感謝の気持ち(非エロ)
藍沢耕作×緋山美帆子


堪えていた感情が溢れ出し堰を切ったかのような心の底からの号泣が
やがて嗚咽に変わり、そのうち室内には小さなすすり泣きの声だけが響くだけになった。

何とか感情が高ぶるのを抑え込んだ緋山は、背後にまだ人の気配があることに気付き、
しゃくりあげるのを止められないまま、藍沢に声をかけた。

「お願い。一人にして…」

声を殺して涙を零す緋山のすぐ背後まで近付く足音が聞こえる。
机に突っ伏していた緋山の頭上から声が落ちた。

「…今日の昼は、何を食ったんだ?」
「…………」

質問の意図が理解できない、と言うよりも答える必要を感じなくて
沈黙を続ける緋山に、藍沢はさらに問いかけた。

「今朝は?昨日の夜は?ちゃんと食ってるのか?」
「…ただでさえ人手不足なんだから、もう戻って」
「…お前、見るからに痩せたな。背中が普段の半分ぐらいの薄さに見えるぞ」

そう呟くと藍沢が緋山の肩に手をかける。思わず振り向いた緋山の顔を覗き込んだ藍沢が
表情を変えず冷静な声音で話を続ける。

「目の下に隈ができてるな。ちゃんと睡眠は取ってるのか?」
「……あんたの方が当直続きで私よりずっと睡眠不足のはずでしょ」
「お前の方が何日もちゃんと眠れていないって顔をしてるぞ」

肩にかけた手を額にあて、藍沢は眉間にしわを寄せる。

「熱まであるんじゃ無いか?医者が自分の体調管理できなくてどうする」
「……何よこれ、問診されてるような気になるんだけど」
「…問診してるんだよ」

黙り込んだ緋山の顔から視線を逸らし、額に当てた手を離すと藍沢が話を続けた。

「…藤川も、白石も、落ち込んでたり自分がしたことが正しかったかどうか迷うと
よく相談持ちかけてくる。そんな時は、大体あいつらが何を言って欲しいか分かるし
大体フォローできるんだけど」

一度言葉を切って藍沢がため息をつく。

「お前ってあくまで人をライバル視して強気な態度を崩さなかったから。
そんなお前が俺の前で泣いてるのに、何も言ってやれなくて」

聞いているのかいないのか、黙りこくる緋山に向かって藍沢はポツリと呟いた。

「…すまない」

藍沢の謝罪の言葉を最後にその場に沈黙が落ちる。

周囲から隔絶されたような静けさに耐えられなくなって、
緋山は何とか言葉を搾り出した。

「…こっちこそ、泣いて引き止めたりしてゴメン。
ただでさえ人手が足りてないのに」
「今はそんなこと気にしなくても」
「…いいから、もう行って」

手で涙を拭うと緋山は立ち上がり、正面から藍沢を見据える。
しばらく黙って藍沢は緋山を見つめていたが、小さく「分かった」と答え出口へ向かう。

が、何歩か進めた足を止め、緋山に背中を向けたままで口を開く。

「…またお前がライバル心を剥き出しにして挑んで来るのを、俺は待ってる」

答えが返ってくる事を期待していないのか、藍沢はそのまま言葉を続けた。

「だからお前も待っててくれ」

振り向いた藍沢が再び緋山と視線を合わる。

「怖いからって医者を続けるのを諦めるのは待つんだ」

息を呑んだ緋山が藍沢を凝視する。

「俺も、泣いてるお前を全部受け止められるぐらいでかくなるから。
だから、今すぐ医者を続けるのはムリだなんて結論は出すな」

冷徹なプロ意識が災いして冷たいと思われがちな
彼なりの精一杯の気遣いに、緋山は思わず言葉を返す。

「…あんたじゃ何年経っても私を受け止めるなんてムリ」

緋山の言葉に藍沢は口の片端を軽くゆがめ笑みを浮かべる。

「…そうかもな」

その言葉を最後に藍沢は緋山に背を向け歩き出す。
そんな彼の背を緋山は黙って見送った。

自分が抱えている問題は何も解決していない。
それでも自分が一人では無いと気付かせてくれた
藍沢に感謝の気持ちを抱いて。






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