伝えたくて(エンゲージ 続編)
野立信次郎×大澤絵里子


「おい、おまえらいいかげんにしろよ。いつまで飲んでる」

野立がいつになく不機嫌そうな顔で、山村と花形の頭を続けざまに叩いた。

「イタタっ!野立さん、なんかさっきから怖いっすよぉ!」

花形が頭を抱えてうなだれた。

「まあまあ、野立さん、そう怒らんでくださいよ。ボスが帰ってきて、みんな喜んどるんやから」

岩井が慣れた様子で酔っ払った山村の身体を抱え上げ、片桐と木元、花形もそれに合わせて立ち上がる。

「そーですよ。この一ヶ月、ボスがいなくて心細いなか、あたしたちなりに頑張って対策室を守ってきたんですから。
ボスの顔見たら、気も緩むってもんですよ」

木元が花形のバッグを本人に投げつけながら言うと、片桐が

「山村さんの場合、失恋によるヤケ酒だけどな」と、冷たい目で山村を一瞥した。
「くそぉ!もう二度と美人なんて信用するもんかぁ!!」


絵里子は先ほど、一ヶ月に渡るアメリカでの研修から帰国したばかりだった。
犯罪心理学に関するFBIの最新のレクチャーを受けるための研修で、
一ヶ月もの間、部下達を残して対策室を空けることに躊躇はあったが、思い切って参加したのだ。
のんびり観光する間もないハードな日々だったが、おかげで非常に有意義な一ヶ月となり、
少しでも早く部下達に研修内容を伝えたいと、絵里子はワクワクしていた。

空港までは、野立が車で迎えに来てくれた。
絵里子は、帰国したらすぐに野立に伝えたいことがあり、彼の顔を見た瞬間、高鳴る胸を抑えながら駆け寄ったのだが、
野立の後ろから対策室のメンバーたちが顔を出して「ボス〜!!おかえりなさーい!!」と叫ぶのを見つけると、
「あんたたち、仕事サボって何してんのよ!」と、ついいつもの鬼上司に戻ってしまった。

空港からその足で、刺身が美味しいと評判の居酒屋で対策室のメンバーたちと帰国祝い(という名目の飲み会)をする羽目になり、
途中からなんとなく野立の機嫌が悪くなっているのは絵里子も気づいていた。
こういうときは、いつも絵里子以上にノリのいい野立が、珍しく露骨にムスッと気難しい顔をしている。

店の前でお開きとなり部下達と別れたあと、車に乗り込んでからも野立はあまり喋らなかった。

「・・・ねえ。どしたの?車だから野立だけ飲めなくて、ムカついてんの?」
「ちげーよ。別にムカついてねーよ」

まっすぐ前を向いたままハンドルを握っている野立にチラッと目をやりながら、絵里子は細い溜め息をつく。
思いっきりムカついてる顔してるじゃない。せっかく一ヶ月ぶりに帰ってきたのに・・・。
昨夜は「ようやく日本に帰れる、野立に会える」と思い、興奮してあまり眠れなかったというのに。
そんな調子であまり会話も弾まないまま、車は野立と絵里子の住むマンションへと辿り着いた。

一ヶ月ぶりの我が家は、寂しい男の一人暮らしの様子を呈していた。
汚れているわけではないが、どことなく雑然としていて、高級な家具が並ぶ洒落た部屋なのに、うらぶれた気配が見える。
以前、野立一人で暮らしていた頃は、男一人とは思えないほどセンスよくスタイリッシュに生活していた記憶があるが、
絵里子と暮らすようになって野立の何かが変ったのだろうか。
絵里子の不在のわずか一ヶ月の間に、すっかり「女房がいないとダメな亭主」の見本みたいな暮らしぶりになっている。
絵里子は呆れるような、それでいてこそばゆい嬉しさのような感覚が入り混じって、自分でも不思議な気持ちになった。

