俺の物
黒田脩二×冴島はるか


「お互い独身なのに…なんだか不倫してる気分です、いつも。」

冴島がベッドにうつぶせに寝たままで
服を着ている黒田に呟いた。

「藍沢と藤川だけじゃどうにもならん」

真夜中の今、勤務先の病院に運ばれてきた急患が重症で
フェローの手だけでは負えないかもしれない…
携帯に呼び出しの電話が入ったのは10分前。

気だるそうにシーツを頭まで被って顔だけ出して
冴島は笑みを浮かべ

「ドクターコールが鳴らない日でも、すぐ帰るじゃないですか」
「…一人で寝ないと熟睡できないと前にも話しただろ」
「わかってますよ、黒田先生」

身支度が終わると振り向きもせずに

「チェックアウトは鍵だけ返せばいいようにしておく」

そういい残して黒田は部屋を後にした。
窓の外を見てもまあそれなりと言った具合の夜景
誰もが知るシティホテルの部屋に、冴島は一人残される
こういう事には慣れていた。今までも何度もそうだった。
黒田と深い関係になってから、もう半年になる…
朝まで二人で過ごした事は…2回くらい、だろうか。

「…何か、着なきゃ風邪引くわね」

起き上がりソファに投げられていたバスローブを着込むと
再びベッドに入り広いベッドで一人、身体に残る余韻に浸りながら眠りに落ちていく

翌朝、始まった1日はいつもの何も変わらない1日。
ヘリ担当だった冴島は、黒田・藍沢とヘリで3度出動した
いつものように、夕方になり日没になり、そのまま夜勤。
エレベーターに乗っていると、藤川と緋山が乗ってくる

「お疲れ様です」

何かの話の途中だったらしく藤川がえらく盛り上がっていた

「怪しいよなー。黒田のやつ、女の所にいたと思うな〜」

誰にも気づかれないが冴島は耳が動いたんじゃないかと感じるくらいに聞き入る。
緋山が呆れたように相槌をうって

「別に家で寝てて、慌てて着替えてきたってシャツを裏表に着るってあるじゃない」

―!? 冴島は少し驚いた顔をしてしまった。それを見逃さなかった藤川が

「昨日さ、当直で緊急オペになったって黒田を呼んで来てもらったらよー
 なんと、ポロシャツが裏表逆だったんだぜ?あの几帳面丸出しって感じの黒ちゃんが。
 ありゃあ女と密会してて、慌てて服着たからだぜ。うん。俺の推理は合ってるな」

無地のポロシャツだった…裏表逆に着てたなんて気づかなかった。
冴島はそう思いながら、先程の緋山のように呆れたようにため息をついて

「またそういう話ですか。自分のプライベートがつまらない生活だからって
 人のプライベートを面白おかしく脚色するの、悪趣味ですよ」

目的階に着いてドアが開くと降りて背後から藤川が「怒らないでよ〜」と言うのが聞こえた。
表情に出さないが、内心少しだけ冴島にとっては微笑ましいネタだった
慌ててたのね昨日…あの人が、そんなドジするんだ。
そう思いながらスタッフステーションへと戻った

ある日、黒田がすれ違い様に呟いた

「冴島。今日だ。」

何のことかすぐにわかった冴島は「はい」と短く返事をして二人がすれ違う。
半年間続いている合図。Noと返事をしたことは今まで一度もない
黒田がどこか…安心する存在になりつつあったためか、できる限り合わせるようになっていた。

そのまま食堂へ向かいパスタセットのトレーを持って開いているテーブルを探していると
藍沢の後ろのテールが開いていた。丁度伝えたい事もあり、そのテールにトレイを置く

「お疲れ様です。藍沢先生、B肝の予防接種行ってないですよね?
 食べ終わったらすぐに行ってください。」

医師・看護師は院内感染防止のために予防接種を色々とやらなければならない。
B型肝炎の予防接種の日だが、藍沢だけが来ていないと連絡をもらったのだった
背中合わせに座ると、背後から藍沢が答える

「苦手なんだ」

バスタをフォークに絡めながら冴島は

「藍沢先生が打つんじゃなくて打たれるんですよ」
「……それが、苦手なんだ」

耳を疑いぎょっとして振り向く。藍沢の背中に向かって思わず

「注射されるのが、嫌いなんですか?」

問いかけは無視されたがそれがYseという答え。思わず噴出して

「散々メスで人のお腹や胸を切ってる上に点滴や採血で人には針刺しまくってるのにですか?」

藍沢は相変らず無視して背中を見せたままだ。冴島は、笑を堪える。

「じゃあ、ご自分で予防接種打ちます?筋注ですし自分でもできますよ」
「そのほうがもっと嫌だな」
「小学生みたいな事言ってないで、ちゃんと行ってください。内科の先生が待機したままですから」

思わぬ人の思わぬ弱点に、ついに冴島は笑いだす。
藍沢も、一瞬振り向き苦笑に近い笑いをして、食事の続きを食べ始めた
そこへ…腹部外科の医師と話しながら黒田が通り過ぎる。

