熟♂熟♀の事件簿(スレチ注意報)
野立信次郎×大澤絵里子


◆エロパロなのに事件?

「今日も暑くなるわね」

そう言って、外に出た絵里子はまぶしそうに空を見上げ深呼吸した。
ジリジリと照りつける太陽の光がシャツからのぞく絵里子の白い肌に
容赦なく降りそそぐ。

男の死体は、それほど長い時間放置されてはいないようだったが、すでに
異臭を放っていた。
被害者の名は、安田成人。毒殺だった。
殺害現場となったマンションの借り主は奥井絵美里 28歳。
しかし奥井の姿はどこにもなく、重要参考人として行方を探すことになった。

「奥井絵美里の5歳になる娘の行方もまだわからないの?」
「不明です。一緒に連れて逃げてるんでしょうか」
「まだ犯人と決まったわけじゃない」と言って、絵里子は片桐を見た。
「とにかく、子連れじゃそう自由には動けないはずよ。すぐに写真を回して…」

片桐の視線が目の前の絵里子を通り過ぎ、眉間のシワを一層深くして固まった。

「どうしたの、片桐…」
「ボス…あれ…」

絵里子は片桐の視線の先へと振り返る。
そこには若い女性に連れられて歩く、奥井絵美里の娘、美鈴がいた。

その若い女性は24時間保育施設の従業員で、三日前の朝、二日の約束で
美鈴を預けに来たが、迎えに来るはずだった昨日になっても来ないので
連れて来たという。

「うちは夜のお仕事の方が多いし、お母様方の事情を深くは聞きませんから」

女性はそう言うと、「人手が足りないから帰らないと」と、そそくさと
美鈴を絵里子たちに預け、帰って行った。

「違法な施設でもやってるんですかね」
「どうかしら…今、そのことはこの事件とは関係ないから」

絵里子は美鈴の前にしゃがみ込むとニッコリと微笑んだ。

「美鈴ちゃぁん、ママのこと聞いていいかなあ。美鈴ちゃんのママ、
どこ行っちゃったか知らない?」

美鈴はあどけない笑顔で首をすくめて絵里子を見る。

「ママはお仕事だよぉ。美鈴、寂しくてもひとりで我慢できるもん」
「そう、えらいわねえ…美鈴ちゃん、おうちに時々来るおじさんのこと
知ってるかなあ」
「おじさん? 美鈴、知らなぁい…あのね、美鈴のパパはね、とっても
カッコよくて頭がいい人なんだよぉ。ママが言ってたもん。のだて
しんじろうって言うの」

美鈴のニコニコと笑う笑顔とは対照的に絵里子の笑顔が凍りついた。


◆パパなの?

絵里子たち対策室のメンバーに囲まれ、ひとり椅子に座り困惑顔で口を
とがらす野立がいた。

「知らねーよ!知るわけねーだろ!」
「しー! お昼寝タイムなんやから、小さい声でしゃべってくださいよ」

岩井がソファに眠る美鈴を気にしながら口元に人差し指を立て、大げさに
野立に顔を突き出す。

「でも、あれですよね。男の人って自分の知らない間にこの世のどこかに
ボコボコ自分の子供が存在するって気持ち悪くないんですかね」

木元が野立をチラッと見ただけで誰に言うともなく言う。

「男なら誰でもってわけじゃないさ。知らない間にボコボコできるには、
それなりにモテないと」
「そうですよね、山村さんはそういう心配全然ないし」
「失礼だなあ、花形くん。僕だって知らない間に1人くらいはいるかも
しれないし」
「可能性あるんすか?」
「いや、ない…片桐くんは?」
「オ、オ、俺があるわけない! そんな順番を無視したケジメもない
無節操で無責任な行為!」

そんな会話の横で、岩井は小さくガッツポーズを決め、「良かった…俺は
そんな心配あり得へんし…」とつぶやく。

「待て待て。お前ら耳悪いだろ。俺は覚えがないって言ってんだ!」

「奥井絵美里に心当たりは?」と、いつもと変わらないクールな顔の
絵里子が鋭い口調で訊く。
野立は「それは…」と言葉を詰まらせ視線を泳がせる。

「ちょっと野立、これは取り調べよ。アンタ、重要参考人の関係者なんだから
過去のどんな小さなことも話しなさいよね。ったく、往生際が悪いんだから」

「ああ、これで出世の道もおしまいですね、野立さん。た〜いへ〜んだ〜♪」
と、ニヤけた顔の花形が、二人の顔を交互に見ながら山村たちにささやく。
「花形くん、呑気なこと言ってられないよ。野立さんが転落したってことは、
この対策室も安泰ではいられないってことだよ」
「せやな。俺らもじき解散や」

