第8話「綿流し」
夢を見ている。
私がまだ、都会の学校に通っていた頃の夢だ。
学校の名前は「姫宮学園」。
有名会社やエリート企業の親を持つ女子生徒のみが通学を許されたエリート校。
私は1年にして生徒会書記、2年には既に生徒会長の役職すら予約されていた。
順風満帆・・・・・とはあまり言えないけど、それなりに平凡な学園生活。
だけど。
あれ、一体いつから調子が狂ったんだっけ?
夢は丁度・・・・・・あの子と友達になる所で途切れていた。
お決まりの授業開始のチャイムが鳴った。
圭一君はレナちゃんと魅音に、私は沙都子ちゃんと梨花ちゃんに勉強を教えている。
「ふと思ったんだけどさ・・・・・・」
私は数学の方程式が解けなくて頭を抱えている魅音の方を見ながら言う。
「ん――――――・・・・ん、何アリス?」
視線に気付いた魅音が表情はしかし悩んだままで私に向く。
「学年としては魅音の方が上だよね? それなのに圭一君が勉強教えているなんておかしいというか・・・珍しいと言うか」
「だっておじさん勉強苦手なんだもん!」
即答ですか。
「魅音、少しは理解しようとしろよ。お前が今悩んでいる問題、俺がこの前教えたぞ」
「だってだってー!」
ぶーぶーと文句を言い始める魅音。勉強が苦手と言うか嫌いなんじゃないだろうか。
「圭一君、ここの文法良く解らないんだけど・・・・・・」
どうやらレナは国語で苦戦しているようだ。圭一君は解り易い教え方でレナを解答に導いている。
「ありがとー圭一君! やっぱり圭一君の教え方上手だよねー」
「そんなことないぞ。俺だって勉強得意ってわけじゃないからな。俺なんかより、有栖の方が教え方上手だと思うぞ。お嬢様だし」
「え、私? 確かに勉強は苦手じゃないけど・・・・・・教えるのは苦手よ」
「そうかぁ? 絶対教え方も上手いと思うんだけどなぁ! 有栖の得意科目ってなんだ?」
「国語かな」
「ほう! 諺なんかも言えたりするか?」
「まぁそれなりにはね。けど、実際学校の勉強なんて詩を作るより田を守れってやつよ。数学なんて実生活では役に立たないんだから、もっと他のことを教えな
さいっての」
「確かにそうかもなぁ。生活の役に立つ計算なんて算数の足し算引き算掛け算割り算くらいのもんだしな」
「そうそう! 角度の計算や図形の計算なんて、その職業が必要な人だけ習えば良いのよ。方程式になるとそれが出来て何になるって言うのよ」
「有栖ちゃん・・・・・・もしかして数学苦手なのかな・・・かな?」
ぎくっ。
「何、有栖そうなのか?」
そんなわけないじゃない、なんて言うのは簡単だった。
だけど、下手な嘘や見栄を張ると今後何か拗れかねない。私の直感がそう告げていた。
「実は・・・少々」
「なぁんだ! だったらアリスも人のこと言えないじゃないかー! あっはっは」
仲間を見つけて嬉しいのか、魅音が私の方を見て笑った。
「だけど私は魅音のように逃げたりはしないわよ。引っ越す前は家庭教師の人から散々叩き込まれたし」
「へぇ〜家庭教師か。やっぱり厳しかったのか?」
「まぁそれなりにはね。けど、慣れていた所為か苦には感じなかったかな」
「有栖さん、圭一さん達とばかり喋っていないで教えてくださいませですわー!」
「みぃ〜。僕達は忘れられているのです。放置プレイなのですよ」
あ、いけないすっかり忘れてた。
私は二人に謝ると大慌てで勉強を教えるのだった。
「え、今日の部活は休み?」
放課後。いつものように部活の流れになるかと思いきや、魅音から休みと言われ私は少々面食らった。
「うん。綿流しも近いからね。梨花ちゃんは奉納演舞の練習があるし、私も圭ちゃんとテントの設営準備とかで忙しいから」
なんか二つほど気になる単語が出たなあ。ワタナガシとホウノウエンブとか。
「綿流しって何?」
「綿流しって言うのはね。毎年6月に神社で行われるお祭りなんだよ、だよ♪」
私の質問に、レナちゃんが答えてくれた。
「お祭りかぁ・・・・・・やっぱり屋台とかあるのかな?」
「もっちろん!」
「それじゃ、ホウノウエンブってのは?」
「みぃ、奉納演舞とは僕が祭りの最後にやる儀式みたいなものなのですよ」
こちらの質問には、梨花ちゃんが答えてくれた。
「儀式?」
「みぃ、見れば解りますです。それでは僕は練習があるのでこれで失礼するのですよ」
ぺこっと可愛らしくお辞儀をして、梨花ちゃんは帰って行った。
やっぱ梨花ちゃんの黒髪綺麗だなぁ・・・今度なでなでしてみようかな。きっとさらさらなんだろうなぁ〜。
――――有栖・・・・・・人の趣味にいちゃもん付ける気は無いけど・・・一線だけは超えないでね・・・。
(な! 何言っちゃってるかなぁ美緒は!?)
