第6話「戦う意思、抗う思い、打ち砕く力」





  



「有栖なんか当てに出来るかよ! 沙都子は今苦しんでいるんだろ! だったらあんな男ぶっ*しちまえばいいじゃねぇか!!」
 
 圭一はあらん限りの声で怒鳴りながら、あくまでも叔父殺しを強調していた。
 私はただ、そのやり取りを呆然と眺めている。
 叔父が帰ってきた世界が上手く行った例(ためし)は一度も無い。
 逃れられない袋小路のようなものだ。

 どうせ児童相談所に電話しても駄目だろう。
 様子見で終わる。

 ただ、今回のイレギュラーは南瀬有栖のことだ。
 羽入の話によると、どうやら彼女――正確にはそれに取り憑いている守護霊が私達のように惨劇に抗っているらしい。

「圭一君のしようとしていることは最善手じゃないよ! 兎に角今は他に出来る手を考えよう! 殺人なんて短絡的な方法は絶対に幸せになれない!!」
 レナが圭一を止めようと必死に弁論する。圭一は冷静さを取り戻しつつあるが、しかし一向に自分の考えを改めない。
「だったら他に良い案あるのかよ! 殺さないで解決する方法が!!」
「有栖ちゃんの言葉忘れたの!? 彼女は表向き且つ平和的な他の方法で沙都子ちゃんを救おうとしているんだよ! まだ沙都子ちゃんと出会って日も浅いの に、有栖ちゃんは必死に今なんとかしようとしてくれている! だったら私達もそれに応えないといけない! もし有栖ちゃんが駄目だったとしても、私達がい る! 殺人なんて考えないで平和的で誰もが幸せになる方法を考えようよ!! 殺人で助けたとして沙都子ちゃんは喜ぶの!?」
 レナの言葉に、圭一は口を閉ざし、俯いた。
 きっと、想像しているのだろう。もし自分が叔父を殺して沙都子を助けたとして、どうなるのか。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・沙都子・・・悲しむよな。叔父が死んだことじゃなくて、俺が・・・殺人なんて物に手を染めちまったこ とを。そしてそれが、自分の所為なんだってことに・・・・・・」
「うん。そして他の仲間達もきっと、圭一君を止められなかったことにきっと後悔すると思う」
「表向き且つ平和的な他の方法・・・か。あいつ、部活メンバーの新人のくせに、良い事言うぜ。サンキュなレナ。お陰で目が覚めたぜ!!」
「お礼なら有栖ちゃんに言おうよ」
「ああ、そうだな・・・」







  § § §





 雛見沢分校 教室

 沙都子ちゃんが叔父に連れ去られてもう3日が過ぎた。
 児童相談所に電話したものの、やはり結果は予想した通りだった。
 圭一達は色々な方法を考えようとしたが、結局沙都子ちゃんを救う良い案は浮かびそうになかった。
「なぁ・・・有栖」
「何? 圭一君」
「そのさ、お前の祖父の権力が凄い事は知ってる。魅音から聞いたからな。やっぱりそれでも・・・無理なのか?」
 圭一君の問いに、私は頷いた。
「うん・・・御爺様、雛見沢村の問題には手が出せないって・・・・・・何か圧力が掛かっているとしか思えない」
「くそ! どうしようも無いのかよ・・・・」
「ちょっと待って、アリス今なんて言った? 雛見沢のとこ」
 何かはっとした顔つきになった魅音が私にそう訊ねた。
 私は首を傾げつつも、今いった部分を反芻してみる。

「雛見沢村の問題には手が出せないって・・・・・・ってとこ?」
「そうそれ。あのさ、それって雛見沢全体を指して言っているわけ? それとも雛見沢村の村人でも村全体と関係無い問題なら大丈夫ってこと?」
「え? う・・・んと・・・・・・ちょっと聞いてくる!」
 私は教室から飛び出すと一目散に職員室へと向かった。
 先生に理由を話して電話を借り、ダイヤルを回す。