「おまえが帰って来る前に、ちゃんと掃除しようと思ってたんだけど、ヒマがなくて・・・」

決まり悪そうに、野立が言い訳を口にした。

「これが野立のお義父さんとお義母さんへのおみやげ。こっちが、うちの両親で・・・」

毛足の長いラグの上にスーツケースを広げ、帰国直前に慌てて買いに走ったおみやげを取り出す。

「で、こっちが野立へのおみやげ」

絵里子が包みを手渡すと、野立は「おう、ありがとう」とボソッと呟きながら受け取った。

・・・まだ、機嫌悪そうね・・・。

ガサガサと音をたてて包みを開くと、シンプルだが襟のデザインが凝ったブランドものの黒いシャツが出てきた。

「・・・あんたに絶対似合うと思って」

シャツを見ている野立の顔が、ちょっと嬉しそうに緩む。好みのものを見つけたときの顔だ。よしよし。

「似合うか?」

野立がシャツを広げて自分に当てがう。思ったとおり、端正な顔にシャツがよく映える。

「うん、すごくイイ」

絵里子が満足げに答えると、野立がようやくいつもの得意げな顔で笑い返してきた。

「まるで俺のためにあるようなシャツだな」
「まーた、調子乗って」

絵里子は呆れたように睨み付けるが、内心、野立のいつもの表情にホッとした。

「それで、これがね、もうひとつおみやげなんだけど・・・」

絵里子がボックス型の包みを差し出すと、野立はすぐにピンときたようだった。

「これ、腕時計か?」
「うん・・・。あんた、いい時計いくつも持ってるけど・・・その、婚約指輪のお返しに、一生記念に残るものをあげたいなぁって思って」

以前から、絵里子は指輪のお返しに腕時計をプレゼントしたいと思っていたのだが、
時間がなくてなかなか買いに行けなかった。
ニューヨークで、これだけは必ず買って帰ろうと最初から決めていたのだった。
包みを開け、嬉しそうに腕に時計をはめていじっていた野立が、不意に顔を上げた。

「絵里子」

そう口にするのと同時に、野立が白いラグの上に絵里子を押し倒した。

空港から今まで、ろくに話そうとしなかった分を全部取り返すかのように、
野立が激しい勢いで絵里子の唇をむさぼってくる。
余裕も何もない10代の少年のような勢いで、野立の舌が絵里子のそれを絡めとり、
強く吸い上げ、唇がしびれるほどのキスが続いた。

「・・・の、野立、待っ・・て・・!」

口紅がすべて取れてしまった絵里子が、息を弾ませて野立の顔を見上げる。
野立の目がキラキラと熱を帯びて絵里子を見下ろしていて、そこに野立の隠された本心が見えた気がした。

「・・・野立、寂しかったのね。だから、怒ってたの?」
「寂しくねーよ。おまえがいない間、羽根伸ばして楽しんでたさ」

その言葉とは裏腹に、野立は絵里子の骨が折れそうなほどにきつく抱きしめてくる。

「おまえがいなくたって、寂しくもなんともねーし、あいつらが空港までくっついてきて、
おまけに好き勝手に飲み食いしていつまでも帰らなくてもムカついたりしないし、
そんなあいつらを迷惑がらずに楽しそうにつきあってやってるおまえを見ても、全然腹立たねーよ」
「そっか、それでご機嫌斜めだったのね・・」

絵里子が野立の髪を優しく撫でると、野立が観念したように、うぅ・・と呻いた。

「・・・長すぎるんだよ。一ヶ月もおまえ、俺をほっとくなよ」
「はいはい、ごめんね、寂しかったよね」

絵里子がクスクス笑いながら野立を抱きしめ返すと、野立もプッと笑いを漏らした。

絵里子が風呂に入ろうとすると、野立は一緒にバスルームに入ると言って譲らなかった。
仕方ないので許すと、野立は自らの手で絵里子の服を脱がせ、身体も洗ってやると言って聞かない。
今日の野立はやけに頑固だ。絵里子はされるがままに、野立の手に身を任せた。
髪を洗い、トリートメントもしてくれ、体はボディシャンプーで丁寧にくまなく洗ってくれる。
そこにいやらしさはほとんどなくて、野立は真摯でひたむきな様子でせっせと絵里子の肌を洗っている。
そんな野立の顔を見つめながら、野立に会ったらすぐ伝えようと帰国便の中でずっと考えていた言葉を、
いま言うべきか絵里子は迷って、思わずドキドキした。

