車内での出来事(非エロ)
角松一郎×堤芯子


正直、運転はあまり得意じゃない。車を出すときは大抵金田に頼っているし、自分で運転することは殆どないからだ。
それでも、助手席で高鼾をかきながら寝こけているコイツにさせるよりはマシだろう、と、角松一郎は汗ばむ手でもってハンドルを握り締めた。
本日は、二手に分かれての実地調査。明珍の計らいにより、一郎と芯子のチームと金田、工藤、明珍のチームとに分けられ調査場所へと向かった。
チーム編成で内心喜んだのも束の間、苦手な運転をさせられて芯子とも碌々話せず終いである。
あまりに暇すぎたのだろう、大あくびを幾度となくかましていた芯子は、着いたら起こせ、と寝始めてしまった。せっかくの二人きりなのに、と仕事中にそんなことを考えている自身にため息が出る。
しかも、もう直ぐで庁舎へ到着出来るという所まできて、事故渋滞。なかなか進まないし、逸れる横道もない。
はあ。
再び漏れた溜め息に呼応するかのように、芯子が深く息を吸う。そして、へえっくしょい!と妙齢の女性らしからぬくしゃみを致した。

「……オッサンか、お前は……」

返事はなく、代わりにまた小さな寝息が聞こえる。
でかいくしゃみをしたくせに起きる気配もない女。
少し俯き加減の顔。化粧っ気のないそれだけれど、長めの睫毛、意志の強さが現れたような眉、すらりとした鼻、ふっくらした唇に、つんと尖った顎。
表情もなく唇は引き結ばれているが、寝ている顔は、普段が蓮っ葉で子どもっぽいからだろうか?いやに整っているように見える。
普段とて綺麗な顔つきなのだけれど、悪態をつかないだけで全然雰囲気が違う。
ジッと芯子を見つめていた一郎は自身の鼓動が速度を増していくのを感じて、慌てて視線を前へと戻す。
相変わらず、前の車は一向に進む気配を見せない。

「……いつんなったら帰れるんだか」

思わずそう呟いて、再た助手席を見た。
工藤は、コイツのどこが好きなのだろう?
考えて、自嘲する。俺の方が筋金入りだ。
尤も、芯子は工藤の方が好きなのかも知れないけれど。

(アイツは『優』で俺はひたすら『シングルパー』だもんなー……)

昔、『洋子』と付き合っていたときは、『一郎さん』と呼ばれていた。それが酷く懐かしく、また、工藤優がちょっと嫉ましい。

(って、バカか俺は)

横を見ればくうくうと寝息を立てる女。無防備すぎて涙が出そうだ、まったく。
……今なら、出来るだろうか。芯子は寝ているし、見ている人も居ない。咎める奴がいない。しかも彼女はお誂え向きに此方を向いている。
未だ動かない車内。

「芯子……」

一郎は、シートベルトで縛られた身体を捩ると、芯子の顔に自分のそれを近付けた。脈がどくどくと早くなる。
触れた唇が、熱い。
触れただけ。ただそれだけ。
唇を離しても芯子は起きない。

「……進まねえなあ……」

前に向き直った一郎は、そう小さく呟いた。

一向に進まない。あの日遮られた告白もそのまま、何も。

十二月二十八日、仕事納めの日の午後の車内での出来事である。






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