてはダム闘争に消極的で、4年目にしてはダム賛成派の家族と言うだけです」
 大石さんが言うにつれて、俺もなんとなく気付いた。
 そう、全て・・・
「全て・・・・・・ダム工事の関係者、または賛成派・・・。けど、最後はただその家族と言うだけじゃないですか」
「そうなんです。年々殺される理由が希薄になっている。富竹さんが殺された理由も『余所者だから』という理由でも頷けるのですよ」
「まさか・・・本当にそんな理由で富竹さんが殺されたって言うんですか? 雛見沢村の住人に?」
「それを知るために、貴方に協力をお願いしたいのですよ」
「強力?」
「何か見たり聞いたりしたら、それを教えてくれるだけで良いのです」
「まるでスパイですね」
「んっふっふ。そうですねぇ。ですが、この件は他言無用でお願いしますよ。特に園崎魅音さんには絶対に気付かれないように」
 にやりと口元を歪めて笑うと、大石さんはありえない人物の名前を出した。
「ど、どうして魅音の名前が出るんですか――――?」
「園崎家はダム闘争のリーダーでしてね。村ぐるみで行われている事件ならば、園崎家が関わっている可能性が高いのです。しかも魅音さんは抵抗運動の時、い くつかの軽犯罪と公務執行妨害で補導暦があるのです」
「・・・・・・魅音にそんな過去が。 なるほど、誰がどこまで関わっているか解らない。だから内密にしろ、と」
「いや、物分りが良くて助かりますよ。んっふっふっふ」
 なるほど、そう言うことか。
 良い意味で言えば、友達に心配させたくないから今回のことは俺と大石さんだけの秘密にしておく。
 知られなければいつものように生活していける・・・・・・と。

 ―――――そんなはずはない。

「それで、ご協力お願いできますかな?」
 秘密にしたって、何れ秘密はばれる。否、もう既にバレている可能性だってある。
 大石さんの言葉に嘘は無いだろう。どこまで本当かはわからないが、魅音が軽い罪を起こしたことは紛れも無い事実。
 だけど、それがどうした?
 そんなの、俺がひかりにしたことに比べれば、ひかりが俺にしたことに比べれば、軽いものじゃないか。
「俺は・・・・・・」
 こそこそスパイみたいな真似して、それで真実を調べたって、意味が無い。
 魅音の罪? それが何だ。 村ぐるみの殺人? そんな証拠どこにある!
「お断りします」
 答えは決まっていた。
 強力を持ちかけられた瞬間から、決まっていたことだ。
「宜しいのですか? お友達を止めるには」
「あいつらがそんなことしてるなんて、信じない。もししているなら、止めるだけだ」
「この事件は村ぐるみで行われている可能性があるんですよ! だからこそ。よそから引っ越してきたあなたの協力が!!」
「村ぐるみで殺人? そんな証拠どこにあるんですか?」
「富竹さんの外傷。複数人に襲われたと思われる傷がついてます」
「それだけでは村人の仕業とは言い切れませんよ」
 もうこれ以上話すことは何もない。俺は車から外へ出る。
「俺は他にやるべきことがあるんです。探偵の真似事なんか、やってられませんよ」
 俺はそう言うと乱暴にドアを閉め、その場を後にした。
 閉める途中、悔しそうに顔を歪める大石さんの顔が、なんだかとても愉快だった。


 罪は、償わなければならない。
 魅音が起こした罪は、もう終わったことだ。
 償われてもいるだろう。

 けど、俺はどうなんだ?
 俺は昔、ひかりを犯してしまった。寸手のところで正気に戻りやめたものの、それは今でも俺の罪になっている。
 あいつが熱出した時、恐怖を忍んで看病したのも、そうすれば罪滅しになると思ったから。
 だけど、本当にそれで償ったことになるのか?
 否、そうじゃない。
 そんなのは、ただ逃げているだけだ。
 
 だって、肝心の一言を、言っていない。

 それに、俺はまた罪を重ねた。
 ひかりを殴り、ひかりとの誓いを破り、そして・・・・・・ひかりを壊してしまった。

「戻らないと・・・・・・」

 逃げても良い時だって、ある。
 だけど、今だけは・・・逃げてはいけないから。
 立ち向かおう。自分の罪と。
 そしてひかりも立ち向かわなければならない。己の罪と。

「オヤシロ様の崇り? 連続怪死事件? そんなの、関係ない!」
 そう、そんなの関係無い。
 そんなことよりも、俺はひかりのことで頭がいっぱいなんだから。




 俺は入江診療所に向かって走り出す。
 ひかりとの誓いを、果たすために。




 たった一人の、大切な家族を守るために。



 ―――――――ひぐらしが鳴いていた。
 まるで、俺の背中を押してくれるかのように、大合唱を奏でている。