「ちょっと、アンタ達、自分の心配より事件の…」と言いかけた絵里子を
片桐がさえぎる。

「ボス、野立さんの事情聴取はボスにお願いします。俺たちは奥井絵美里
の仕事先に行って来ます。花形、行くぞ」

視線も合わせず片桐は花形を促し出て行った。

「俺らも周辺聞き込み行ってくるわ。オッサン、行くぞ」
「ああ、そうだね。なんか面倒に巻き込まれたくないし…」
「アホ! ハッキリ言うなや」

岩井と山村があたふたと出て行くと、あからさまに大きなため息を一つ
ついた木元も、「私も遺留品の分析に行ってきます」と言って出て行った。

対策室に残るのは、絵里子と野立、ソファですやすや眠る奥井美鈴だけである。
絵里子は野立の前に座ると頬づえをついてその顔をのぞき見る。

「で、覚えがあるのね? 奥井絵美里と」

少年のようにふてくされた顔の野立は上目使いに絵里子を見ると、観念
したようにガクッと首をうなだれた。
絵里子は子供と楽しげに写る奥井の写真をツーッと前にすべらせ野立の
視界に入れる。

「この女性で間違いないのね?」

野立は無言のまま、コクンとうなずく。
絵里子は大きなため息をつく。

「えりこぉぉ…」と消え入りそうな声を漏らす野立をキッとにらんだ。

「情けない声出してんじゃないわよ! まだ何もわかってないんだから。
しっかりしなさいよ、野立参事官!」

「えりこ…」と野立はかすかな希望の光でも見るように絵里子を見つめる。
絵里子はニヤッと笑って付け加える。

「まあ、首洗って待ってろってことかもね…やっぱアンタ、女でダメに
なる運命だったわね」

そう言うと、スッと立ち上がり野立に背を向けた。

「じゃ、美鈴ちゃんのお世話よろしくね。パ〜パ!」
「えりこぉぉ…」

野立のすがるような声が悲しげに対策室に響いた。


◆スレチだけど捜査するか?

「あれぇ、美鈴ちゃんは…」

岩井が対策室に入ってくるなり空のソファを見て言った。

「目障りだから参事官室に行ってもらった」
「目障りって、アンタ、女やろ」
「情けない顔で力なくたたずむ野立が目障りなの。なんも役に立たないん
だから自分の娘くらい面倒見てもらわないと…」
「丹波さんにDNA鑑定するよう言われたのに、断ったそうです。こっちは
準備万端整えてるのに…」

木元が不機嫌な顔で口をはさむ横で、花形がニヤニヤとイジワルな笑顔
を見せる。

「やっぱり恐いんじゃないですかね。ハッキリと99.9999%親子って出るのが…」
「独身貴族からいきなり5歳の子持ちだからねぇ。僕だったら嬉しい。
なんか家にぱあっと華が咲いたみたいな…」
「恐いわ、オッサン、何考えとんじゃ。イタズラとかするんとちゃうか」
「失礼な。僕にだって母性本能があるんだから…」
「ないですよね、母性本能…野立さんには」と、花形が言うと、うんうん
と他のメンバーもうなずき合う。

「もう、野立のことはいいから! さっさと順番に報告しなさい」

絵里子の言葉に皆、いっせいに手帳を開いた。

「奥井絵美里は半年ほど前に現場のマンションに越してきています」と、
山村が口火を切る。
「仕事をしている様子もなく、そのわりにブランド物のバッグや服などを
身に着けて時々出かけているので誰かの愛人じゃないかと近所の奥様達の
間では噂されていたようです」
「引っ越してきて間もなく安田が出入りするのを見たっちゅう奥さんもいて、
愛人をかかえる男にしてはガラも悪いチンピラ風やし、絵美里が旦那に
隠れて付き合ってる浮気相手ちゃうかって話になっとった。ったく暇な
主婦の妄想には誰も勝てんわな」

「安田成人は、街でキレイな女の子に声をかけてキャバ嬢として店に紹介して
謝礼をもらうという、いわゆるキャバ嬢のスカウトマンでした。2年前、奥井は
安田の紹介で新宿のキャバクラに勤めていましたが、半年前に辞めています」

その花形の報告に片桐が付け加える。

「奥井と同じ時期に、安田が店に連れて来たキャバ嬢の伊藤愛菜とは親しく
していたようで、彼女の話では安田と奥井は付き合っていたそうです。
ただ安田とはうまくいってなかったらしく喧嘩が絶えなかったと。奥井絵美里
の実家とは連絡が取れていません」

