第2話「部活」  勝負と言うものは、いつでも運と実力が作用する。  私は家柄上、様々な人間の勝利と敗北を目にして来た。  運があっても実力が無ければ意味は無い。  逆に、実力はあっても運が無ければ伴わない。  敗北した者は皆、そのどちらかが欠けている者達だ。  幼い頃、父は私に 「いいか有栖。勝負と言うものは、過程と結果が大事なんだ。どんなにイカサマをしようと勝てば良い、なんて奴は遠慮なく叩き潰せ。 それが勝負と言うものだ」  ――まったく、幼くて純真無垢な私に良く言ったものだ。  だけど、歳を取るに連れて私はだんだんとその言葉の重みを知った。  なるほど確かに、イカサマをしてでも勝とうとする人は大勢いる。  それは、今私がやっている「勝負」でも同じだった。  ゲームジャンルはブラック・ジャック。  互いにカードを2枚配り、合計する数字が21か、それに一番近い人が勝ち、と言う・・・まぁシンプルに説明すればそんなルールだ。  おっと、一体何の話なのか解り難いかも知れないので、少し話を戻すとしよう。  それは昼休みのことだ。  魅音が私の前にやってきて、このようなことを言ったのが始まりだった。 「諸君! 会則に則り南瀬有栖を我が部の新たな部員と迎え入れたいがいかがであろうか!?」  それを聞いたレナちゃんが 「レナは異議なーし」  と、笑顔で言い、沙都子ちゃんが不敵な笑みを浮かべながら 「おーっほっほっほ! 返り討ちにして差し上げますわぁ!」  と、高笑い。梨花ちゃんはにぱ〜と笑って 「ボクも賛成しますです☆」  圭一君はというと、沙都子ちゃんと同じくらいに不敵な笑みを浮かべながら 「油断していると痛い目みるぜ! 覚悟しやがれー!!」  と、何やら物騒なことを言う。 「えーと、話が見えないんだけど、何の話?」 「つまり、皆でゲームをして遊ぶ部活なのですよ」  ――ああ、なるほど。  どうやらこのメンバーでいつもそのような遊びをやっているんだろうなぁ。  けれど、何やら皆の目の色が違う。そう、これは決して遊びだからと言う生半可な気持ちではやらないと言う「本気の目」! 「手加減無用、本気の勝負と言うことね?」 「お! アリス解ってるじゃん。 そう、遊びだからと言って適当なプレイは許されない!  やるからには本気じゃないとねぇ・・・あひゃひゃひゃ!」  魅音が・・・なんか凄く不気味な笑いをする。  けれど、言葉は否定しない。中途半端な気持ちで勝負をしたら、対戦相手に失礼だ。 「解ったわ。それで、勝負は何?」 「そうだねぇ〜、有栖は初心者だし・・・・・・ここはまず、ジジ抜きで行こうか!」 「へぇ〜、傷で見極めて私を虐める気なのね?」  私は魅音をじと目で睨み付ける。魅音は「う」と声を漏らす。他の皆はと言うと、「良く魅音の企みが解ったな!」 「凄い有栖ちゃん!」「なでなで」「中々やりますわねぇ!?」などと、色々賛辞を受けた。  だけど私は、正直魅音に軽い軽蔑を覚えた。  会則に恐らく、勝利するためにはあらゆる努力をすることが義務付けられている、などと言ったものもあるだろう。  しかしそれは逆に、勝つためにはどんな「卑怯な」手も使って良いと言うこと。  勿論、相手が素人だからって手加減して良い理由にはならない。けど、素人相手にイカサマしてでも勝つのはどうかと思う。 「えと・・・それじゃ新品のトランプでしようか」  魅音が慌てて傷のついたトランプを仕舞い、新しいのを取り出そうとする。  私はそれを止めるとこう提案した。 「カードはそれで良いわ。勝負は・・・そうね、ブラック・ジャックなんてどうかしら?」  ブラック・ジャックは私がもっとも得意とするゲームだ。  勿論、傷入りカードを使うことによって傷でカードを見極めている部活メンバーにとっても、ハンデとなるだろう。 