頬が紅潮している絵里子の顔を見て、野立がカン違いしたらしい。

「感じてきちゃったか?」

そう言いながら、野立の泡まみれの手が絵里子の胸を優しく撫でる。

「そうじゃ、なくて・・・」
「ん・・・?」

絵里子の目を覗き込みながら、野立の手がゆっくりと転がすように甘い動きに変っていく。
野立の瞳になまめかしくも野性的な色合いが浮かび、親指が胸の蕾をくにゅっと押しつぶすと同時に、唇がふさがれた。

「・・・野立・・・」
「おまえだって、寂しかっただろ?俺と、したかったろ?」
「ん・・・」
「言えよ。したかったろ?」
「うん・・・。毎日、毎日、あんたのことばっかり思ってた・・・」

それは本当だった。毎晩ホテルの部屋でベッドのシーツに手を伸ばし、そこにいない男を思って帰国の日を指折り数えた。
昼間、講義の内容に必死で頭を働かせている間はいい。夜、ホテルに戻って一人で味気ない食事を取るとき、
小さなシャワールームで体を洗っているとき、真夜中、ベッドでなかなか寝付けないとき、
何度も何度も、隣にいない野立の顔を、肌を、手を、声を、匂いを思い返して、寂しさを打ち消した。
たかだか一ヶ月で。何年もアメリカに住み、長期間会わないでいても平気だった昔がウソのように。

石鹸の泡で濡れた肌で抱き合いながら、絵里子は野立と唇を求め合った。
とろけるような舌と舌の感触。はさみあうように互いの唇を深く重ね、すべてを飲みこむように深く獰猛なキス。
野立の手がぬるぬるした泡と一緒に絵里子の肌を流れるように撫でさすり、
乳房から脚の間の敏感な部分へと伸びていくと、絵里子がぴくっと身をそらして震えた。
この指の動きさえ、涙が出るほど懐かしくて恋しかった。

泡で滑りが良くなったせいで、野立の指先がヌルッといとも簡単に絵里子の柔らかな襞の奥へと飲み込まれる。
野立の指の腹が、絵里子の窪みの中と外側の小さな芽を行ったり来たりしながら、優しく刺激すると、
絵里子は待ち焦がれていたように野立にしがみついた。
野立の固くなったモノがそそり立ち、絵里子の腹部を押すと、絵里子は思わず

「・・・あっ、もうこんな・・・」

と声を漏らした。

野立がシャワーコックを捻り、熱い湯で二人の体の泡を一気に落とした。
おおざっぱに流し終えると、絵里子の体を大きなバスタオルで包むように拭いてくれる。
自分の身体も手早く拭き取ると、野立は絵里子の体を抱えるようにしてバスルームを出た。
そのままベッドまで直行すると、二人はもつれるように絡まってシーツの上に身を投げ出した。
野立が後ろから絵里子を抱きしめ、肩先に噛み付くように唇を押し当てながら、両手で乳房を激しく愛撫してくる。
いつもより荒々しく切羽詰ったような手の動きに、絵里子も恥ずかしいくらいに興奮し、身をくねらせた。
すくい上げるように胸をいやらしく揉まれ、尖った蕾を指でなぶられ転がされると、
その刺激が子宮の奥まで伝わってみるみる濡れていくのが自分でも分かる。
尻をひくひくと浮かせると、野立がすかさず右手を絵里子の股間に伸ばし、秘所を攻め立ててくる。

絵里子は自分から脚を広げ、野立の指に花弁や突起にすり寄せるように腰をくねらす。

「絵里子、会いたかった・・」

野立のくぐもった声が耳元をかすめる。
思いがけずせつないその声の響きに絵里子は激しく反応し、手を伸ばして野立の固く屹立した塊をぐっと掴んだ。
首筋を野立が強く吸っている。跡がつくのは分かっているが、今日はむしろそうしてほしいくらいだった。
首筋を吸われながら、左手で乳房を揉みしだかれ、右手で股間を巧みにいじられていると、
気が遠くなるような快感に何度も声が上がってしまう。

「ほしかったか・・?絵里子、俺のこと思って、自分でしたのか?」

野立がくちゅくちゅと音を立てて、絵里子の中をかき回してくる。
絵里子が後ろ手に握っている野立のモノから、たらたらと透明な液体が溢れ出て絵里子の指先を濡らした。
ハァハァと喘ぎながらも、絵里子が声を絞り出して答える。