「そう、木元は?」と言って、絵里子が木元を見る。
「現場からは、奥井絵美里の友人、知人らしい人物の連絡先など一切見つかって
いません。マンションの部屋からは一部の遺留品を除いて、3人の指紋が検出され
ました。被害者と美鈴ちゃん、残りの一つは奥井絵美里のものだと思われます」
「一部を除いてっていうのは?」
「はい。美鈴ちゃんのオモチャに…一つは美鈴ちゃんのもので、もう一つは絵美里
のものだと思います。ただ、指紋に2人以外の別人の指紋があって…重複指紋なので
完全なものではなく、はっきりとしたことは言えないのですが…」

木元が言いよどんだ。
「何、何でもいいから、あなたの感じたことを言って」と絵里子がうながす。

「はい…これは私の思い違いかもしれませんが、その指紋、形状がとてもよく
似ているような気がするんです…奥井絵美里の指紋と…」
「つまり、オモチャには奥井絵美里と美鈴ちゃん、それ以外の絵美里に似た
指紋があったってことね」

木元は「はい」とうなずいた。


◆母性あるかも?

仕事を終えた絵里子が慣れた手つきでマンションのドアを開けると、野立は
すでに帰っているようだった。
リビングでは、焦点の合わない目で宙を見ている野立がソファを背もたれに
して床に座り込んでいる。
ソファには野立のTシャツとボクサーパンツをはかされた美鈴が眠っていた。

「何着せてんのよ、野立ったら」

そこで初めて絵里子の存在に気付いた野立が「えりこぉぉ」と泣きそうな
声を漏らす。

「お前のパンティだと小さいからおなか冷やすだろ。だから俺のはかせた」

呆れ顔でため息を吐くと「はい、これ」と、絵里子は両手に持っていた
買い物袋を野立に渡した。

「女の子用の下着とパジャマ、あと着替えを少し。地どりの帰りに買ってきた」
「えりこぉぉ…」と取りすがろうとする野立の手をかわしキッチンに行くと、
絵里子は冷蔵庫からミネラルウォーターを出しガブ飲みする。

「泊まってく? 泊まってくよな、絵里子…なあ、泊まってってくれる…
んだよな…泊まってって…」
「うっさい!」と一喝すると、絵里子はニッコリと笑顔を見せる。

「とりあえず事件解決しないとね、後のことはそれからじゃなあい? 
野立パ〜パ、ちゃんと娘の面倒みなきゃ! それじゃあね」

取りすがるように床に両手をつく野立にくるりと背を向けると、絵里子は
軽やかな足取りで野立の部屋を後にした。


◆エロパロなのにまた?

「え…絵里子…やっぱ、俺、やめとく…」

絵里子の背後に回り、一歩も進むものかと駄々っ子のように背中を丸める
野立がいた。

早朝、奥井絵美里の水死体が発見され、所轄は逃げ切れないと追い詰められた
末の自殺と見ていた。
容疑者自殺であっさり解決したことで、対策室の面々も多少拍子抜けした感が
あった。

その奥井絵美里の死体解剖の立会いに絵里子は野立を呼んだのだった。
絵里子は野立の腕をつかみ上げ解剖室のドアを開けると無理やり中に引き入れる。
異様な臭気が漂う無機質な部屋の解剖台の上に、奥井絵美里の遺体は横たわっていた。

冷静な瞳で遺体を見つめる絵里子の背中にピッタリくっつき、野立が肩越しに
目を閉じたまま半分ほど顔を出す。

「目、開けなさいよ…ったく!」と絵里子が眉根を寄せる。

恐る恐る片目を開ける野立がしばらく固まった後、急に絵里子の両肩をガシッ
とつかみ、顔を突き出した。

「な、何、頬ずりしてんのよ! バカ」
「…ない…」
「ないって…何が?」
「アザ…てか、入れ墨…胸に根性焼きのアザがあってそれを隠すのに彫った
赤い薔薇の入れ墨があったはずなんだけど…」
「はあ?…根性焼きって…」と言って、絵里子が向き直る。
「入れ墨…消したのか…?」

絵里子は野立の背中を押して遺体に近づかせた。

「よく見なさいよ。どこらへんにどのくらいの入れ墨があったの!」
「胸元…ここらへんに直径15センチくらいの…」と言って、指でさし示す。
「そんな大きな入れ墨ならこんなキレイには消せませんね。黒ならわりと
キレイになりますが、それ以外の色は完全に消すことはできませんよ」

