第7話「現場監督バラバラ殺人事件」
沙都子ちゃんの事件から翌日。
今日は学校は休みなので、私は雛見沢の中を散歩することにした。
行く道行く道全てに村人から声を掛けられる。
もうすっかり名前と顔まで覚えられてしまっているようだ。
「まぁ、これも雛見沢の特徴なんだけどね」
と、私は独り言のようにつぶやく。
―――確かにそうね〜。まぁ、他所者の顔覚えるのが得意らしいし、ここの人達は。
そんな、私の独り言に返事をかえす声が聞こえる。
勿論、周りの人には聞こえない。"この声"が聞こえるのは私だけなのだ。
「私もそろそろ村人の顔と名前くらい覚えないといけないかな」
―――あはは、有栖は記憶力悪いからすぐに忘れそうね。
「失礼ね!!」
私は思わず美緒のいる方に向かって拳を上げて怒鳴った。
勿論、周りから見たら私が虚空に向かって握り拳を作りながらいきなり怒鳴り出した変な人に見られかねない。
・・・・・・誰にも見られてないわよね?
―――遅いわよ。さっきからカメラのファインダー覗いている男が一人いるわ。
「え?」
私は美緒が顎をしゃくるのでその方向に視線を向けた。
「ああ、ごめんよ。驚かすつもりは無かったんだ」
カメラを紐で首にぶら下げた、帽子を被った男がそこに立っていた。
「君があまりにも可愛かったから1枚、と思ったんだけど・・・急に叫び出して思わず固まってしまって・・・」
いやお恥ずかしいと男は頬をぽりぽりと掻いた。
どうもこの人、私をカメラに撮ろうとしてファインダー覗いた瞬間、私が大声あげたものだからびっくりしてしまったと言うわけだ。
「無断で女の子を撮ろうなんて、失礼ですよ」
「あはは、いやーごめんごめん。君があまりにも美しかったからねぇ」
美しいと言われるのはあまり悪い気はしないかなー。
寧ろどんどん言って欲しい。
「僕は富竹ジロウ。フリーのカメラマンさ」
「―――ジホウ?」
「違う違う! ジロウだよ、ジ・ロ・ウ。まぁこれはペンネームみたいな物だけどね」
相手が自己紹介したんだから、私も自己紹介しないと失礼だよね・・・うん。
「あ、私は南瀬有栖です。つい先週雛見沢に引っ越して来ました。宜しくお願いします」
斜め45度。礼の基本角度きっちりに私はお辞儀をする。
「ああ、宜しくね有栖ちゃん! えっと・・・・・・南瀬ってもしかしてあの?」
『あの』と言う連体が付くとなると、基本的には一つに限られる。
「はい、『あの』南瀬です」
「そうかそうか! しかし君みたいな子がどうして雛見沢に?」
「えっと・・・それは・・・」
富竹さんの質問に、私は口を濁す。
私がここに引っ越して来た理由はただ一つ。だけど、会って間も無い人に話すのは躊躇われた。
だから私は、なんとなくと言う答えでその場を誤魔化そうとしたのだが、ある意味事実なのをちょっと冗談でも言うみたいに軽い口調でこう言った。
「あはは、人を殺しちゃったから雛見沢に逃げてきた、なんちゃって♪」
勿論、私は人を殺していない。
だけど、私にとっては「殺した」も同意なのだ。
ああ、やっぱりもう昔ほど気にしてないとは言え、軽々しく言うんじゃなかったなぁ。
「ごめんなさい冗談なんです。すいません、初対面の人にこんな失礼な・・・」
「嫌な事件だったね」
「――――え?」
富竹さんの口が、孤を描いたような気がした。
「さっき君が言った人を殺したと言うのを聞いてついね。勿論君の言ってるのは冗談だろうなんだけど。昔ね・・・あったんだよここで」
「な、何がですか?」
「殺人事件が」
§ § §
家に帰った後も、私の気分が晴れることは無かった。
私はあれからずっと、富竹さんの言っていた言葉を繰り返していた。頭の中で。
「殺人事件かぁ・・・」
富竹さんはその単語をつぶやいた後は口を硬く閉ざししてしまった。女の子には刺激が強すぎるから、と言って教えてくれないのだ。
「ねぇ、美緒は知ってる? 殺人事件のこと」
しかし、美緒からの返事は無い。
どうやら羽入って子とどこかに遊びに行っているな。全く、私の守護霊なんだったらずっと側にいなさいよ。
恐らく美緒は知っているだろう。彼女は言った。私が昭和58年6月23日に死ぬと。
それを止めるために、何度も何度も同じ事を繰り返していると。
ならば、私は富竹さんに出会い、殺人事件のことを聞いた筈なのだ。そしてその後・・・恐らく他の誰かから詳細を聞くのだろう。
美緒が戻って来たら聞いてみよう。そう決意すると、私は夕飯の支度に取り組むのだった。
夕飯になってその匂いに釣られたのか、美緒が帰ってきた。
「あんたねー、私の守護霊なら側にいなさいよ。何か遭ったらどうするのよ」
―――大丈夫よー。家にいれば安全だし。それより今日のメニュー何?
