本心
藍沢耕作×白石恵


薄暗い、夜の外来ロビーのソファーに座って、買ったばかりの
紙コップのミルクティーを飲んで、やっと一息…。

「お疲れ」

少し遠い背後から藍沢の声がした。
振り向くと、3列後ろのソファに藍沢が座って
同じように紙コップを持っていた。

「お疲れ様…ごめん、そこにいたんだ。気がつかなかった…」
「疲れきった顔で真っ直ぐ自販機の前に行ったもんな」

言われた通り、とにかく何か一息つきたい一心で自販機に直行した。
午後にヘリで運び込まれた急患の緊急オペが長時間になり
やっと…さっき終わったばかり。
藍沢が大きくため息をつく。

「藍沢先生も疲れたよね…朝から忙しくてその上長いオペ入って…」
「白石…。」

会話を途中で折られて、振り向こうとした時に隙を与えない感じで続く

「俺、白石の事好きだ…」

小さい声だけど、そう聞こえた。
背後から聞こえた小さい言葉に目を大きく見開いてごくり、とミルクティーを飲み込んだ
…振り向けない…。

「あの…今…」

言いかけた時に、紙コップがゴミ箱に入れられる音がする。
振り向くと、藍沢は既にその場から立ち廊下に歩いていってしまった

「え…藍沢先生…」

呼び止めようと思ったけど、小さい声しか出なかった。
今のは…何?…空耳?聞き間違い?妄想?
ポツンの静まり返ったロビーで、白石は一人悶々とする。

唐突すぎる告白?
唐突すぎるっていうか
いきなりすぎるっていうか
…意図がよくわからない…

「ちょっと、眉間にシワできてるんだけど。面白い顔で何してんの?」

向かい合わせに座って書類書きをしていた緋山がしれっと言う。
思わず眉間を触って顔をきりっとさせる

「ちょっと考え事…」
「医学書オタクの考え事ってどうせつまらない事だろうね」

…つまらない事かもしれないなぁ…空耳とか聞き間違いだったら
かなりつまらない…いや、むしろ他の人たちは面白いかも。
そこで、緋山のPHSが鳴る。

「はい……えっ!?はい。一応私が今、行きます」
「急変?」
「304の佐伯さんが痛みを訴えてるから鎮痛剤入れていいかって」
「転落の佐伯さんだよね?藍沢先生の担当じゃないの?」
「藍沢が電話に出ないんだって。仮眠してんじゃない?私、代わりに行ってくるよ」

緋山が聴診器を手にして病棟へ向かった。

藍沢先生が電話に出ない…?
いつもなら仮眠中でも飛び起きて電話に出る筈なのに…
何か、あったのかな…

白石はペンを置いてさっきのロビーへと小走りで向かう。
真っ暗なロビーには、目を凝らしても人影はない
仮眠室にも行ってみた…そして仮眠室の前で藍沢のPHSに電話する。
しかし室内からは音がしない。と、同時に仮眠室から寝起き丸出しの藤川が出てきた

「お〜…白石どうしたぁ?ここ男子の仮眠室だよ?」
「藍沢先生、まだ寝てる?」
「藍沢?居ないよ。俺だけだよ仮眠してたの。」
「――そっか。ありがとう」

おい?白石?という寝ぼけた声はもう聞こえない
どこに行ったんだろう…。

…あそこかな?

