第4話「無限ループ」





 突然だが、幽霊と言うものを、あなたは信じる?

 当然、頭ごなしに信じないと言う人もいれば、信じると言う人、姿が見えたら信じると言う人とに分けられる。
 そもそも幽霊とはなんなのか。
 一般的にはお化けとも言われるが、それはそれで間違いでは無い。
 因みに幽霊と妖怪は違う。
 妖怪あれは、様々な怨念、無念が寄り集まって生まれた集合体であり、どんなに霊感の薄い人間にも視えるの である。
 江戸時代、様々な妖怪の伝奇が伝えられてきたのはこれを意味する。
 
 話が逸れたので戻すとしよう。
 幽霊とは、死者が成仏できないでこの世に現すという姿。けれど、考えても欲しい。
 良く幽霊は人の形をしていたり足が無いとか言われているが、どうして人の姿をしているのか。
 だって、肉体と魂は別にある。人が死を迎えた時、魂は肉体から切り離され、極楽浄土、もしくは地獄へと送られる。
 だけどもし、魂がそのどちらにもいけず、現世に留まったらどうなるか。
 本来、そう言った迷子になった魂が現れないよう、あの世へと運ぶのが死神の仕事だ。
 死神はその名前やイメージ上、なんでもかんでも人をばっさり斬ってあの世へと送ってしまうようなイメージがあるが、本当は無くてはならない神様だ。
 だけど、死神と言えども運べない魂もある。そう言った魂が現世に留まり、いずれ魂は生前生きていた身体を作り出す。
 だけどそれは我々霊感の無い人間に見えるはずは無い。  

 また、幽霊はその特性上5つに分類される。

 浮遊霊。
 自縛霊。
 悪霊。
 背後霊
 そして、守護霊。

 浮遊霊は死んでも成仏出来なかった魂がその辺りをふらふらしている霊である。
 或いはこの世に未練のある霊が成仏出来ず、現世をうろついているのと同じ。
 自縛霊は浮遊霊と似ているが違うところがある。それは、その生まれ育った土地、または死んだ場所から離れられないと言うこと。
 よほどその土地または場所に未練があるのか、決してそこから動けない。
 悪霊は説明するまでも無いだろう。この世に未練があり、さらに何らかの恨みを持った者が憎悪、妬み、怨念と言う負の感情を持ったまま*んだ時になる。
 背後霊は背後に取り憑いて人間の生気を吸ったりする。子泣き爺はそう言った背後霊達の怨念が寄り集まって生まれた集合体なのだ。
 では最後の守護霊はどうなのか。

 守護霊はその名が示す通り、人間を「守護」してくれる存在だ。本来祓われるべき、成仏すべき霊も、守護霊だけは祓われない。
 寧ろ、憑いてくれた方が安全と言うことなのだ。
 心霊写真とかで良く片足が無かったり、腕が無い写真があるが、それはいつか事故に遭いますよと言う警告。
 

 ――何故いきなりそんな話を?

「ん? あなたって結局のところ守護霊で良いのよね?」

 ――まぁ間違ってはいないわ。

「それじゃ質問。どうして私を護ってくれるの? 思い返せばあの事故の時も・・・あなたは私を助けてくれたのよね? 私だけ軽傷なんて、どんなに奇跡を信 じたとしてもありえないわ。それだけ悲惨な事故だったのだから」
 私は雛見沢分校へと登校途中、美緒と話していた。
 美緒は一体何者なのか。否、美緒と言う人物は私だけが見えていて、且つ精神会話可能と言うことは解る。
 だけど、どうして美緒の姿は私にだけ見えるのか、どうして私を護ってくれるのかが解らない。

 ――それは・・・うん、確かに私は有栖を護ると決めた。当然それは誰からの命令ではなく、私個人の意思。
   今はまだ、理由は言えないわ・・・。ごめん。

「ううん、いいわ。だけど一つだけ訊かせて」

 ――何かしら?

