12



 それから、3日が過ぎた。
 ひかりの記憶は未だに戻ってはいないが、腕の怪我の回復は順調だった。
 俺は毎日ひかりの見舞いに行っている。仲間達と一緒に。
「今日の部活は何にしようかねー!」
「あまり病院内で騒ぐのもあれだから・・・無難なところでオセロとか」
「くっくっく! 圭ちゃん、それはおじさんが裏返しの魅音と知っての提案かい?」
「そんな二つ名初めて聞いたぞ!!」
「圭一、病院内は静かにするですよ」
「そうですわ! ほら、ひかりさんも困っているじゃありませんの!」
「わ、私は大丈夫ですから。気にしないでください」
 ひかりは病院のベッドの上で体を半分だけ起こし、微笑みながら言う。
「でも、元気そうでよかったかな♪ はいこれ、お見舞いのお花だよ、だよ♪」
 レナがお見舞いの花束をひかりに差し出す。
「ありがとう」
 笑顔で受け取るひかりの姿を見て、俺は3日前のことを思い出していた。



 ―――――3日前。
 俺は大石さんの協力を断ると一目散にひかりのいる病院に戻った。
 この、自分の今の気持ちをぶつけるために。


「ひかり!」
 がらっと扉を開けると、皆とトランプしている妹の姿があった。
「・・・・・・・・・はい?」
 ばっちり数秒思考停止。
「え・・・な・・・ど・・・」
 まるで言語機能にバグでも発生したかのように、言葉が出て来ない。
「浩ちゃん、病院内では静かにね」
 魅音が冷静かつ的確なツッコミを。
「えっと・・・すまん。じゃなくて! どう言うことか説明プリーズ!」
「だから部活しているわけだよ。ひかりも私達部活メンバーの一員でしょ、違う?」
 魅音が「心外だなー」と言うような顔で俺を見ながら言った。
「違わない」
 俺は笑顔でそう言うと、魅音は満足した顔つきになった。
 ひかりは少し困ったような表情で俺を見ている。
「ん、どうしたひかり?」
「えと・・・その・・・多分知り合いかな、とは思うんですが・・・・・・その、どちら様ですか?」
「ああ、俺はお前の兄貴だよ」
 言った瞬間、ひかりの眼が大きく見開かれ、ぱちくりとした。
「兄・・・?」
「ああ、そうだよ」
「兄・・・・・・お兄ちゃん・・・・・・」
 ひかりはその響きを確かめるかのように、何度も何度も反芻させる。
「なんだか不思議。全然覚えてないのに・・・そう口にするだけで、なんだかとっても懐かしい感じがするの」
「ひかり、俺お前に言いたいことがあって来た」
 ひかりは静かな眼差しで俺を見据える。
「それは・・・記憶を失う前の私に?」
「いや、お前自身にだ。記憶を失う前とか後とか、そんなの関係無い。俺は、お前に謝りたい」
 ひかりは窓の方を向いて、
「――――どうして? 私、お兄ちゃんに何をされたのか全然覚えてないのに、謝られても解らないよ」
「それでも俺は謝りたいんだ。お前に」
「浩二、俺達席を外そうか?」
 圭一は気を利かせるつもりなのか、レナ達を率先させて出て行こうとする。
 それを俺は止めた。
「いや、居てくれ。君たちにも聞いて欲しいんだ。俺達の罪を・・・」

 そして俺は話すことにした。
 ひかりが俺にしたこと、俺がひかりにしたことを。
 この話を聞くことで、忘れてしまっているひかりには辛いかも知れないが。
 それでも俺は話すことで、聞かせることで、互いの罪を赦し合おうと。




 話を終えると、ひかりの眼には涙が溢れていた。
 ぽろぽろ、ぽろぽろと、まるで雨のように流れている。
「あれ、おかしいな・・・・・・あれ、あれ?」
 ぐしゃぐしゃと袖で涙を拭う。けど止まらない。せきを切ったかのように、涙は止め処なく溢れ出す。
「私、あ・・・あなたにそんな酷いことをしてきたの?」
「ああ」
「親の離婚が原因で・・・誰も信じられなくなって・・・あとから家族になったあなたを認めることが出来なくて・・・こ、殺そうとしてた・・・・・・なん て!」
「ひかり、俺は・・・そのことはもう赦したつもりでいた。けど、違ったんだ。俺はまだ、お前がしてきたことを赦したわけじゃなかった。そしてお前も、俺が したことを、赦してはいなかった」
「おにい・・・・・・ちゃん・・・・・・」
「ひかり、俺は妹であるお前を襲ってしまった。お前を見捨てないと言う誓いを破ってしまった。お前を殴ってしまった。全てチャラにしてくれなんていわな い。けど、どうか赦して欲しい。本当に、すまなかった!!!」
 ごん、と俺は額を地面に付けて謝った。
 まだ顔は上げない。ひかりが次の言葉を発するまで、上げないと決めたから。
「私・・・・・・記憶に無いけど・・・けど、うっすらと考えたことあるの。
 昔の私が人を信じようとしなかったのは、裏切られるからじゃない。信じても無駄だと思ってた訳でもない。
 きっと私は、失うのが怖かったんだと思う。
 失うのが怖いから、あまり人と関わらないようにしようと。けどね、それじゃダメなんだって解った。それって、ただ逃げてるだけなんだって。こうして記憶 を失ったのは新しい人生を歩むためじゃない。今までしてきた私に対する崇りなんだって。」
 ひかり、短く息を吸う。
「だからね、私、お兄ちゃんが私に何をしたって・・・私はお兄ちゃんを許すよ。だから、私がお兄ちゃんにしてきたことも、許して欲しい。ごめんなさ い・・・お兄ちゃん」
 ひかりはそう言うと、静かに頭を下げた。
「これからは私、逃げない。例えこの先記憶が戻ってまた人を信じられなくなったとしても、信じられるよう努力するから」
「ひかり・・・・・・」
 俺は頭を上げた。そしてひかりを力いっぱい抱きしめる。
「お、お兄ちゃん?」
「大丈夫だ、ひかり。例え記憶が戻ったって、今までの記憶が上書きされるわけじゃないだろ? だから、だから!」
 もう、言葉は続かなかった。
 俺達は、病院の中と言うのも忘れてただただ、大声で泣き合った。
 圭一、レナ、魅音、沙都子、梨花は静かにそんな俺達を見守っていた。