 数回のコールの末、御爺様の秘書の人が出た。すぐに代わって貰うことにする。

 暫くして、祖父の声が受話器から聴こえた。
「あ、おじいちゃ・・・じゃない、お爺様。私です、有栖です」
『おお有栖! なんじゃい、普通におじいちゃんでもええのに。寧ろ儂としてはそっちの方が大歓迎じゃぞい』
「考えときます・・・。だけど今回はお爺様を祖父としてではなく、南瀬コーポレーション総社長と見てお尋ねしたいのです」
『――――何かな』
「お爺様言いましたよね? 雛見沢村の問題だから、沙都子ちゃんを助けられないと」
『ああ、そうじゃ』
「その問題ってのは、村とは関係無く、沙都子ちゃん自身のみの問題だとしたら、どうなるんですか?」
『有栖、お主一体何が言いたいのじゃ』
「お爺様、もう一度お願いします。北条沙都子ちゃんを・・・・・・御爺様のお力で救ってください! これは雛見沢村の問題じゃない、沙都子ちゃん自身の問 題です! 村とは関係」
『無いと言い切れるのかのう』
「・・・・・・え?」
『これは儂の部下が調べたんじゃが・・・・・・昔雛見沢村をダムにする計画があってな』
「雛見沢が・・・ダムに?」
『ああ。それでじゃ、ダム反対派とダム賛成派がおったんじゃがな、そのダム賛成派の筆頭が北条家、つまり・・・沙都子ちゃんの両親じゃ』
「―――――な・・・・・・」
『まぁ勿論、沙都子ちゃんが悪いと言う訳ではない。じゃがな、園崎本家の頭首、お魎氏が率先して北条家を嫌ったんじゃ。それが村中に広まり、北条家と関 わってはいけないという戒律が生まれた』
「何よそれ・・・・・・そんなのおかしいわよ!!」
 私は声を荒げて怒鳴ってしまった。知恵先生に静かに、と言われ、ぺこりと頭を下げる。
『落ち着いたか、有栖』
「・・・・・・ええ、なんとか」
『それでじゃ。北条家の血縁者であるその子を救うことは、村全体に関わるということ。だから手が出せないのじゃよ』
「・・・・・・・・・でしたらお爺様、お願いがあります」
『なんじゃ?』
「"表"の権力の・・・・・・使用許可を」
『何を考えておる、有栖!! それを雛見沢で使ったら、お主は二度と、南瀬コーポレーションの社長にはなれんぞ! 儂の意思を告ぐのはお主だけなのじゃ!  考え直せ!!」

 "表"の権力。
 南瀬コーポレーションには、その特性上二つの権力を持つ。
 それが、"表"の権力と、"裏"の権力。

 表の権力は正政法で、言わば正しいことをして問題を解決する方法。
 裏の権力はその逆で、暗殺など、殺人などの方法によって問題を解決する。

 裏の方がリスクが大きいと思われ勝ちだが、実は表の方がリスクは遥かに大きいのだ。

 表の権力はその特性上、決して隠蔽は出来ない。
 裏の権力は"必ず殺人によって解決するべし"を旨としているため、表沙汰になることは無い。
 つまり、どんなことをやっても決して世間一般や警察にばれることは無い。

 本来どちらの権力も、コーポレーション総社長の承認が必要となる。それは次期総社長の私も同じだ。

「御爺様、南瀬コーポレーションより上の圧力が掛かっている、だから助けることは出来ないと言うことは解ります」
『じゃったら!?』
「ですが、これは私の友達の・・・仲間の問題なんです。権力とか圧力とか・・・そんなの関係ないんですよ」
『あ・・・有栖・・・』
「もしかしたら会社が潰されるかも知れない。けど、私は会社よりも、沙都子ちゃんの方が大事なんです!! まだそんなに長く遊んだわけじゃないけ ど・・・・・・。御爺様知ってます? 沙都子ちゃんの野菜炒めとっても美味しいんですよ」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
「だから・・・だから・・・・・・私、助けたい・・・助けたいんです! 私は雛見沢に来て日は浅いけど・・・でも、たった数日でかけがえの無い仲間が出来 ました。私は助けたいんです。仲間を・・・友達を!!」
 私は一度言葉を切り、息を吸い、再び続ける。
「だからお願い・・・おじいちゃん。私の願い・・・・・・聞いてください」