「いつまで・・・私を護ってくれるの?」

 ――そうね・・・・・・昭和58年6月23日まで。

「偉く細かいのね?」

 ――ええ、その日があなたの命日なのよ。幽霊ってね、時間の概念が全く無いの。次の日が来たらまた同じ朝。次の日も、そのまた次の日も。
 だから幽霊は人に取り憑く。無限ループから抜ける為に。

「つまり私は・・・昭和58年6月23日に死ぬ・・・。そして美緒は無限ループの概念へと再び戻り、えっと・・・」

 ――ようするにリセットされて、再び私と有栖が初めて出会ったあの日へと戻る。勿論、あなたは覚えていないけどね。

「けど、私がどこで、誰に殺されると言うの?」

 ―――それは・・・・・・ごめん、私も実は解らないの。

「解らない?」

 ―――ええ。確かにあなたと言う拠り代が*ねば私は再び無限ループの輪に入る。
 一日経てば今までの日付はリセットされ、再びあなたと出会った最初の日に戻るの。勿論、リセットと言っても私の場合はそれまでの経験、言葉、記憶などは 残る。一種のセーブデータね。
 だけど、あなたが殺された日のデータだけがどうしても残せない。

「なるほど・・・。だけどそうなるとあなたは、私と出会って私が*ぬまでの日々を、延々と繰り返しているって言うの?」

 ―――そうなるかな。


 美緒は苦笑気味に笑った。
 それはなんて、悲しいのだろう。
 もう既に死んでいる人間に同情するのもあれだが、私は美緒にも、”次の日”と言うのを経験して欲しい。
 私が死んだ後でも、次の日も、そのまた次の日も過ごせるように・・・。

「ねえ美緒?」

 ―――何、有栖。

「あなた、生前はどんな人間だったの?」

 と、私が訊いても美緒は「まぁそれはおいおい」と言って、結局いつものようにはぐらかすのだった。










 カラーン、カラーン

 授業終了のチャイムがなった。
 授業中はと言うと、知恵先生が小さい生徒に集中して勉強を教え、学年が上である圭一君はレナと魅音に勉強を教えていた。
 で、私はと言うと、梨花ちゃんと沙都子ちゃんに勉強を教える役目だ。まぁ正確には沙都子ちゃんにだけ教えているのだけど。

 そんなこんなで昼休み。部活メンバーは自分達の机をくっ付けて席に座り、それぞれお弁当箱を開く。
 
「わー、レナちゃんのお弁当、可愛いね〜」
「そ、そうかな・・・かな?」
 レナちゃんのお弁当はいかにも手作り弁当!と言った感じの盛り付けやおかずで、見た目だけでも充分満点をあげたいくらいだ。
 卵焼きの焦げ目は申し分ないしから揚げの色も中々。御握りもしっかりと三角握りでネタも豊富だ。
「魅音のは・・・流石園崎家って感じがするよなぁ。相変わらず美味そうだ。魅音って見た目に寄らず料理上手だし」
 圭一君・・・今の台詞はなんだかキン○マンの○ン肉ドライバーみたいだよ・・・。
 だけど確かに、魅音の弁当もレナちゃんのに負けず劣らず美味しそうだ。
「さて、有栖の弁当は・・・おお! これもなかなか美味そうじゃないか!!」
 圭一君は私の弁当を見て囃し立てる。それは他の皆も同じだった。
 やれ卵焼きが美味しそうだの、やれ御握りが綺麗だの、やれタコさんウィンナーがかぁいいだの、ハンバーグは小さいけれど美味しそうだの、色々だ。
 中でも好評だったのがカレー御握りだ。
「これ凄いね。どうやって作ったのかな、かな?」
「えっとね、カレーパウダーをご飯にかけ塩コショウで味を整え中にから揚げやソーセージなどを天むすの様に入れるの」
「へぇ〜勉強になるね♪」
「ちょいとちょいと、この卵焼き凄いよ! 色からして違うというか・・・匂いも良いし」

 あれ、なんかみんなして私の弁当食べてる?