13





「そう言えば俺気になることがあるんだよ。今まで色々あって忘れてたけど」
「何、お兄ちゃん?」
「気になることを忘れてたんだから、ほんとはあまりたいしたこと無いんじゃない?」
 魅音がそう言って茶化す。
「ま、確かにそうかも知れないんだけどな、ひかり、記憶を失う前・・・綿流しより少し前のことなんだがな、変な着物を着た少女を見たって言ったんだよ」
「なんだなんだ、お化けか〜?」
「けけけ、圭一さん! どうしてそこで私の方を見るんですの!?」
 ずざざっと一気に5m後ろに下がる沙都子。
「着物を着た子? 私そんなこと言ってたの?」
「ああ。 どうも怖くてな。 ぶっちゃけ、オヤシロ様の崇りよりそっちの方が気になって気になって」
「そう言えば浩二くん、車の中で変なおじさんとお話してたよね?」
 レナが、疑いの眼差しで質問してくる。
 だけど俺は怯むことなくきっぱりと答えた。
「ああ、話してたぞ。なんでもオヤシロ様の崇り――連続怪死事件は村ぐるみで行われているとか、園崎家が主犯となっているとか」
 見る見る魅音の顔色が変わっていく。
「で、そのおじさん・・・刑事の大石って言うんだが、協力してくれって言って来てな」
「協力って、どんな?」
 魅音が厳しい顔つきで俺を睨んでくる。
「何か見たり聞いたりしたら、それを報告しろってさ。お友達を刺激しないよう内密に、とか」
「まさか浩二! お前OKしたのか!?」
「まさか。 当然断ったよ。俺はそんなことよりも、ひかりの方が大事だからさ」
 きっぱりとそう言うと、魅音も圭一も、いつもの穏やかな表情に戻った。
「それで良いのですよ、浩二」
 梨花ちゃんが何故か俺の頭をなでなでしてくる。
「梨花ちゃん?」
「それと、ひかりが見た着物を着た子のことを教えてあげるです。その前に、ひかり」
「はい?」
「今も、着物を着た子は見えるですか?」
「えっと・・・」
 ひかりは辺りを見回すと、笑顔で答えた。
「うん、見えるよ」
「にぱ〜☆」
 と笑うと、梨花ちゃんは部屋の隅まで俺を連れ、耳元で小声で囁いた。
「彼女の名前は羽入と言って、ボクにしか見えない存在なのです。どうしてひかりに見えるのかは解らないですが」
「羽入? 今もそこにいるのか」
「今、ひかりに向かって手を振ってるですよ」
「そうか。その羽入って子に俺の言葉は伝わっているのか?」
「ばっちり聞こえているはずです」
「よしそれなら・・・羽入。ひかりと仲良くしてやってくれ」
「羽入・・・・・・ええそう、わかったわ。  良いって言ってるですよ」
「ありがとう、羽入」
「おーーい、浩ちゃん、梨花〜? いつまで内緒話してるのさ。早く部活始めるよ〜?」
「おお、すまない! それで今日の部活はなんだ!?」
「オセロとトランプ、どっちにするか迷ったんだけどね〜。ここは無難にトランプのババ抜きで行こうと思ってさ!」
「ババ抜きか、上等だぜ! あの時のリベンジをしてやる!!」
「ひかりちゃん、ババ抜きのルールは覚えている?」
「そこまで忘れてはいませんよ、レナさん♪」
 魅音がそれぞれにカードを配っていく。それを見ながら、終始笑顔のひかり。
「お兄ちゃん、頑張ろうね!」
「ああ、ひかりもな。目指すは俺とひかりでワンツーフィニッシュだ!!!」





 ひかりの記憶は、入江先生の話に寄ると、徐々に回復に向かっているらしい。
 この分ではあと数日もすれば、全てを思い出すだろうと。
 全てを思い出した時、ひかりが何を思い、どうするのか。 それはまだ、誰にも解らない。

 だけど、俺は信じている。
 決して家族以外には心を開くことのなかったひかりが、今こうして仲間達と楽しく一緒に笑っている。
 記憶が戻ったとしても、今までのことが幻に終わるはずが無いから。




 願わくば、この幸せな暮らしが、いつまでも続きますように。











 
ひぐらしのく頃に

Seena presents Welcome to Hinamizawa..."WHEN THEY CRY..."



影曝し編