TIPS 二人の出会い
彼女と出会ったのは、俺が高校1年の頃だった。
親父が再婚する女性の娘で、名前は「ひかり」と言うらしい。
苗字は「岡崎」らしいが再婚して苗字変わるからあまり関係はなかった。
正直、俺は彼女に見惚れてしまった。
整った顔立ち、綺麗な唇、さらさらの髪。ほんと、完璧だった。
俺は正直、兄妹としての立場をこの一瞬だけ恨んだものだ。
けど、俺のそんな些細な一目ぼれは一瞬だった。
「―――――
死ネ」
父と母が居間にいって玄関に俺とひかりの二人だけになった時、いきなりそんなことを口走ったのだ。
突然の一言に俺は言葉が出なかった。
「いきなり、何を・・・・・・ツッ!」
言い出すんだと言い掛け、いきなり彼女は俺の足を思いっきり踏みつけ、そのまま居間へと行ってしまった。
何なんだ、一体・・・・・・。けど、それはまだ可愛いものだったのだ。
それから彼女は事ある毎に俺に悪戯を仕掛けていた。
「悪戯」。そう、あの時はまだ悪戯の範疇だった。けど、半年過ぎると悪戯はあからさまな殺意に変わっていた。
父と母が再婚して半年。俺は未だに新しい家族に馴染めないでいたのだ。
そしてそれは起こった。
学校でもひかりの行為は及んでいた。当然、人がいなくなるのを見計らって俺を殺しに来る。
その時には俺はもうひかりが俺にしてくること全てが「殺人」に見えてしまっていた。
食事の時も俺は毒を盛られてないかとびくびくしながら食べた。
寝る時も親父に頼んでひかりの部屋から離れていて鍵付きの部屋にしてもらった。
母さんと話すことも出来なかった。ひかりが常にジャマするからだ。
校舎内。俺は1階にある職員室に向かっていた。
俺のいる教室は3階だが、先生に頼まれごとをされたのでそこに行く途中だったのだ。
そんな中、俺は背後の気配に気付かなかったのだろう。
背中を押された感覚。
宙に浮く体。
そのまま重力の法則に則り、俺は真ッ逆さまに階段から転げ落ちた。
途中、不気味に嗤うひかりの表情が見えた。
階段から落ちたものの、運良く骨折もなく、しかし全治一週間と言う怪我だった。
どうして階段から落ちたのか先生から聞かれたが、俺は「足を踏み外した」としか答えるしかなかった。
ある時にはカッターナイフで切り付けられたこともあった。
ある時には靴の中に画鋲を仕込まれたこともあった。
またある時にはトイレに閉じ込められたこともあった。
またまたある時には再び階段から突き落とされたこともあった。
またまたまたある時には包丁を投げられたこともあった。
そんな時、あいつは決まってこう言うんだ。
「死ネ、死ンデシマエ」と。
俺はもう、怖くなった。誰にも相談出来なく、ただ一人震える毎日を過ごすしか無かった。
どうして彼女は俺を殺そうとするのか訳が解らなかった。
俺が何をしたのか、俺が悪いのか。色んなことがごちゃ混ぜになった。
そして、俺の心は真っ暗になった。
あの日、何をしたのか解らない。
覚えているのは着崩れたひかりの服と、ひかりの頬を伝う涙。
薄暗い部屋で、俺はひかりに何をしたのか。
けど、その薄れた記憶が俺の中の「罪」になった。
ひかりが高熱出して寝込んだとき看病したのも、その罪滅ぼしだったのかも知れない。
例え何度殺されかけようと、認めて貰えなくても、俺が彼女にした「罪」を滅ぼせるなら。
ひかりは俺の「罪」を問いただそうとはしなかった。
俺も、自分のしたことを問おうとも思わなかった。
それから俺達は和解し、認め合い、今に至る。
ひかりは人を信じることが出来なくなった。
けどそれは、ひかりの前の父親が直接的な原因とは言え、実は小さい頃かららしい。
ひかりは言う。「多分私には『信じる』ってことが、欠損してるんだと思う」と。
信じたいのに心の中では否定してしまう。そのため、小さい頃からあいつは一人ぼっちだった。
信じたいのに、信じていたいのにと言う思いは、いつしか「信じても無駄なんだ」に摩り替わってしまった。
それが、父親の借金と離婚。
ひかりは父親が大好きだった。いつも優しくて、いつでも家族のために頑張ってくれてるんだと信じたかった父親が大好きだったのだ。
だけど、借金により、父親の頑張りを信じたかった私って何だったんだろうと思うようになった。
そして心は負に染まり、誰も信じられなくなった。信じるだけ無駄と思うようになっていった。
ひかりは今、俺のことは信じてくれている。
否、心の隅では信じてないのかも知れない。
けど、ひかりが信じようと信じまいと俺はあいつを見捨てないと誓った。
ひかりがいつか、俺や家族以外の人を信じられるように。
誰も彼もが偽善で動いているわけじゃないと言うことを。