解剖医が冷たく言い放つと、ニヤリと笑みを浮かべ野立を見た。

「他に何か身体の特徴で思い当たるものはありますか? よぉく見てもらって
かまいませんよ」
「いやぁ…他には…特には…」と言うと、ハハハッと乾いた笑い声を飛ばす。
「笑ってる場合じゃない!」と、絵里子は野立の首元をつかんで引き寄せる。
「入れ墨があったのが奥井絵美里で間違いないのね! アンタ、他の女と
間違えてるんじゃないでしょうね」
「あ、ああ…間違いない…」
「顔、よく見て。アンタが寝た女は本当にあの顔だったの? あの顔に入れ墨
があったの?」

野立は目だけを動かし遺体の顔を見る。

「顔は奥井絵美里だ…」
「どういうことよ…この遺体…誰なの…」と絵里子がつぶやく。
「双子の片割れじゃないかなあ…」

絵里子は「はあッ?」と叫びに近い声を出し、離しかけた野立の首根を引き
戻すとさらに強くつかみ上げる。

「双子って何よ、双子って!」
「いや、確か双子の姉妹だったって言ってたような…」
「なんでそんな重要なこと最初に言わないのよ!」
「いや、今、思い出したんだよ…確か孤児院で育って別々の家に引き取られ
たとか…可哀相な生い立ちだったんだよなあ…全く、気の毒になあ」

野立をつかむ絵里子の手がぷるぷると振るえ、首元をジリジリと締め上げる。

「胸の入れ墨より先に思い出せよ…てか、もっと前に思い出せよ!」

重低音の声を震わせそう言うと、絵里子は野立を突き放し部屋を走り出た。

「あの…解剖始めていいですかね」

呆然と絵里子の背中を目で追っていた野立に、解剖医の冷たい声が響いた。


◆そろそろ解決?

白いスーツに身を包み、薄化粧をほどこした清楚な女性が、法律事務所が
入るビルの中へ足早に入ろうとしていた。

「伊藤愛菜さん」と、声をかけられ立ち止まると、伊藤愛菜は一瞬、間を
置いた後、ゆっくりと絵里子のほうに振り返った。

「こんにちは。警視庁特別対策室の大澤です。法律事務所、行っても無駄
ですよ」

笑みを浮かべる絵里子の横で片桐が書類の入る茶封筒をゆっくりと掲げる。

「伊藤さん、家庭裁判所から養子縁組の許可は下りませんよ…多分」
「お話、うかがえますか?」

眉間にシワを寄せる伊藤を、絵里子が冷徹な目で見つめた。


取調室に入った伊藤は、決して腹の中を見せはしないとでも言うような
狡猾な空気をまとい、浅く椅子に腰掛け背もたれに体を預けると、視線を
ゆっくりと泳がせた。

「あなたのこと調べさせていただきました」と、絵里子が切り出しても
視線を合わせようともしない。
絵里子はかまわず続けた。

「安田成人さんと付き合っていたのは奥井絵美里さんではなく、あなた…
ですよね。あなたのアパートの住人が証言してくれました。足しげく通って
きて周囲にまで聞こえるような大喧嘩をするあなた達のことを…」

伊藤はフンと鼻で笑う。

「安田さんが殺されたマンションに住んでいたのは、奥井絵美里さんでは
なく里田由香里さん…もうご存知ですよね。でもね、里田さんと安田さんの
接点はないんですよ…あなたを介さない限り…」
「知らないわよ…刑事さんが何言ってるのか…ぜ〜んぜんわからない…
一体何のことかしらぁ?」

伊藤は、半笑いで絵里子を見る。
絵里子はビニール袋に入った一枚の便箋を差し出す。そこには「愛ちゃん、
ごめんね。美鈴をお願いします。絵美里」と走り書きがあった。

「これを娘を託した母親からの遺言書として弁護士さんに渡したんですよね。
でもね、お店の人も奥井さんが以前住んでたアパートの住人も言ってました。
奥井さんの代わりに美鈴ちゃんの面倒を見ていたあなたのことを…これは
ただの伝言ですよね」
「だから何? 入れ替わってたなんて知らないわよ。ひとりぼっちになった
美鈴ちゃんが可哀相だから引き取りたかっただけよ。絵美里に頼まれて休み
には美鈴ちゃんを預かってたこともあるし、純粋にあの子のことが心配だった
だけよ…刑事ってホント人の好意も疑う最低な人種よね」