別に私にその気(け)は無い。うん、無いはずだ。だって私はちゃんと男の子を好きになったんだから。
そう思った途端、意識しないようにしてたのに圭一君の顔を見て思わず赤面してしまった。
「ん、どうした有栖?」
「べ、べべべべべべべべべ別になんでもない!!?」
はてな? と圭一君は首を傾げる。よかった、彼が物凄く鈍感な人で。
だけど、少なくとも他の三人には私の気持ちなぞお見通しのようだった。
と言うか、何故にニヤニヤ私の方を見ますかアナタ達?
「ま、頑張りなさい」
「ファイトだよ、だよ♪」
「まぁ応援してさしあげますわよー」
三者三様に目でそう言われた気がする。いや、間違い無く三人はそう言っているのだ。
―――綿流しの日に告白したらロマンチックでしょうね。
「こ、告白!?」
あ、思わず声に出しちゃった。
―――なんならお祭りは二人で回れば? あの三人なら・・・と言うか梨花ちゃんも入れるか。多分そうする算段考えているだろうし、と言うか前もそうだっ
たしね。
「え、そうなの? それじゃ私と圭一君がどうなるかも?」
―――それは秘密よ♪
駄目だ、完全に美緒と皆のペースになっている。
何やっているのよ南瀬有栖! 私は南瀬コーポレーションの次期総社長よ!? ぶっちゃけ魅音よりえらいんだから!!
だけど、圭一君と恋人同士になれたらきっと楽しいだろうなぁ・・・・・・。
でもってでもって、キスなんかしちゃったりされちゃったりなんちゃったりして〜〜〜〜きゃは♪
―――妄想力だけは逞しいわねアナタ・・・。
あ〜〜〜でもでも私達まだ子供だし〜。それは早いって〜〜〜。
―――有栖〜、そろそろ帰って来なさいよ。皆呆れているわよ?
「―――――はっ」
妄想の世界からただいま。
と言うか私って・・・・・・うわ、皆視線合わせようとしないし!?
「おほん、と、兎に角綿流し楽しみね!」
咳払いをしてなんとかその場を誤魔化す。と言うか誤魔化さないとやってられないし恥ずかしいし。
「う・・・うん、そうだね、だね!」
「た、楽しみで御座いますわね〜!」
「今年の祭りも大暴れするよ〜!」
なんとかその場の空気を明るくしようと勤める女の子4名。圭一君はただ、「はてな」と首を傾げるのみだった。
§ § §
帰りは家が近いと言うこともあって圭一君と二人きりで下校となった。
と言うか、レナちゃんと魅音は二人で用があるとか言って先に帰り、沙都子も買い物がございますの、とか言って同じく先に帰ってしまったのだ。
何もそこまで気を利かせなくても良いのに・・・。
美緒まで、先に帰っているわね〜なんて言う始末。
そんなわけで私は夕暮れの中、都会のようにアスファルトで舗装された地面より最早砂と砂利の感触が心地良い雛見沢の道を歩いていた。
男の子と二人っきりで歩くと言うこと自体初めてなので、私は少し緊張していていたのだが。
「もう雛見沢には慣れたか、有栖?」
「うーんどうだろう・・・・・・毎日が楽しすぎて実感湧かないかな」
「あははは! それはきっと、もう雛見沢の暮らしに馴染んで来たって証拠だぜ」
「圭一君はどうだったの? 引っ越してきたばかりの頃は」
「そうだなぁ・・・・・・最初の頃は都会に比べて何も無くて、親父の職業を恨んだりもしたけど」
「ああ、そう言えば圭一君のお父様の職業って画家だっけ?」
「まぁな。けどさ、確かにこの村には何も無いけれど・・・けど、都会には無かったものがここには沢山あるんだよ」
圭一君の言いたいこと、私にもわかる気がした。
確かにこの村にはゲームセンターも、レコード屋も、アイスクリーム屋も何もない。
けど、そんな形あるものよりももっと大切なものが、この村には溢れているのだ。
木々のせせらぎ、夕焼けの美しさ、蝉の鳴き声、ひぐらしの鳴き声、そして、味のある・・・・・・空気。
綿流しに参加したら、私はより一層雛見沢の住人に近づける気がする。
そう考えると、楽しみで楽しみで、仕方が無かった。
―――行間―――
―――綿流しまで・・・・・・あと か・・・。
「抗っても無駄なのです。このまま に身を任せた方が良いのですよ」
―――煩い、黙りなさい。私はあんたとは違う。私は彼女を守るんだから。
「有栖が美緒の だからですか?」
―――やはり知っていたのね。
「当り前なのです。僕達は前の世界でも何度か出会っているのですから」
―――その度にあなたは運命に身を任せろって言ってたっけ。けど、私は ない。
「・・・・・・・・・それが美緒の意思と言うなら、もう止めないのです」
―――ええ、精々最後まで足掻いて・・・・・・そして、あの子を助けて見せる。