相合い傘(非エロ)
工藤優×堤芯子


「うげ、雨降ってら」

秋の空模様は移り変わりやすい。就業時間終了とほぼ同時に退室した芯子は、入口で足留めを食らい空を睨みつけていた。
勢いよく出てきたものの、この雨脚で傘なしで帰るなんてびしょ濡れ確実だ。さすがに風邪を引くだろう。あまりの寒さに襟元を締め、ジーンズのポケットに両手を突っ込んだ。

「うわぁ雨降ってたんですね、庁舎の中にいると気づきませんでした」

背後から工藤優の声がした。芯子が振り返ると工藤は空を見上げ、結構強い雨ですねぇと言葉を続けた。手にはちゃっかり傘を持っている。

「あれ、芯子さん帰らないんですか」
「傘持ってきてないっつーの」

ぷいっと芯子はポニーテールを振りそっぽを向く。その毛先が見事に命中し、ムズ痒そうに顔を払う工藤は思い出したかのように口を開いた。

「あ!そうだ僕、ロッカーに置き傘してるんですよ。折りたたみでよければ芯子さん使って下さい」

ちょっと待ってて下さいね、今取りに行ってきますから。そう言って工藤は踵を返したが、ぐいっと腕を引っ張られて足が止まる。

「えっ…?」

引っ張られた自分の腕を辿っていくとそこには芯子の手が続いていた。

「し、芯子さん!?」
「アンタのそっちの手に持ってるのは、なあぁに?」
「…傘、ですけど…?」
「じゃあその傘に入れてって?」

にっこりと不敵に笑う芯子に工藤は慌てて制する。

「いやいや、こんな強い雨なのに二人で傘使ったら濡れちゃいますって、ね?」
「あ〜、私と相合い傘するのイヤなんだ〜」

ひどーい傷ついたなぁと芯子は人差し指で工藤の胸をつつく。にやにや笑い続ける彼女に、あ、からかわれてるなと工藤は直感的に思った。顔を引き締めて芯子のその人差し指を優しく払いのける。

「もう!からかわないで下さいよ」
「いいじゃん別に。つうか早く帰りたいんだよ!ほらほら入れてってばシングルパー!」

半ば強引に工藤の腕にしがみつき、ホラホラと催促をする。渋々工藤は傘下に芯子を招き入れ、雨脚が強まる中、身を寄せ合う。
自分より一回り以上年上で、自分より一回り以上も細くて小さい芯子。それでもなるべく濡れないようにと、工藤は芯子寄りに傘をさしてやる。
それに気付かないのか芯子は濡れまいと更に工藤の腕にしがみつき、はたから見るとそれは恋人同士のようだった。

「し、芯子さん…あの、そんな、あんまり」
「あ?」
「いやあの。当たって、ますんで…」

赤面しながら視線があちらこちらに泳いでいる工藤の表情を確認した芯子は、あっ!と気付き、すぐさま自分の胸元に目をやる。なんだろうこのウブ過ぎる反応は。
芯子は笑いを堪えながら構わず工藤の腕にすり寄った。

「なあに?アタシのこと意識しちゃったあ?」
「ち、違いますッ…!」

何言ってるんですか!、と慌てふためく工藤に芯子は内心笑いが止まらない。

「思ったんだけどさぁ、シングルパーあんた」
「はい?」
「もしかして童貞?」
「なッ…、何を急に!!?」

その裏返った言葉を合図に見る見る顔を赤くしていく工藤を見て、芯子は納得した。

「だと思ったんだよなぁ、カモフラージュでキスした時の慌て振り異常だったもんね。東大出身だから勉強ばっかしてたんじゃないの、もしかしてチューも初めてだった?」
「芯子さんっ!お、怒りますよ!」
「もう怒ってんじゃん」

芯子は笑いを堪えながらごめんごめんと、工藤の肩を叩く。

「下手くそと童貞ね。そうめんカボチャはなんだかマニアックなの好きそうだし、ここにはマトモな男はいないのかねぇ」
「だから童貞童貞って言わないで下さい…って、あれ?」
「ん?」
「下手くそって、誰のことですか?」
「…………」

工藤は指折りぶつぶつと小声で整理していく。童貞は不本意ながら僕の事だとして、そうめんカボチャは金田さん…で後は。
その工藤の横で芯子は隠れれるようにやっべ、と顔をしかめて舌を出す。からかい過ぎて墓穴を掘ってしまった。

「え?も、もしかしてしゅに…」
「ストップ!」

芯子の人差し指が工藤の唇に触れる。有無を言わせない威圧感にも似たオーラが漂っていた。
工藤はそれに圧倒されて思わず目をぱちくりさせる。芯子はゆっくりと顔を近付けて微笑んで見せた。

「今のはぁ〜記憶からぁ〜消し去ること!」
「え、ええっ!?それってどういう…」
「童貞くんがそんなこと根掘り葉掘り聞くなんて、野暮だ、ぞ!」

ちょんと工藤の唇をつついてからかう。

「だから童貞童貞って止めて下さい!ち、違いますから!」
「だ〜いじょうぶだって、お姉さんが手解きしてあげよっか?」
「ッ!?…けけけ、結構です!」

顔を真っ赤にした工藤はそう叫ぶと、歩幅を気にせずにズンズンと足を進めていく。ちょっと!濡れちゃうでしょ!とおいて行かれた芯子は慌てて工藤の後を追いかけた。






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