そう言って、鼻で笑い飛ばす。

「奥井さんとかつて付き合ってたある男が言ってました。大金持ちの夫婦に
引き取られた双子の姉は養母が亡くなった後、養父と恋愛関係になり、幸せに
暮らしているらしいと…そう奥井さんは彼に話したそうです…でも、そんな
ことあるんでしょうか? …小学校の頃から体の弱い養母に代わって家の
ことを何でもする子供だったと。むしろ、近所では家政婦代わりに子供を
引き取ったんじゃないかと噂が立ってたそうですよ。そんな風に育った娘が
果たして養父に恋なんかするでしょうか。見方を変えれば、養母が亡くなった
後は、養父から体の関係を強要されていた…じゃあ、どうして奥井さんは
そんな里田さんを幸せだと思っていたんでしょうね」

絵里子は覗き込むように見ると、伊藤は体ごと横を向く。
絵里子は一枚の写真を伊藤の目の前に置いた。
そこには、可愛く笑顔を見せる双子の姉妹に挟まれ、無表情の少女が写っていた。
写真を一瞥しただけで伊藤は顔をそむけ息を乱す。

「真ん中の少女はあなた。二度と会わないという約束で実子として奥井家と
里田家に引き取られた二人にとって、双方の状況を知る手段は伊藤さん、
あなたしかなかった。当時の孤児院の方が言ってました。あなたは養父母を
ずっと待っていたと…絵美里ちゃんや由香里ちゃんと同じように、自分の
ことをいつか迎えに来てくれるパパとママを…ずっとずっと待ち続けていた」

伊藤は顔をゆがめ目をきつく閉じる。

「でも、引き取られた二人はそれほど幸せではなかった。お手伝いばかり
させられる由香里さん、引き取られて間もなく養父母に本当の子供が生まれて
しまった絵美里さん。二人をもっと苦しめるには…それはもしかしたら自分が
もらわれるはずだったかもしれないもう一つの家に行った姉妹がとても恵まれた
幸せな生活を送っていると思わせること。でもなぜ? なぜ、そこまで…」

そこへ、片桐が入って来て1枚のメモを絵里子に渡す。
絵里子はしばらくそれに目を落とし、視線を戻した。

「安田成人と里田由香里の体内にあった毒物と同じものが、あなたの部屋から
発見されました。あと数千万の現金の入ったバッグも…伊藤さん…同じ孤児院で
共に姉妹のように育った二人をどうして…」
「姉妹なんかじゃない…」と伊藤は低い声を震わせる。

「あの二人、まるで勝ち誇ったみたいに出て行った。哀れむような目で私を
見て…私も幼なかった…二人の絆を握るのは私しかいないって、二人に
会っては、互いのことを知らせたわ。でもね、二人とも会う度にこう言うの…
『まだ、新しいパパやママは見つからないの?』そして、養父母の悪口や
生活の不満ばかりを言う。別れる際には『ああ、孤児院のほうがよかった。
愛ちゃんはどこにももらわれないで幸せよ』って…真新しい服着て、靴だって
バッグだって…こっちはどこの誰が着たかわからない古着を着てるってのに…」

そう言うと、机に体を乗り出し正面の絵里子を睨みつける。

「どんな風に伝えたって私の勝手でしょ。由香里が裕福に暮らしてることを
伝えただけで、絵美里は自分の不幸を嘆いて勝手にぐれてくれたわ。由香里が
養父にレイプされたって同情する気にもならなかった。母親の手伝いがなによ。
裕福な暮らしをしてきたんだから当たり前じゃない。金があると思ったら借金
だらけだったって由香里から言われた時、絵美里が『レイプされた上に貧乏に
逆戻りで可哀相。自分は本当に奥井にもらわれてよかった』って哀れみながら
笑ってたって伝えたら簡単に殺したいほど憎んでくれたわ。養女に出された
その日から一度も会ったことのない妹をね。養父殺しで疑われるくらいなら
いっそ自分を殺して絵美里と入れ替わったらって言ったら簡単に乗ってきた」

彼女はしたたかな笑みを見せる。

「絵美里さんを殺す理由なんてあなたにはなかったのに、どうしてそんな計画を…」
「…安田はただのチンピラ。私の稼ぎで食ってるヒモ…それでも私の男だった。
なのに、絵美里を紹介したらもう夢中になって…子供が欲しい親も、男も、
どうして可愛くて笑顔を振りまいて要領いい女が好きなのかしらね。私みたいな
可愛くない女は誰も迎えにも来てもらえないし、男にも逃げられる…だから…」
「だから、安田に火事で入れ替わり大金を手にした由香里のことを話した」

伊藤はただ黙ってうつむく。

「あなたの予想どおり、安田は由香里を脅しに行った。そして助けを求めた
由香里に毒物を渡したのね」
「…後の始末は私がしてあげると言ったら、言うとおりに安田を殺してくれた…
私を金づるぐらいにしか思ってないアイツから開放された…やっと幸せになれる
はずだったのに…」