「そうだね、先ほどのお詫びも兼ねてアリスの意思を尊重するよ!」  魅音はそう言って私のアイディアを受理してくれた。私は彼女を軽蔑した、と言うのを前言撤回しなければならないみたいね。  そして話は再び戻ります。  それぞれ手札を2枚持ち、ゲームが始まった。  先行は私だ。私の手元のカードは2と8。KかQを引かない限りバーストはありえない。  私はヒットを宣言するとそっと山札に手を伸ばし、カードを取る。  ―――10。  これ以上引いても自殺するだけだろう。私はスタンドを宣言。次は魅音だ。  彼らには恐らく、上のカードが何であるか解っているだろう。  魅音はヒットを宣言。カードを引き、手札に加える。そしてスタンド。次はレナちゃんだ。  レナちゃんはそのままスタンドした。どうやら次を引いたらバーストするみたいだ。  次は圭一君。彼は何やらぶつぶつと言いながらヒットを宣言、カードを引く。  そして沙都子ちゃん。彼女はヒットを宣言、カードを引く。続けてもう一度ヒットを宣言、そしてスタンド。  最後は梨花ちゃん。けれど何も引かずにスタンドした。ふむ、どうやら次はかなり大きい数字みたいね。 「私の手札、皆は解るんだよね?」 「まぁね〜。言ってみようか? 2、8、10。合計20!」  ――おお、流石だ。 「けど、なんか詰まらないかな、かな」 「そうだなぁ・・・次がどのカードか解ってるからこう・・・盛り上がりに欠けると言うか」 「確かに。ブラック・ジャックの醍醐味はカードを引く時のドキドキ感ですものねぇ」 「それは全てのトランプゲームに通じると思うのですよ」  皆が口々に不満を述べる。  そう、カードゲームとはそう言うものだ。次に何が来るんだろう、相手はどんな手を使ってるんだろう、と言う緊張感がある。  だけど始めから相手の手の内が解っているんじゃ、勝っても盛り上がりに欠けてしまう。 「・・・・・・そうだね。おじさんが最初に提案したジジ抜きでも同じだね。傷で見分けて勝負しても、意味は無い。 いくら知らない振りして盛り上げようとしても、それは演技だ。 やはり盛り上がるからには騙し無しの本気の勝負で盛り上がらなくちゃならない!!」 「魅音・・・・・」 「まさか、転校生に教えられるなんてね。なんか目が醒めたよ! よし! 我々部員に大切なことを教えてもらった南瀬有栖を、 我が部に入部することを許可する!!」  別に、大切なことを教えたわけじゃない。  私がただ単に、イカサマをしてでも勝つと言う精神が気に入らなかっただけ。  それでも皆が迎え入れてくれるなら、それもいいかと思った。 「さて、それじゃ・・・まだ時間あるし違うゲームでもやる?」 「それなら新品のトランプでもう一度ブラック・ジャックなのですよ〜」  梨花ちゃんの提案に皆は異議は無く、再びブラック・ジャックで勝負と言うことになった。 「まずはおじさんから行くよぉ。くっくっく、スタンドするよ」  魅音のあの余裕の笑み、なんか気になるなぁ。 「次はレナだね、だね♪ えっと・・・・・・・・・スタンド!」  レナちゃんは引こうか引くまいか迷っている感じだったが、スタンドにした。多分16〜21の間だろう。 「私の番ね。えーっと・・・2枚ヒット。次スタンド」  うん、まずまずかな。 「よっしゃあ! 俺の番だな! 1枚ヒットするぜ。 よし、スタンドだ!」 「行きましてよー! ヒットしますわ! ん〜〜〜・・・・・・スタンドしますわ!」 「み〜、ボクはそのままスタンドなのです」  さて、ここで状況を整理してみましょう。  魅音の手札は2枚。  レナちゃんは2枚。  私は4枚。  圭一君は3枚。  沙都子ちゃんも3枚。  梨花ちゃんは2枚だ。  私の手持ちのカードはA(1)、3、10、7、合計21。  既に勝負は決まったようなものだ。  