 それから、長い長い沈黙が訪れた。
 それは1分だったか、10分だったか・・・けどもしかしたら10秒満たないかもしれない。
 そんな、時間の感覚すら忘れるような沈黙だったのだ。
 やがて、受話器の向こうから重い、祖父の言葉が聞こえ出した。

『有栖よ・・・・・・訊ねておくぞ』
「はい」
『表の権力を使って沙都子ちゃんを助けることは、お主は南瀬コーポレーションの役職から追放されると言うこと。それは解るな?』
「覚悟の上です」
『そうか・・・・・・・・・では、儂の判断を言うぞ』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
『・・・・・・・・・・・・沙都子ちゃんを、助けよう』
「お、御爺様・・・・・・」
 私は・・・うっかり受話器を落としそうになった。
 だって、私は表の権力の使用許可が貰えればそれでよかったのだ。
 だけどおじいちゃんは、私が最初に頼んだことに対して、返事をしてくれた。
『圧力が怖くて人助けが出来るかい! 有栖、お主の言葉で目が覚めた。児童相談所には連絡したのか?』
「うん・・・けど様子見だって。なんでも昔、沙都子ちゃん相談所に嘘のSOSしたとかで慎重になってて」
『じゃったら儂が直接電話で言ってやるぞ。確か興宮じゃったな。 すぐに電話して保護してもらうよう、頼んでくる!』
「頼むんじゃなくて命令じゃないの? おじいちゃん」
『がっはっは! まぁそうとも言うわい!』
 自然と、私の声は弾んでいた。そしていつの間にか・・・総社長と次期総社長としての間柄ではなく、祖父と孫の間柄になっていた。
 だけど、きっとこれから南瀬コーポレーションは大変な時期を迎えることになるだろう。
「おじいちゃん、南瀬コーポレーションが潰れたとしても、私がなんとかするからね」
『何言っておる。儂はな、有栖がいてくれるだけで良いんじゃよ。どっち道長くない人生じゃしの』
「おじいちゃん・・・・・・ありがとう、本当にありがとう!」
『何、良いってことよ』




 それからおじいちゃんはすぐに動いてくれた。
 興宮の児童相談所に連絡。所長にすぐに北条沙都子を緊急保護するようお願いした。
 私は仲間達にそのことを連絡。もう教室中は大騒ぎになった。

「本当か! 本当に沙都子は助かるのか!!」
 ぐいっと圭一君が私に顔を近づけてくる。
「う・・・・・うん、南瀬コーポレーションの力、舐めないでよ♪ まぁおじいちゃんの説得には疲れたけど」
 私は赤くなりそうなのをなんとか堪えながら言った。
 うう・・・やっぱり私、圭一君のこと・・・・・・って、何考えているのよ南瀬有栖!!
「けどさ、アリスの会社は今後どうなるの?」
 魅音が不安そうにそう聞いてきた。
 魅音は一見心が強くて滅多なことでは打たれ難そうに見える。
 けど、実はその逆で部活メンバーの中では一番繊細で心優しいのだ。
「まだ解らないわ。けど、もし会社が潰れても・・・私は沙都子ちゃんが助かるならそれで良い」
「アリス・・・・・・」
「そんな顔しないでよ魅音。園崎家次期頭首が情けないなぁ♪」
 私はくしゃくしゃっと魅音の頭をなでた。年下が年上に頭をなでるのはちょっと変かも知れなかったが、なんとなくそうしたかったのだ。
「あう・・・・・・」
 魅音は真っ赤になって俯いた。う、結構可愛いじゃない。
「沙都子は・・・・・・学校に来れるですか?」
「うん、大丈夫だよ梨花ちゃん。きっとね」
「ねぇねえ、だったら今から相談所に行こうよ。沙都子ちゃん、もう保護されているかも」
 レナちゃんの言葉に皆は頷き、皆して児童相談所に行くことになった。





