番外編
―何でおっさんが振られる度に俺が慰めなあかんねん― そう思いながらも、岩井は昨晩、山村のキャバクラ嬢に振られ残念会を2人で開き、 しこたま飲んだ山村を家まで運んでやった。 途中「襲わないでね〜」などとほざく山村を何度路上に放置しようかと思ったが、 違う意味で襲われておやじ狩りにあいそうな山村を放っておくわけにはいかず、 おしゃれでナイス(岩井談)な自宅へと連れてきた。 刑事となると普通の警官とは休日の取り方は違うが、明日は2人とも公休。 休みの前日をこんな事に費やすとは・・・・・ という後悔も、 明日もこのおっさんおるんか・・・? という疑念もあるが、まぁそれは放っておいて寝ることにした。 そして今日。 「起きろ、おっさん。」 「うぅ・・・あ、頭痛い・・・・・・」 「え?頭薄い?」 「違うよ、痛いだよ〜・・・」 なんて会話をしながらやっとの事で山村を起こし、外に出たのが12時過ぎ。 休みの日を半分無駄に過ぎてしまった感がありつつ、 山村を追い出し、外に出かける。 おしゃれなカフェでランチしよ〜〜っとなんて思っていたらなぜか山村がついてきてうんざりしたが、 その山村が「野立さんに教えてもらったカフェがある」なんていうものだから、 わざわざタクシーに乗って、仕事場近くでランチとなった。 「にしても、おっさんには似合わんな、このお洒落さ」 「ここいいよね〜やまむーときめいちゃう♪」 柄の悪い男と薄い男が似合わないランチをしていると、 そんなランチが似合いそうな男が入ってきた。 「あれ?野立っち??」 1人ふらっと入ってきたのはラフな格好をした野立。 サングラスをかけ、下は黒いジーンズに上は茶系のポロシャツという出で立ち、 左胸にワンポイントがあり、開いた胸元から見えるチェックがどこのブランドかを如実に表している。 「きゃーーvvv」 1人ときめいて、観察。 店に入ってきた時から携帯でしゃべっていた野立は近づいてきた女の店員さんをナンパしつつ、 携帯でしゃべりつつ注文をする。 1人で食べるには多すぎるであろう量を注文しながら、 店員さんに「一緒に食べる?」などと聞いている。 「もう、野立っちったら〜〜」 そんな軽さも素敵っ などと思いながら観察を続けると、颯爽と1人の女性が入ってきた。 「んぐっ!!!」 驚きのあまりパスタがのどがつまる、 しかしこれが功を奏した。 喉につまっていなかったら驚きのあまり声が出てバレるところだった。 後ろを向いている山村は気付いていない、 伝えるべきか迷っていると、遠く離れた席でもわかる声がした。 「ちょっと、何ナンパしてんのよ」 「あはははは、早かったな。」 「早かったなじゃないわよ、たく、やっぱりあんってサイテー」 「携帯越しで自分もナンパされてる気になっちゃった?」 声が聞こえ、山村もぴくっと固まる。 どんなにいい上司でも、休みの日に声など聞きたくない。 そんな風に思っているのかもしれない。 「ね・・・も、もしかして・・・・・・」 「あぁ、BOSSと野立さんや・・・・・」 「だってBOSSは今日・・・」 「昼休みに来たんやろうな、野立さんは休みらしい」 山村もこっそり振り返ると、運ばれてきたサラダを分け合っている2人が目に入る。 岩井も山村も2人がどんな関係であるかは知っているが 相手はそれを必死で見せまいとしている為恋人らしい会話など聞いたことがない、 2人っきりでどんな話をするのか、そんな好奇心が覗きを辞めさせない。 「ねぇ、どうだった?」 「あぁ、横のサイズはよかったけど、縦がなぁ・・・ちょっと高かった」 「そっかぁ、あの色よかったんだけどなぁ」 「置き場所替えれば?」 「あの場所がいい」 「ん〜・・・・あっ、今日入ってたチラシ持ってきた。 つかお前、チラシだけ置いて新聞持ってくなよ〜俺、読めないじゃん」 「朝、読んでる時間なかったんだからしょうがないじゃない」 「ひっでぇ〜・・・・」 「昨日、あんたが「明日俺休みなんだ」とか言ってはりきっちゃうのが悪いんでしょ? たく、私は今日も仕事だっつうの」 「はは、でもよかっただろ?」 「・・・ホントさいてー」 「褒め言葉として受け取っておく」 「信じらんない」 「あっそれ、量販店のだから希望の色ではないかもだけど結構よさげだぞ」 「見てきてくれた?」 「いや、ちょっと遠いから一緒にチラシ見てからにしようと思って」 「あっ、でも確かにいいかも。今日、定時で上がれたら見に行ってみる」 「マジで?じゃぁ終わったら電話くれ」 パスタ2種類とピザ1枚というそれなりの量を消費しながら40代前半のお洒落なカップルの会話は続く。 お洒落なカフェにお洒落なカップル。 しかし間には新聞に挟まっていたようなチラシが行き来し、生活感がありありだ。 「なんのチラシだろ?」 「わからん、もうちょっと近ければ・・・・」 近かったらバレるが、でも知りたい。 同僚のプライベートの顔などむず痒いものだが、 あのBOSSと野立の仕事場以外での顔・・・普通の恋人同士の顔など想像できなくて、見たくてしょうがない。 