私は周りの様子を伺う。全員、顔は真剣だ。 「それじゃ、全員一斉にオープンと行こうか!!」 「おう!」「うん♪」「ええ」「らじゃーなのです」「負けないでございますわ!」  そして一斉に手札公開となる。  魅音=KとAの合計21。う、ブラック・ジャックだ。  レナちゃん=8とKの合計18。  私は先ほどにも述べたとおり、合計21。  圭一君は5、9、6の合計20。  沙都子ちゃんはJ、3、4の合計17。  梨花ちゃんは6、K、3の合計19。 「あああーーーーー!! まさか圭一さんに負けるなんてぇーーーーーー!?」 「はっはっはっは! 残念だったなぁ沙都子!! これが俺の実力だぁ!!」  何か凄く調子に乗っている男の子が約一名。 「まぁ圭ちゃんは一応2位だからねぇ。両方とも21である私とアリスは同着か・・・うーん、おじさん引き分けとか嫌いなんだよねぇ」 「それなら大丈夫よ。魅音はブラック・ジャックを出しているから、もし賭けだった場合、必然的に配当が倍になるから魅音の勝利よ」  それを聞いた魅音の顔が見る見る明るくなる。 「そっかそっか! よし、それじゃ順位は・・・1位が私、2位が有栖、3位は圭ちゃんで4位は梨花ちゃん。5位がレナで・・・ くっくっく、ビリは沙都子だねぇ♪」 「さあて沙都子。罰ゲーム、覚悟しやがれ!!」 「ううう・・・し、仕方ありませんわね! 魅音さん、罰ゲームはなんですの?」  ―――罰ゲーム?  一体なんだろう、罰ゲームって。私は訊こうと思ったが百聞は一見に如かずだ。 「そうだねぇ・・・・・・知恵先生の前でカレーの悪口を言う」 「!! そ、それは転校生歓迎の部活の罰ゲームにしては・・・難易度高すぎますわ!」  食べ物の悪口言うくらいでどうしてそんなに震えるのだろう?  まるでレベル1でいきなりラスボスに遭遇した勇者みたいに。 ・・・・・・ちょっと例えが解り難いかな。  と、レナがこそっと耳打ちしてきた。 (あのね・・・知恵先生、カレーが大好きなの)  ―――それが答えなのだろうか? 私は首を傾げるばかりだ。 (すぐにわかると思うよ)  そしてレナは顔を離す。すぐにわかるとはどう言うことだろうか。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・解りましたわ。行って来ますわ!」  なんかまるで今から果し合いに行くみたいな雰囲気と言うかオーラと言うか・・・まぁそんなのを纏いながら沙都子は教室を後にした。  ――――5分後。  校舎が震えるほどの怒声と破壊音が聴こえた。 「全く、酷い目に遭いましたわ!」 「なでなで」  それから放課後、私達は帰り道に着いていた。  私の家は「前原屋敷」なんて呼ばれている圭一君の家の近くにある。 「沙都子、お前一体どんなカレーの悪口を言ったんだ?」 「内緒ですわ。言ったらいつどこから知恵先生が飛び出してくるか解りませんもの」  沙都子ちゃんは恐怖心に満ちた口調で言う。 「レナちゃんが言った意味・・・ようやく解った」 「あははは、でしょ?♪」 「うん。そして、敗者に課せられる過酷な罰ゲームもね・・・・・・」  これでますます負けることは許されなくなった。罰ゲームの内容によっては、さっきよりもっと凄いのがあるかも知れないからだ。 「特に圭一君が勝者になった時は気をつけた方がいいかな、かな♪」 「そうだねぇ〜、圭ちゃんのことだからあんなことやこんなことを要求しそうだしねぇ〜」 「な!? ちょっとマテ、レナに魅音! おい、有栖もどうして後ろに下がる!?」  ―――――いや、何となく身の危険が。  なんて言おうと思ったが私は「さあ?」ととぼけてみせた。  圭一君は「なんだよそれー!」とぼやいている。あはは、なんだか面白い♪ 「有栖、今日は楽しかったですか?」  