セラヴィー×どろしー
「こんばんは、愛しのどろしーちゃん」 温かい気配とベッドが軋む音がして、重いまぶたを持ち上げると、隣には満面の笑みを浮かべる世界一憎たらしい、世界一の魔法使いがいた。 カーテンの向こう側はまだ暗く、時刻は夜中だと容易に分かる。 夜中に女の部屋に不法侵入だなんて、いったい何を考えているのか。 何か考えていたとしても嫌だが。 どろしーは夜中に起こされた不快感と、その他諸々のいろんな悪感情をまぜこぜにして眉間に皺を寄せる。 憎たらしい相手に背を向けるようにして寝返りを打つ。 もちろんその際に相手に蹴りを入れるのも忘れない。 「変態男、最低男、さっさと出てって自分の部屋で寝なさいよ」 「えー」 「えー、じゃないわよ」 ちらりと部屋の時計を見ると午前3時を示していた。 安眠妨害。 どろしーは不快な気分にますます眉間のしわを深くした。 相手がいつもどおりの、へらへらにこにこした雰囲気なのもどろしーの気分を悪くする。 「一緒に寝るくらい、いいじゃないですか」 「いくない」 「どろしーちゃんのいけず〜。こんなにも愛してるのに」 少し掠れ気味の熱っぽい声で囁かれ、背後から手を伸ばされてぎゅう、と抱きすくめられる。 相手の熱い体温が背に触れて、うんざりする。 眠気と、相手への不快感と、眠気と眠気で、どろしーはさらにうんざりする。 このまま一緒に目を閉じて眠ってしまえば話は早いのだが、それを許すわけにはいかなない。 相手に性的な目的があるにしろ、ないにしろ。 「もう子供の時とは違うのよ」 「子供だったら良いんですか」 「あんた、何言ってんの…?」 ぎゅうぎゅうと抱きしめられていて、振り返ろうにも振り返れず、相手の顔が見られない。 セラヴィーの言葉の妙な真剣味が気になって、どろしーは眠気を振り払おうと努力した。 首筋に、セラヴィーの熱い息がかかってくすぐったい。あつい、吐息。……………。 「セラヴィー、あんた…」 「子供だったら、良いんですね?」 どろしーが振り向こうと力を込めて思いきり身をよじると、それよりも先にぽひゅっと魔法が発動する音がした。 セラヴィーの拘束が解け、どろしーが振り向くと、そこには子供の姿のセラヴィーがいた。 それを見てどろしーはあきれて小さくため息をついた。 そして、起き上がり、子供の姿のセラヴィーを残してベッドから出て行こうとする。 「どろしーちゃん」 「おとなしく寝てなさいよ」 「一緒に寝てください」 「…ばかね」 どろしーはベッドサイドにあったカーティガンを羽織って立ち上がると、すがり付こうとするセラヴィーに布団をかけ直し、ため息をついた。 そして瞳が潤んで泣きそうなセラヴィーの髪をそっと撫でて、苦笑いした。 「あんた、風邪ひいたんでしょ。声も掠れてるし、熱もあるし」 驚くセラヴィーの額に手を当てて、ほらね、と軽くどろしーは笑った。 「どろしーちゃん…」 「喉にいい、蜂蜜レモンのあったかいの作ってきてあげるから、ちょっと待ってなさいよ」 そしたらぐっすりねむれるでしょうよ、と言い残し、ぺたぺたとスリッパの音をさせて、どろしーはベッドを離れていく。 ドアに手をかけて部屋を出ようとすると、セラヴィーがベッドから声を上げた。 「っ!どろしーちゃん、」 「…ばかセラヴィー。今日は傍にいてあげるわよ。あんた、昔から風邪ひくと寂しがりがひどくなるわよね」 子供の頃もセラヴィーは、熱が出ると人の周りをいつも以上にべたべたと、うざいくらいに離れなかったものだ。 意味もなく、いつも以上に輪をかけたように甘えてどろしーに擦り寄ってくる時は、大抵体の具合が悪い時で。 そんなことを思い出し、どろしーはくすりと笑った。 セラヴィーは居心地悪そうにベッドの布団に顔をうずめている。 そんなセラヴィーを見て先ほどまでの眠気と、気分の悪さはどこかにいってしまった。 頼られて甘えられるのは嫌いじゃないな、とどろしーは思う。 たとえそれが「大嫌い」な天才相手でも。 ぱたん、と扉が閉じて、台所へ向かうどろしーの足音が夜の家に響いた。 「ほら、作ってきたわよ、あと薬もね」 セラヴィーはどろしーから湯気を立てる蜂蜜レモンを受け取って、ちびちびと飲む。 あたたかくて、すっぱくて、甘いのはどろしーちゃんみたいだとセラヴィーは思う。 どんなに普段冷たかったりしても、最終的なところではいつも優しい。 飲み終わると、薬を差し出された。 黙って首を振ると、飲みなさいよ、と口をこじ開けようとしてきた。 乱暴などろしーちゃん、とセラヴィーは笑った。 セラヴィーはぽふり、と無言でベッドに倒れこんで、子供じみた薬を飲まない意思表示をする。 熱で頭がくらくらしていても、聞き分けの悪い子供のような真似をするのは少し楽しかった。 あぁ、今は子供の姿なんだっけっと、セラヴィーはどこか遠いところで思い出す。 「意地でも飲んでもらうわよ」 「意地でも飲みません」 「ふーん…」 目を閉じて、荒い息をついているセラヴィーを横目に、どろしーは薬と水を口に含んだ。 そしてどろしーは横たわっているセラヴィーの両脇に手を突いて少しずつ顔を近づけていく。 近づいてくる気配にセラヴィーが気付いて、目を開く前に、どろしーはセラヴィーの唇へ唇を押し付けた。 「!!」 どろしーが流し込んだ水と薬をこくり、と飲み込むとセラヴィーは信じられないといった面持ちで目を見開く。 水が全てセラヴィーに受け渡され、どろしーの唇がセラヴィーから離れる瞬間、セラヴィーの熱い舌がどろしーを捕まえた。 「……ん、…」 くちづけは熱っぽく、長く続いて、ようやく離れる頃にはどろしーの息も上がっていた。 「…………ばか」 「押し倒しても良いですか?」 「変態風邪ひきはさっさと寝なさいよ」 「ね、大人の僕でも、同じことしてくれました?」 返事の代わりに、布団を頭の上までかけられる。 けれど、視界が布団にさえぎられる前に、真っ赤な顔のどろしーが見られたからいいか、とセラヴィーは思った。 「寒いから、一緒に寝てください」 布団から手を出し、背中を向けているどろしーのパジャマを引っ張って、にこにこしながら催促する。 無邪気に笑う相手の要求を突っぱねきれないのは、相手が子供の姿だからか、風邪引きだからか、それとも。 どろしーは本日何度目かのため息をついて、子供の姿をした、バカで変態な幼馴染の隣にもぐりこんだ。 バカなのは自分も一緒だ、と思いながら。 次の日、風邪をうつされたどろしーをすっかりよくなったセラヴィーが看病しようとして嫌がられたりするのだが、またそれは別の話と言うことで。 SS一覧に戻る メインページに戻る |