藤川一男×緋山美帆子
食堂の椅子に腰をかけポケットから錠剤を取り出した緋山美帆子がため息をついていると 「どうしたの?この世の終わりみたいなため息ついて」 同期の白石恵が心配そうに向かいの席から心配した。 「藤川と話してるといつも喧嘩になっちゃってさぁ。」 「また喧嘩したの?素直にならなきゃ…」 「だって大事な話をしようとすると、アイツいつもオチャラけるんだもの」 美帆子はゴクゴクとミネラルウォーターを飲み干す。 「アンタの方はどうだったのよ?ちゃんと聞いてくれたんでしょうね?」 「そ・それはね・・・」 「何よ?まさか手ぶらでココの席に来たわけじゃないでしょうね?」 腕組みをしながら美帆子が尋ねる。 「そういうわけじゃないんだけどさぁ…」 苦笑いを浮かべた恵は同じく同期の藤川一男の顔を思い浮かべていた。 あれは、ある雨の日の当直のときであった。 美帆子と恵はワークステーションで夜勤をしていたときのことである。 「あのさぁ、前にくだらない恋バナを一晩中聞かせる相手が必要って言ったわよね?」 「うん。言われたけどどうして?」 カルテを記入する恵の手がピタッと止まる。 「私さぁ、藤川のこと好きになっちゃったかも…。どうしよう?」 美帆子は照れくさそうに顔を赤らめている。 ・・・・はい?・・・・よく聞こえませんでした… 恵はその場に居なかったので詳しくは知らないが、 シニアドクターの黒田に「俺に行かせて下さい」とヘリ出動を直訴した姿にドキッと来たそうである。 普段のお調子者の一男の姿しか知らない恵にはいまいち半信半疑な話である。 「ほ・他には?」 今日は一晩中この話を聞かせるという前フリをされている以上恵が聞かないわけにはいかない。 「アンタ知らないの?遅れてるわね。アイツ本来なら切断ものの所を切らずに済ませたのよ。」 自分の初フライトのときはほろ苦いデビューだったのに立派だと負けず嫌いの美帆子が珍しく褒めているのである。 恵は再び我が耳を疑った。 恋は人を変えるというが美帆子もどうやら例外ではないようである。 「でもね、よく考えたら藤川のこと何も知らないのよ。私…」 美帆子は夜食のクッキーを開けると、ご自由にどうぞといわんばかりに机の上においた。 「あ・美味しそう…」 ちょうど小腹が空いていた恵はすぐに手を伸ばす。 「いただきま〜す…」 「食べたわね?」 美帆子が薄気味悪い笑いを浮かべると恵を見つめる。 「え?駄目だったの…。いつも良いじゃん・・・・」 「良いのよ。ドンドン食べて…その代わり…藤川にいろいろ聞いてきて欲しい。」 クッキーを取りやすいように恵の前に置く。 「合コンにも誘ってくれないのに?私の顔なんて外でまで見たくないなんて言う癖に?」 「あ・あれは…こ・言葉のアヤよ。」 「どういう意味?」 「ほら、いつも一緒にいるじゃない?だから家族みたいに思ってるの。」 「…無理ありすぎ…」 恵が思わず吹き出してしまう。 「本気なの?」 美帆子は黙って小さく頷いた。 最初の顔合わせの直後に女子更衣室で、のび太君と命名していたのが嘘のようである。 「あんまり期待はしないでよ?」 「ありがとう…白石も大好き…」 はてさてどうしたものか?美帆子の頭を撫でながら恵はこれからの自分の行動を模索した。 今日はそれから2週間後のことである。 「彼女は居ないみたいよ。とりあえずおめでとう」 「他には?他には?」 美帆子の顔がドンドン近くなる。 「近い…近いからもうちょっと離れて」 「ご・ごめん。」 美帆子はたまに同性の恵でもドキッとするような可愛らしい顔をすることがある。 本人には言わないが普段からこういう可愛らしい顔が出来れば、一男なんてすぐ落とせるのに勿体無いと恵は思っている。 「謹慎までまだ時間あるから頑張ってみるね。」 恵を含みフェロー達四人は近々一週間の謹慎を命じられる予定なのである。 「私も頑張ってはいるんだけど、顔合わせると喧嘩になるのよね。」 負けず嫌いとお調子者…まさに水と油である。 「あ・いたいた。」 聞きなれた男の声が恵の背後から聞こえる。 「そこ空いてるか?」 噂をすればなんとやら、昼食をトレーに乗せた一男が現れた。 一男は返事を聞くより先に恵の隣に腰をおろす。 「そういえば、藤川君は今度の休みどうするの?」 「実家に帰るよ。たまには羽を伸ばさないとな。」 「二人はどうすんだ?」 「私はまだ何も決めてないよ。緋山先生は?」 あ・しまったと恵が慌てたが口は止まらなかった。 美帆子が「私は・・・よ。」小さく呟く。 「え?彼氏とデートか?