心当たりが1つあった、でも、違うかも。
そう思いながら小走りで白石は階段を駆け上がる

夜中の真っ暗な中に、所々にある蛍光灯で弱すぎる光がある。
風が少しある屋上に白石はたどり着く

――いた。

手すりに肘をついて立っている藍沢が見えた。

「藍沢先生?」

藍沢は声をかけるとこちらを振り向いた。
そこでいきなりさっきの空耳を思い出して歩み寄ってる脚を急ブレーキさせる

「何。」
「――佐伯さんが…痛みを訴えてて…緋山先生が鎮痛剤出しに行った…
 藍沢先生が電話出ないって言われて…」

藍沢はPHSの画面を見てふ、と鼻で笑う。

「やっぱり急変じゃなかったか。急変や重要な事なら何度も鳴ると思ったから。
1回かかってきただけでそれ以降呼ばれなかったから、そんなもんだろうと思ってたよ」

「私も…電話したんだけど…1回だけ…」

「1回しかかけてこないってことは大した用事じゃなかったんだろ?
 誰にでもできる鎮痛剤の処方のために、俺を探したのか」

「それだけじゃないんだけど…。さっきの…空耳…」

藍沢が不思議そうに「空耳?」と聞き返す。
空耳というタイトルをつけてたのは自分の中だけだった事を思い出して
白石は「あっ、えーと」と取り繕う。

「ロビーで…。さっき…。何か、言ったよね」

夜風と一緒に遠くの車の音が僅かに聞こえる
藍沢は穏やかな笑みで、白石のほうに歩み寄りながら答える

「聞こえてた癖に」

白石の前に立つとPHSで電話し始める

「藍沢です。すいません仮眠とってました…はい、はい…わかりました。すいません。」

電話を切ると白石を見つめながら「緋山で用事済んだ」と一言報告してきた。
白石は、目を合わせられず藍沢のIDカードの藍沢の写真に視線を落とす

「好き…とか、聞こえたけど空耳だよね?聞き間違っちゃって」
「空耳じゃないよ。お前の事好きだって言った」

――視線が上げられないくらいに大きくドキン!と心臓が驚いた。

「…いきなり、だね」
「前置きとか準備とか、必要か?これから好きって言うぞって予告欲しかったか?」
「そうじゃないけど…」

向き合って立つ二人…距離が、近い。
藍沢が、白石の肩を掴む。見上げた白石の顔を見て

「予告があればいい?これからキスするからとか。」
「そんな事っ、予告されても…」

予告通りに重ねられた唇。ふわりと柔らかく体温が伝わってくる――
緊張が少し解されて…白石は、本来驚く所なのだろうけどなぜか涙が零れそうになる。
それに気づいた藍沢が少し驚いて

「嫌だった…?」
「違うの…。びっくりしたのと…なんでだろう、嬉しいの…」

嬉しい、という言葉を聞くと藍沢は穏やかな笑みになり強く白石の体を抱きしめる。
されるがままに彼の腕の中に収まると、白石は自分の意見はどうなんだろうと考える

私は…藍沢先生が…好き…?

今までに会った事のないタイプの人で、仕事に関しては冷徹だったけど…
本当はすごく深いところに優しいものを持っていて…
ごちゃごちゃと考えていると、藍沢の手が、青い術衣の下に着ていた白いTシャツの中に
もぐりこんできて、背中の肌を直接触れていく。そしてブラのホックを彼の右手が
片手でプチッと外した。「えっ」と小さく声をあげるとそれを再びキスで塞がれる。

「いきなり何?」「ちょっとまって」「ここ屋上だし」「一応は勤務中だし」

色々言いたい事が頭に並ぶ。だけど、一言もだせないように藍沢はキスをやめない――
舌をゆっくり捕まえて味わうように絡ませる…白石は足元がフラついて
肩くらいの高さの屋上の手すりに寄りかかる。服の中では背中から片手が胸に回り込み
ゆっくり大きく、胸を優しく愛撫している。それを拒もうと指を伸ばすが…
結局は、彼の肩に掴みかかり、キス同様受け入れ続けてしまう。
背中に残っていたもう片方の手が腰へと下がってきて…腰から尻へと下着の中に入りこむ。
さすがにそれは、と思い彼の肩を軽く叩いてキスを中断してもらおうと思うが
舌が彼の舌に捕まってしまっている…。「んん…」鼻から短く声を出したけど、無視された。
それどころか唾液の混ざり合う音がする程に、キスが深くなっていく…

そして尻を直接、大きく開いた掌がゆっくりと揉んで…そのまま回りこんで前へと…。
さすがにそれに白石はピクリと身体を少し屈めそうになる
やっと…唇が離れて、酸素不足になるくらいのキスだった…

「あ…藍沢センセ…」
「白石、好きだ」
「ずるい…。その言葉…。」
「…本心、だから」

その言葉で…白石も、何かが溶けるような感覚になる。
藍沢が白石の首筋に何度も口付けて、舌を這わせると、ついに立っているのが…辛い。
そこで藍沢がふ、と鼻で少し笑う。