「したわ・・。野立を思い出して、自分で・・」
「俺も、した。おまえを思って、何回も・・」

野立は絵里子の体を仰向けにすると、腰を抱き寄せながら深くくちづけた。

野立の唇が胸元へ下りて行き、乳房を舐めまわし、やがて乳首にしゃぶりつく。
唇で強く挟まれ、舌で執拗になぶられ、時折指先でつままれると、絵里子の頭の芯がぼんやりしてきた。
そのまま野立の唇が下へ下へと下りて行き、やがて絵里子の脚の間へと辿りつく。
絵里子の両の太ももを肩に抱え上げるようにしながら、野立が顔を埋めて絵里子の蜜を舐め始めた。
ぷくっと小さく膨らんだ芽を吸い、柔らかい襞を舌でなぞると、絵里子が「はぁっ・・・!」と弓のように体を反らせる。
野立は花弁の奥の窪みまで舌を差し込んで、これ以上ないくらいにいやらしい動きで絵里子を味わっている。
絵里子の太ももがガクガクと震えだし、それを合図に野立が体を起こした。

早くも限界を感じた絵里子は、自分から大きな角度に脚を開き、野立の腰に腕を回して強く引き寄せた。

「お願い、挿れて・・・。ずっと待ってたんだから・・・!」

潤んだ瞳で懇願する絵里子の頬を優しく撫でながら、野立が固く主張する自身を、絵里子の秘所に押し当てて軽く前後させた。
少し動かすだけで、くちゃっと粘液がからまる音が響き、その音がまた二人をさらに煽る。
会えない間、この音を何度も思い出した。
眠れない夜に、暗闇の中で、互いがひとつになるときの証であるこの音を何度も思い返した。

野立が絵里子の中に、めり込ませるように入ってくると、絵里子の内側がぬらりとまとわりつくように野立を包んだ。
体が野立のカタチを覚えている。
野立が抑えきれずに深い吐息を漏らした。すぐにでもイってしまいそうな顔をしている。
絵里子は野立の顔を両手で引き寄せて深くくちづけた。
そうしながら、自ら腰を振って野立を一番奥まで迎え入れる。

重なった肌と肌が汗ばみ、野立がより深く絵里子を感じようとするかのごとく、下から深々と突き上げ続ける。
相手を思いやってコントロールする余裕は、今日の二人にはなかった。
ただもう、ようやくひとつになれた興奮に呑まれてしまい、いつもよりはるかに早く波が押し寄せてくる。

「ごめん、絵里子、もう待てない・・・!」

腰を激しく打ち付ける野立を、絵里子は逃すまいとするかのように強く抱きしめて喘いだ。

「私、も、ダメ・・・!」

ぷるっと腰を震わせて絵里子がのけぞった直後、野立が大量の液体を絵里子の中に解き放った。

二人は互いの体にしがみつきながら、最後の余韻が収まるまで、繋がったまま離れずにいた。
ようやく息が鎮まり、野立が絵里子から自身を引き抜くと、すぐに絵里子が野立の胸に顔を埋めてきた。
野立が絵里子の肩や腕を優しくさすりながら、絵里子の頭の上でぽつりぽつりと言葉を紡いでいる。

「昔はおまえが何年アメリカに行ってても、耐えられたんだけどな」
「・・・あの頃は、今とは事情が違うもの。私だって・・・」
「でも、あの頃も、おまえが帰ってくるときは、俺けっこうドキドキしてたんだぜ。
意地でもそんな素振り見せなかったけどな」
「バカね。早く言ってくれれば良かったのに。私たち、遠回りしすぎよ」

そういえば、昔アメリカから5年ぶりに帰国したとき、私ったら恋人がいながら、いの一番に野立に会って、
この部屋に上がり込んでしこたま飲んで、このベッドで目覚めたんだっけ。
絵里子は不意にあの日のことを思い出し、心の奥で笑った。
なんだか、友達ごっこをしていたあの頃の自分たちが、可愛く思えてきてちょっと泣ける。

ああ、だんだん眠くなってきた。そりゃそうよね、10数時間飛行機乗って、帰国したばっかりなんだから・・・。
長旅で疲れ果ててるのよ、私・・・野立の腕の中にいると安心しちゃうし・・・。

何か、頭の上で野立の声がぼんやり聞こえる。

・・・ん?『一ヶ月会えない間に、決心した・・・?おまえが帰ってきたら言おうと思ってた』って・・・?何を・・・?

