見極め
藤川一男×冴島はるか


「お疲れ様です。」

今日も忙しかった。
フライトナースの冴島は、ほとんど毎日の様にヘリに乗り、
激務をこなし、自分の身を削って患者の命を救う日々を過ごしていた。

この忙しさで毎日を振り返る余裕などない。
そう−昔の事を思い出す暇すら、ない。
だが、それが彼女にとってはありがたかった。


「よっ!」

勤務が終わり冴島が病院の敷地を出ると、メガネの背の小さな男が片手を上げてこちらを見ている。
4人のフライトドクター候補生の一人、藤川一男だ。
冴島は彼に気付くと思い切り顔をしかめた。

「藤川先生、今日はお休みでしたよね?休みの日まで病院に来るなんて
余程ココが好きなんですね。仕事が出来るかは別として。」

嫌味を言って通り過ぎようとする冴島を追いかけ、藤川は人なつこい笑顔で彼女に話しかける。

「君を待ってたんだ。」

その言葉に冴島の足が止まる。

「私を?」
「そうそう!冴島さんを。」

嬉しそうに続ける藤川をジロリと見ると、冴島は再び歩き出した。

「休みの日に私に用なんて何ですか?まさかストーカーとか?」

相変わらずな調子の冴島に、さすがの藤川も苦笑いで答える。

「……。違うよ、この間の御礼がしたかったんだ。
ホラ、髄膜炎の上村さん。中学生の息子が黒魔術がどうのって言ってた−」
「覚えてますよ。」
「あの時君、手柄を僕に譲ってくれたじゃない。だからメシでもご馳走させてくれないかなって。」
「別に手柄を譲ったなんて思ってませんよ。看護士がドクターのサポートをするのは当たり前の事です。」

表情を変えずに冴島が言うと、感嘆した様に藤川が答える。

「カ〜っ!さすが優秀な冴島さんだね。看護士の鏡っ!」

少しオーバーに褒めすぎなのではないかと思ったが、おそらく藤川は純粋にそう思っているのだろう。

「いいですよ。」
「えっ?」
「今から食事、行きましょう。お腹ペコペコです。」
「あっ…!そ〜お?じゃあね、じゃあね、とっておきの良い店知ってるんだよ!そこ行こ、そこ!」
「はい。」

飛び上がるんじゃないかと思うくらい喜んでいる藤川を見て、思わず冴島も少し笑顔になる。
邪気がない男だなぁ、と思った。
裏表がなくて純粋。それが彼の良い所だけれど、どこか掴み所がなくてわからない男だ。

今夜は彼を見極めてやろう。医者として向いているかどうかも−。
冴島はこっそり心の中で思うのだった。






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