絵里子は、彼女の瞳が赤く潤み唇が震えるのをしばらく見つめていた。

「一つだけわからないことがある…私たちは、里田由香里の財産を引き継ぐはず
の美鈴ちゃんをあなたが何とかして引き取るだろうと想定した。でも実際は、
あなたの部屋から保険金はほぼ全額現金で出てきた。美鈴ちゃんを引き取る必要
はなかったんじゃない?」

伊藤は絵里子を見ると、自嘲の笑みを浮かべた。

「由香里は預金を全部引き出してひとりで高飛びするつもりだったの。美鈴ちゃん
のことなんかこれっぽっちも考えないで。あの子、孤児院に預けられちゃうじゃない。
そしたら、また新しいパパとママを待たなくちゃならない…」
「そうね…でも、美鈴ちゃんからママを奪ったのはあなたよ…」

絵里子を凝視する伊藤愛菜の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。


◆マダァーーーーーー(・д・)ーーーーーーマダァ

花形がはあっとため息をもらし、「違ったんだ…美鈴ちゃんのパパ」とつぶやく。

「なんか残念そうだね。そんなに野立さんを窮地に立たせたいの?」と木元が訊く。
「いや、そういうわけじゃないけど…なんか面白くない展開って言うか、職人は
もっと頭ひねれっていうか…」
「バッカじゃないの」

二人のやり取りを聞いていた片桐が、コーヒーをすすりながら言う。

「美鈴ちゃんはアメリカ留学中の奥井絵美里の妹さんが連れて帰ったから、
とりあえず安心したよ」
「あの娘、若いのによう頑張っとるなあ。両親死んでもひとりで留学なんてちゃんと
自分の人生を生きとる」
「伊藤愛菜も由香里・絵美里の双子から離れて自分の人生だけを見て生きていれば
こんなことにはならなかったんだよ。幸せは他人と比べるもんじゃないからね」

山村の言葉に皆、うなずきながら黙り込む。

「憎しみとか嫉妬とかそういうのは増幅するものだから。小さかった伊藤愛菜に
とっては二人の何気ない言動が心に辛く突き刺さったクサビのようだった。二人
に会う度にそのクサビがどんどん伊藤愛菜の心の奥深くまで刺さっていって
しまったんでしょうね」

遠い目でそう言うと絵里子は、切り替えるように立ち上がる。

「さあ、もう今日はみんな、あがっていいから」
「よっしゃ、俺も自分の人生、生きるぞぉ! 花形、つきあえや」

岩井は花形の肩に手を回すと「いやですよぉ」と嫌がるのも聞かず、「お先ぃ!」
と言って出て行く。
山村も軽快な足取りでその後に続く。

「僕だって何回離婚しようと未来の結婚に向けて自分の道を行くのみだ。失礼します」
「じゃ、私も失礼します」
「あ、俺も帰る、木元、待って!」

絵里子に軽く会釈しただけで、片桐があたふたと木元の後を追って出て行った。

対策室でひとり帰り支度をしていると、静かにドアが開き野立が顔を出した。
一瞥しただけで黙っていると、野立がドアの前に立ったまま入ってこない。

「何? なんか用?」
「今夜、飲みに行かないかなあ…と思ってさ…久しぶりに」
「行かない」

即答した後、軽く息を吐き野立に笑みを向ける。

「…疲れたし…帰って寝る」

野立はゆっくりと数回うなずき、俺もお前の部屋に行っていいかと言いたい
のをぐっとこらえる。

「わかった…お疲れさん」

そう言うと、ゆっくりと絵里子に背を向け出ていった。


◆キターーーーーー(・∀・)ーーーーーーカナ?????

対策室を出た野立は大きなため息を一つつくと、参事官室に戻った。
仕事があるわけではなかったが、すぐに帰れる様子だった絵里子と鉢合わせすると
その腕をつかんでしまう気がして、少し時間をつぶしてから帰ることにする。

ひとりで飲む気にもならず、そのまま自宅マンションへと帰った。
絵里子は今、何を思っているだろうか…と考える。
奥井絵美里とのことは付き合う前のことだし、それを気にする絵里子だとは
思えなかった。
しかし、頭では理解していても、本能が…体が納得していないとしたら…
そして、そうあって欲しいとどこかで考える自分がいる。
そんな思いを巡らせながらエレベーターを降りると、部屋の前に絵里子が
立っていた。

