楽しいことはいつまで続くのだろう
楽しいことなんて永遠に続かない
では楽しいことはいつまで続く?
それは突然やって来て壊される
楽しいことはいつまで続くのだろう
楽しいことなんて一瞬で崩れるのに
Frederica Bernkastel
第5話「逃れられない袋小路」
様子がおかしいと思ったのは、梨花ちゃんが遅刻してからだった。
いつもなら一緒に来る筈の沙都子ちゃんの姿が無い。
梨花ちゃんは先生に風邪と伝えたが、私はすぐにそれが嘘だということが解った。
梨花ちゃんは席に着き、ただ沈んだままだった。
仲間が何を聞いても答えてはくれない。
実はこれが1日目というわけではない。もう、2日も続いている。
魅音達は少し厳しい口調で梨花ちゃんに本当のことを話すよう促した。
梨花ちゃんは意を決すると、ようやくその重い口を開いたのだ。
「「鉄平が帰ってきたぁ!?」」
鉄平って誰? 私がそう聞くと、魅音はこう教えてくれた。
「北条鉄平」。
沙都子ちゃんの叔父であり、現在の沙都子ちゃんの唯一の親権者。
だけどとても凶暴で過去に何度も、沙都子ちゃんを虐待していたらしい。
「沙都子も、今でこそは明るく振る舞っているけど昔は酷かった。まるで・・・死んだ人間みたいに」
魅音はそれきり口を閉ざす。それほど思い出したく無い過去なのだろう。
私は実際に目にした訳じゃない。だけど、沙都子ちゃんの昔の姿が容易に想像出来た。
「そうだ、児童相談所に連絡と言う手は駄目なのか!?」
「駄目なのです。沙都子は昔、児童相談所に嘘のSOSの電話をしたことがあるのです。その為、沙都子のことには慎重になっているのですよ」
「何だよそれ!!」
梨花ちゃんの言葉に、ダン!と、圭一君は机に拳を叩き付けた。
「クソ、駄目で元々だ。兎に角電話してみよう! やる前から諦めてたら意味が無い!!」
圭一君はそのまま興奮した表情で教室を飛び出そうとする。
私はそれを片手でとめた。くいっと、彼のシャツの裾を引っ張りながら。
「なんだよ有栖! 邪魔するんじゃねぇ!!」
「落ち着いて圭一君。相談所に電話するのを止めるわけじゃない。けどまずは冷静さを取り戻すことが必要よ」
「アリスの言うとおりだよ圭ちゃん。暴走からは何も生まない。落ち着いて冷静になって、皆で良い案を考えようよ」
「だったら手前らには妙案が浮かぶって言うのかよ!!」
「そ、それは・・・・・・」
圭一の叫びに、魅音は口ごもる。
確かに、児童相談所に連絡したとして、保護してくれるとは限らない。
否、保護司が訪問したとしても叔父は虐待の事実を否定し、沙都子ちゃんも否定する。そのまま保護司は虐待の事実無しと決め付け、帰ってしまうだろう。
沙都子ちゃん自身が助けを求めるとは思えない。
だって嘘の電話を過去にしたくらいだ。その後ろめたさがあって本当のことは話さないだろうし。
「有栖の言ってることは間違いなのです」
「――え?」
梨花ちゃんが、まるで私の考えていることをお見通しかのように、否定した。
「沙都子は・・・相談所に嘘の連絡をしたから、助けてと言えないのではないのですよ」
「ど、どう言うこと・・・・・・?」
私の問いに、今まで傍観していたレナが口を開いた。
「沙都子ちゃんにはね、お兄さんがいたんだ。悟史君って言う」
「悟史・・・君」
「本当に仲が良い兄妹だったんだ。だけどある日突然悟史君はいなくなった。悟史君は沙都子ちゃんを叔母さんや叔父さんからの虐めから守ってあげてたの」
「沙都子は・・・・・・いつか悟史が帰ってくると信じて、いつかの悟史のように、耐えることが強さだと思っているのですよ」
・・・・それを聞いた時、私の頭の中で、何かが弾けた。
音で表すなら「ぷつん」だろうか。ああ、ブチ切れるってそう言うことを言うのね。
「何よ・・・それ」
私は沙都子ちゃんの取っている行動に怒りを覚えた。
悟史君のことは私は何も知らない。けど、これだけは理解出来る。
悟史君は、"我慢なんかしていない"。
耐えることが強さ? 馬鹿だ馬鹿だ、本当に馬鹿だ!