 児童相談所は、図書館の1階にあった。
 虐待などの問題は沙都子ちゃんだけに留まらず、色んな人が抱えている問題みたいだ。
 受付の人に呼ばれると、確かに北条沙都子ちゃんを緊急保護しましたと言う返事が返ってきた。
 なんでも県から派遣された所長が最初はグズっていたが、祖父がちょっと脅すとすぐに保護する事にしたという。
 しかも、電話での確認は取らず、自宅に押し入っての緊急保護だ。どうやらおじいちゃんの命令だったらしい。
 ・・・・・おじいちゃん、結構怒ると怖いからなあ・・・。
「皆さん・・・・・・ほほほ、余計なことしてくれましたわね」
 沙都子が、相談室から出てきた。
「何言ってるんだよ沙都子! 皆心配したんだよ!?」
「そうだよ。みんなね、沙都子ちゃんを助けようと必死だったんだよ!」
「そうなのです。沙都子、皆に感謝するのですよ」
「いや、皆にじゃない。有栖に感謝するんだな。有栖の力が無ければ、沙都子を助けられなかった」
「有栖さんが・・・・ほほほ、余計なことしなくても宜しいのですのに」
 私は、沙都子ちゃんの前に立つ。
 瞬間、パァァン! と室内に甲高い音が響いた。

 皆、固まっている。
 圭一も、レナちゃんも、魅音も、梨花ちゃんも、まるで・・・信じられないと言った目で。

 その音は・・・私の右手が、沙都子ちゃんの頬を叩いた音だった。

「有栖ちゃん、何を・・・!」
「待つんだレナ」
 レナちゃんが前に出ようとするが、圭一君がそれを止めた。
「沙都子ちゃん・・・・あなた、お兄さんがいたんだよね」
「・・・・・・にーに・・・」
「沙都子ちゃんが私達に助けを求めない理由・・・それは、昔必死になって自分を守ってくれたお兄さんみたいに、叔父の虐待から我慢しようとしたんだよね。 そうすることで、お兄さんがいつか帰ってくると信じてたんだよね―――?」
「・・・・・・・・・・・・・」
「沙都子ちゃん・・・・・・あなたは馬鹿よ。大馬鹿よ。私はその悟史君ってこの子のことなんか全然解らない。叔父がどれだけ恐ろしいのかも解らない。けど ね、これだけは解るよ。悟史君は我慢したんじゃない。耐えていたんじゃない。―――立ち向かっていたんだよ」
「・・・・立ち・・・向かった?」
 沙都子ちゃんの瞳に、若干の光が宿った。
「うん、立ち向かったんだよ。大切な妹を守るために。けど、沙都子ちゃんの行動は何? 必死に我慢して、いつか悟史君が来るのを待っているだけ。そんなの 強さとは言わない。我慢したって、何にもならない。何かが変わる訳無い。だからね、沙都子ちゃん・・・」
 私は、ぎゅっと沙都子ちゃんを抱き締める。
「我慢しなくて良いんだよ・・・・・・助けて欲しいときは、助けてって言ってくれて良いんだよ・・・・・・」
「有栖・・・・・・さん・・・・・・・・・・・うう、うわぁぁぁぁぁ〜〜〜〜ん!! うぇえぇぇぇぇええ〜〜〜〜ん!!」
 沙都子ちゃんの目から、大粒の涙が零れ、彼女は、私の胸の中で大声で泣いた。
 私はそんな沙都子ちゃんを、ずっとずっと、抱き締めていた。

「なんかあの二人、ほんとの姉妹みたいだね、だね♪」
「ああ、まぁな!」
「けど、本当によかったのです」
「うん! これは・・・アリスの勝ち取った勝利だねぇ!」
「み〜、沙都子を有栖にだけ独り占めにはしないのですよ〜」




 こうして、沙都子ちゃんの問題は解決に向かっていった。
 皆が皆して沙都子ちゃんに抱きついて熱い抱擁を交わす。まぁ、あまりに煩くしていたんで図書館から追い出されてしまったけれど。
 でも、この日は・・・・・・皆にとって忘れられない一日となったのだった。