「こういう時も…白石は“流されるまま”なんだな」

それを聞くと、白石は拗ねたような顔をして

「そりゃ…最初はされるがままだけど…違うよ。藍沢先生…好き、かもって…気づいた。」
「好き“かも”って曖昧だな。やっぱり流されるんだな、お前って。」

笑いながら耳たぶを軽く噛む藍沢…自分の中の高鳴りが、実は抑えられなくなりそうな白石。
そこで…「キレ」た。白石は藍沢のベルトにいきなり手をかける。え?と言う藍沢に

「下着に手、入れてきたってことは…ここでするって思ったんでしょ?」

ベルトが外れるとズボンの中へ手を入れて…やっぱり興奮しきっているそこに下着の上から触れる。
近い距離で顔を見上げると…ずっと、好きだったんだ、と溢れる感情がわかった
形勢が軽く逆転すると、少し戸惑っていた藍沢も白石の身体を強く抱きしめる。

「…しちゃう?」

短く、白石が聞く。自分じゃないみたい、どうしたんだろうと冷静に思う自分がどこかにいる。
藍沢は何も言わずに白石の身体を手すりのほうへと向かせて無愛想に背後から呟く

「そのまま、尻を突き出して…」

言いながら、白石のズボンと下着を膝くらいまで下げてしまう。
弱く夜風が吹いて、露になった肌をすり抜ける
手すりに手を突くと、言われるままに白石は腰を屈めて…彼のほうへお尻を突き出す。

「戸惑わないんだな」

指で少しずつ解すように弄りながら藍沢が言うと、白石は既に言い返せないくらいに
感じて…声を堪えていた。膝が勢いでカクンと曲がると藍沢が腰を両手で持って支える。

「さっき自分で言ったよな。“しちゃう?”って。…いいのか」

白石が頷くと、藍沢は膝を曲げて低く重心を取ると、片手でファスナーが既に下げられたズボンと
下着を少し下げて、先端をその間に押し付け、入り口を探るように上下に擦る… 
と、わずかな引っかかりを感じ、腰をせり出す。それと同時に白石が短く声をあげた。

「きつ…」

顔をくしゃっとした藍沢は呟いて、そのまま奥へ奥へと押し広げながら進ませる。
白石は力いっぱいに手すりを掴んで…震える。
薄く開いた目には、真っ暗な景色の中にぽつぽつとある街頭、遠い街の少ない明かりが
眼下に見える…外、なんだ、ここは。と認識すると自分の行動の淫らさを、少し悔やむ。
でも逆にそれが刺激になって自分を煽っている事も…悔しいけど、わかった
もっと、もっと、欲しいと体は勝手に背中を反らせて更に腰を突き出す
すると挿入の角度が変わり、更に深く…受け入れる
ゆっくりだった藍沢の動きが早まると自分の胸ポケットのIDプレートやボールペンが
動きに合わせてカチャカチャと音を立てる。

「……っんぅ」

我慢しきれず声を鼻先から漏らすと、藍沢が「痛い?」と聞くので首を横に振る。
そのうち、彼の力加減は無くなって、突き上げられるたびに、踵が浮くくらいに
強く、打ち付けられて、強く、貫かれる――

「も…だめ…」

白石が泣きそうな声で言うと「もうちょっとで、いく…」と藍沢も苦しい息遣いの合間で返す。
肌のぶつかる音と、お互いの息遣いだけが暫く聞こえて、「あ」と藍沢が顔を歪めると
いきなり抜いて、白石の白い肌に、白濁色のものを放つ。
自分のお尻に、少し冷たい夜風と対照的に熱いものが出されたのを肌で感じる…
はあ、と藍沢が息をつくと同時に白石はガクン、とその場に倒れるように座り込んでしまう

「大丈夫か?」

ベルトを締めながら藍沢は言うと横に座り、肩に手を置いた
「うん…」とまだ息切れしながら頷くと少しだけ我に返り、ポケットを漁りだす。
メモ帳数冊やボールペン、あれ…あ、あった。ポケットティッシュ…
少し震える手で数枚出したらそれを藍沢が横からとって、自分が出したそれを丁寧に拭き始める

「外でしちゃうなんて、…どうしちゃったんだろう、私」
「白石のほうが積極的になったから、ちょっと驚いた」
「…だから、ズルいって言ったの…。好きって言葉…」

藍沢は、白石を抱きしめて穏やかな口調で言う

「本心だって。言っただろ。好きだから言ったんだ。」






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