「野菜炒めと牛肉サラダ、あと厚焼き卵とワカメ御飯よ」
―――今日はまた凝ってるわね〜。ほら有栖、早く早く♪
「はいはい」
私は箸を持って「いただきます」と挨拶をして野菜炒めに箸を伸ばす。
口に入れ、その匂いと味を美緒にも伝えてやる。
―――沙都子ちゃんの味には劣るけど、充分美味しいわ。
「手厳しい意見、どうもありがとう♪」
軽口を叩きながら私は牛肉サラダを箸で掴み、口へと運ぶ。
一口噛んだ途端、美緒の顔が綻び出す。
二口、三口と噛むと、にこにこの笑顔になった。
―――この牛肉サラダは最高ね! 牛肉のコクとキレ、そしてサラダのさっぱりさが見事にフュージョンしているわ!!
「ふふーん、結構自信作なんだから。これで微妙なんて言われたら、あんたを引っ叩いているところよ」
その日の夕食は、終始笑顔で続けられた。
・・・・正直私は、美緒に感謝している。彼女がいなかったら私は今も、一人で夕飯を食べていたことだろう。
ううん、学校から帰るといつも一人なんだ。
だけど美緒がいてくれる。ずっと側にいて、私を守ってくれる。
「ねえ美緒・・・・・・聞きたいことがあるんだけど」
私が夕食を終え、食器を洗いながら思い切って美緒にそう言った。
美緒は私が聞くべき内容を知っているだろう。
"殺人事件"のことを・・・・。
―――隠すよりは・・・先に教えた方が良いかも知れないわね。
「やっぱり美緒は知ってるんだね。殺人事件のこと」
―――知ってるわ。
私は、食器を洗っていた手を止める。
「教えて欲しいの。殺人事件って何のことなのか。もしかしてこの村で起こったこと?」
―――昔ね、この村・・・ダムに沈む計画が立てられていたのよ。
きゅっと、蛇口を捻って水を止めた。
「ダムに? この村がそんな・・・・・・信じられない」
―――今は色々あって無期凍結になっているけどね。えっと・・・その無期凍結になった日、つまり昭和54年にダム工事現場の監督のバラバラ死体が発見さ
れたのよ。
「バラバラ・・・・・・殺人」
なるほど、富竹さんが話さなかったのも頷けた。
普通の殺人ならまだしもバラバラ殺人なのだ。話すのも躊躇われるのも納得出来る。
―――犯人は6人の部下かな。現場監督に鉈やツルハシで滅多打ちにして体を6つに切り刻んで遺体の一つ一つをその犯人グループが持ち出して逃走したわ
け。
だけど、犯人のうち一人が良心の呵責に耐えられなくなって自首し、残りの4人も逮捕されたってわけ。
「え、4人? えっと自首した人も合わせると・・・・・・・あとの一人はどうなったの?」
―――それがね、持ち出した遺体の一部・・・右腕だけどね。それと一緒に行方不明らしいのよ。
「・・・・・・そう、なんだ」
ただ、それしか言葉が出なかった。
刺激が強いなんてだけじゃない。私は恐怖と言うものを感じていた。
バラバラ殺人。逃げた犯人。見つかっていない腕・・・。
だけどこれらは、これから始まる惨劇への幕開けのほんの一部にしか過ぎなかったのだ・・・・・・・・・・・・。