それとも外資系と合コンか?お盛んだねぇ」 一男がいつものようにからかった。 「緋山先生抑えて」 意外と純情な美帆子はこの手の会話がめっぽう苦手である。 「悪かったわね!お見合いよ!ようやくヘリに乗れたアンタと違って国立大学の教授の優秀な息子とね!」 フンと口を尖らせると、美帆子は席を立ってしまった。 「今の話本当なのか?」 「みたいよ。気が付いたら縁談が婚約に発展していたってよく聞くパターンよね。」 美帆子は親から見合いを勧められていたこともあり焦っていたのである。 「そ。そうなのか?」 「私の友達にも2〜3人いるよ。お見合いで結婚した子。緋山先生帰ってきたら苗字変わってたりしてね。」 「まさか〜。あの緋山に限ってそんな事ないだろう。」 恵もそう思っているが、ここは先程の失敗を帳消しにするために少し一男を不安にさせることにした。 美帆子に一男の事を頼まれる前から感じていたのだが、彼は美帆子に気があるのではないか?と考えていた。 「意外と最後の親孝行とかいいそうなタイプよ。」 恵はフフフと笑うと席を立った。 その日の夜 「今日は当直じゃないわよね?気になる患者でもいるの?」 シニアドクターの三井環奈が美帆子に尋ねる。 気がつけば辺りに人影は無く、ワーキングステーションには三井と美帆子の二人しかいなくなっていた。 「ちょっと考え事してました…」 「それって藤川のこと?」 えっと美帆子が目を丸くする。 「さっきコンビニで白石に聞いたわ。心配してたわよ。また喧嘩したんですって?」 「喧嘩って言うほどのことでは…」美帆子は頭を抱えながら弁解する。 「良かったら相談に乗ってあげるわよ?」 「遠慮しておきます。ちょっと見回り行って来ます。」美帆子はワーキングステーションから逃げ出した。 よくよく考えれば結婚歴もある三井に相談しても損は無かったかもしれないと少し後悔しながら美帆子はICUの前を通りがかった。 「あれ?緋山今日夜勤じゃないよな?」 美帆子の頭痛の種は首をかしげながら尋ねた。 「別にアンタに関係ないでしょ!北島さんが気になっただけよ。」 「北島さんならグッスリ寝てたぞ。」 「そう。ありがとう。一応私も顔を見てから帰るからアンタ先に戻ってて。」 「待っててやるよ。でも気にしなくていいからな。」 実は北島という患者、美帆子の担当ではない。恵が話していたのをとっさに思い出しただけなのである。 それらしき患者を発見したが一男の言うとおり熟睡しているようである。 「お大事に」 布団を掛けなおすと、足早にICUを後にする。 自動販売機のところでは一男がジュースを買っていた。 「アンタ本当に待ってたの?」 「昼間は悪かったなぁ。お見合い頑張れよ。ホレ」 一男はバツ悪そうにジュースを差し出した。 「全然嬉しくないのは何故?」 悪態をつきながらもジュースを受け取る。 「でどんな相手なんだ?良い奴なのか?」 「履歴書しか私は見て無いし、とりあえず会うだけだから」 美帆子はぶっきら棒に答える。 「そうか。そうなのか。」 「だいたい、今どきお見合いなんて有り得ないわよ。将来のパートナーよ。自分で見つけるわよ。」 空になったジュースを机に置くと腕組みをする。 「緋山は結婚相手に何を求めるんだ?」不意に一男が尋ねた。 「そんなこと聞いてどうするの?」 「参考までにだよ。」 「平凡でも良いから明るい人がいいわね。あとは医療関係で安定してる人とか?」 「何で医療関係って限定するんだ?」 「医者とか看護師が普通の夫婦生活を営めるわけ無いじゃない! 姑とかに家庭に専念しろとか言われるのがオチね。」 「ウチの実家は農家だからそんなこと言われないと思うぞ。」 「なんでアンタの家が出てくるのよ?」 「まぁほらあれだ。もしお見合い相手に断られても気にすんなってことだ。」 「断ることはあっても、断られることは無いわよ!」 「そうそうその調子その調子。緋山は元気の良さだけが取り柄なんだから。」 「励ますか・喧嘩売るかどっちかにしてくれない?」 「じゃまぁそうだなぁ…」 一男は考え込んでしまった。 「もしかして、お見合い失敗すればいいと思ってる?」 「良いや、幸せになって欲しいだけだよ。」 「それってど・どういう意味よ?」 「フェローの同期だからな…深い意味はないさ。・・・・だけど。」 ♪♪…♪♪・・二人の携帯が突然鳴り出し一男の言葉が一瞬意識からそれた。 「ちょっと今何ていったの?」 「そんなことより行くぞ。」 「分かってるわよ。」 救急車の音がすぐ傍で止まった。 SS一覧に戻る メインページに戻る |