夜になり、一人で食事を終えると予定より遅れて黒田が病院を出たという電話をしてきた。
言われたホテルの一室でお風呂も終わりバスローブで寛いでぼんやりしていると
黒田がドアの施錠を解除し、入ってきた。

「遅かったんですね」
「すまん…急患がいきなり来た」

疲れた様子の黒田を見ながら昼にあった、あの話をしてあげようと冴島は思う。
藍沢の子供じみた弱点を聞いたら黒田も少しは笑ってくれるだろう

「今日、お昼に藍沢先生と話してたの。そうしたら――」

話の途中で黒田は冴島を強く抱きしめる。そしてすぐに突き飛ばすようにベッドに押した。
ベッドの上に突き飛ばされ驚く冴島に黒田が服のボタンを外しながら

「お前があんなに笑って藍沢と話すと思わなかったな」

…?ああ、もしかしたら、見ていたんだ。そう思う。黒田が続ける

「俺には…あんな笑顔で話す事は滅多にないじゃないか」

眼鏡を外すとすぐに冴島の上に跨り、両手首を強く掴み押さえつける。
痛い……跡がつきそうな程の力に冴島は驚きながら

「どうしたんですか…?」
「――若い二人に中年が嫉妬したんだろう」

他人事のように言うと押し付けるように唇が重なる。息苦しい…彼の髭が、少し痛い…
顔を逸らし弱々しい声で

「嫉妬…なんですか」

黒田は答えずにバスローブの紐を解くと煌々と電気の明るい部屋で露になった
冴島の白い肌を見つめ、搾り出すように呟いた

「お前は…俺の物だ」

その言葉で、痛みを感じていた手首が、痛みを感じなくなる
代わりに…言葉だけで「快楽」を感じてしまった。
力任せな黒田の愛撫に、痛みですら快楽になっていく――

「冴島…もう…無理だ」

結局は右手首に薄紫の跡ができてしまった。黒田の握力の跡だ。
その薄紫の手錠のような跡がついた手をそえて喉元に届きそうなくらい深く…咥え込む。
黒田の制止も聞かずに長い事、冴島は舌をまとわりつかせ、唇で締め付ける。

「3回は無理だ…」

彼の弱音にやっと、顔を上げるとうっとりした表情で、唾液で光る唇が動く

「黒田先生はもういかなくていいです、寝てていいですよ。私が勝手に…しますから…」

力ずくでレイプされるように1度、そして寝入っていたところで冴島から仕掛けて2度
今は朝方だろうか…冴島が起きてそのまま寝ていた黒田のものを口に含んだのだった。
一人、淫らに行動する冴島を、優しい眼差しで黒田が眺めている。
冴島は…時折見せる黒田の優しい目が、たまらなく好きだった。視線を合わせたまま膝立ちをして
唾液で濡れて一応は興奮を見せているそれに向けて、ゆっくり腰を落としていく――
切なそうな表情で3度目の挿入と同時に冴島は…涙を1粒落とした。
それに気づいて「――どうした」と黒田が小さく尋ねる
根元まで自分の中へとくわえ込み満たすと小さく身体を震わせて

「嬉しかった…。黒田先生にとっては、身体だけの繋がりだろうって思ってたから…
 嫉妬…してくれて…すごく嬉しかったんです…」

力任せで荒々しい、痛みを伴うセックスですら快感だったのは
感情が…麻痺させていたんだろう。ゆっくり上下に身体を動かし
黒田を使って自慰でもしているような冴島が、甘い吐息を吐きながら黒田の鼻先に顔を近づける

「…私は………あなたのものです」

年齢のせいか、疲労のせいか…一応は挿入できる程にはなるが
今日はもういく事はできない。しかし冴島の言葉に黒田は何とも言えない満足感に浸る。

朝の病棟回診の途中で、藍沢が冴島の手首を凝視した。
右手に薄紫の跡があることに気づいたのだ。冴島は医療器具が乗った台車を押している

「冴島…それ」
「…何でもありませんから」

明らかに手首を掴まれた跡…前を向き歩きながら

「痛かっただろ。そんな跡がつく程掴まれたら」
「痛かったですけど…満足しましたから」

ちぐはぐな会話。藍沢は暴力を誰かに振るわれたという訳ではなさそうだと解釈し
それ以上は触れなかった。
――昨晩、黒田が呟いた言葉を冴島は思い出した

「いつか…藍沢には、何かを取られてしまうような気がする」

今のポジション?世代交代?冴島は曖昧な彼の予感に質問したが黒田本人も漠然とした予感らしく
何も答えなかった。ベッドの中で黒田の背中に密着して

「私は…あなたのものだから…。あなたしか、いないの」

そう告げて………

……
…器…
冴島、持針器を…

はっとする。
ぼんやりしてしまった。視線を上げると藍沢が無表情でこちらに手を出している。

「持針器」
「…すいません」

言われた道具を渡すと、藍沢は入院患者の開いてしまった傷口を器用に縫合していく。
いつもの日常を、演じなければ。いつものように。
冴島は落ち着くために大きく深呼吸をして、すれ違う黒田と三井に会釈をした。






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