私の前を歩いていた梨花ちゃんが立ち止まり、くるりと一回転して私の方へと向きながらそう訊いた。  ―――今日は楽しかったですか?  自然と、梨花ちゃんの質問を反芻していた。  今日は本当に、どれもこれも初めての経験ばかりだった。  一日でこんなに沢山の友達が出来た。  それも、年齢も学年もバラバラなのに、まるでずっと昔から仲良しだった見たいに。  部活も楽しかった。  何気ない勝負が、こんなに熱くなるなんて思わなかったから。  だから一言で言えば・・・楽しかった。 「うん、楽しかったよ。とても―――。なんか、今日が終わるのが勿体無いくらい」 「何言ってるんだ? 楽しい日々はこれからも毎日続くんだぜ!」 「うん、圭一君の言う通りだよ。明日も、明後日も、明々後日も、楽しい時間はあるんだよ♪」 「そうそう、これからもっと楽しくなるんだから覚悟しときなよ!」 「あはは、うん。覚悟するよ♪」 「ボクも負けないのですよ、にぱ〜☆」 「次こそは絶対に圭一さんに吠え面かかせて差し上げますわ!」 「どーして俺なんだよ!!」  楽しい時間が、過ぎていく。  だけど、終わりじゃない。明日も楽しいことが待っている。それはきっと、明日も楽しいことが待っていると言う予約。  友達同士賑やかに下校する。こんなに楽しい思いをしたの、何年ぶりだろう?  ―――――あなたにその資格があるというの?  うるさい、だまれ。  別に過去のあの事を忘れたわけじゃない。だけど。  私はこの村で、新しい人生を歩むと決めたんだ。  ―――――仲間があなたのやったことを知ると、どう思うでしょうね?    ・・・・・・・・・きっと気にしないと思うわ。  あなたには関係無いんだから、引っ込んでてくれない? ”美緒”。  ―――――くすくす。解ったわ。それじゃ私は寝てるわね。  ええ、そうして頂戴。  そして私は意識を元に戻す。  梨花ちゃんと沙都子ちゃんは一緒に暮らしているらしく、途中の分かれ道でお別れとなった。  梨花ちゃんの家は古手神社と言う神社でそこにある防災倉庫の2階を寝床にしているらしい。  二人とも私と同じで両親が居らず、たった二人で生活しているらしい。  私は「偉いね」とつぶやきながら、レナちゃん、魅音、圭一君と一緒に歩き出した。 「そう言えば、沙都子ちゃん今梨花ちゃんの家で暮らしているんだよね?」 「え? ああうん、そうだよ。もう1年以上は一緒だね」 「それじゃ・・・・・・今沙都子ちゃんの暮らしていた本当の家は空家?」 「確かにそうだね。でも、沙都子ちゃんの家はもう梨花ちゃんの家だから」 「掃除とかしなくて大丈夫かな? またいつあの家に戻るか」 「それだけは絶対にないよ!!」  ―――レナちゃんが、急に怒鳴った。 「あ・・・その、ごめん。あはは、あれ? どうしてレナ怒鳴ったんだろ、だろ?」  どうやらレナちゃん自身、無意識のうちに怒鳴ってしまったらしい。  私も軽はずみなことを言ったかも知れないと、謝った。  どうやらあの家は沙都子ちゃんにとって、あまり良い思い出は無いのかも知れない。  私はもう一度謝ると、もう2度とこのような話題はしないようにしよう、と心に誓うのだった。  ――――TIPS――――  一人の男が女性に声を掛ける。女性はそれに気付くと男の方へと向かう。 「どうや調子は?」 「ぼちぼちってどこだねぇ。この町もそろそろやばい。どうする?」  男は少し悩むような仕草をし、言った。 「そうじゃのぉ・・・・・・まぁそれはそっちで考えといてくれや」 「しょうがないね。解ったよ。良い場所が見つかったらまた追って連絡するよ」  女性は呆れるような嗤うような顔をすると、男と一緒に歩き出す。  二人はそのまま近くにあったホテルへと入っていった。  ・  ・  ・  ・