嫌いじゃナイ
角松一郎×堤芯子


くぁあ、と大きく欠伸をした芯子は、汗ばんだ首筋に手を這わせた。自分のではなく、一郎のそれに、である。
中年男が出っ張った腹か、と思っていたが、この男は意外にも記憶に違わない身体つきを維持している。いい意味で。
それに、身体の相性もこれまでの数えられるどの男よりいいのだろう。

(ま、あいっかわらず耐え性はないけど、な)

※※※

「アタシさ、嫌いじゃナイんだよねえ」

芯子は、それだけ呟くと徐に一郎の服を捲り上げた。狼狽える男には構わず、見えた肌に顔を寄せ、吸いつく。
強めに舌を使えばそこには鬱血の小さな跡。それをなぞって、芯子は唇を舐めた。

「アンタとするの」

芯子は上体を起こすと、仰向けの一郎の腰に跨がるように座った。そのままゆらゆらと身体を動かす。

「お前、あんま煽んないでもらえねーかな……。……ッホント、余裕ないのよ俺……」
「嫌いじゃナイっつってんのに、なーんでそんなコトゆーわけ?」
「そりゃ俺はいい。……気持ちいいしな。挿入れて動くだけだし。でも、お前、久しぶりで辛くないか?」
「……っとに、パー……」

好きだのなんだの言う癖に、アタシに惚れてる癖に、自分本位で動こうとはしない。そんなところに少し苛立つ。普段言い合いをしているときのような距離がいいのに。

「パーってなんだ、俺はお前を心配して、」
「脱げ」
「聞け!」
「いーから、脱ーげってほらほら」

もうホントお前知らないからな、途中で止めるとか言われても無理だぞ、と再三に渡って言われた芯子は、実にうざったそうにハイハイと答えると昨日のようにズボンに手を掛け、前を寛げていく。
観念したのか諦めたのか解らない一郎は、それでも上は脱ぐことなく、ただその芯子の様子を目で追った。
芯子が、一郎のソレを取り出してさする。

「どーでもいーけど、アンタパンツまでだっさい、な」
「なんでだよ、可愛いだろ、ピンクで」
「いーとしこいた上司が蛍光ピンクでアヒル柄の下着穿いてるとか、絶対ヤだ」

昨日見てたら萎えてたカモ。
冗談混じりな口調でそう言って、勃起しかけているそれを指でつついたり、撫でたり唇でなぞったりと弄ってから、握り込んだ。
尿道の穴を攻め、そこから滲み出たものを周りに塗り付ける。時々思い出したようにペロリと亀頭を舐めたり雁首を弄る気紛れさが、猫のようだ。
口に含んでくちゅくちゅと唾液まみれにして下の袋も舐る。
伏せた睫毛、器用に動く舌、掛かる吐息のなま暖かさ、さらさらと纏わる横だけ下ろした髪。
自分のモノが出し入れされる様が卑猥で、一郎は喉を鳴らした。

「芯子、も、いいから」
「ひゃんひぇ」
「ッ……喋るな……!」

口一杯に頬張ったモノをズルリと出した芯子は、唇に付いた唾液だか体液だかを舐めとる。
そのまま、自分のズボンと下着を脱いだ。

「なーんかアンタやる気なさそーだ、し……好きにするからな?」

言うが早いか、慣らしていない自分のそこに一郎のソレをあてて、重心を落とす芯子に一郎が瞠目した。

「おま……」
「あ……ん……ンン……」

口に一物を含みながら芯子自身濡れてはいたのだろうが、それでもつい昨日まで久しく閉じていたそこにある程度太さのあるそれを入れるのは難しいようだ。
膝を折りながらゆっくりと埋めていく。