「んぐんぐ・・・おお、レナの卵焼きもなかなかだぞ!」
 圭一君はレナちゃんの卵焼きに箸を伸ばし、堂々と口に運ぶ。
 レナちゃんはレナちゃんで沙都子ちゃんのお弁当に、沙都子ちゃんは魅音のお弁当に箸を伸ばしている。
 沙都子と梨花ちゃんのお弁当は恐らくお揃いで作ったのか、それともどちらかが一人が2つ分作ったのかは解らないが、小さい子が作ったような、一生懸命な 感じが見て取れた。
 私は野菜炒めに注目した。一見普通の地味な料理に見えるが、それがなんだか返ってそそる。
「有栖さん、食べたいのでしたら勝手に食べても宜しいのですわよ?」
「――え」
 私が沙都子ちゃんの野菜炒めを凝視していたのに気付いたのか、沙都子ちゃんは笑って自分のお弁当箱を私に向ける。
 いやしかし・・・他人の弁当に箸を伸ばすのは失礼ではないだろうか。
 皆はほいほいと人の弁当に箸を伸ばしているが(私の弁当にも)、私は村に来たばかりで・・・ああそう言えば皆して私のおかずを・・・。
「あっはっは! アリス、変に気を使うもんじゃないよ〜。まぁ圭ちゃんも最初はかなりドギマギしてたけどね〜」
 そう言って魅音は意地悪そうな顔つきで笑う。
 圭一君は何か言っているが、魅音は無視した。
「まぁ最初は慣れないかもしれないけどさ、変に遠慮するもんじゃないぜ。俺達もう仲間だしな」
 ・・・仲間?
「うんそうだよ。これからもっともっと楽しくなるんだから、有栖ちゃんも楽しもう! これも一種の部活なんだよ、だよ♪」
「そうでございますわ。寧ろ、変に気を使うとかえって失礼でしてよ」
「にぱ〜☆ 皆仲良しさんなのです。お弁当も皆で分け合って食べた方が美味しいのですよ〜」

 ―――私もみんなの意見に賛成ね。だって、色んな子のお弁当が楽しめて私も嬉しいし♪

(あんたねぇ・・・)
 私は心の中で溜息をついた。
 けれど、自然と厭な感じはしない。
 鬱陶しいとも思わない。
 ああ、そうなんだ。私はもう・・・・・・みんなの「仲間」の一員なんだ。

「うん、そうだね♪ それじゃ、沙都子ちゃんの野菜炒め、貰っていい?」
「その質問は愚問でしてよー! 遠慮せず、どんどん食べるがいいですわー!♪」
 私は沙都子ちゃんのお弁当箱から野菜炒めを箸で掴むと口へと運んだ。
 
 ―――やばいわ私。この味癖になりそう・・・・・。

「私もよ。今度沙都子ちゃんにこの野菜炒めの作り方、教えてもらうわ。沙都子ちゃん流の野菜炒め、美緒も食べたいでしょう?」

 ―――けど、この味は沙都子じゃないと出せないと思うのよね。あなたいつも言ってるじゃない。
 料理の味付けは最後は調味料ではなく、愛情だと。

「確かにそうね・・・。野菜炒めは確かになんでもない普通の料理。だけど、恐らく名のあるコックが世界の美食家を唸らせる野菜炒めを作ったとしても、沙都 子ちゃんの作った野菜炒めには絶対に敵わない」

 ―――それぐらいの味が、この野菜炒めにはある!