不意打ちをくらい言葉をなくしてただ絵里子を見つめる。

「気が変わった…んだけど…鍵、忘れちゃって…」

絵里子は首をすくめてヘヘッと笑った。
野立は慌てて鍵を取り出すと、黙ってドアを開け絵里子を先に中へと入れる。
そこまで理性を保つのがやっとだった。

野立は入るなり絵里子の唇にむしゃぶりつき、乱暴に舌を押し入れる。
さして驚く様子もなく絵里子は野立の腰に腕をまわしその舌を迎え入れると、
互いの舌を追いつ追われつしながら激しくからみつかせる。
野立は手早く絵里子のシャツとジャケットを脱がせ、慣れた手つきでブラジャー
を外してぷるんと飛び出した胸を指で突起を挟みながらもみしだく。
その間、絵里子の手も休んではいない。野立のネクタイを緩め抜き取り、
シャツのボタンをはずして手際よく背広と一緒に剥ぎ取る。
ベルトを外してズボンを落とし、甘く起つ野立のそれを、長くしなやかな指を
からみつかせ優しく、そして激しく上下させる。

野立がスカートのジッパーを外し落とすと、その指先にガーターベルトが触れる。
薄目をあけて指でベルトを軽くはじかせ、そこで脱がすのをやめる。
軽くまぶたに手をふれ額から頭頂部へなで上げると、絵里子も薄く目を開ける。
互いに視線を合わせると一層激しく互いの口を求め合う。
野立は両手をパンティに滑り込ませ程よく引き締まったヒップを軽くつかんで
もみあげ、片手を前にまわしてツンと膨らみかけた蕾をグリグリと押しまわすと
秘唇へとスライドさせ中2本の指を湧き出る蜜の中へと滑り込ませ、かき回し、
その指を再び蕾に戻してグリグリといたぶる。

「うんん…んふっ…」

とたまらず唇から漏れる声も息も野立の唇が飲み込む、と
同時に、乱暴に暴れる指にピクピクと反応して逃げる腰をヒップにまわしたもう
一方の手が引き寄せる。

パンティとガーターベルト、ストッキングだけの絵里子とパンツだけの野立が
互いに愛撫を繰り返しながらベッドへともどかしげに歩を進める。
ベッドを前に、野立は絵里子の太ももをかかえ上げるとパンティをずらし、
熱く煮えたぎる愛液あふれた秘唇の中へ、一気に自身をズブズブと飲み込ませた。

「うっ…んん…んぁ…」

と一瞬、離れそうになる唇を野立は絵里子の頭に手を回して
押さえつけ、さらに強く吸い上げる。
そのまま勢いよくベッドに倒れこんだ瞬間、激しく突き上げられ絵里子の
肢体がのけぞった。

「んあッ…はあぁ…」

重ねてから初めて離れた唇を再び野立がふさぐ。
野立はゆっくりと腰を引き抜くと一気に奥深く貫き、またゆっくりと
引き抜き一気に貫く。

「んんぅ…ぅう…ん…」

貫かれる度に、唇が離れそうになる絵里子の頭を手で掻きいだき、もう片方で
胸をもみしだくと、ピンと天井を向いた突起を潰しひねりもてあそぶ。
次第に野立の動きが激しくなり、深く浅く深く浅く休むことなく腰が動かされる。
絵里子の中でピクンピクンと小さく痙攣が始まると、野立は動きを止める。
ようやく絵里子の唇を解放すると、その唇から荒い息がもれ胸が大きく隆起を
繰り返す。
野立は絵里子の両足をかかえ上げ、ストッキングの上から細いふくらはぎに
舌を這わせると、上体をやや離しては自身とつながる下着を着けたままの
絵里子の姿態を視姦する。
ピンク色に染まる頬、荒い息、なまめかしくシーツをつかむ長い指、汗でラメが
散りばめられたようにキラキラと光る肌、さんざんいたぶられ赤みを帯びても
コリっと固く上を向く胸の突起、愛液をまといツヤツヤと濡れ光る互いの茂み、
そこから翼のように伸びる長い脚にガーターベルトで留められた美しいレース、
視界に入るそのすべてが妖しく野立を誘う。

うっすら目を開ける絵里子にネチネチとイジワルな視線を送る。

「いやらしいな…絵里子…お前、すごく…淫乱…」

荒い息はさらに乱れ、絵里子の中がピクピクと軽く痙攣し野立を刺激する。
野立は絵里子の両脚をかかえ上げたままズズンと激しく腰を打ち付けた。

「んはぁぁ…はぁ…んんぁ…あぁぁ…」

そして奥深くで円を描くように腰を回し始めると、絵里子は苦しげに何度か
顔を左右にふる。
さらに激しく深く強く打ち付け、絵里子が絶頂を迎えると、絵里子の中で
きつく締め上げられた野立も低いうめき声とともに果て、その熱い脈動が
絵里子の中で響きわたった。