「ン、……いちろうさん、」
「え」

ふいに名前を呼ばれて、一郎が間の抜けた声を出した。芯子の瞳が訝しげに一郎を捕らえる。

「なに、なま、え、よばれたいん……でしょー……?ぁっ……やっば……」

きもちいい、と、腕で身体を支えながら腰を上下させる芯子を、一郎はじっと見詰めた。そして、芯子の上下するリズムに合わせて、一郎も腰を使う。

「あっ、や、だ……ぁ」
「何が嫌なんだよ、こんな……あーも……知らねーって俺言ったからな!」

一郎はベッドから上半身を上げ、洋服ごと芯子を掻き抱くと深く腰を打ち付けた。

「ぁああッ……っぅ!」
「く……」

子宮口を抉るように穿つ。一郎の耳元では、芯子がひっきりなしに喘ぎ、細いうではその首にしがみついた。
芯子が強請る口付けに応えて口内を舐り、騎乗位だった体位をその身体を押し倒して正常位に換えて脚を持ち上げると更に腰を入れる。
奥に届く度に、芯子が身悶えた。

「ぁッあ、……ぅん……!」
「く……ぅ……芯子……ッ!」
「……ッひぁ……ッ」
「うゎ、ッ」

一郎は、一瞬狭まった芯子の中で、耐えきれず精を放つ。歪んだその顔と突然緩やかになった動作に、芯子が唇を尖らせた。

「……」
「……すみません……」
「ほんっと……相変わらずはやーい、な……」
「う……」
「……どーすんの、抜くの、抜かないの」

芯子の言葉に、一郎はふっとだらしなく笑みを浮かべるとその身体を抱え直した。

※※※

「……しーんぐーるぱー……」

添えた手が、鎖骨を辿る。芯子はそこに唇を寄せると、きつく吸った。二つ目の跡。
一郎の眉が寄り、目蓋が持ち上がる。

「んー……?」
「腰、おっもいんだけど」
「うん……」
「もー三時なんだけど?」
「……マジで?」
「マジで。風呂入って、買い物付き合って」

だるい重いを繰り返しながら、芯子はよたよた浴室へ向かった。

「あー……シーツの替えどこだっけなあ……」

芯子の後ろ姿を見ながら呟いた一郎は、置きっぱなしだった仕事鞄に目を向ける。

「携帯の充電もしてねーや……」

気怠い身体を動かして、鞄を取る。中から出した携帯を開けば、一件の着信があった。相手は、工藤優。
一郎の胸がずくりと動いた。ああそうだ、堤芯子に惚れているのは、自分ばかりではない。

「話つけねーとな……」

意を決した一郎、の後ろで、あー、と芯子の声がした。振り向くと至近距離に顔があり、一郎は目を見開く。全く気配を感じなかった。

「だれからの連絡いっしょーけんめい見てんのかと思ったら……」
「……」
「……アタシが選んだのは、アンタだよ」

後ろからわしわし髪を混ぜられる。

「ああ……」
「……あーもうっ、ほら!いつまでもジメジメしてないでとっととケツ上げな、シーツ洗うんだから!アンタの服も一緒に洗濯しちゃうから、全部脱いで洗濯機入れとけ」
「ってお前素っ裸になったら風邪、」
「い、ち、ろ、う、さん」
「だから最後まで、」
「お風呂、一緒に入ってアゲルから、中で待・っ・て・て」
「……!」

ちゅ、と一郎の頬に口付けた芯子は、ズボンだけ穿くと、トタトタ台所を横切りベランダに出て自分の下着と洋服を取り込む。
お天道様がよく射し込んでいたおかげで着られる程度には乾いていた。
冬の強く暖かい日差しは今もベランダに降り注いでいる。

「……んー……まぶしーね、こりゃ」

芯子は空を仰ぐと、一郎への電話の主を思い浮かべた。

芯子さん、好きです。
そう言った優が本気だなんて、そんなのとっくに知っている。それでも、芯子が選んだのは、優ではなかった。

(アタシが、選んだのは)

「我ながら、よくわかんない趣味してる、な」

芯子は、風呂場で待つであろう恋人を思い返して笑みを零し、そしてもう一度、もう一人のシングルパーに思いを馳せた。

(優。アタシ、アンタに言わなきゃなんないことがある)






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