先ほどのはっきりとした会話とは違い、声も全てが聞こえるわけではなくとぎれとぎれの情報しか届かない。 絵里子の通る声はともかく野立の声は低くて聞こえない。 かろうじて、終業後にまた会う事はわかったので、2人はつける事にした。 腐っても鯛、こんななりでも2人とも刑事だ待つことには慣れている。 野立は一旦家に帰るようだが、ここは動かず絵里子を張ることにした。 2人で1人ずつ張り付くよりどちらか一方にした方が得策、そう判断したのだ。 「おまたせ〜」 「おうっ」 事件も起こらず(起こっていたら尾行している2人も呼び出されていただろうが) 仕事も順調に終わったようで、定時を少し過ぎてから出てきた絵里子は電車を乗り継ぎ、 とある駅で野立と待ち合わせをしていた。 岩井も山村も気づかれないようある程度の距離を保ちながらつけているが、 遠目でも「恋人」というのがわかる雰囲気に驚いた。 「BOSSでもあんな表情するんだねぇ・・・」 お見合いの時は「作った女」だったが、今日は「自然な女」 「野立さんも違うなぁ、やっぱり」 気を張らず、軽い男の雰囲気はあまりない。 元々の軽さは隠せないが、やはり仕事場で見る顔よりもずっと柔らかく「素」という表現がぴったりだ。 お洒落なカップルだが、ドラマに出てくるようなお洒落さよりも 生活感があり、もっと現実的である。 と、ここで絵里子が躓いた。 声は聞こえないが、野立が笑いながら「大丈夫かよ?」などと手を差し出し、 いわゆる恋人つなぎをして2人は進む。 あまりに自然な成り行きにびっくりしながら、 居心地の悪さを感じていた。 「な、なんや、あの大人な雰囲気は。」 「こう、もっと嫌味の応酬かと思ったけど違うんだね」 軽口は叩き合っているが、仕事場で見るつんけんしたものよりもずっと楽しげだった。 というよりも、つんけんしたものも混じっているから色々なバリエーションがあるといったところか。 そして野立と絵里子が乱立するショッピングセンターの1つに入り、 その中の家具が置いてある店へと足を踏み入れ、タンスのコーナーに歩いて行った。 「チラシに載ってたのってこれかな?」 「ん〜・・・・ちょっと違うっぽいけど、色は同じみたいだな」 「高さは?」 「それならちょうどいいかな」 「載ってたのはないね」 「郊外の店には展示してるみたいだけど、都内じゃ狭くて無理なのかもな」 「だよね、しょうがないか」 「どうする?」 「ん〜・・・今のでも不自由はないんだけど、う〜ん・・・・」 「収納的には問題ないんだろ?そしたらゆっくり探せば?」 「・・・・そうね、やっぱり色にはこだわりたいし」 「今のタンスの何が気に入らないんだ?ずっと使ってきたんだろ?」 「前の家には合ってたんだけど、今は合わないんだもん」 「そうかぁ?」 「そうなの」 並べられたタンスを挟んでびたっと聞き入ってる岩井と山村。 その列の家具を見ている他の客や店員からはかなり不信な目で見られているが気付かない。 途中で「向こうは何があったっけ?」 などという会話をしながらこちらに歩いてくるのが見え慌てて逃げる。 その様子があまりにも不自然で、刑事という立場でありながら逆に通報されそうな勢いだ。 尾行の対象2人はそれでも諦められないのか、 メジャーと記載された高さや幅を確認しつつ、会話は止まらない。 「そういや一回うちに来いって、親が」 「・・・うっそぉ・・・・・・」 「実家に泊まれとかは言わないから」 「それ、許されるの?」 「んー?だって泊まったら大変だよ?親戚一同にもみくちゃ」 「わぁ・・・でもさ、婚約もしてないのに・・・・」 「俺はいつでもいいっていってるじゃん?」 「え〜・・・・・・・・」 「なんだよ、イヤなのかよ?」 「べ・・つに嫌なわけじゃないけどぉ・・・・・・」 「お得な物件だよ?見た目もいい、収入もある、しかも次男坊。」 「お得ねぇ・・・・・・」 なんだか歯切れの悪い絵里子に思わず笑う野立。 「なによ?」 「絵里子、心配すんな、今度ロマンティックにちゃんとするから」 「なっ・・・べっつ・・に・・・・・」 「バカボンのパパより年上になっても乙女だもんな、絵里子は」 「ちょっと!!」 結局タンスを選ぶのは諦めたらしく、人目をはばからず (結構な歳のくせに)いちゃつきながら店を出る。 本人たちはいちゃついている気はないのかもしれないが、十分いちゃいちゃしている。 それを見送る寂しい男2人。 「・・・・・なんだろう、すっごく疲れたね」 「あぁ、仕事してる方がマシやな・・・・・」 「帰ろうか・・・・・・」 「おぉ・・・・・・・・・」 これ以上の尾行は諦め、とぼとぼ帰る柄の悪い刑事と色々薄い刑事。 なんだかあてられた気分で、結局また飲んでしまって次の日二日酔いの状態でBOSSに怒られる事に。 「二度BOSSの後なんてつけへん」 二日酔いで調子の悪い中、またもや山村の面倒を見ながらしかも怒られて、 岩井はそう心に決めた。 SS一覧に戻る メインページに戻る |