野立が絵里子の上に崩れ落ちると、その耳元でささやく。

「今日はしばらくこのままでいさせてくれ」

絵里子は飛びそうになる意識の中で、片腕を野立の首に回しその髪の間に指を
すき入れゆっくりと動かす。

「『のだてしんじろう』は姉の理想なんですよ…ちゃんと部屋まで送って
くれる人」

奥井絵美里の妹は絵里子にそう言って微笑んだ。

絵美里が派遣のコンパニオンをやっていた7年前に、とあるパーティで野立に
声をかけられたのだという。

「自分みたいな女にも気を遣って、初めて会ったのに何でも話せて、何でも
聞いてくれて、とても優しかったって。『なんで私なの?』って姉が聞いたら
絵美里って名前が気に入ったって言われて。すごくいい名前だって…だから
姉は、絵美里って名前でよかったって言ってました。『美鈴にその人が
父親だなんて言っていいの?信じちゃったらどうするの?』って聞いたら、
『美鈴のパパはママのお腹にあなたがいるってわかった途端いなくなった
最低な男だった、なんてホントのこと言えない。せめてもう少し大きくなる
まで自分の父親は立派な男だって思って大きくなってほしい。もう大丈夫だって
年齢になったら本当のこと言って謝る。それまで、名前借りるんだ』って…
『子供を育てるって大変だ。きっと他人の子なんてもっと大変だったはず。
今頃わかるなんて』って後悔してました。2年前の母のお葬式で会ったのが
最後になってしまって…もっと頻繁に連絡とればよかった…」

そう言って、彼女は泣いた。

女性がひとりで子供を育てるのは大変なことである。
自分と子供を捨てた男より、たった一晩、紳士的に接してくれた男の子供
だと思うことを心のより所にして、辛いことも苦しいことも乗り越えよう
としていた。
情事の後、部屋まで送ってくれたという、ただそれだけなのに。
その奥井絵美里のけなげな女心が切なくて悲しくて、絵里子の瞳から
大粒の涙がこぼれた。

「どうした、絵里子…そんなに感じたか? よかったのか?」

その品位に欠ける涙の解釈に、一気に現実に引き戻された絵里子は、
「ちょっと重いからさっさとどきなさいよ」と言って野立を突き放した。

「なんだよ、急に…お前が何考えてるかぜんっぜんわかんねー」

体を離した野立がふてくされたように口を尖らす。

「それよりアンタ、父親じゃないってわかってんのに、なんで最初に
言わないの」
「それは…」
「それは…何よ?」
「だから…」

「だから?」と語気を強める。

「…美鈴ちゃんが可哀相だろう。母親は容疑者で逃亡中とかさ、そんな
状態で保護施設に預けられるのはかなりトラウマになるぞ…まぁ、
まるっきり無関係ってわけじゃねえし、しばらく父親になっても
いいかなあって思っただけだ」

「ふうん…」

と言って、絵里子が押し黙る。
不安そうに

「怒ってるのか?」

と聞くと、絵里子が首を縦に振った後、
横に振る。

「え? どっちだよ…」
「別に仮の父親になるのはかまわないけどさあ、なんで、そのこと私に
言わないのよ。私、一応、美鈴ちゃんがアンタの子供なら別れようとも
思ってたのに…」
「なんでッ!」と野立が素っ頓狂な声を上げる。
「お前は、そこで一緒に育てようとかならねえの?」
「ならない!」
「即答かよ…」とつぶやいて野立がしばらく考える。
「…じゃあ、ホントの子供産んでくれよ」
「なんで、私が!」
「はぁ? お前なんで、その答えなわけ?」
「じゃあ、どう答えて欲しいわけ。はいはい産みます、ボコボコとか? 
バッカじゃないの」
「…お前…ホント、ニブ過ぎる」

絵里子はベッドから降りるとハンガーにかけてある野立のシャツをはおる。

「それより野立、お腹すいたー」
「ハイハイ、タマネギでも切って泣いてくるよ、俺は。それと、とっとと
それ脱げ。裸でいられるよりヤバいんだよ」
「そお? じゃあ、パンティだけ脱いでガーターベルトとストッキングだけ
ってのはどう?」

しばらく沈黙した後、野立が「それお願いします」と甘えた調子で言う。

「やるかバカ! バーカバーカ、野立のバーカ」

絵里子は背中越しにそう言いながら、バスルームへと消えて行った。






SS一覧に戻る
メインページに戻る

各作品の著作権は執筆者に属します。
エロパロ&文章創作板まとめモバイル
花よりエロパロ