「その通り」




 そして私達は互いの弁当を突付き合いながらも、楽しく、何の気兼ねもなく騒いだ。
 食事中は静かに、なんて良く言ったものだ。
 皆でわいわいお喋りして騒ぎながら食べるからこそ、御飯も美味しくなる。

 お昼休みでの経験は、私が恐らく姫宮学園に通っていたら決して味わえなかっただろう。
 それほど貴重で素敵で、最高の経験だった。

 勿論今日で終わりなわけじゃない。明日も明後日も、こんな楽しい毎日は続くのだ。
 けど、私は6月23日に、死ぬ。
 ・・・・・・・・もしかしたら殺されるのかも知れない
 多分私は美緒の時間では何回も殺されるのだろう。
 美緒は頑張ったけど駄目で・・・だけど、彼女は決して諦める事無く、何度でも私を護りに来る。

 何度も、何度も、何度も、何度も、何度でも。

 それはなんて、疲れることだろう。
 何回もチャレンジして失敗続きなら、人はいつしか諦めて運命に身を任す。
 けれど美緒は違う。
 例え何回失敗しても、きっと成功すると信じて何度でも立ち向かう。

 美緒は私を護ると言った。それは私を助けると言うこと。
 


 私も、彼女に何か出来ることは・・・・・・無いのだろうか。











TIPS「美緒VS羽入」




「あなたは一体誰なのですか?」
 ――私?普通の守護霊。それだけよ。
「一体何が目的なのですか?」
 ――それは秘密よ。まぁ貴方が梨花とやっていることに似ているかな。
「有栖が、23日に殺される運命から逃れるためなのですか?」
 ――そう言うこと。
「運命からは逃れられないのですよ」
 ――それは全てを諦めた人が言う台詞ね。私はまだ、諦めてない。
「・・・・・・期待しない方がいいのですよ」
 ――あんたさ、何がしたいの?
「・・・え?」
 ――梨花を助けたいんじゃないの? だから何回も何回も、梨花を生き返らせている。
「僕は・・・ただ梨花と一緒にいられればそれで良いのです。その後のことなんか、関係無いのです」
 ――あんた、馬鹿でしょ?
「ぁぅぁぅ!?」
 ――生きるってどう言うことなのか良く考えて見なさい。
 生きると言うのは、今の時間だけを生きるんじゃない。未来へと続いていかないといけない。梨花がいくら昭和58年6月を生き延びられない運命だとして も、そこで終わって良い筈が無い。
 本当に梨花を苦しめているのは何度も惨劇を目の当たりにさせ、希望すら消そうとしているあなた自身よ。
「あうあう、違うのです、違うのです!」
 ――ただ一緒にいたいから、心をすり減らさせたく無いから期待するなと言う。どうせこの世界も駄目なんだから変に期待するな、運命なんて川の流れのよう にその流れに身を任すのですよ。なんてあの子に言ってるんでしょ?
「僕の気持ちが解らないから、そんなことを言うのです」
 ――そう言うあなたは、梨花の気持ちを考えたことがあるの?
「・・・・・・それは」
 ――あの子は自らに起きる惨劇から逃れたいと思っているはずよ。だけど結局駄目で、どうしても逃れられない辛さは良く解る。
 けどね、私だったらあの子にこう言う。きっと奇跡は起こる。ちょっとの違いでも期待しろ、それがきっと希望に繋がるからって。
 だから私は諦めない。少しでも可能性がある限り、私は期待し続ける。
「何百年と裏切られようとも、なのですか?」
 ――何百年? はっ、小さいわ。私の期待を打ち砕きたかったらその億倍は持って来なさいって言うのよ。
「ぁぅぁぅぁぅ。僕は美緒のように強くはなれないのですよ・・・」
 ――私は羽入のように弱くないわ。だって、私は役者、あんたは傍観者。いいえ、私は脚本家よ。この惨劇の舞台の脚本を作り変える。
 ――羽入、あんたにも協力してもらうわよ。神様と守護霊がタッグを組めば、これほど強力なことはない。
「美緒・・・・・・この世界も、駄目なのですよ」
 ――今度それ言ったら、引っ叩くから。
「ぁぅぁぅぁぅぁぅぁぅ」