「ふざけるんじゃねぇよ・・・」
「あ、アリス?」
「その鉄平って奴、別にどうなっても構わないのよね?」
「え? そ、そりゃ・・・沙都子が助かるなら・・・って、アリス、あんたまさか!?」
「大丈夫よ。犯罪には走らないから。けど、キレた私は容赦ないわ。表向き且つ平和的な方法であの男を消すから」
私の言葉に、皆はただ首を傾げるだけだった。
私の武器は言わば「権力」である。
南瀬コーポレーションはその事業を様々な分野に広がっている。
園崎家がここ雛見沢村と興宮の役場を牛耳れる程度なら、
南瀬家は日本の全てと世界の半分を牛耳れるほどの権力を持つ。
政府にも顔が聞き、総理大臣よりも発言力がある、言わば影の実力者。
その南瀬コーポレーションの社長が私の祖父、南瀬重三郎なのだ。
因みに祖父は孫である私には干し柿の如く甘い。
私がちょっとお願いすれば、二つ返事でOKするくらいだ。
「と言うわけなんだけど・・・・出来る? 御爺様」
私はさっそく職員室の電話を借り、祖父に沙都子ちゃんの危機を伝えた。
『むむむ・・・それは大変じゃのう。それで、有栖はその男を沙都子ちゃんから引き剥がしたいと』
「ええ、そうよ。御爺様なら簡単でしょう?」
『無理じゃな』
「・・・・・・・・・ごめん、良く聞こえなかった。もう一度言って」
『無理だと言ったんじゃ。確かに儂は総理よりも権限をもっておる。じゃがな、雛見沢に関する問題だけは別なのじゃよ』
「どう言うこと・・・?」
『こればっかりは最愛の孫でも話せん。だから、その沙都子ちゃんの件も儂にはどうすることも出来んのじゃよ』
「そ・・・そんな」
受話器を落とす。嘘だと言って欲しかった。
祖父でもどうすることも出来ないなんて・・・信じられなかった。
私は受話器を置くと、職員室を後にする。
祖父にも関われない問題が、この雛見沢村にあると言うことなの?
教室に戻ると、皆が一斉に私の方を向いた。
あれだけ大口を叩いたんだ。きっとなんとかしてくれるって信じてくれてたのだろう。
私は俯いたまま、口を開けなかった。
その姿を見て、皆も理解したようだった。私はただ、「ごめん」とだけ謝った。
「有栖、お前言ったよな? 表向き且つ平和的な方法であの男を消すと」
圭一君が私の前にやってきて言った。確かに私はそう宣言した。けど、実行できなかった。
有言不実行とはこう言うことを言うのかな。
だけど圭一君は、私を責めようとしているわけではないようだった。
「その言葉を聞いて俺、目が覚めた。俺さ、そのまま叔父を殴り殺そうかって考えたんだよ。1500秒もあれば余裕だってな。けど、それは最善手じゃないん
だよな。そんなことをしても、沙都子は喜ばない」
「圭一君・・・」
「だから、表向き且つ平和的な他の方法で、沙都子を救い出そう。 それにさ、消すって結局平和的じゃないと思うぞ!」
ぽんと、圭一君は私の肩に手を置いた。なんだかその言葉に私は奮い起こされた。
「うん!」
私が頷くと、周りの皆にも段々と士気が戻ってきたようだ。
「やっぱり児童相談所に連絡しよう。何もしないで駄目なんて決め付けるのは早計だからね」
「うん! それが駄目でも次の手、また次の手を考えよう。 皆が結束すればきっと沙都子ちゃんを助ける良い案が浮かぶよ!」
―――こんなとき、何も出来ないのが悔しいわね。
「貴方が守るのは私のはずじゃない」
―――何言ってるのよ。沙都子も貴女も、いいえ、部活メンバーは全員、守るべき対象よ。
「美緒・・・・・・ありがとう」
―――それに沙都子の野菜炒め、食べたいしね♪
「結局それなのね・・・・・」
私達は沙都子ちゃんを助け出すために行動を開始した。
だけど、それは・・・決して逃れられない袋小路へと、道を踏み外すことになるのだ。
後ほど職員室で知恵先生が児童相談所に連絡をした。
けれど後日、虐待の事実はなしとして、児童相談所は様子見を決定するのだった。