第3話「お嬢様の恋愛妄想」





 それと話をするようになったのは、私が小学生の半分を進んだ頃だった。
 その頃の私は度重なる教育や習い事などで心身共に凹んでいたのだろう。
 ある日、ふと自分の声じゃない声がどこからか聴こえてきたのを覚えている。
 私は最初、きっと空耳だと思い、大して気には止めなかった。―――けれど。
 声はやはり、3日3晩続いた。
 気味が悪くなり、私は父と母に相談した。

 ・・・・・・・そして事故は起こった。

 病院に向かう途中、私と両親を乗せた車と前方のトラックとが正面衝突したのだ。
 父と母は即死。
 そして私は・・・・・・何故か奇跡的に軽症で済んだ。

"――――だいじょうぶ?"

 病院のベッドの上で、そんな声を聞いた。ああ、いつも聞いていた、けれど逃げていたあの声だ。
 私はもう逃げないことを誓うと、心の中に響いてくる声に、声をかけた。


「あなたは、だあれ?」


































 ――――蝉の鳴き声で目が覚めた。
 ひどく懐かしい夢を見た。私が小さい頃の、そして・・・・・・両親が亡くなったあの日の夢を。
 そしてその日から、私は「彼女」と知り合いになったんだっけ。
 
 私は眠っている「彼女」に小さく挨拶すると布団から起き、パジャマから制服に着替える。
 制服は前の学校で使っていたのをそのまま着用している。結構可愛いし気に入ってるんだ。
 そして髪留めリボンを両サイドで縛り、全身鏡の前で優雅にターン。うん、今日も綺麗だ。
 そのまま洗面所に行き顔を洗い、台所に行く。
 さて今日の朝ご飯は・・・・・・

 ―――私、今日は目玉焼きがいいなぁ。

「美緒、おはよう。あんた目玉焼きしか食べてないじゃない。たまには他のおかずも食べないと駄目よ」

 ―――だって、有栖の作った目玉焼きが一番美味しいんだもん。

「あのねぇ・・・。どうせ口に入れるのは私なんだけどなぁ」

 ―――解ったわ。

「あら、今日はやけに早く下がるのね? いつもならしつこくせがむ筈なのに」

 ―――昨日、ちょっと言い過ぎたしね。

「そんなの、気にしなくてもいいのに」
 私はそうつぶやきつつも冷蔵庫から卵を2個取り出し、油の敷いたフライパンの上に卵を割って黄身を落とす。

 ―――わーい! 有栖好きよ♪

「調子良いんだから」
 



 私は昨日の夜から保温していた御飯と冷蔵庫の中の余り物の沢庵、先ほど焼いた目玉焼きを食卓に並べ、頂きます。

 ―――ん〜〜〜やっぱり有栖の目玉焼きは最高よ〜〜〜!!

「私としては目玉焼き以外のレパートリーも増やしたいんだけどなぁ・・・別に料理苦手って訳じゃないし」
 皆さんはお嬢様は料理は出来ないなんてお思いではないか? いな断じて否!
 私だって、様々な英才教育を施されてきた。其の中には当然、料理に対するスキルもあるのである!
 料理は、将来を誓い合った殿方のために誠心誠意尽くす物。
 仕事に疲れて帰ってきた旦那様の気持ちを和らげる、香ばしい匂い。
 また明日も元気にがんばってね、とメッセージを込めた盛り付け。
 そして、愛情と言う名で味付けした料理達!
 お嬢様だからって生半可な気持ちは許されない! これからはお嬢様でも料理をするべきなのである!!
「―――って、圭一君なら言いそうかな」

 ―――あははは、言えてるわね。それで、有栖的にはどうなの?

「? どうって?」

 ―――だから圭一君のこと。気になるんでしょ?

「な――! なななな、なんでそうなるかな!?」

 ―――だって、貴女歳の近い男の子と話すの、初めてじゃない。

「う・・・確かにそれはそうだけど。けど、圭一君とはただの友達と言うか・・・別に好きとかそんなんじゃ・・・」
 私は指を絡ませながらしどろもどろ。ああもう、なんだってこんなに動揺しているのよ私!?
 落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け。
 美緒の冗談だ。あはは、そうようん。ほら有栖・・・ゆっくり深呼吸してお茶飲めばだいじょう

 ―――キスしちゃえば?

「ぶはっ!!!」

 ・・・ぶな訳ないじゃない!!

「い、いいいいいきなり何言いだすのよあなた!?」

 ―――ああ言う男は鈍そうだからね〜。がばっと押し倒してぶちゅっとやっちゃえば1ラウンド秒殺KOよ。

「駄目、駄目駄目駄目駄目駄目!! いきなりキスなんて・・・!!」
 私はもう、顔が茹でタコみたいに真っ赤になっているに違いない。ああ、私こう言うのにあまり免疫無いからなぁ。
 別に男女の恋愛について全く無知と言うわけではない。
 そりゃ私だって人を好きになりたいし、手を繋いだりデートしたりきき・・・キスしたり・・・その・・・

 ―――有栖〜それ以上妄想するとやばいことになるわよ〜?

「だ、大丈夫!!!!」
 私は卵焼きと御飯を一気に口に入れ、お茶を飲んで流し込む。その間僅か2秒。
「ご馳走様でした!!」
 ――ダン!と箸を置くと私は顔を真っ赤にしたまま、我が家を飛び出したのだった。