野立の言葉を最後まで聞かないまま、絵里子は深く重たい眠りに沈んでいった。

目が覚めると、翌日の夕方5時を回っていた。完全な時差ボケだ。
絵里子はガバッと起き上がって照明をつけ、ぼーっとする頭を振りながらベッドから抜け出した。
野立は普通に朝、出勤したようだ。
リビングに向かうと、絵里子が散らかしたスーツケースや荷物が、昨夜よりはマシな程度に隅に寄せられている。
コーヒーでも飲もうかと顔を上げた絵里子の目に、何か白いものが映った。
絵里子は思わず息を呑み、両手で口を覆った。
ソファの上にふんわりと広げられていたのは、真っ白なウエディングドレスだった。

定時で上がった野立は、いつもより気持ち急ぎ気味で帰宅の途についた。
昨夜絵里子にもらった腕時計を見ると、ちょうど7時になるところだった。
絵里子に早いく会いたかった。
ドレスにもう気づいただろうか?

昨夜あいつは俺の告白をろくすっぽ聞かないまま、ガーガー眠りやがった。
まあ、海外から戻ったばかりでムリもないんだが。あいつの平和な寝顔を久しぶりに見れて、嬉しかったのは確かだし。
たった一ヶ月。されど一ヶ月。
絵里子と離れていることがこれほど自分の身に堪えるとは思わなかった。だから、この期間に野立は決心していた。
もう先延ばしにはしない。一日でも早く絵里子と結婚しよう。その決意の表れが、あのドレスだった。

歩いていた野立のスマートフォンがポケットの中で振動した。
マンションのエントランスを抜け画面を見ると、着信者は絵里子だった。

「もしもし。起きたか?どうせ時差ボケだろ」
「・・・野立、今どこ?」
「ん?もうマンション着いたよ。エレベーター降りるとこ。なんか、頼みたい買い物でもあったか?」
「・・・野立、あのね。私ね、ほんとは昨日、帰国して野立に会ったらすぐに言おうと思ってたことがあったの」
「・・・なんだ?」
「一ヶ月間、離れてて自分の気持ちに改めて気づいたの。いてもたってもいられなくて、すぐに伝えたかったの。
でも、みんなが一緒だったし、いつものノリでワイワイ飲んでたら、なんか恥ずかしくなって、どんどん言えなくなっちゃって・・・」
「なんだよ、ややこしいな。もう家着くよ」

野立は絵里子の照れている口調がおかしくて、フッと笑いながら玄関ドアの鍵穴にキーを差込み、ドアを開けた。

言葉を失った。
野立の目の前に、真っ白なドレスを身につけた絵里子が佇んでいた。
自分で、絵里子にはこれが絶対似合う、サイズも間違いないと選んでおきながら、
想像以上に美しい姿に、野立は情けなく口を開けたまま立ち尽くした。

「さすがの見立てね。サイズぴったり」

絵里子が気恥ずかしそうにちょっと笑う。
ドレスを着るには、髪も無造作だし、顔もほとんどすっぴんだ。
それでも、野立の胸を熱くするには十分すぎるほど、絵里子は透き通るように美しかった。

「帰国して、野立の元に帰ったら、絶対言おうって思ってたの」

絵里子が、まだ靴も脱いでいない野立にそっと近付いた。
ダイヤの指輪がはめられた手が、野立の肩に優しく触れる。

「・・・野立、結婚して。一日でも早く」

自分が昨夜、寝息を立て始めた絵里子に囁いたのとまったく同じ言葉を、いま絵里子が口にしている。

「仕事の影響とか、具体的にどうするか、とか。そんなのこれからいくらでも考える。
だからお願い。野立とすぐに結婚したい。もう離れたくないの」

絵里子が精一杯勇気を出して言葉にしている。
鉄の女と呼ばれた大澤絵里子が、頬を真っ赤に染めてウエディングドレス姿で野立に愛を告白している。

ドレスにシワが寄るかもしれないと思ったけれど、野立は構わず絵里子を強く抱き寄せた。
嬉しくて泣きそうになるって、男でもあるもんなんだな。
涙ぐんでるせいで、うまく声が出せそうにないが、俺も勇気を出して伝えよう。

「・・・結婚しよう。絵里子、俺たち今すぐ、結婚しよう」






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